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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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司教。

「あ、お姉ちゃん! シキさんと一緒にお風呂に入ったのを見たって聞いたから、急いできたんだけど……」


「ア、アリア!?」


 脱衣所からでると、俺たちを探していたらしい数名の騎士が、ちょうど脱衣所の前にやってきたところだった。

 その中には、アリアの姿もある。


「なんか、聖女様とか他の女の子とも一緒に入ってたって話だったけど……本当みたいだね……」


 こんなにすぐに場所を特定できたのは、聖女と風呂に入ったことが噂になっていたかららしい。

 エリスは、俺と一緒に脱衣所から出たところを見られて恥ずかしいのか赤面しているけれど、別に特に誰と何があったというわけでもない。

 ユエルもいたし、結局今回もサキュバスに途中で邪魔された形になったわけだし。

 助かったは助かったんだけど。


「はぁ、お姉ちゃんがそれで良いっていうんなら、私は何も言わないけどね……」


 でも、そのあたりをいちいち説明するのも恥ずかしい。

 とりあえず、無視して流すことにする。


「そ、それにしても、よくこの暗闇の中で移動できたな」


 もう、外は暗くなっている。

 騎士達は松明を持って移動しているが、あんなものを持っていたらすぐにライトイーターとかいう魔物が寄ってきそうなものなんだけど。


「ライトイーターは明かりに寄ってきますから。こう、近づいてきたところをバッサリやっちゃえばいいんです。シキさんもできますよ」


 できませんよ。


 でも、ちょうどアリアのそばにいる騎士が、猛スピードで松明に近づくライトイーターをバッサリやった。

 どうやら、騎士なら普通に出来る芸当らしい。

 俺がユエルなら、「さすが騎士様です!」とか言いそう。

 ユエル自身もやればできそうなのが怖いけど。


「ひ、ひぎぃいいいいいいいい!」


 ――不意に、サキュバスの悲鳴が、屋敷に響き渡った。


 ……おそらく、他の騎士も既に態勢を立て直しているんだろう。

 サキュバスは、魔法か矢の直撃でも食らったのかもしれない。

 サキュバスも多少は頭を使ったようだが、やはり俺と聖女がこの屋敷にいる限りは、そうやすやすと俺や聖女に近づくことはできなさそうだ。


「どうやら、屋敷の西側に向かってサキュバスを追い立てているようですね。私達も急ぎ向かいましょう」


 そうして気を抜いていると、なぜか聖女がそう促した。


「俺たちが行って大丈夫なのか?」


「もうサキュバスを逃すわけにはいきません。シキ様がいれば、サキュバスもそう簡単には逃げないはずですから。もしもの時は、力ずくでもシキ様を取り押さえさせます。問題はありません」


