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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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陥落。

「なっ……お、王都が陥落した!?」


「邪神が復活っ……!? そ、それに、サキュバスが生きていたっ……!? く、詳しくお願いします!」


 邪神が復活。

 しかも、石化しているはずのサキュバスによって……?

 さっきまで夜伽がどうとか言っていた聖女も、血相を変えて騎士に説明を求めている。


「しょ、詳細は不明ですが、王都から来た騎士の証言によると……突如王都に現れた邪神は、王都に結界魔法を仕掛け内外の出入りを封じると、すぐに王都を離れ、このメルハーツに向けて進撃を開始したとのことですっ……!」


「この都市に向かっているのですか!? しかも、設置型の超大規模結界魔法を使った!? ほ、本物の邪神ということですか!?」


 大規模結界魔法。

 ……聖書の中で、邪神が一度使っているところを、読んだことがある。

 確か巨大な紋様を地面に描き、その範囲の中と外の空間を断絶させる魔法だ。

 設置に時間を要するものの、発動されればその効果は絶大。

 邪神が解除するまでは誰にも解くことのできない、非常に厄介な魔法だったはずだ。


 でも……その復活した邪神が、王都を封鎖し、この迷宮都市に向かっている……?


「ど、どういうことだ……?」


 ――疑問が、どんどん湧いてくる。


 まず、サキュバスは石化したんじゃなかったのか?

 この迷宮都市から王都までは、ドラゴンでも数日かかる距離だ。

 この前見たサキュバスの石化の進行具合を鑑みるに、どうやっても王都にまでなんて、辿り着くことはできなかったはず。

 エクスヒールが使える神官は、このあたりには俺と聖女しかいないと以前聖女も言っていたし。


 それに、どうして邪神の復活なんていうことを許してしまったのか?

 王都でも、邪神の封印には厳重な警戒が敷かれていたはずだ。

 もし魔物を引き連れてサキュバスが襲撃しても王都であれば簡単に陥落はしないし、単身で突っ込んでもそう簡単にどうにかなる警備ではないだろう。


「……な、なぁ、王都には邪神だけじゃなく他の邪神の使徒の宝玉もあったんだろ?」


「はい、数か所に分散し、厳重な警備の下保管していたはずですが……」


 そして、なぜ王都を結界で封鎖するなんていう中途半端な状態で、この迷宮都市に進撃してきているのか?

 王都を押さえられたら、その国はもう国としての役割を果たせない。

 それに、他の使徒の封印の宝玉だって、王都をしらみ潰しに探せばいくつか見つかるはずだ。

 そこをわざわざ離れてまでこの迷宮都市に進撃するメリットが、俺にはよくわからない。


「邪神はサキュバスと共に魔物を集めながらこの迷宮都市に進撃し……す、既に、あと二日の距離にまで迫っているとのことです。……それに邪神は、王都の安全を保障する代わりに、聖人様をお一人で邪神の目の前に連れてくるように要求しているとっ……!」


「シ、シキ様を引き渡せとっ……!? っ……そ、そういうことですかっ……」


「なるほどな……王都は人質ってことか……」


 騎士の発言で、一つの疑問が解消できた。

 王都をわざわざ結界魔法なんかで封鎖したのは、俺への取引材料にするためか。

 ……おそらく、邪神は確実な勝利を狙ってきているんだろう。

 唯一邪神に対抗できる可能性のある聖人を、最速で、そして無抵抗で殺すために王都を人質にし、この迷宮都市に進撃している。

 従わなかった場合、その結界内部で大規模魔法が炸裂するとか、そういう仕掛けになっているに違いない。


 多分、王都から来た騎士というのも、邪神が伝令役にするために、わざと逃がされたんだろう。


「ご、ご主人様はっ……ご主人様は、私がお守りします!」


 「俺を邪神に引き渡す」、そんな言葉を聞いたからか、ユエルがナイフを抜いた。

 そして、俺を守るように騎士や聖女との間に割って入る。


「落ち着いてください!」


 刃物を出してきたユエルに、聖女が慌てる。

 いつの間にか、聖女とユエルの間にアステルも割り込んでいた。

 ナイフを向けあう、ユエルとアステル。

 一触即発、そんな雰囲気だ。


「シ、シキ様をみすみす引き渡すつもりはありません! 聖人であるシキ様がいなくなれば、人類は邪神に対抗する術を失います。シキ様を引き渡して、本当に王都が無事に帰ってくるのかもわからないのです。そ、それにそもそも、情報が本当なのか、その確認が先です」


