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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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聖書の人物。

あらすじ

周囲の街の騎士団と協力してサキュバスを撃退したシキは、実は聖書の性人だった。

 サキュバスを撃退した、その日の夜。

 領主の屋敷の一室で、俺は聖書を読みふけっていた。


 ――俺が、この世界にいる理由。


 これまでは、知ることなんてできないと思っていた。

 考えるための材料が足りないと、諦めていた。


 でも、今ならわかる。

 この本には、俺と同じ境遇だった人物のことが書いてある。


 今、領主の屋敷ではサキュバス撃退成功の、祝勝会が行われている。

 でも、俺はこの本を読むために、早々に抜け出してきた。

 聖女や領主からは主役がどうこうと言って引き止められたが、強引に部屋に戻って鍵をかけた。

 もちろん、集中して聖書を読むためだ。


「シ、シキ様。シキ様がサキュバスに操られたことは、仕方のないことだったと皆わかっております。シキ様のことを指差してクスクスと笑ったあの女騎士は、領主様が一ヶ月の減給処分にするとおっしゃっておりました。で、ですから……その、どうか機嫌を直して祝勝会に出席してはいただけませんか?」


 部屋の扉の向こうから、聖女の声がした。


 ……別に、サキュバスに簡単に欲望を操られてしまったところを多くの人に見られたことが恥ずかしくて部屋に引きこもった、というわけじゃない。

 それも無いとは言わないが、それが全てというわけじゃない。


「……そんなことは全く気にしていない。俺は聖書が読みたいだけだ。しばらく放っておいてくれ」


 欲望を操られ、サキュバスにふらふらエリスにふらふらした挙句、ユエルにパンツを下ろされそうになってギリギリで正気に戻ったことなんて、俺はもうほんの少ししか気にしていない。

 それに、この部屋の中にはユエルもいる。

 俺が、まるでそんな小さいことを気にしているかのような発言はやめてほしい。

 俺が気にしているのは、あれの、後のことだ。


 ――今もまだ、聖女の言ったあの言葉が脳内で反響している。


「聖人様」


 聖女はあの時、俺の手を握りしめながら、確かにそう言った。

 聖人というのは、聖書に出てくる邪神を封印した人物のことだ。

 まだ聖書の一部しか読めてはいないが、「違う世界から来た、莫大な魔力を持つ黒髪の人物」という点では俺と一致していることが確認できた。

 そして、邪神とその使徒の侵攻を押し返し封印するぐらいには、とんでもない力のある人物だったということも、ちょうど今読んでいるところに書いてある。

 これまでの経緯と、俺の飛び抜けた治癒魔法の実力を考えれば、俺がその聖人と同じような存在だということには……納得できなくもない。


「……わかりました。実は、シキ様に紹介したい部下がいたのですが……そうであれば仕方がありませんね」


 そんなことを考えていると、聖女がそう言った。


「部下……?」


 ……聖女の部下といえば、俺の知る限りではみんな女性だった気がする。

 それに、ちょうど今思い出したが、アースドラゴンに襲撃された時、俺はミスコンの参加者だけじゃなくて聖女の部下の一人も気づかず治療していたらしい。

 確か、大司教を粛清した時に、そんなことを聖女が言っていた。

 もしかしたらその部下は、正体を明かさず、見返りも求めず、颯爽とエクスヒールで命を救った俺のことが気になってしかたがないという可能性だってある。


 ……なんだよ、部下を紹介したいとか、そういう重要なことはもっと早く言ってほしい。


 部屋の鍵を開けるために立ち上がろうと、足に力を込める。

 けれど、膝の上にユエルの頭を置いて寝かせていることに気づいてやめた。

 ユエルは、念のため深夜に俺の周りの警備をすると言って、今から仮眠をとろうとしている。

 寝息を立てていないからまだ眠ってはいないようだし、簡単に前言を撤回するところをユエルに見せるわけにはいかない。


 ……まぁ、急ぐ必要はないか。

 最近、エリスともルルカとも結構いい感じになっている。

 そのうち紹介はしてくれるんだろうし、聖女の部下はまた今度でもいい。


 ――そして部屋の外から、聖女が立ち去る足音が聞こえた。


 けれど、その足音はすぐに止まり……なぜか、部屋の前に戻ってくる。

 それから、僅かに考えるような間を置いた後、聖女が再び声をかけてきた。


「あの……シキ様、もしかすると……お取り込み中でしたでしょうか?」


「お取り込み?」


「サキュバスと、シキ様がお連れの奴隷の女の子は、背格好や肌の色が近しいですし……それに、シキ様は大分慕われているご様子でしたから。……その、配慮が足らず、申し訳ありませんでした。私はあまり男性の性というものへの知識が無く……サキュバスに情欲を高められた後だというのに、部屋の前まで押しかけてしまって」