 ……どうやら、聖女は俺を餌にして、サキュバスが逃走する可能性を下げようという判断をしたらしい。

 力ずくより、エリスあたりがサキュバスと色気で勝負する展開の方が良いんだけど。

 サキュバスの土俵で、是非フェアに戦ってほしい。

 まぁ、実際に攫われたら洒落にならないし、そこは仕方がないのかもしれないが。


「ご主人様は、私が必ずお守りします! ご主人様の、勇者ですから!」


「勇者って……あの聖書の勇者? かわいらしい勇者だね。でも、ユエルちゃんなら本当になれちゃうかも」


 張り切るユエルに、アリアがそう返す。

 まぁ、ユエルとアリアがいれば、確かにサキュバス一人を相手に遅れをとるようなこともないだろう。

 他に大勢の騎士もいるわけだし。

 ここでサキュバスを逃し、聖女が失脚したりでもすれば、そっちの方がまずいかもしれない。


「私、サキュバスと戦うのは、あんまり気が進まないんだけど……」


 エリスだけが、俺を見て恥ずかしそうにそう呟いた。








「ま、窓が凍ってる! ま、窓が凍ってるううう!?」


 領主の屋敷の、大会議室。

 大勢の騎士が集まれるようにか、かなり開けたつくりをしたその部屋に、サキュバスは閉じ込められていた。

 窓は全て氷の魔法でふさがれ、唯一の出口には大勢の騎士。


 一目見てわかった。

 もう、これは詰みだろう。

 流石に、騎士も三度目とあっては逃がすつもりがないようだ。


「撃て撃て! もうあいつは逃げられない! 正確に狙いをつけて、確実に撃ち落とすんだ!」


「おい、もっと矢を持ってこい! あの羽を射抜け! 機動力を削げ!」


「い、いやああああ!! 出して、ここから出してえええ!!」


 部屋がそこそこ大きいせいか、飛び回るサキュバスになかなか攻撃が当てられていないようだが、もうサキュバスは逃げられない。

 相当な数の矢を射かけられたのか既に天井が剣山のようになってるし。

 羽にもいくらか穴があいてしまっている。

 ろくな戦闘能力もないサキュバスにあの氷漬けの窓は破れない。

 あとは時間の問題だ。


 俺がここに来る必要も、なかったかもしれない。

 サキュバスの逃げる気をなくすもなにも、そもそもサキュバスには逃げる手段が残っていない。


 というか、俺が操られてしまう可能性がある分だけ、逆に不味い気がする。

 サキュバスの逃走を防ぐために部屋に入ったが、ここまで完璧に閉じ込めたなら、逆に出ていた方が安全だ。


「これなら、俺は出ていた方が良いな」


 そして、入ったばかりの部屋から出ようとすると、


「っ……! まだ、まだ希望はぁぁあああ!」


 目ざとく俺の姿を見つけたサキュバスが、赤い瞳で俺を見た。

 ……やばい。

 そう思った瞬間。

 足に僅かな衝撃があったと思うと、一瞬平衡感覚がなくなる。


「シキさん、大丈夫ですよ。絶対にシキさんを操らせたりしませんから。将来のお兄ちゃんですしね」


 何があったのかと思えば、いつのまにか地面に押し倒されていた。

 なんとか首を捻って見てみると、アリアが腰の上に座るようにして、俺を組み敷いている。

 動こうとしても、腕を綺麗に極められていて、ろくに動けそうにない。

 警察に逮捕された容疑者みたいな格好だが、これなら確かに操られたりはしないだろう。


 でも、これはこれでやばい。

 サキュバスに欲望を操られるということは、女性の感触とか、そういうものに凄く敏感になってしまうということなのだ。

 アリアは、今、俺を文字通り尻に敷いている。

 駄目だ。

 妹はヤバイ。

 エリスの妹に劣情を抱くのは、本気で駄目だ。

 心頭滅却するべきだ。

 気を逸らす材料を探すため、視線を彷徨わせる。


「ご主人様、大丈夫ですか? いたくないですか?」


 すると、欲望を操られている俺のすぐ目の前に、ユエルがちょこんと座った。

 そして、俺の顔を至近距離から覗き込み始める。

 組み敷かれ、腕を極められた俺を心配しているんだろう。

 不安げな表情をした幼いユエルが、視界のほとんどを埋める。


 ――俺は全力で目を閉じた。


「ユ、ユエル、俺のことはいい。サキュバスを、サキュバスの方を警戒してくれ」


 でも今回は、欲望を操られている感覚はあるが、なぜか割と理性が残っている。

 おそらく、サキュバスが集中できていないのだろう。

 今も、凄い数の矢を射かけられている真っ最中だし。


「わ、私は邪神様を! 邪神様を復活させるまで、死ぬわけにはっ……!」


 アリアに拘束されたまま、サキュバスを眺める。