「ユエル、俺は大丈夫だ、安心しろ」


 ナイフを構えたユエルの手を掴み、ユエルを俺の後ろに下げる。

 ついでに後ろ手に頭も撫でておく。


 ……実際、聖女は邪神に俺を差し出したりはしないだろう。

 少なくとも俺抜きでは、サキュバスとその魔物の軍勢だけでも勝てるかどうかかなり怪しい。

 既に隔離され、人質とされてしまった王都は、人類全体のことを考えれば今は見捨てるべきだ。

 そして聖女は、王都の大司教という立場であっても、おそらくそういう思考ができるタイプだと俺は思っている。


 ……ユエルのサラサラした髪を撫でていて、一つ思い浮かんだ。


 サキュバスが邪神を復活させたと聞いて、ずっと考えていた。

 サキュバスは、どうやって石化を治療したのか。

 ――そして、一人、治療できそうな人間を見つけた。


「なぁ……もしかして、サキュバスを治療したのは、あのハゲ司教なんじゃないのか? あいつがエクスヒールを使えたなら、サキュバスを治療してわざと逃がすことで、フィリーネの失脚を狙ったとか、その可能性もあるんじゃないか」


 このあたりには俺と聖女しかエクスヒールが使える人間はいない、と聖女は言っていた。

 でも、その後にこの都市にやってきた、あの司教なら。

 あの司教なら、サキュバスを治療することができたかもしれない。


 サキュバスも、あのライトイーターを引き連れた襲撃の後、すぐに逃げずに、近くで機を窺っていたとしたら。

 聖女と、司教の会話を見ていた可能性がある。

 サキュバスの真骨頂は、人の欲を見抜き、利用すること。

 ……あの時に、聖女に対して憤っていた司教に、狙いをつけたのかもしれない。


「た、確かにサキュバスを治療する動機はあるのかもしれませんが……あの司教は、ハイヒールがせいぜいです。とても、石化を治療することは……」


 聖女が、困惑したように言う。

 どうやら見当違いだったらしい。

 聖女を陥れるために、あの司教がサキュバスをわざと治療し、逃がしたのかと思ったんだが。

 そう思っていると、隣から声がした。


「ご主人様、ハイヒールでも、石化を治すことはできると思います」


 ユエルだ。

 ハイヒールでも、石化を治せる?

 ハイヒールを使うと、石化の進行を遅らせたりできるということだろうか?

 そんな話は聞いたことがないけれど。


「私がサキュバスで、ご主人様が邪神だって考えたら……ご主人様を復活させるためなら、私はやると思います」


 ユエルが、痛ましげな表情で言った。

 その、辛そうな表情で気づいた。

 ――いや、でも、まさか……。


「私なら、足を切り落として、ハイヒールで足を再生させます」


 そしてユエルが、そう言い切った。

 ……もしかして、自分とサキュバスを重ねてしまったんだろうか。

 ユエルは、僅かに悲しそうな表情をしている。

 まぁ、あのサキュバスも、自分の主人のために頑張っているという点では、ユエルに似ているところがある。

 見た目もちょっと似てるし。

 でも、実際には聖書の時代に人類を何千何万と殺している邪神の使徒だし、共感とか同情はしてほしくないんだが。


「石化した足ごと石化部分を排除し、ハイヒールで足の欠損を治療……そ、それであれば、あのサキュバスが生存していても、おかしくはありません……ですが、たしかサキュバスの石化は大分深くまで……あの襲撃の時点で、胴体部分まで達していてもおかしくない程でしたが……」


