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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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首輪。

 ユエルと話をしながら、部屋に向かう。

 ユエルは今朝からアステルと一緒にいろいろと勉強していたが、それは途中でお開きになったらしい。

 聖女が屋敷の外に出かけるらしく、アステルもそれについていくことになったそうだ。


「そういえば、アステルから毒のことはもう教えてもらったのか?」


「はい。今日は麻痺毒の使い方と、解毒剤の調合法を教えてもらいました。麻痺毒の小瓶も一本だけ分けてくれました。また明日も教えてくれるそうです」


 エリスとルルカは、俺から少し距離をとって後ろについてきている。

 振り向いて確認すると、二人ともが示し合わせたように俺から距離をとった。


 ……やはり、風呂に一緒に入ろうとしたのは、二人的にはかなりの勇み足だったんだろう。

 なかったことにしたいし話題に出してほしくない、そんな雰囲気をひしひしと感じる。


 まぁ、流石に今から一緒に風呂に入り直そうなんて言うつもりはないけれど。

 ユエルもいるし。

 仕方がないから、ユエルとたわいもない話でもしてこの悲しみを癒すことにする。


「へぇ、頑張ったな。明日はなにを教えてもらうんだ? 今日が麻痺毒なら、次は出血毒か何かか?」


「明日は媚薬です」


「……今なんて?」


「媚薬です」


「そ、そうか……び、媚薬か」


 なぜ媚薬なんだろう。

 どうして媚薬なんだろう。

 たわいもない話をしていたはずなのに。

 無難な話をしていたはずなのに。

 

 ……ユエルの目を見てみる。

 

 普段と変わらない。

 特に焦ったりもしていなければ、恥ずかしそうな様子もない。

 普通に自然体で俺を見ている。

 ユエルは、いったい何を思って媚薬なんて……。


 いや、考えすぎだな。

 ユエルが、よこしまな気持ちで媚薬なんて使ったりするはずがない。

 俺じゃあるまいし。

 きっと、真っ当な理由があるはずだ。


「媚薬の、解毒剤の作り方を勉強するらしいです。サキュバスが使ってきた場合、ご主人様がディスポイズンを使える状態じゃなくなってしまうかもしれないので」


「そ、そうか、そうだよなぁ!」


 ほら、真っ当な理由だった。

 ユエルに限っては、心配する必要なんてあるはずがない。

 考えすぎだ。

 考えすぎだったんだ。


「あと……」


 ユエルが不意にポツリと呟く。

 それから、恥ずかしがるように顔を赤らめると、煩悩を振り払うようにぷるぷると頭を振った。

 そして、自分の服のすそをキュッと掴み、下を向くユエル。


「……なんでもありません」


「そ、そうか。な、なんでもないならいいんだ」


 なんでもないなら問題ない。

 問題はないはずだ。


 ――そうしてユエルとたわいもない、なんら問題もない会話をしていると。

 廊下の向こう側に、人影が見えた。

 あの特徴的な金髪ドリルは、間違いなくフランだ。

 後ろにはセラもいる。


「あぁ、ここにいたのね。探したわよ」


 そして、声をかけてきた。


「探した?」


「ええ、ついさっき騎士が聖女様に報告を上げているのを聞いてね。教会の地下に、ダルノーの隠し倉庫を見つけたらしいの。一緒に行かないかと思って」


 一瞬何の用件かと思ったが、どこかに行こうというお誘いらしい。

 俺を誘う理由はよくわからないけれど。


「一緒に行くって……俺とか?」


「前に、あなたに魔法を教えると言ったでしょう」


 確認してみると、フランは僅かに怒ったような表情でそう言った。


「私は一度言ったことを中途半端でやめるつもりはないわ。あの大司教なら、きっと市場で入手できないような、貴重な魔道具もたくさん蓄えてる。魔法の練習に使えるものも、おそらく沢山あるわよ」


