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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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サキュバス。

分割したんですが、それでもちょっと長めです。

「なんで、なんでっ、なんでえええっ!!」


 子供のようにわめく、サキュバスの声が聞こえた。

 眼下に広がるのは、魔物の死骸の山だ。

 その中に、騎士の死体は一つもない。

 味方の損耗は、ゼロ。


 まぁ当然だ。

 数でも質でも圧倒的に味方が上。

 そして、俺は杖でブーストされた治癒魔法を絶え間無く連発していた。

 杖に慣れてからは、文字通り絶え間無く、だ。

 常に身体が癒され続ける騎士と、一撃で両断されていく魔物の群れ。

 これは戦争というより蹂躙、虐殺と言った方が近いだろう。


 最早、勝ちは決まった。

 あとは僅かに残った雑魚に、止めを刺す作業が残っているだけ、といったところか。

 もう俺の治癒魔法も必要なさそうだ。


「凄いっ、凄いですっ! 凄いですご主人様!」


 一旦杖を下げると、ユエルが抱きつきながら俺の活躍を褒めてきた。

 ご主人様の全力を見て感動したのか、目をキラッキラさせている。


 俺自身、俺の治癒魔法と精鋭の騎士団というものが噛み合った時、こうまで圧倒的になるのかと改めて実感した。

 本当に凄い。

 多少の損害や事故死に目をつむれば、この都市の騎士団だけでもあの数千の魔物の群れを撃退できていたかもしれない、それぐらいに凄い。


「そ、その杖っ……! お、お、お前っ、お前かあああああっ!!」


 そんなことを考えていると、サキュバスが不意に叫んだ。

 こっちを見て絶叫しながら、一直線に俺に向かって飛んでくる。

 どうやら、やっと俺の存在に気づいたらしい。


 すぐに、周囲にいる騎士達から迎撃の魔法が飛ぶ。

 けれどサキュバスは、それを縦横無尽に掻い潜り近づいてきた。


「そういうことか! くそっ、くそっ、くそくそくそくそぉっ! またか! また召喚されたのか!」


 また?

 召喚?

 こいつ、何を言っているんだろう。


 ……いや、そういえば、この立派な杖。

 そして、サキュバスの軍勢と戦っているこの状況。

 やはり、なんだか見覚えがあるような気がする。


 でもまずい。

 そんなことを考えている場合じゃない。

 サキュバスが、魔法を掻い潜りながらどんどん接近してくる。

 もう、二十メートルも距離が無い。

 いったい、俺に近づいて何をするつもりだ……?


「ひ、ひぃっ!」


 けれど、サキュバスは悲鳴を上げながら距離を取り直した。

 慌てて離れるサキュバスの頬には、一筋の赤い傷がある。

 そして、ハラリと宙に舞う、サキュバスの髪。


 原因はすぐにわかった。


「……」


 無言で、サキュバスを睨むユエル。

 ……ユエルの投擲したナイフが、サキュバスの髪の一房を切り落としたのだ。

 サキュバスは再度近づこうとするが、それに合わせてユエルがナイフを投げて弾幕を張る。

 びゅんびゅん投げている。


 ちょっとユエルの目を見てみると……これはやばい。

 今まで見たことがないぐらい、鋭い目をしている。

 本気で殺る気だ。

 俺に害をなそうとする存在を、決して近づけさせないという強固な意思を感じる。


 というか、ユエルさんのアイテムボックス、ナイフが何本入っているんだろう。

 既に二十や三十できかない数を凄い勢いで投げているけど。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」