 聖女が、本当に申し訳なさそうな声音で言ってくる。


 こいつもしかして、部下を紹介すると言えば俺は絶対に食いつく、食いつかないのは俺がユエルとお取り込み中だからだとでも考えたのだろうか。

 というか俺が、この世界にいる理由の解明と、女性を紹介されることを天秤にかければ、絶対に女性の方を取る人間だとでも思っていたのだろうか。


 ……なかなかの慧眼ではあるが、今回は違う。


 俺はサキュバスに高められた情欲をユエルにぶつけたりはしていない。

 そもそも、もう自然に収まっているし。

 誤解を招くような発言はやめてほしい。

 既に誤解しているのか、目を瞑っているユエルの耳がせわしなく動いている。

 ユエルの長いエルフ耳が激しく揺れている。


「おい、誤解を招くようなことを言うな。俺は本当に聖書を読んでいるだけだ」


「い、いえ、お隠しにならずとも構いません。サキュバスは撃退しましたが、まだ確実に倒せたと判明したわけではありませんから。また操られないためにも、欲望の処理は重要でしょう。……ですが、その、たとえ合意の上であっても、幼い奴隷の少女とというのはあまり風聞の良い行為とは言えません。もしそうであれば、念のために人払いをする必要があると考えたのですが」


 それ以上言うのは本当にやめてほしい。

 今、ユエルは俺がエリスにキスされた件で、おそらくまた不安定な状態だ。


 ――領主の屋敷に戻ってから一緒に風呂に入ったが、その時俺は見た。


 脱衣所で、ユエルがまるでサキュバスの行動を真似するかのように、パンツを脱ぎながら腰を控えめに揺らしていたのを。

 もちろんふらふらと近寄って行ったりはしない俺を見て、ユエルは少し残念そうな顔もしていた。

 それに、その後の祝勝会でエリスと目が合って、気恥ずかしくなって目を逸らした先にいたユエルさんの、世の中の全てを悲観したような瞳も記憶に新しい。


「っ……!!」


 今の聖女の言葉を聞いたせいか、ユエルは目をパッと見開くと、いそいそと起き上がり俺の前に正座をし始める。

 そして、自分はとんでもない思い違いをしていた、そんな表情をしながら自分の頭をペタペタと触って髪を整えると、再度居住まいを正した。

 それから、緊張を隠せないといった様子で身体を強張らせながら下を向き、たまにこちらをチラチラと窺ってくる。


 ユエルが何を考えているのかは知らないが、この状況はよろしくない。


「ち、違う! 本当にそうじゃない! 俺はユエルに手を出していないし、今後も絶対に手を出すつもりはない! 俺は本当に聖書を読みたいだけだ!」


 強く否定する。

 すると、聖女はなぜか笑い声を漏らした。


「そうでしたか。早とちりしてしまい、申し訳ありません。……それではまた明朝に参りますので、よろしくお願いいたします」


 それからすぐに、聖女は部屋の前から立ち去った。

 信じてくれたんだろうか?