 ……しかし、本当にしぶといな、あのサキュバス。

 既に数分は騎士の放つ矢の嵐を掻い潜り続けている。


 この時代に復活した邪神の使徒は、ダルノーによって復活させられたサキュバス一体のみだ。

 いくら粘ったところで、援軍も助けも来ることはないんだけれど。

 でも、サキュバスは余程その邪神を復活させたいらしい。


「ご主人様、何か気配がします!」


 そんな中、ユエルがそう叫んだ。

 それと同時に――轟音が鳴った。

 衝撃に再び目を閉じる。

 目を開けると、窓のひとつが、凍った窓が窓枠ごと吹き飛んでいた。


 アリアが、俺を解放して剣を構える。

 俺も、立ち上がって身構えた。


「な、なんだ!?」


「今のは……魔法か!? いったいなぜっ……!」


「ま、不味い! 早く窓を、窓を塞げ! サキュバスが逃げるぞ!」


 サキュバスは、一瞬困惑した様子だったが、どうやらこの機を逃すつもりはないらしい。


「こ、これなら、逃げられるっ!」


 窓に向かって、一直線に飛んでいく。


「う、撃て! 絶対に逃がすな!」


「ひっ、ひぃ!」


 騎士からの矢がサキュバスに飛ぶが、サキュバスは器用に身体を捻り、間一髪でそれを回避。

 そして、全速力で窓から外へと逃げていく。


「あの爆発はなんだったんだ!」


「い、今すぐサキュバスを追撃するぞ! 今ならまだ追いつける可能性もある!」


 さっきまでは、完全にサキュバスを討てる状況だったのに、一発の魔法がすべてをひっくり返してしまった。

 あと少しだったという悔しさからか、焦った騎士の一部が、追撃のために急いで部屋から出ていく。


 ……でも、今部屋から出るのは、おそらく間違いだ。

 ユエルが、ピクリとも視線を動かさず、割れた窓をじっと注視している。

 サキュバスは、確かに逃げた。

 追う必要があるのは間違いない。


 ……けれど、あの窓の向こうに、サキュバスを逃がした何者かがいるのも、間違いない。


「ご主人様、来ます!」


 破れた窓から、いくつかの黒い影が、飛び込むように部屋の中に入ってきた。









 ――速い。


 影は、三つ。

 その全てが、部屋に入ってから一直線に聖女のもとへと駆けていく。

 ……暗殺者。

 そんな単語が、脳裏をよぎった。


「っ……聖女様をお守りしろ!」


 サキュバスのことで焦っていたのか、騎士の反応が遅れた。

 手に短刀を持った、三人の女。

 それが、目で追いきれない程のスピードで聖女に接近していく。


「近づけさせません!」


 真っ先に動いたのは、アステルだった。

 アステルが、暗殺者の一人の足を切り付ける。

 暗殺者はそのまま転倒し、足が止まった。


「っ……!」


 それに続くように、ユエルが、暗殺者を切り付けた。

 暗殺者が、急に平衡感覚を失ったかのように横転する。

 おそらく、即効性の麻痺毒でも塗ってあったんだろう。

 二人目が、無力化された。


「う、おおおおおお!」


 最後に残っていた暗殺者に、騎士の一人が横から飛びついた。

 そのまま、暗殺者を巻き込んで倒れこむ。

 これで、三人目。

 すべてが無力化された。

 一瞬は驚いたが、流石にこの警備の中ではそうそう暗殺なんてできるわけがない。


 けれど――暗殺者が倒れこむ直前。


 その暗殺者の手が、大きくブレたのが見えた。

 反射的に、聖女と暗殺者の間に手を伸ばす。


「シ、シキ様っ!?」


 僅かな衝撃の後、焼けるような痛みが腕に走った。

 確認すると、腕に深々とナイフが刺さっている。

 ……どうやらあの暗殺者、倒れこむ直前に、聖女に向けてナイフを投擲してきたらしい。


「シ、シキ!? だ、大丈夫!?」


「ディスポイズン!」


 ルルカが慌て、エリスは解毒の魔法を発動した。 

 エリスはおそらく、毒を警戒したんだろう。

 そのままナイフを引き抜き、エクスヒールを発動した。

 ……教会で一度ボコボコにされたせいか、血を見てもあまり動揺しなくなってしまった気がする。


「シキ様、大丈夫ですか!?」


「あぁ、大丈夫だ。問題ない」


 聖女が、驚いた表情で俺の目を見る。 

 ……これはナイフを投げられて驚いたというのもあるだろうけれど、俺に庇われたことに驚いている、そんな表情だ。


「わ、私は、シキ様に庇われる理由なんて、どこにも……」


「かつての聖人は、人類を守るほどの英雄だったんだろ? この程度のこと、気にするな。それよりも、あいつらは一体なんなんだ? フィリーネを狙っていたのは、間違いなさそうだけど」