 サキュバスが、悔しそうな顔でユエルを睨んだ。

 サキュバスも、流石にこれは近づけないんだろう。

 魔法を回避しながら何度も俺に接近しようとしているが、その度にユエルのナイフ弾幕に阻まれている。


 けれど、サキュバスが諦める様子はない。

 何度も何度も、接近と後退を繰り返している。

 ……サキュバスに戦闘能力は無いらしいし、俺に危害を加えることもできないだろうに。


 いや、危害を加える方法ならあるか。

 翼だ。

 サキュバスには、あの大きな翼がある。

 近づいた勢いのまま俺を捕まえて、そのまま離脱。

 あとは空から俺を地面に叩き落としてしまえばいい。

 そういう狙いなのかもしれない。


「くそっ、くそぉっ……お前だけは、お前だけは絶対にここでえええ!」


 サキュバスが叫びながらまた俺に近づこうとするが、やはり魔法とナイフの弾幕に阻まれて、俺には近づけない。


 ――そんな中、ユエルの投げナイフがまたサキュバスを掠めた。


 そのナイフは、間一髪で身体を捻って回避したサキュバスの、胸元を通過する。

 そして、切り裂いた。

 何を切り裂いたかと言うと、サキュバスの身体に張り付いた黒いビキニのような服。

 その真ん中の紐の部分を、真っ二つに切り裂いた。


 あのサキュバスの外見は、ユエルより僅かに年上ぐらいだ。

 べつに、俺はあんな貧相な身体に興味はない。

 でも、男の性というべきか。

 普段隠れているものが不意にチラッと見えそうになると、興味もないのにそれを目で追ってしまう。


 ……あ、本当に見えそう。


 そうして眺めていると、再度距離をとったサキュバスと目が合った。


 サキュバスは、なにやら怪訝そうな表情で俺の顔を見る。

 そして自分の解放的すぎる胸元を見て、それからもう一度俺の顔を見る。


 俺と目が合うこと、二、三秒。


「……いや、まさかな……しかし……」


 千切れた黒ビキニを指でぴらぴらとさせながら、俺の顔を見つめ続けるサキュバス。

 なにをしているんだろう。

 そんなことをしたら本当に見えてしまうと思うんだけれど。


 それから、サキュバスはそのビキニの紐部分を指で撫でた。

 あれはただの服というわけではないのだろうか。

 それだけで黒ビキニが切り裂かれる前の状態に戻った。


「駄目でもともと、試す価値はある……」


 そして、サキュバスはそんなことを呟きながら、俺の目を見た。

 サキュバスの、赤い瞳。

 その瞳が、輝くような真紅に色を変えながら、俺を見つめている。


「あれはっ……い、いけません!」


 聖女が叫ぶのと同時。

 ――ドクンと、心臓が跳ねた。


「ど、どうだ……?」


 サキュバスが、不安そうな顔で俺を見る。

 僅かな可能性に縋るような、そんなか細い声を出しながら。


「あ、あれ……?」


 ……これまであまり気にしていなかったが、よく見るとこのサキュバス、なかなかかわいい。

 サキュバスというだけあって、顔はかなり整っているし、仕草ひとつひとつに、外見年齢に見合わない色気がある。

 それに胸は無いが、身体つき、特に腰のあたりは女性らしい曲線を描いているし。

 好みか好みじゃないかでいえばやはり胸が無いし好みではないんだが、でも何故か惹きつけられるものがそこにある。