 聖女が、少し肩を震わせた。

 ……足を切り落とすというのは、言うほど簡単なことじゃない。

 自分の肉体を自分で傷つけるというのは、相応の覚悟が要る。

 しかも、あのサキュバスの場合は、足の付け根、本当に根元の根元から切らなければ、石化部分を切り離すことはできなかっただろう。

 ……いくら生命力のある邪神の使徒といえど、胴体すれすれの根本から足を切り落とせば、死ぬ可能性もある。

 サキュバス自身が治癒魔法を使えるわけでもないし、自分の足を落としても、必ずもとに戻るという確証はどこにもない。

 治療してもらえなければ、今度は出血で死ぬことだって考えられた。


「……執念だな」


 何がサキュバスをそうまでさせるのかはわからないが、どうしても邪神を復活させたかったらしい。


「司教が協力したのであれば、王都の邪神の封印へたどり着くことも容易だったでしょう。……おそらく、シキ様の時のように、使徒にするとでも言われて、騙されたのかもしれません。あの司教はプライドの高い人間ですから……私に負けたままでいることは、世界が滅ぶよりも耐えられないことだったんでしょう……」


 聖女が、残念そうにそう言った。

 ……サキュバスにとって、あの司教を身内に置いておく理由はない。

 俺とサキュバス程能力の相性が良ければともかくとして、あの司教はただの少し治癒魔法が使える神官だ。

 おそらく、騙されたんだとすれば、もう生きてはいないだろう。

 ハイヒールまでは使えて、そこそこ程度には魔力があるようだし、邪神復活のための生贄にされた可能性もある。


「聖女様」


 難しい顔をしたまま俯く聖女に、騎士が促した。

 邪神は、既にこの迷宮都市に迫っているし、事態は一刻を争う。

 早く指揮をとってくれということだろう。


「……今は後悔している場合ではありませんね。私は王都からやってきたという騎士に、事情を聞いてまいります。その後、領主様と相談し……おそらく、また周囲の都市から援軍を呼ぶという形になるでしょう。シキ様は、今はこの部屋で待機するようにお願いします。……アステル! あなたは城壁の警備をしている騎士に、注意喚起をしてきなさい。何か異常を発見したら、すぐに報告するようにと」


