奴隷の構造。
前話までのあらすじ
大司教の陰謀により復活したサキュバスを騎士と共に撃退したシキは、領主の屋敷に滞在していた
すると、おっぱいがばるんばるんな奴隷商人の娘メルリアーナが突然屋敷にやってきて「配慮をしてくれ」と頼まれる
シキがよくわからずに首を傾げていると、そこに聖女がやってきて、メルリアーナは去っていった。
今日から三日おきぐらいで投稿していきます。
だいたい17話ぐらいです。
治癒魔法は、この5章でweb書籍共に本編完結になります。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
「シキ様、今立ち去っていった方は?」
振り向いた先にいた聖女が、尋ねてきた。
「こ、この街の奴隷商人組合の組合長の娘で、メルリアーナっていう名前らしい」
騎士と揉めていたから気になって見に来たら、いつの間にか巨乳美女にその巨乳を揉まされていた。
……別に、俺が大人しく聖女が訪ねてくるまで部屋で待機している義務があるかといえば無いし、美女の巨乳を揉むのも俺の自由ではある。
でも……聖女の顔を直視できない。
それはもちろん、やましい気持ちがあったからだ。
というかやましさしかなかったからだ。
「……もうシキ様の情報が外部に漏れたようですね。シキ様が女性に非常に弱いということも、どうやら既に知られてしまったようで……」
何か言われるかと思ったが、聖女は何か思案するように手で口元を覆って、冷静にそう呟くだけだった。
「じょ、女性に非常に弱くはないから……」
ユエルの前なので一応否定はしておくが、聖女は聞いていない。
そのまま、指をトントンとさせながら、何かを考えているように見える。
「……シキ様は、奴隷がどうやって生まれるのか、ご存知でしょうか」
そして、聖女は唐突にそんなことを言い出した。
それから、俺の返事を待たずに続ける。
「戦争による捕虜が生まれない昨今の安定した情勢では、奴隷が生まれる理由にはまず貧困が挙げられます」
「貧困?」
奴隷が生まれる理由。
そういえば、ユエルからは奴隷になった理由を聞いた。
ユエルは自分がいた孤児院が潰れて、そこの借金の形に売られたとか言っていた気がする。
「前の大司教、ダルノーは孤児院等の施設の予算を大きく搾取することで、意図的に生活に困窮する人を増やしていました。すると、食い詰めた人やあぶれた孤児は奴隷になるしかありません。奴隷が増えれば奴隷を扱う奴隷商人は儲かります。そして、大司教はその利益の一部を報酬として受け取り、また私腹を肥やす…… 簡単に言えば、そういう仕組みなのです」
「あぁ、あのメルリアーナとかいう女が言っていた配慮って……そういうことか」
なにかと思ったが、どうやら聖女は、メルリアーナが俺に接触してきた理由を説明してくれているらしい。
貧民が増えれば、その貧民は生きていくために自分から奴隷になったり、借金の形として売られたり、生活苦から犯罪を犯したりして奴隷に落とされる。
つまり奴隷商人側としては、教会の大司教は金に汚く、貧民から強引な搾取をし続けるような、そういう姿が理想ということだ。
……それなら、先代のダルノーは、それはそれは奴隷商人にとって素晴らしい大司教だっただろう。
「奴隷商人にとって、地方の福祉を一手に握る大司教は、商売の行く末を大きく左右する重要人物です。必ず接触してくるとは思っていました。……まさか、ここまで早いとは予想していませんでしたが。接触を許してしまったのは……私の失策です」
聖女は、自らの考えの甘さを恥じるような渋面を浮かべている。
なんとなく感じてはいたが、どうやらこいつは責任感が強い人物のようだ。
でも、俺が美女のおっぱいを揉んだことでそこまで真剣に思い悩まないでほしい。
罪悪感がすごい。
「これから、シキ様を狙った女性による誘惑が増えるかもしれません。ですが、奴隷商人と繋がりのある女性にたぶらかされ、言いなりになるようなことだけは無いようにお願いします。私の方でも、対策を考えておきますが」
そして、釘を刺されてしまった。
でもまぁ、そんなことをするつもりはないけれど。
やったらエリスには軽蔑されるどころじゃ済まないだろうし。