 頭が……ぼんやりする。


 無意識に、俺はサキュバスに向けて足を一歩踏み出していた。

 サキュバスは俺の反応を見ると、嬉しそうな声を出す。


「ふ、くふふふふ、ふはっ……ふははははははっ! 良い子だ。さあ、こっちだ、こっちに来い!」


 そして、サキュバスが、距離を保ちながら高度を下げてくる。

 魔法がギリギリ届かない距離、城壁から離れた場所で動きを止めた。


 なぜだろう。

 あのサキュバス、お子様体型なのに、とても魅力的な女性に見えてきた。

 俺は決してロリコンじゃない。

 でも、あの身体に、滾る肉欲の全てをぶつけてしまいたい。

 なぜだか、そんな風に思えてくる。

 気づけば、また一歩、サキュバスの方に向けて足を進めていた。


「ご、ご主人様っ!」


「シキ様、操られてはいけません! 理性を強く持ってください! ドラゴンにできたのです、シキ様なら、必ず跳ね除けることができるはずです!」


 サキュバスの瞳が、更に赤くなる。

 魅力的な瞳だ。

 この目を見ていると、頭がぐつぐつと沸騰するような感覚がある。

 頭がぼんやりとして、働かなくなってくる。

 でも、決して嫌な気分じゃない。


「ほら、こっちに来い。……今なら、私がなんでもしてやるぞ?」


 耳に直接蜂蜜を流し込まれたような、とても甘い声が聞こえた。


 今、目の前にあるのは城壁のへりだ。

 これを乗り越えれば、サキュバスがなんでもしてくれる……?


 あの鮮やかなピンク色の髪。

 小振りで、柔らかそうな唇。

 胸は薄くとも、女性らしい曲線を描いたあの身体。

 とても、とても魅力的に見えてくる。


 なんでもしてもらいたい。

 行こう。

 今すぐ行こう。


「シ、シキ様!? じょ、冗談ですよね……!?」


 聖女が何か言っているが、そんなことはどうでもいい。

 城壁のへりに、手をかける。


「ま、まさか、ドラゴンですらはね除けられたというのに……!?」


 ドラゴン以下の理性と言われた気がした。

 でも、頭が働かない。

 サキュバスの身体から、目が離せない。

 もう、俺の頭の中には、あの身体をこれからどうするかという考えしか残っていない。


「こっちだ、こっち。ほらほら、こっちに来い」


 サキュバスは、黒ビキニを両手でぴらぴらとめくりながら、俺を誘ってくる。

 見えそう。

 あとちょっとで見えそうだ。

 でも見えない。

 目が離せない。

 もっと近づきたい。

 城壁のへりを掴む腕に、力を込める。


「ご主人様っ! ご主人様、待ってください!」


 背後から服を引っ張られるが、サキュバスの身体から目が離せない。

 今サキュバスは、ノリノリで腰を左右に振りながら、パンツに指をかけている。

 それをほんの僅かにずり下ろしたり、元の位置に戻したりを繰り返しながら、俺に意味ありげな目線を送っていた。

 ストリップショーを寸止めで繰り返しているような状態だ。


 後ろなんて気にしている場合じゃない。

 俺は、あのサキュバスになんでもしてもらいたい。

 もう、それしか考えられない。


「し、しかし、サキュバスの能力はただ欲望が高まるだけで、理性のある人間には通用しないはずでは……い、いや、でも現にシキ様は……も、もしかして、シキ様の理性は下級の魔物並……?」