 でも、納得するのが早すぎる気もする。


 ……いや。

 もしかしたら、聖女はもともと俺がユエルとお取り込み中だなんて考えていなかったのかもしれない。

 俺の声を聞いて笑ってたし。

 それにあの聖女、大司教を粛清した時、やられたことは絶対にやりかえすとか言っていた気がする。

 俺が祝勝会を強引に抜けたから、報復にちょっとからかってきたという可能性もある。


 でも、そうだとしたら本当にやめてほしい。

 聖女にとっては些細なからかいでも、俺はもじもじするユエルへの対応を間違えれば、一発でアウトだ。

 おそるおそる、ユエルの方を見てみる。


 ――そこには、瞳いっぱいに涙を溜めながら、絶望したような表情で俺を見るユエルがいた。


 俺の前に正座しながら、ぷるぷると震えている。

 今にも泣きそうだ。


「こ、今後も……ぜ、絶対に……手を出さない……。や、やっぱり、私じゃ……もう、私なんかじゃエリスさんには……」


 ……自分がついさっき言ったことを、思い返してみる。

 やばい。

 確かに幼いユエルに手を出すつもりはないんだが、今後も絶対に手を出すつもりがないというのはあまりにもユエルにとって希望の無い発言だった。

 正直なところ、ユエルが大きくなった姿というのが全くイメージできないし、あながち間違った発言でもないんだけれど。

 でも、ユエルが毎日欠かさず風呂上がりに自分の胸のサイズを確かめたり、身長を測ったりしては一喜一憂していることを俺は知っている。

 ここは誤魔化すしかない。


「ユ、ユエル。あくまでユエルが大きくなるまでは、という話だ。その先は俺でもわからない。だからその……き、気にするな。な?」


 とりあえず弁解してみる。

 まぁでもユエルも、ユエルが子供のうちは俺が手を出さないことはわかっているはずだし、これで問題ないと思うんだが。

 ……でも、ユエルは下を向いて、まだぷるぷると震えている。


「……」


 そして、何も言わない。

 ……いや、何かを言いたそうな顔をして俺を一瞬見はした。

 けれど、それからすぐに、再び下を向いた。


「ユ、ユエル? ど、どうした?」


 聞いても、ユエルは何も答えない。

 ただ、下を向いて震えているだけだ


 ――そして不意に、正座したユエルの膝に、水滴が落ちたのが見えた。


 同時に、ユエルの嗚咽が聞こえてくる。

 ……泣いてる。

 これ、ガチ泣きしてる。


「ユ、ユエル!?」


 やばい。

 これはやばい。

 ぽたぽたと、ユエルの膝の上に水滴が垂れている。


 俺が困惑していると、喉から絞り出すような細い声が聞こえてきた。


「……わ、私が大きくなるまでに、ご主人様はきっと……エリスさんと結婚してしまうと思います。そうしたら……私はきっとご主人様のおそばにいられなくなります……」


 ユエルの口から、エリスと結婚という単語がでてきた。

 まぁ、サキュバスに操られた俺を助けるためとはいえ、エリスにキスされたばかりだ。

 そう考えてしまうのも、仕方がないのかもしれない。


「エリスさんは私にも凄く優しくしてくれます。だから……エリスさんには幸せになってほしいと思っています。エリスさんはおっぱいも凄く凄く大きくて……ご主人様と、お似合いだとも思います。でも……でも私は……ご主人様と、ずっと、ずっと一緒に……」


 おそらく、ユエルの中では結婚=奴隷であろうと妻以外の女はそばにいられない、ぐらいに考えているんだろう。

 俺は結婚したとしても、ユエルをどこかにやったりするつもりはないんだが。

 一夫一妻が世間の常識であろうと、結婚するのが誰であろうと、おそらくユエルはそばに置くだろう。

 それに、俺はそもそもハーレムを目指しているからそんな世間の常識は関係ない。

 俺にとっては、些細なことだ。


 でも、このユエルの様子を見る限り、ユエルにとっては本当に大きな問題なのだろう。


「……ユエル」


 なんだか、ユエルはルルカの時と比べてもかなり激しく落ち込んでいる気がする。

 エリスが相手では、万に一つも自分には勝ち目がない、そう思っているのかもしれない。

 まぁ、エリスは欲望を操る能力を持ったサキュバスにでさえ、素の性的魅力で勝利するような女性だ。

 確かにそういう意味では、万に一つもユエルに勝ち目はないだろう。


「……そういえばユエルには、これまで俺自身のことを話したことがなかったな」


 だから、ここはユエルの気を別のところに逸らしてやる必要がある。

 さっきまで読んでいた聖書から、渾身の策も思いついた。

 これならユエルは泣き止む。

 その確信がある。


「ご主人様の、こと……?」


 ユエルは急な話題の変更に戸惑っているようだが、そのまま話を続ける。


「改めて言っておく。これまで黙っていたが、俺はこの世界の人間じゃない。どうやら、聖書にあるこの聖人という人物と、似たような存在らしい」


「……わ、私はご主人様はきっととても凄い方だと、ずっとずっと思っていました」


 厳粛な雰囲気で告げると、ユエルが答える。

 涙声だけど。

 でも、話には食いついた。

 どうやら、俺の話に興味はあるらしい。


「ユエルは、聖書の二章はもう読んだか?」


「……はい、わからない言葉もあったんですが……そこまでは読みました」


「俺もまだ二章までしか読めてはいないが、過去の聖人は、特殊な封印の魔法しか使えなかったそうだ。近接戦闘の能力というのは皆無に近かったらしい。だから、いつも聖人の身を守っている仲間がいたそうだ。そこも読んだか?」