 実際には嫌な予感がして、反射的に身体が動いただけだったんだが。

 あと、ちょっと気にしてほしい。

 結構痛かったし。

 ユエルの前だから、格好だけはつけておくけど。


「っ……、!」


 聖女が、一瞬面食らったような表情をした。

 結構ポーカーフェイスだから、この表情は初めて見た気がする。

 けれど聖女は、すぐに表情を切り替えた。


「そうですね、まず間違いなく、私を狙った暗殺者でしょう」


 そして、麻痺した女暗殺者の一人に近づくと、おもむろに服を脱がせ、その胸元をまさぐり始めた。


「お、おい、何を……っ!」


 一瞬見えた肌に目を奪われそうになるが……そこに見覚えのあるものがあった。

 赤く発光する、幾何学的な紋様。

 見覚えがある。

 ……あれは、奴隷紋だ。

 発光しているということは、今も効力が続いているはずだ。


「……やはり、奴隷紋ですね。あの動き……おそらく、過去に暗殺の経験がある犯罪奴隷をどこかから連れてきたのでしょう。言葉も話せないように、命令されているようです」


 命令されていた。

 つまりは、命令した人物が、どこかにいるということだ。


「い、いったい、誰がこんなことを」


 エリスが、誰に言うでもなく呟いた。


「私を狙う人物は多いのですが……このやり口、それにこの時期に私を狙うとすれば……奴隷商人組合かもしれません。シキ様を利用するのに、私が邪魔だと判断したのかもしれませんね」


 そういえば、聖女は奴隷商人に利するようなことはしないようにと言っていた。

 俺を利用したかった奴隷商人としては、確かに聖女は邪魔な存在だろう。

 まさか、このタイミングで来るとは思わなかったけれど。


「……また逃走を許してしまう結果になりました」


 聖女が呟く。

 なんのことかといえば、サキュバスのことだろう。

 あの暗殺者のせいで、サキュバスは外へと逃げてしまった。

 おそらく、あれだけ死にかければ、たとえ石化が進行してもこの屋敷に寄りつこうとは思わないだろう。

 そうなれば、サキュバスを討伐することは難しくなる。

 後日石化したサキュバスを発見しようにも、どこに行ったかすらわからない状況では、時間がかかるだろう。

 サキュバスの死が確認できないということは、それは聖女の失脚の危機は続いているということだ。


 これは、大分まずい展開かもしれない。


 聖女が失脚すれば、聖女の身の安全が確保できない。

 それに、俺は今は、この聖女をそこそこ信用している。

 俺は、ここの領主と聖女に貸しをつくり、教会やこの街の騎士を味方につけるつもりだった。

 聖女が地位を失うと、俺も身の安全を守る上で、不都合がある。


 俺がそんな思考を巡らせていると、聖女はなにか思案気な顔で、俺に聞いてくる。


「その、シキ様は、私のことをどう思われますか? ……お嫌いだったりは、しませんか?」


 なんだ突然。

 ……でも、少し考えてみる。

 弱者救済のために動いている、意志の強い神官。

 聖人の血筋で、責任感は強い。

 孤児に優しく、実際に元孤児だったアステルにも慕われている。

 最初は俺が自分の実力を隠したかったこともあって敬遠していたが、実力がバレてしまった今となっては、特にそうでもない。


「別に、嫌いではないけど……どうしたんだ?」


「……そうですか。シキ様にご迷惑はかけられませんし、あまり使いたくはなかったのですが……どうやら保険を使うことになりそうです。申し訳ありません」


 ……保険?

 聖女の言っている意味がわからず首を傾げていると、ちょうど痩せこけた禿頭の男が部屋に入ってくるのが見えた。

 聖女が来ているような、特徴的な神官服を着ている。


「……司教様。このような時間に、なんの御用でしょう」


 誰かと思ったが、こいつが王都の司教だったらしい。

 確かこいつ、奴隷商人組合との関わりが疑われているとか、聖女が言っていたな。

 奴隷商人が関わっていると思われる暗殺者の襲撃で、サキュバスは逃げた。

 そして、サキュバスが逃げることで聖女が失脚した場合、それで得をする人物はといえば……。


 こいつも、さっきの暗殺者襲撃に一枚噛んでいたりする可能性はないだろうか。

 おそらく、聖女も同じことを考えていたのだろう。

 聖女も、証拠がないことを言うつもりはないらしいが、厳しい表情で司教を見ているし。


「聖人様に是非一目お会いしたく、少し前からお屋敷に滞在させていただいていたのですが、騒がしかったものでなに事かと思いまして……おお、あなたが聖人様でしたか。メディネ教神官の一人として、お会いできて光栄です」