 混乱したような雰囲気の、聖女の声が聞こえた。

 とても馬鹿にされている気がする。

 そして、聖女はすぐに声を張り上げる。


「くっ、仕方がありません! シキ様を取り押さえなさ」


 ――聖女が、近くの騎士に何かの命令を出そうとした瞬間。


「お前は黙っていろ!」


 サキュバスが、その赤い瞳で聖女を見た。


「んっ……〜〜っ!」


 聖女は一瞬ビクリと身体を震わせる。

 が、すぐに強い意志を感じさせる瞳で、サキュバスを睨み返した。

 そして、顔を紅潮させ、口元を自分で押さえながらも、ハンドサインで騎士に俺を取り押さえるように指示を出す。


 騎士が、俺に向かって駆け寄ってくる。


 ……やばい。

 ここで騎士に捕まるわけにはいかない。

 俺は、サキュバスに色々してもらわなければならないのだ。

 近づいてくる騎士から逃げ出そうと、地面を蹴った。


 ――その瞬間。


「シ、シキ! わっ、私が、私がなんでもしてあげるから! だからこっちに来て!」


 背後から、そんな声が聞こえた。

 聞き間違えるはずもない、これは……エリスの声だ。


「なっ!?」


 サキュバスが、驚きの声を上げる。


 頭がなんだかぼんやりする。

 状況がよく、理解できない。


 ……でも、サキュバスとエリスが、俺になんでもしてくれるという。

 サキュバスは前にいる。

 エリスは後ろにいる。


 どちらか片方にしか行けない。


 後ろにいるエリスを見る。

 エロい。

 とても魅力的だ。

 そしてでかい。


 前にいるサキュバスを見る。

 エロい。

 とても魅力的だ。

 でも小さい。


 もう一度、後ろにいるエリスを見る。

 ……すごくでかい。


「……エリスの方が良い」


 城壁を乗り越えるのをやめて、エリスの方に向き直る。


「な、なぁっ!? ほ、ほら、こっちを見ろ! 見えるぞ? あとちょっとで見えてしまうぞ!? ほら、ほらぁ!」


 サキュバスの驚愕の声が聞こえたが、エリスがなんでもしてくれるというのだ。

 あのエリスが。

 サキュバスは確かに魅力的だったが、エリスの身体つきのエロさには勝てない。

 あっちがいい。

 エリス。

 エリスの巨乳がいい。

 思考が、エリス一色に染まっていく。


「ば、馬鹿な! そんな馬鹿なぁ!? こ、これだけ露出してるのに!? わ、わたし、サキュバスなのに!?」


 俺がそのままエリスに向かうと、信じられない、というようなサキュバスの声が聞こえた。

 最後の方は、ほとんど泣きそうな情けない声だ。

 俺がエリスの方に向かったのがそこまで意外だったんだろうか。


「おい、男を誘ってサキュバスに勝ったぞ……」


「す、すげぇ」


 近くにいた、若い男の騎士達の言葉が聞こえた。

 エリスの顔が、みるみるうちに赤くなる。

 でも、そんなのは関係ない。

 俺の頭の中では、エリスとの妄想が膨らみに膨らんでいる。

 そのまま、ふらふらとエリスに近づいていく。


 そして、エリスに抱きついた。


「シ、シキ!? こ、これって、こここ、これってまさか……!?」


 抱きつかれて予想外の感触でもあったのか、エリスが下の方を見ながら慌てだす。

 それは仕方がない。

 だって、俺はサキュバスに情欲を操作されている。

 それはもう、アレがアレで大変なことになっている。


「ぐ、ぐう、ぐぐぐぐぐー! 復活が完全なら! 復活が完全ならこんなことにはぁ!」


 情けない声で、悔しそうに唸るサキュバス。

 本当に泣き出しそうな雰囲気だ。


 なんだか気になって振り向くと、城壁の下で僅かに残っていた魔物が散り散りに逃げていくのが見えた。

 そして、俺を見る涙目のサキュバス。

 その瞳が、より鮮烈な赤色に染まっていく。


「……魔物が逃げていく? っ……! ま、まさか、全能力をシキ様に集中させて……!?」


 ……あれ?

 なんだか、やっぱりサキュバスがとても魅力的に思えてきた。

 胸が無いはずなのに、あの胸にとても触りたい。


「こっちだ、こっちに来い! そうだ、お前は殺さずに私の下僕にしてやる! 私の下僕になれば、世界中の美女という美女を全てお前に与えてやる! その女も含めてだ!」


 サキュバスの甘い声が聞こえる。

 エリスも含めて、全ての女性を俺に与える?