 過去の聖人は、特殊な封印の魔法を使うと書いてあった。

 封印の魔法についてはよく知らないが、全盛期の邪神やその使徒を軒並み封印してしまう程の絶大な威力を持っていたらしい。

 でも、いろいろと事前の準備が必要で、能力としての使い勝手は悪かったらしく、よく近接戦闘でピンチになっては仲間に助けられているという描写が聖書の二章にはあった。


「はい、邪神の使徒が聖人様を強襲してきた時に、たった一人で聖人様を守り撃退した、とてもとても強い仲間がいたと書いてありました。名前は読めなかったんですが、剣においては並ぶものが居ないとまで言われた方だったって。……あこがれます」


 憧れているらしい。

 それは好都合だ。


「ユエル。ユエルが読めなかったそれは、名前じゃない。呼称だ」


「呼称?」


「そうだ。その仲間はな、世間からは勇者と呼ばれていた」


 奇襲や近接戦闘に弱い聖人の盾であり、剣であった人物。

 聖人と昼夜を共にし、常に聖人を守っていた当時最強の剣士。

 それが、この聖書における勇者だ。


「この勇者という人物は、どんな時でも聖人の身を守り、時には邪神の使徒をたった一人で撃退したこともある、凄い人物だ。そうだな、ユエル?」


「はい、凄い人だと思います」


 ユエルは、僅かに俯きながら返事をする。

 大分エリスのことから話は逸れたが、やはりまだ気にしているらしい。

 だから、言った。


「まるで、俺にとってのユエルみたいだろ?」


「っ!?」


 目を見開いて、ユエルが俺を見る。

 もしかすると、聖書に書かれるような人物と奴隷のユエル、それがあまりにも遠すぎて、一致しないのかもしれない。


「ユエルは邪神の使徒であるサキュバスを、俺に近づけずに守りきった。それに、迷宮でも、街の外の森でも、俺を守るのはいつもユエルだった」


 俺が続けると、ユエルは困惑したような表情を見せた。


「で、でも、私は聖書の勇者様程強くはないです」


「それはユエルがまだ子供だからだ。おそらく、後十年もすれば、きっとユエルは並ぶ者がいない程の剣の腕前にだって、なろうと思えばなることができる」


 これは本気で言っている。

 剣の腕では既に正規の騎士と遜色無いレベルだし、ユエルは魔法も使えそうな傾向がある。

 治癒魔法も、俺のそばにいて既に魔力が底上げされているのか、あとちょっと訓練すればヒールぐらいは使えそうだった。

 攻撃魔法だって、信仰心も知識もろくにない状態で治癒魔法が使えるんだから、きっと使えるようになる。

 なのに、まだ十二歳だ。

 ユエルがこれから何年も修行をすれば、聖書に書いてある勇者の完全な上位互換になる可能性まである。


「勇者……私がご主人様にとっての、勇者ですか?」


「あぁ、勇者だ。勇者ユエルだ」


 奴隷だけど勇者だ。

 奴隷勇者ユエルだ。

 ……いや、この称号は駄目だな。

 奴隷女騎士とか、そういうニュアンスのやつと似た響きがする。

 エロ本のタイトルにでもありそうだ。

 勇者ユエルだ。


「す、凄いです! 私、ご主人様の勇者になれるように頑張ります!」


 勇者認定作戦、成功。


 嬉しそうな表情だ。

 もう泣いていない。

 どうやら、エリスのことは頭から抜けたらしい。


「私が、強くなったら……勇者……。ご主人様の勇者……」


 ユエルは、キラキラとした瞳で俺を見る。

 自分が強くなった時の未来でも夢想しているのかもしれない。

 俺が聖人なら、常に俺のそばにいて既にかなりの実力もあるユエルが、勇者と呼ばれる可能性は本当にある。

 ……けれど、ユエルの顔はすぐに曇った。

 ユエルは誰もいないはずの俺の隣を見つめると、下を向いた。


 そして、また堪えきれないとばかりにふるふると震え始めた。

 どうやら悪い将来も想像してしまったらしい。

 エリスとのことは、ユエルにとって根深いようだ。


 勇者認定作戦、失敗。


「そ、それにだ、ユエル」


 ……どうやら奥の手を出すしか無さそうだ。

 これはリスクがあるから言いたくなかったが、仕方がない。


「俺はとても凄い人間だ」


「はい、ご主人様は凄いです」


「世の中にはな、そんな凄い人のために、ハーレムという制度がある」


 ユエルが一夫一妻で悲しんでいるなら、ユエルにだけは俺がハーレムを目指していることを教えよう。