そもそも、流石に孤児院のようなところから金を巻き上げるような趣味はない。
「あ、あぁ、わかった」
俺が了承すると、聖女はホッとしたように頷いた。
肩の荷が一つ降りた、そんな顔をしている。
「まぁ、それはさておき」
けれど、聖女はすぐに表情を切り替えた。
どうやら、まだ話があるらしい。
……聖女はすー、はー、と一度深く呼吸をすると、俺の目をじっと見据える。
しっかりと顔を見ると、聖女と持て囃されているだけあって、やはり美人だ。
そうして聖女と見つめ合っていると、なぜか唐突に、聖女が背伸びをした。
それから、頭の後ろに両手を回される。
「お、おわっ!?」
――そして、頭をきゅっと抱きしめられた。
聖女はそのまま、俺の頭を胸に抱くようにして、優しく胸を押し付けてくる。
「っ……!」
ユエルが、ひゅっと驚きに喉を詰まらせたような音を発したのが聞こえた。
「せ、聖女様!?」
周囲の騎士も、唐突な聖女の行動に驚いている。
「お、おいっ、これはいったい……!?」
もちろん、俺も驚いている。
さっきまで奴隷商人と大司教の関係について真面目な話をしていたと思えば、いつの間にか頭を抱かれ胸元に押し付けられていた。
一応嬉しい状況ではあるんだが、それよりも混乱が強い。
こいつが何を考えているのか、さっぱりわからない。
「どうですか? ドキドキしますか?」
「い、いや、それはあんまり」
あまりに驚き過ぎて、質問に素で答えてしまった。
びっくりはしたけど、ドキドキはしない。
ふんわりといい匂いはするんだけれど、額があばら骨にコツンと当たっている感覚がある。
あとぐりぐりしてちょっと痛い。
さっきメルリアーナの巨乳を揉まされたこともあって、正直かなり物足りないところがある。
「……そうですか」
無機質な雰囲気の聖女の声と、ギリッと歯が軋むような音が聞こえた。
不穏な空気を感じて聖女の顔を見るが……聖女は俺と目が合うと、ニコリと微笑んだ。
でも歯軋りは確実に聞こえたし、さっきの声はやはり不穏な感じだった。
間違いなく表情と内心が一致していない。
こいつちょっと怖い。
そして聖女は、「それなら仕方がありません。……女性の趣味は人それぞれですから」と呟いてから、俺の頭を解放する。
「で、ですが……こ、これならどうでしょうか」
それから今度は、俺の手をそっと掴むと、その手をゆっくりと導いていく。
「お、おい!?」
導かれた先は、聖女の胸だ。
でも、ただ胸に手を引っ張られただけじゃない。
……服の下に、引っ張られている。
服の下の、生のおっぱいに、俺の手が誘導されている。
全くないと思っていたけれど、直に触ってみるとほんのちょっとだけあった。
ふにっとしている。
「せ、聖女様っ!? さ、先ほどからいったい何を!?」
一部始終を見ていた騎士が、たまらず叫ぶ。
「……」
ユエルも無言で、俺の手をガン見している。
「シ、シキ様、どうでしょうか」
けれど、聖女は騎士もユエルも無視して、俺に聞いてくる。
どうかと問われても、俺にはこの奇行の意味がさっぱりわからない。
「ドキドキしたりはしませんか? 押し倒して、私と子供を作りたいとは思いませんか?」
流石に恥ずかしいのか視線を逸らしてはいるが、言っていることもやっていることも過激極まりない。
こいつは本当に、どうしたというんだろう。
いや、俺が「ドキドキしない」と言ったからこんな暴挙に出ているんだろうことはわかるんだが、そもそもなぜこんなことを始めたのか。
「サキュバスや先程のような女性に誘惑された時、私がそばにいれば、私を選んでくださいますか?」
「あ、あぁ……なるほどな、そ、そういうことか」
サキュバス、という単語を聞いてようやく納得した。
というか、よく考えたらそれしかなかった。
おそらく聖女は、自分がそういう意味で、サキュバスに対抗する戦力になるかどうかを、確かめていたんだろう。
……この聖女、なかなか体を張るな。
サキュバス対策というのなら、俺をずっとエリスやルルカあたりのそばに居させればいいだけだし、聖女までわざわざこういうことをする必要は無いはずなんだが。
いくらなんでも、ここまでするとは思わなかった。
しかし、ここまでしてもらって申し訳ないけれど、
「でも、サキュバス相手は無理だろうな。あれは別格だ」