 うやうやしく、俺に向かって礼をする司教。

 しかし、狙いすましたようなタイミングだ。

 サキュバスが逃げたタイミングでここに来るなんて。

 もう少し後なら、聖女が騎士に口止めをして、サキュバスの襲撃自体を無かったことにできた可能性も僅かにあったかもしれないのに。

 ほら、サキュバスを捕まえるための訓練をしていたとか言って。


「あぁ」


「おや、お取込み中でしたかな?」


 倒れこんだ暗殺者を見て、そう言う司教。

 どこか、白々しく感じられるのは気のせいだろうか。

 説明を促すように、司教は聖女に視線を向けている。


「ええ、つい先ほどまで、サキュバスと……暗殺者の襲撃がありまして」


「ほぉ! ようやくサキュバスを討伐できたのですか! それは素晴らしい!」


 まるで、討伐出来て当然。

 そんな雰囲気で、司教は聖女に言葉を返す。

 聖女の顔が、露骨に苦み走ったのが見えた。


「……いえ、サキュバスには逃走を許してしまいました」


「な、なんとっ……! そ、それはっ……!」


 そう答えて瞑目してうつむく聖女に、司教は大げさに驚いた。


「これはいけませんな。……こうも何度もサキュバスを逃がしてしまわれると、聖女様は実はサキュバスの仲間、邪神教徒だと言う人間だってでてきかねませんぞ。……いえね、私がそう思っているというわけではなく、そう言う人間もでてくるかもしれないということですが」


「き、貴様っ……せ、聖女様をっ……!」


 司教の暴言ともとれる発言に、聖女のそばにいたアステルがいきり立つ。

 けれど、聖女はそれを視線で制す。

 司教はアステルのことなど構いもせずに、話を続けた。


「この責任は、どうとられるおつもりですか?」


 暗に、責任をとれと言っているんだろう。


「今は、サキュバスの討伐に全力を尽くします」


「聖女様、それでは納得しないものもでてきます。いかがでしょう。サキュバスの討伐も、聖人様のお世話も、一度私に任せてはみませんか。このままでは、あなたの信頼にも関わってくる」


「聖人様のお世話も、引き続き私が行います」


 聖女は、司教の追求に頑なな態度で答えている。

 どうやら、司教に譲歩するつもりはないらしい。

 まぁ、譲歩されてこんな禿げ頭に世話をされても困るけど。


 司教が、深いため息をついた。


「聖女様、そのようなわがままを言われては……」


 司教は、聖女を諭すような声を出す。

 どうやら、この機会に聖女から何らかの譲歩を引き出すのが、司教の狙いらしい。

 ――けれど、聖女は司教の言葉をさえぎった。


「私は聖人様と、もう一緒にお風呂に入る仲です。婚約も、近日交わす予定があります。あくまで聖人様の妻の一人として、ですが。……ですから、聖人様は、私がお世話をするのが適切でしょう。サキュバスの討伐も、もちろん責任をもって続けていくつもりです」


 衝撃的な言葉で。


「こ、婚約っ!?」


 司教が、驚きの声をあげる。

 俺も驚いた。

 司教は焦った表情で、周囲を見渡す。

 聖女のブラフ、その可能性を考えたのだろうか。


「そういえば、聖人様と一緒にお風呂に入ったって聞いたな」


「聖女様が、生で胸を揉まれているところを見たやつもいたってよ」


「聖人様も手が早いなぁ。でも、そこまで聖女様にしているなら責任はとるか」


 騎士が噂する。

 聖女からやったことなのに、なぜかいつの間にか俺がやったことになっている。

 なぜだろう。

 これが人望の差ってやつなんだろうか。

 というか、責任?