 ユエルがハーレムにどういう反応を示すかわからないから言わなかったが、こうなってしまえば仕方がない。


「はーれむ? ……そういえば、サキュバスがそんなことを言っていた気がします。でも、よく意味がわかりませんでした」


「ハーレムというのはな、一夫多妻のことだ。一人の男が、たくさんの妻を娶ることだ」


「っ……!? そ、そんなっ! そんな都合の良いことが認められるんですか!?」


 都合の良い、という言葉に一瞬ギクリとしたが、おそらくユエルは「俺にとって都合が良い」という意味では言っていない。

 ユエルにとってそんなに都合が良いことが認められるのか? と言っているんだろう。

 たぶんそうだ。


 ハーレムなんて、一般市民には馴染みがない。

 せいぜい、貴族や豪商の一部が作ったりする程度だろう。

 幼い奴隷のユエルが全く知らなくても、おかしくはない。


「認められる、当然だ。ユエルもわかっている通り、俺は凄いからな」


 正直、ユエルが大きくなってもハーレムに入れるかはわからない。

 まだ子供だし、俺もそういう目では見たくない。

 しかし、純粋な子供にはこういう誤魔化しも必要だ。

 というかもう泣いてほしくない。


「ハーレム……」


 ユエルが、ぼーっとしながら呟いた。


「ハーレム、ハーレムです!! 凄い、凄いっ! ハーレム、凄いです!」


 それからすぐに、ユエルの表情がパァっと明るくなる。

 そして、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜び始めた。


 あ、あれ?

 ユエルを勇者認定した時よりも反応が良いかもしれない。

 ……あれ、結構渾身のアイデアだったのに。


「私、ご主人様が結婚したら、他の女の人は一緒にいられないものだとずっと思っていました!」


 まぁ普通はそうだ。

 「あなたと結婚はするけどこの奴隷の女の子とは毎日添い寝し続けるから」なんて言えるわけはない。

 少なくとも、今とは違って寝室は別になる。


「私、エリスさんやルルカさんにも教えてあげてきます! これでみんな、みんな幸せになれますね!」


 ユエルが部屋の外に駆け出そうとするのを、反射的に肩を掴んで止める。


「ま、待てユエル! エリス達には言わなくて大丈夫だ! そ、その、なんだ……ほら、ユエルは知らなかったが、大人の間では知ってて当然のことだからな! わざわざ知らせてあげる必要はないんだ!」


 子供なせいかユエルは抵抗なく受け入れたが、エリスやルルカがそれをすぐに認めるとは思えない。

 俺がハーレムを企てていることがバレてしまう。

 いつかはバレることではあるが、まだその時じゃない。

 受け入れてもらうためには、もっともっとエリス達の好感度を上げておかないといけない。


「……そうなんですか?」


「そ、そうなんだ。いいか、ユエル。みんな当たり前に知っていることだから、わざわざ言わなくていいからな?」


 ……咄嗟に嘘を重ねてしまったが、きっと大丈夫だろう。


「わかりました、ご主人様。……私、サキュバスが万一また戻ってきたとしても、必ず撃退します! 聖書の勇者様みたいに、絶対にご主人様をお守りします! ずっとずっとご主人様と一緒にいられるように、私、頑張りますね!」


 笑顔のユエルが、ぐっと拳を握り締める。

 さっきまで泣き続けていたとは思えない、晴れやかな笑顔だ。

 勢いで勇者認定してしまったせいか、凄く張り切っているようにも見える。

 サキュバスの生死がはっきりするまではこの屋敷にいる騎士達に守ってもらうつもりだから、特にユエルが頑張る必要はないんだが。


 まぁでも、ユエルが警戒を厳にするに越したことはないか。

 無茶をしないようにだけは注意を払いつつ、しばらくはこの領主の屋敷で安全に過ごすことにしよう。

異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます、四巻が明日発売です。

書籍番外編に加えて、大司教のところから助けられた直後のエリスとシキの様子を描いたエピソードがあったりします。

よかったらよろしくお願いします。

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