 なるほど。

 以前中途半端で終わった魔法のレッスンを、今度こそやろうということか。


 ダルノーが魔力量向上の指輪を大量につけていたのは、よく覚えている。

 たしかに、あいつの隠し倉庫なんていうものがあるのなら、それは高価な魔道具が大量に出てきそうな気もする。

 フランの言う通り、魔法の練習に使えるものだって探せばあるだろう。


「……いや、でも……いいのか?」


 こいつ……怒ってないのだろうか。

 怒っていないわけがない。


 ――前にこいつに魔法を教えてもらった時、俺は自分の魔力がほとんどないと偽っていた。


 フランの勘違いに乗った形ではあったが、真剣に魔法を教えようとしているフランに対して、自分の能力に関して嘘をついていた。

 珍しく、優しくいたわるような声をかけられた記憶がある。

 普段のフランを考えれば、会うなりファイヤーボールをぶつけられてもおかしくないと思うんだけど。


 そんなことを考えていると、セラが近づいてきて耳打ちしてきた。


「……フランは、大司教が持っていた魔力量向上の魔道具が欲しいらしいんです。ですが、領主の娘といっても、流石にあれだけ高価な魔道具を勝手に持っていくわけにもいかないので、聖人様に魔法を教えるために必要だという建前を使って、それを貰いたいんだと思います」


「あぁ、なるほど」


 建前に使うだけか。

 魔力量向上の魔道具は、魔法使いであればだれでも欲しい。

 その分、値段も非常に高価だ。

 領主の娘といえど、そうそう買えるような金額ではないのだろう。


「でも、あなたに魔法をしっかり教えたいという気持ちも本当だと思います」


 けれど、俺のそんな考えを打ち消すように、セラが囁く。


「クランクハイトタートルの毒霧の件。あの時、街にエリアヒールをかけた人物に一番感謝をしているのは……おそらくフランでしょうから」


 そういえば、森から街に戻ったとき、毒霧が街に入ったと聞いて一番焦っていたのはフランだったか。

 フランに視線を向けると、フランはぷいっとそっぽを向いた。


 ユエルを泣かせないためだけにやったことだったんだけど……やって、よかったのかもしれない。






 フランに案内されるがままに教会に移動する。

 ユエル、セラ、エリス、ルルカ、その他数名の護衛の騎士と、結構な大所帯だ。

 そのまま礼拝堂に入ると、既に礼拝堂の石畳の上には多くの魔道具が広げられていた。


「せ、聖人様っ……!」


 入るなり、一人の神官が声をかけてきた。


「わ、わたくし、サ、サリナと申しますっ! 聖女様直属の部下を務めております。お、お会いできて光栄です!」


「あ、あぁ」


 そこそこおっぱいがある、そこそこの美人だ。

 聖女の部下らしい。

 俺の聖人という肩書きに恐縮しているのか、どこか緊張したような雰囲気だ。

 ……聖女にはアステルよりも、先にこっちを紹介してほしかった。


「あなたはここで何をしているの?」


「これはフラン様。私は、聖女様からここの魔道具の管理を任されております。発見された魔道具の出庫作業が終わりましたので、今は鑑定士が来るのを待っている、というところです。と、ところで、聖人様やフラン様は、こちらへは何の御用で……?」