メルリアーナならともかく、サキュバスの誘惑はエリスの「なんでもしてあげる」発言でも結構ギリギリだった。
多分、聖女じゃまず無理だ。
絶望的に胸が足りない。
「こ、ここまでして駄目なのですか……?」
聖女が、今度は本当にガックリしたような声を出す。
ここまでしてほとんど反応がないことに、相当なショックを受けたのかもしれない。
まぁ、美人ではあるわけだし。
聖女なんていう肩書きの人物が、生乳まで触らせたわけだし。
でも俺としては、おっぱいは肩書きより大きさだ。
巨乳を揉んだ後では、やはり物足りないという気持ちが前面に出てきてしまう。
「もし俺とフィリーネが二人きりのところにサキュバスが現れれば、間違いなく俺はサキュバスに誘惑されてかっ攫われる。そこは断言できる」
でも、ここで聖女をフォローするために適当なことを言って、結果俺が攫われでもしたら、人類がヤバイ。
俺の範囲治癒とサキュバスの操る魔物の大群は、相性が良すぎる。
実際にはユエルもいるし、周囲には騎士もいる。
そう簡単に攫われたりはしないわけだが。
でも一応、きちんと思ったことは言っておく。
「そうですか……」
聖女が、僅かに項垂れた。
エリスにサキュバスから俺を取り返すことができたのだから、自分にだってできるはずだと考えていたのかもしれない。
でも正直なところ、聖女の胸はユエルと大差なかった。
いや、ユエルの方が大きいまであるかもしれない。
絶望的なまでの貧乳だ。
けれど聖女は、一つ深い息を吐くと、すぐに真剣な表情に変わる。
「しかしこれは、少々困りましたね……一夜が明けましたが、サキュバスの所在はいまだ掴めていないのです。魔物を集めるには時間が必要ですから、すぐに再襲撃されるという可能性は低いでしょうが、この街の近辺に潜んでいる可能性は否定はできません」
「そうか……でも、たしか足にアースドラゴンのブレスも受けてたし、今頃はただの石像になってるって可能性もあるんだろ?」
「はい、ですが……これまでの戦闘から察するに、邪神の使徒は想定より遥かに強靭な肉体を有しています。人間と同じように石化が進行するとは限りません。生命力の強い魔物は人と比べて、石化や毒などの異常にかかりにくいと聞きます。サキュバスも、そうである可能性は否定できません」
そういえば、結構ドラゴンに攻撃されたりしていたのに、サキュバスは無事だった。
尻尾で壁や地面に叩きつけられたりしても、割とピンピンしていた。
痛がってはいたけれど。
でも、あれは普通の人間ならひき肉になっていてもおかしくない威力の攻撃だったはずだ。
「……やはり、シキ様の周囲をしっかりと固めた方が良さそうですね」
そして聖女はそう呟くと、パンパンと手を叩いた。
同時に、屋敷の屋根の方向からぴょんぴょんと小さい影が飛んでくる。
そしてその影は、聖女のそばで止まった。
「フィリーネ様、何かご用ですか?」
その影の正体は、なんだか見覚えのある、獣耳の少女だった。
年齢はユエルと同じぐらいに見える。
「シキ様、この子はアステル、私の護衛です。シキ様の奴隷は優秀ですが、護衛としての訓練を受けたわけではないようですので……差し出がましいことかもしれませんが、私がこの屋敷にいる間、このアステルに護衛としての技術を教えさせましょう」
「護衛の技術?」
護衛としての技術というのが何を指すのかはわからないが、まぁ教わっておいて悪いことはないだろう。
ユエルの方に視線を向けてみると、やる気はありそうだ。
俺の目を見て頷きながら、ぐっと両手を小さく握っている。
「……わ、私がですか?」
でも、アステルと呼ばれた子供の方は、ちょっと不服そうだ。
しかも、ユエルを少し睨んでいるように見える。
というか今思い出したが、こいつは以前、孤児院でユエルが勘違いして追い回したとかいう聖女の隠密だ。
……相当ユエルのことを嫌っていそうな気がするんだけれど。
なんだか面倒なことになりそうな予感がしてきた。
喧嘩とか、しなければいいけど。
そんなことを考えていると、屋敷の外から、騎士が駆け込んでくる。
そして、聖女を見つけると、その前で立ち止まり、言った。
「せ、聖女様、クルセルの街にサキュバスが現れたとのことです!」