 そして、そう言うと、聖女は急いで部屋を出て行った。







 部屋にいるように言われてしまった。

 ……おそらく、俺が外に出ると、いろいろ不都合なんだろう。

 王都に肉親や友人がいるやつも、かなりいるだろうし。

 王都を見捨てるという判断は、そう簡単に下せるものではないはずだ。

 聖女は邪神に俺を擁して立ち向かうつもりなんだろうが、しばらくは、この都市としての意志を統一することも難しいかもしれない。


「ご主人様……大丈夫でしょうか……」


 部屋の外を慌ただしく駆け回る騎士が気になるのか、ユエルが不安そうな顔で聞いてきた。

 ……正直、大丈夫か大丈夫じゃないかと言えば、全然大丈夫じゃない。

 今から援軍を呼んだところで、どれだけの騎士を集められるのか。

 おそらく、前回の半数にも満たない騎士を集めるので精いっぱいだろう。

 王都を人質に取られている今、既に王手飛車取りぐらいはかけられていると考えていい。


「大丈夫だ。ユエルは何も心配する必要はない」


 でも、とりあえず安心させておく。

 まだ負けたわけでもないし。

 少ない騎士でも、俺の治癒魔法があれば、邪神とサキュバスを返り討ちにすることもできるかもしれない。


「とりあえず、できることからやっておくか」


 聖書に手を伸ばす。

 ……サキュバスの実力はよくわかっているが、復活したという邪神の実力は、正直まだよくわからない。

 魔法が得意だとは書いてあったんだが、何ができるのか、どんな弱点があるのか、そういった実戦で使えそうな知識は、まだ読んだ範囲にはあまりでてきていない。

 把握しておく必要があるだろう。

 パラパラと、聖書をめくってみる。


 ――見つけた。


 邪神と、かつての聖人の、決戦の瞬間だ。

 見開きのページに、杖を掲げた聖人と、勇者とおぼしき女性剣士の挿絵が描かれている。

 どうやら、使徒や魔物が近隣の大都市を攻略している最中に、一万の大軍勢を率いた聖人が、孤立気味だった邪神の本陣に突撃したという状況らしい。

 詳しく読んでみると、聖人は軍を大軍勢の陽動隊と、聖人率いる少数精鋭の奇襲隊の二つに分けて、それぞれ逆方向から邪神を攻撃したようだ。

 陽動隊は見晴らしの良い平原側から一直線に邪神に向かい、奇襲隊は、森に隠れながら邪神に気づかれないように接近していったと書いてある。

 けれど、その次の文章を読んで、俺は目を疑った。


「っ……!?」


 ――数分と経たずに、陽動隊は壊滅した。

 一万近い兵士の軍団は、邪神の大規模攻撃魔法の直撃を受けて、一撃で半壊。

 散開しながら生存兵が邪神に突撃するも、あまりにも広範囲を破壊しつくす攻撃魔法になす術もなく全滅。

 いくつものクレーターと、舞い上がる土煙だけがその場に残ったと書いてある。


「攻撃系の、大規模魔法か……」


 攻撃魔法以外にも、邪神は王都に張ったような、結界の魔法も使える。

 ……大規模魔法のエキスパート。

 そんな言葉が相応しいだろう。

 俺があらゆる魔法を使えるようになったらおそらくこうなる、という感じの魔法使いのようだ。


 ――完全に、俺の上位互換だなこれ……。


 でも、そんな邪神も、かつての聖人は封印した。

 希望をもって、読み進めていく。


 聖人率いる奇襲隊は、土煙に紛れて邪神に近づくと、そのまま邪神との接近戦に突入したらしい。

 聖書には、数ページにわたって勇者と邪神の壮絶な斬り合いのシーンが書かれている。


 でも、その中で魔法を使っている様子はない。

 ……邪神の弱点の一つがわかったかもしれない。

 大規模魔法を使う邪神の弱点は、接近されることだ。

 敵に懐深くまで接近されれば、自分をまきこむ可能性のあるような魔法は使えない。


 なるほどな。

 不意を突いての奇襲、そして、相手に魔法を使わせずに懐まで潜り込めれば、接近戦で勝機はあるということか。

 まぁ、魔法使いなんてそんなものだろう。

 近づいてしまえば、どうということはない。

 けれど、ページをめくると。


 ――勇者が、邪神に切り捨てられていた。


 何か、邪神が有利になるような魔法を使ったというわけではないようだ。

 ただ純粋な剣技で、その時代最強と呼ばれていた剣士である勇者を邪神は倒したらしい。


「マジかよ……」


 近接戦闘まで最強クラスか……。

 これは、確かに邪神と呼ばれるだけはある。


 邪神には、遠距離でも、近距離でも、勝ち目はなさそうだ。

 なぜ聖人が邪神を封印できたかと言えば、その勇者が切り捨てられた瞬間の、一瞬の隙を狙って封印の魔法を打ち込んだかららしい。


 ――読んだ内容を勘案する。


 味方の頭数をそろえて邪神と正面から戦えば、大規模攻撃魔法で甚大な被害が出ることは間違いない。

 勝率は、おそらく高くないだろう。

 

 不意打ちをしようにも、その時代最強クラスの剣士でさえ遅れをとる程の剣技を持っている。

 やすやすと成功はしないはずだ。


 ……これは、駄目じゃないか?