「私たちはね、サキュバスの襲撃に備えて、聖人様の戦闘能力を少しでも向上させるのに役立つ魔道具がないかと思って見に来たの」


「そうでしたか。そういうことであれば、わたくしから聖女様と領主様へはお伝えしておきます。是非見ていってください」


「お、お父様には言わなくていいわ……」


 領主に伝えると聞いて、頬を引きつらせるフラン。

 ……こいつ、領主に黙ってきたのか。

 まぁ、もともとは教会の大司教の所有物だ。

 ここの魔道具の管理を、騎士ではなく聖女の部下がしていることから察するに、本来は教会に回収されるのが筋なのだろう。

 俺を言い訳にして自分も魔道具を貰うつもりらしいが、実の親である領主はそんなフランの思惑を簡単に看破するだろう。

 フラン、後でめっちゃ怒られそう。


「そ、それじゃあ、そういうことだから、見せてもらうわ」


 でも、フランは、魔力量向上の魔道具が相当欲しいらしい。

 クランクハイトタートルを一発で黒焦げにするような魔法が使えるんだから、魔道具なんてなくても大丈夫だとは思うんだけど。

 まぁ、あの時は黒焦げにはなっていたけど即死じゃなかったし、もう少し威力があればあの後俺が川に落ちたりと面倒なことにもならなかった。

 わからないでもないけれど。

 フランは、逃げるように指輪の魔道具があるあたりに歩いていく。


「それじゃ、俺たちも見させてもらうか。いいものがあるかもしれないしな」


 神官にとって聖人という肩書きは相当に強いのか、簡単に許可も出た。

 お言葉に甘えて、見させてもらうことにする。

 フランに便乗する形だが、俺も欲しい魔道具があったらもらうことにしよう。

 あれだけ私腹を肥やしていた大司教だし、普段お目にかかることもできないような魔道具もあるかもしれない。

 できれば服だけを都合よく透視できる眼鏡型の魔道具とかほしい。


「ご主人様、首輪がたくさんあります」


 ざっと見てみると、指輪、腕輪、本、杖、その他もろもろいろいろあるが、一番多いのは首輪だった。

 というか、この場に広げられている魔道具の内、八割ぐらいが黒い首輪で埋まっている。

 ……おそらくこれは、ミスコンの時の、あの魔物を操る魔道具だろう。

 独自に量産でもしていたのか、凄い数がある。

 百は余裕で超えているだろう。


「邪神教徒にこの首輪を流していたのは、やはりダルノーだったようです。おそらく、不正に蓄財した資金を使って、独自に開発・量産していたのでしょう……」


 聖女の部下の神官が、残念そうな顔で言う。

 まぁ、邪神教徒なんていう人類の敵といってもいいような存在を、大司教という高い地位の人間から出してしまったのだ。

 教会関係者としては、思うところがあるんだろう。


「そうか……しかし、本当に首輪だらけだな。これで全部なのか?」


「は、はい。ですが……まだ鑑定が済んでおらず、その首輪の魔道具以外はまだ使い道が判明していないものが多いのです。もうしばらくすれば鑑定士もやってくると思いますので……」


「あぁ、俺は鑑定が使えるから大丈夫だ」


「そ、それは……さ、さすがは聖人様ですっ……!」


 なんとなく、近くにあった首輪に鑑定を使ってみる。

 ……やっぱり、前に見たものと同じだな。

 魔物に装着させることで、魔物を思った通りに操れる。

 そういう魔道具だ。


 ……これだけ数があれば、俺もサキュバスみたいに魔物の軍勢を作れるだろうか。

 サキュバスのような軍勢を作る能力と、俺の範囲治癒能力は非常に相性がいい。

 サキュバスいわく「世界だって征服できる」程だ。

 俺が少数でも魔物の軍勢を作ることができれば、サキュバスがそれを超える大軍勢を引き連れてきたとしても、ある程度までは俺が余裕で勝ててしまうだろう。


「……魔物をどうやって集めるかがネックか。それに、サキュバスももう魔物を集めて襲撃してくるような余裕はないだろうしな……あと二、三日もすれば石化するのは目に見えてるし」


 活用できそうな気もしたが、サキュバスの襲撃前ならいざ知らず、今の状況になっては使う必要もない気がする。

 これ用の魔物を集め終わったころには、サキュバスは完全に石化していそうだ。

 まぁ、でも念のためにもらっておくけど。


「この首輪、サキュバスとの決着がつくまで貰っておいていいか? いらなくなったら返すからさ」


「は、はい! ぜひどうぞ聖人様!」


 聖女の部下から許可ももらえたので、アイテムボックスに片っ端から突っ込んでいく。

 ――すると、ユエルがぽけーっとした顔で俺を見ているのが目に入った。


 ……?

 どうしたんだろうか?