 ……それは、とても素晴らしいことのような気がする。


「げ、下僕っ!? だ、駄目です! そっ、それだけはいけませんシキ様!!」


 未だに顔を紅潮させたままの聖女が、声を荒げた。


 でも、ここでサキュバスの方に行けば、サキュバスが全てを与えてくれるという。

 おそらくエリスだけじゃなく、他の巨乳の女の子とも色々できてしまうんだろう。

 妄想が膨らんでいく。

 サキュバスの方に向かおうと、身体を捻る。


「絶対に……離さないから」


 ……けれど、エリスが俺を抱きしめたまま離してくれない。

 エリスが俺を抱きしめる力が、強くなる。


「あっ、ちょっ、ちょっとシキ……あ、当たってる、当たってるから……!」


 俺が振りほどこうともがくと、何か気になることでもあるのかエリスの顔がどんどん紅潮していく。

 けれど、エリスはそれでも俺をしっかりと抱きとめたまま離してくれない。


 でも駄目だ。

 エリスの力で俺を止められるはずもない。

 このまま振り解けそうだ。


「騎士に取り押さえさせ……いや、万一にでもサキュバスにこの状態のシキ様を連れ去られて本当に下僕にされてしまったら……? もし、シキ様とサキュバスが手を組みなんてしたら……世界が、世界が……」


 聖女にとって、俺がサキュバスにつこうとしているのは、完全に想定外だったらしい。

 聖女は、まるでパニックを起こしたような雰囲気でぶつぶつと何かを言っている。

 案外想定外の事態に弱いタイプなのかもしれない。


「くっ……エリスさんでしたか。シキ様と、ただならぬご関係と推察します。殿方は一度楽になると、しばらくは欲望が収まると聞きました。……その、私共がしばらくサキュバスの接近を抑えますので、その間に……お願いできますか。こ、これがおそらく最善の方法です」


 そして、聖女がエリスにそう声をかけたのが聞こえた。


「い、一度楽になるっ!?」


 まだ俺を抱きしめたままのエリスが、真っ赤な顔で問い返す。

 羞恥に染まったエリスの表情。

 何度見ても見飽きない。


 けれど、俺がその顔を見ていることに気づくと、エリスは慌てて俺の後頭部を掴んで自分に密着させた。

 具体的にはその巨乳に俺の顔を密着させた。

 エリスの恥ずかしがる顔が見えない。

 何も見えない。

 ……でも、なんでだろう。

 今は、とても幸福な状態な気がする。


「で、でもまだ結婚もしてないのに」


 恥じらうような、エリスの声だけが聞こえる。

 そして、その声に被せるようにして、


「ほら、来るんだ。私と来て、もう一度魔物の軍団を作ろう。私とお前が手を組めば、世界だって征服できるぞ? 世界中の美女を集めて、世界で最高のお前だけのハーレムを作るんだ。そうだ、邪神様を復活させたら、邪神様に頼んでお前を不老の使徒にしてやる。私と来れば、衰えることもなく永遠に女を貪れるぞ?」


 耳に、とても甘い声が響いた。

 それは、なんだか素晴らしい世界な気がする。

 世界の美女を集めた俺だけのハーレム、とても良い響きだ。


 そうだ、今はなぜか頭がうまく働かないが、俺は冷静な判断ができる男だった気がする。

 もうちょっとエリスの胸に埋まったら、サキュバスの方に行こう。

 ……いや、このままエリスもサキュバスのところに連れて行けばいいのか。

 その方が合理的だ。

 顔をエリスの胸から離そうと、押さえつけるエリスの手を引き剥がす。


「こ、ここ、ここでもしシキ様が敵の手中に落ちるなどということになれば、結婚どころではありませんよ! サキュバスとシキ様が手を組めば、ふ、不死の魔物の大軍団が生まれてしまいます! 人類が、人類が滅びます!」