 かつての聖人の戦い方は、今の俺たちには再現できない方法だ。

 封印魔法なんて、直撃させれば一発で勝ちみたいな魔法は、俺は持っていない。

 それに、一万を超えるような大軍勢を、陽動に使い捨てるような作戦は、物量的にも、心理的にも厳しいだろう。


 聖女は、おそらくサキュバスの時のように騎士を集めて、俺に治癒魔法を使わせる、そういうやり方でなんとかするつもりだろう。

 ……でもおそらく、それは難しい。

 邪神の大規模魔法を相手に、俺の治癒魔法は無力だ。

 貧弱な人間の肉体なんて、治癒魔法を使う間もなく蒸発してしまう。

 大規模魔法を使われたら、その範囲内にいた騎士を救うことは俺にはできないだろう。


 大規模魔法を使われない範囲まで接近しようにも、サキュバスがいる。

 サキュバスの引き連れた魔物の群れが、騎士の進軍を妨害するはずだ。

 邪神の大火力相手に、治療が間に合うわけがない。

 万一近づくことができたとしても、邪神自身が最強クラスの剣士だ。

 まず勝ち目はない。


 ……でも、その邪神は、もう既にあと二日の距離にまで迫っている。


「ご主人様……」


 俺の顔色が相当酷かったのか、ユエルが声をかけてきた。


「あ、あぁ、大丈夫だ。こ、この都市には俺がいる。ユエルが心配する必要はない」


 とりあえず誤魔化すが、やはり大丈夫じゃない。

 せめてサキュバスと邪神が別々にいてくれればなんとかなるんだが。

 サキュバスの魔物の軍勢が邪神のそばにいると、どうしても奇襲ができない。

 邪神を倒すには、不意を突く以外の方法はないと思うんだが。

 どうやっても、打開できる気がしない。


 でも、考えるのを諦めるわけにはいかない。

 邪神に勝てないということは、エリスやルルカ、そしてユエルもが危険に晒され続けるということだ。

 どうにか、どうにかしないといけない。


 そう考えていると、いつの間にか喉がカラカラになっていた。

 水を飲もうと、アイテムボックスに手を突っ込む。

 そして、ある物に手が触れた。

 ハッと気づいた。


 ――邪神を倒す方法、見つけてしまったかもしれない。


 俺が「一人で」邪神の下に向かえば、これが使えるかもしれない。

 この方法なら、騎士が無駄に犠牲になることもない。

 俺一人で、全ての片がつく。


 勝利の可能性。

 それが頭に浮かんで、僅かに腰が浮く。

 でも、その浮いた腰を、きゅっと引っ張る感触があった。


「ご主人様……ご主人様は、必ず私がお守りします。どんなことがあっても、必ずお守りします。……だから、一人で行ったりはしないでくださいね?」


 ユエルが、まるで俺の心を読んだかのようにそう言った。

 俺に後ろからしがみつくようにして、小さく震えている。


「ユエル……?」


 どうしてそんなことを言うのかと驚いたが……おそらく、あれだろう。


 ……ユエルは、魔法の練習で俺の魔力が暴走しそうになった時、その場にいた。

 そして、その魔力の暴走には、山ひとつ消し飛ばしてしまうような、凄まじい威力があるとも聖女が言っていた。

 俺が、その魔力の暴走で、邪神と相打ちにでもなろうとしているように見えたのかもしれない。


 ……でも、俺は自爆なんてやり方はしない。

 死にたくはないし。

 まだエリスともルルカともやることをやってない。

 それに、ユエルを一人残すようなことになれば、絶対にユエルは泣くだろうし。


 俺が死なずに、騎士も死なない。

 そして、邪神を倒すための最善手と思われる方法をとるだけだ。


「……当たり前だろ。一人で行って、俺に何ができるっていうんだ。それに、俺は凄く臆病な人間だからな。そうそう邪神の前に一人でなんていけないさ」


「ご主人様は、誰かを助けるために、何度も自分の命を危険に晒してきました。凄く立派で、とても、とても勇敢な人です」


 そう返すと、ユエルがぎゅっと強く俺の服を握って言う。

 絶対に離さない、そんな意志を感じた。


「大丈夫だ。俺はちゃんとユエルのそばにいる」


 ……まぁ、行くんだけど。


 おそらく、この作戦の勝率はかなり高い。

 しかも、このタイミングだからこそ、成功する確率が非常に高い。

 今を逃せば、邪神に勝つことはできなくなるかもしれない。

 そうなれば、俺はいずれ邪神に殺されるだろう。


「……本当ですか?」


「本当だ。ユエルのご主人様が、嘘をついたりするはずがないだろう?」


 ご主人様は嘘をつかない。

 俺はこれまで、ユエルの前だけでは、清廉で、優しくて、尊敬できるご主人様で通してきた。

 ユエルなら、そう言えば信じてくれるだろう。


「ユエル、聖女から声がかかるまで、仮眠でもとっていよう。いつ何があるかわからないからな」


 そして、俺はユエルにそう言うと、ユエルと一緒に布団に潜ることにした。


次の更新は三日後ぐらいです。

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