 ユエルは、ちょっと豪華な首輪を手に持ちながら、首輪をしまっていく俺を見ている。

 ユエルが持っているあれも同じ首輪だろうか。

 ……宝石で飾られたりしているし、アクセサリーかなにかと間違えたのかもしれない。

 首輪をはめてほしいとか言われたらどうしよう。


「ご主人様は、鑑定スキルが使えたんですか?」


「あ、あぁ……使えるぞ?」


 言って気づいた。

 ユエルのあのぽけーっとした表情は、おそらく、驚いているんだろう。

 ……これまで、鑑定スキルを使ってユエルのスキルを当てたり、魔道具を目の前で鑑定して魔道具の能力を当てたりもしていた。

 でも、まだユエルには、俺に鑑定のスキルがあることを伝えてなかったし。

 ちょっとうっかりしていた。


 ……ご主人様は嘘つきだとか、泣いたらどうしよう。

 いや、正確に言えば嘘はついていないんだけれど。

 ただ、ユエルの驚く顔が面白くて、「鑑定スキルを持っている」という、本当のことを言わなかっただけだ。


「そうなんですか。鑑定スキルまで使えるなんて、凄いですご主人様!」


 一瞬焦ったが、ユエルはふんふんと頷くだけだった。

 そして、一転してキラキラした目で俺を見始める。


「あ、ご主人様、これは、他の首輪とちょっと違うみたいです!」


 それからユエルは、本来の目的を思い出したとばかりに、手に持った首輪を差し出してくる。

 別につけてほしいわけではなかったらしい。

 ただ、他と違うから気になっただけなようだ。


「これはっ……こんなものまで開発してたのか、あの大司教」


 鑑定してみると、確かに違う。

 でも、やはり今更だな。

 サキュバスの石化がほぼ確定した今、必要はないだろう。

 まぁ、これも一応もらっておくけど。


「これも貰って大丈夫か?」


「はい、聖人様が必要だとおっしゃられるのであれば、是非持って行ってください! ……聖人様には、石化の治療をしていただいた恩がありますから。私にできることであれば、なんでも……」


 ……俺が石化を治した聖女の部下というのは、この神官だったらしい。

 というか聖人だからいろいろと持っていく許可をくれたのかと思ったら、完全に私情だった。

 これ本当に貰って大丈夫だったんだろうか。

 あと、なんでもっていう言葉はそんなに気軽に使っていいものじゃないと思う。


 さっきまでアクセサリー型の魔道具を珍しそうに眺めていたエリスとルルカが、俺の行動を注視しているのがよくわかる。

 流石に、ここで「今何でもって言ったよね?」みたいなことを言えば、ユエルだけでなくエリスにもルルカにも悪印象だ。


「鑑定が使えなくても、魔力量上昇の魔道具はやっぱり着けてみればわかるわね。こっちはもう済んだわ。鑑定が使えるって聞こえたけど、魔法の練習に使えそうな魔道具はあったの?」


 そう考えていると、満足した様子のフランが話に割って入ってきた。

 もう自分の分の魔道具を確保し終わったのか。


「うわぁ……なんかすごいジャラジャラしてるね」


 ルルカが、フランを見て呟いた。

 ……たしかにジャラジャラしている。

 あの大司教みたいに、指に魔力量上昇の指輪をゴテゴテとつけている。


「似合うでしょ?」


 ルルカの言葉にそう返しながら、その指を自分の顔の前にもっていくフラン。

 それから、まるで扇子でも広げるように、そのゴテゴテとした手をパッと開く。

 そして、ふふんと鼻を鳴らした。

 でも、なんだろう。

 金髪ツインテドリルのフランがそれをやると、なんというか……


「なんていうか、下品……成金みたい」


「な、成金!?」


 ルルカの感想がショックだったのか、フランがぐらりと揺れる。

 俺も下品だと思う。

 豪華な髪形+豪華なアクセサリーで、胸やけしてしまいそうだ。

 ……というか、それよりも一つ気になることがある。


「おい、それ、全部でいくらになるんだ? ここの魔道具って、たぶんどっかに売り払われて税金か教会の資金の足しにするもんだろ? あんまり豪快にもっていくとまずいんじゃないか?」


 俺は、借りていくだけだから問題ないけど。

 サキュバスの件が片付いたら返すし。


「ちょ、ちょっと試したら後で返すわよ! そ、そんなことより、ちゃんと魔法の練習に使えそうな魔道具は見つかったの!?」


 ……本当だろうか。

 まぁ、別に深くつっこむつもりもないけれど。

 というか、フランの言葉で思い出したが、俺は魔法の練習に使える魔道具を探していたんだった。


 急いで、片っ端から鑑定をかけていく。


 ……魔力量上昇の魔道具は俺には必要ない。

 ……杖も、かつての聖人が使っていたという伝説級のものを聖女からもらったし……。

 ……あの腕輪はただの金でできた装飾品みたいだ。


 ……なんか、使えそうなもの、ないな。


 まぁ、あの大司教は魔法の練習を真面目にやりそうなタイプには見えなかったしな。

 というか、わざわざ大司教の魔道具をあさりにこなくとも、聖女からもらった杖だけで、魔法の練習には十分だった気がする。


「いや、そういえばフィリーネから聖人の杖をもらってたからな。これを上回る魔道具はなさそうだ。これで練習してみるよ」


「そう。……なんだか私に付き合わせるみたいになって悪いわね。ここじゃ難だし、屋敷に戻りましょうか」


 収穫はなかったが、フランは満足そうだ。

 まぁ、攻撃魔法は俺もせめて一生に一度ぐらいは使ってみたい。

 もう少しだけ付き合ってやろう。



次の更新は3日後ぐらいです。

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