 とらないといけないんだろうか。

 いや、ハーレムで、その一人としてなら、別にまぁ、駄目じゃないんだけど。

 聖女も美人ではあるし。


 ……聖女が言っていた「保険」。

 その言葉の意味が、ようやくわかった気がする。

 この聖女は、俺という存在を盾に、教会に自分の存在を認めさせるつもりだ。

 俺の圧倒的な治癒の力。

 それは、俺が本気を出せば教会の存在意義すら霞んでしまうような、絶対的な力だ。

 例えば俺が、この国のすべての街を行脚し、街全体に治癒魔法をかけて回ると言えば、教会は大半の仕事を失ってしまう。

 それに教会は「聖人」という名前を無視できない。

 聖人は神の使徒、存在そのものが神の意志とすら言えるからだ。

 聖女は、俺と教会を繋ぐパイプに自らがなることで、自らの地位を揺るがないものにしようとしているんだろう。


「こ、この売女が!」


 騎士の噂を聞いて、聖女の言うことが真実だと思ったのか、顔を赤くして聖女を罵倒する司教。

 司教なんて立場の人間が、そんな言葉を使っていいんだろうか。


 でもまぁ、まだサキュバスが復活して一週間程度。

 聖女と知り合ったのも、ミスコン前の会話を除けばそこからだ。

 それで、今一緒に風呂に入って婚約も考えているとなると、確かに早すぎる。

 清廉さが求められる神官という立場にあっては、なおさらだろう。


「なんとでも言ってください」


「くっ、くうぅっ……!」


 司教も、ここまで早く聖女が俺と接近しているとは思っていなかったのだろう。

 顔を真っ赤にして、悔しそうに唸っている。

 聖女は、そんな司教を一瞥すると、俺を見た。

 そして、僅かに申し訳なさそうな顔をすると、俺に耳打ちする。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。でも私も、聖人様のことは嫌いではありません。エリス様や、他の妻を含めたうちの、一人としてで良いのです。……ですからどうか、ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」


 ……エリスとルルカ、二人とどう結婚するか悩んでいたら、なぜか聖女と結婚することになった。

 これは流石に予想外だ。

 いや、よくよく考えれば、聖女はサキュバスを追い返した時に、報酬として自分を差し出しても良いとか言っていた。

 あの発言がそもそも、この展開を狙ったものだったのかもしれない。


「け、けっこん……! シキが、結婚……?」


「やられたわ……」


 ルルカは茫然としている。

 エリスは、聖女の狙いがわかったのか、頭に手を当ててため息を吐いた。

 でも、ここで俺が聖女との婚約を「存在しない」と言えば、聖女は失脚し、俺は教会側の後ろ盾を失うことになる。

 俺には、この婚姻を否定することができない。

 それに聖女に、できることがあれば協力するって言っちゃったし。

 流石にこれは予想外だけど。


「わ、私は!? 私はどうなるの!?」


「確か、妻の一人でも良いって、そう言ってたわよね……」


 ルルカが混乱し、エリスはサキュバスを撃退した時に聖女が言っていた言葉を、反芻しているように見える。


 一瞬聖女に騙されたような気もしたが……でも、聖女は「妻の一人で良い」と言った。

 地位ある人物と結婚したことで、ハーレムという単語が切り出しやすくなった気もしないでもない。

 これはこれで……ありかもしれない。

 今日のことを思い返してみると、この選択肢はアリだ。

 エリスとルルカの二人に争われると、俺にはもうどうしようもなかったし。

 というか、おそらくエリスはもう俺の思惑に気づいている。

 ちょっとうれしそうな顔を滲ませてしまった俺を見て、深いため息をついているし。

 おそらく、俺が聖女とやむなく結婚することになってしまったことを利用して、エリスやルルカに重婚で妥協を迫る、そんな展開を察したんだろう。

 俺をジトッとした目で見るエリスから、視線を逸らす。


「ん……?」


 ……不意に窓の外を見ると、一瞬、向こうの空に、黒い影が見えたような気がした。

 けれど、それは闇に溶けるように消えて、正体を確かめることはできなかった。


次の更新は三日後ぐらいです。

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