 狼狽した聖女の声が聞こえた。

 いつもの冷静な感じではない。

 裏返った声で、めちゃくちゃ慌てている。


 でも大丈夫だ。

 聖女も胸は無いが、美人だしハーレムに入れてやる。

 なにも心配することはない。


「そ、そうよね、しかたない……しかたないなら、しかたないのよね」


 そして、なんとかエリスの胸から顔をあげると。

 覚悟を決めたような顔で俺を見るエリスと、目が合った。


 ――次の瞬間、唇に柔らかい感触があった。

 目の前に、目を閉じたエリスの顔がある。


 キスされている。


 ルルカのように、頬にではない。

 唇にだ。

 柔らかい、唇の感触。

 鼻腔をくすぐる、甘い匂い。

 首元をくすぐるのは、エリスの長い髪だ。

 密着しているせいで、エリスの胸がぎゅっと俺に押し付けられる。

 エリスの情報が、頭を埋め尽くす。


 サキュバスのことが、どんどん頭から消えていく。


「こ、これで……どう?」


 未だ密着した状態のエリスが、伏し目がちに聞いてきた。

 その顔は紅潮し、瞳は僅かに潤んでいる。

 エリスは自分の唇を気にするように、手で自分の口を押さえながら、もう片方の手で俺を掴み密着させ続けていた。


 ……。


 ぐつぐつとしていた頭が、更に沸騰していく。

 頭が、更にぼんやりとしていく。

 今すぐこのまま押し倒してしまいたい。

 でも、頭の片隅で「また追い出される」そんな言葉がチラついた。

 一瞬、身体の動きが止まる。


「こ、これじゃ駄目なの……?」


「だ、駄目に決まっています! ほら、私が言っているのは、その大きな胸を使ってシキ様の精を一度吐き出させてあげてくださいということです!」


 聖女が性女みたいなことを言っているが、目が本気だ。

 もしかしたら、サキュバスに頭をやられてしまったのかもしれない。


「せ、精を吐き出させるっ!?」


「せっ、聖女様!?」


 まさか聖女の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったのか、周りの護衛や騎士がぎょっとしている。

 教会の象徴的な人物としての清廉なイメージとかは良いんだろうか。

 というか、胸でって。

 エリスに何をさせるつもりなんだろう。

 サキュバスの下に行きたかったのに、そんなことを言われてはここから離れられない。


「で、でも……こ、こんなところで……」


 エリスが周囲を見る。

 その視線の先には、男の騎士も複数いる。

 エリスは辛そうに眉を寄せ、きつく目を閉じた。


「ほら、さっさとそんな女など捨ててしまえ! お前は素晴らしい逸材だ! 私の下僕である限り、女に不自由しない生活を送らせてやる! そうだ、お前はそんな女一人に収まる器じゃない、こっちに来れば、お前に釣り合うだけの最高のハーレムを用意してやる!」


 俺を誘う、サキュバスの声。

 けれど、その声に反応するかのように、エリスが俺を見た。

 俺の目をただ見ている。

 僅かな間。

 エリスの表情が、ふっと柔らかくなった。

 そして、何かを思い返すかのように、エリスは一瞬目を閉じる。


 目を再び開けた時には、エリスは覚悟を決めた顔をしていた。


「恥ずかしいのは嫌だけど、あなたを失うのは、もっと嫌だから……」


 次の瞬間、エリスは自分の服のボタンに手をかけた。


 それと同時に、俺のベルトが外されていく。

 ベルトのバックルが、カチャカチャと音を立て、引っ張られる感覚がある。

 エリスが両手で服のボタンをひとつひとつ外しながら、俺のベルトを外している。


 ……あ、あれ?


 頭はろくに働かないが、今のがなにかおかしいことだけは、俺でもわかった。

 エリスを見る。

 エリスは服のボタンを半分程外し終え、既に胸元の肌色が僅かに見えている。

 でも、その両手はエリス自身の服のボタンを外しているだけだ。

 俺のズボンには向いてない。

 両手で服を脱ごうとしているのに、なぜかベルトが外されている……?


 下を見る。

 一発で理性が戻った。


 まるでAVを鑑賞中、不意に誰かが部屋に入ってきた瞬間のように。

 エロい気持ちが、一瞬で吹き飛んだ。

 理性が、急速に蘇る。


 ユエルだ。

 ユエルがいる。


 大変なことになっている下半身を覆い隠してくれている、俺のズボン。

 それをユエルが至近距離からまじまじと、まじまじと見つめながら……ずり下ろそうとしていた。


「わ、私もお手伝いします!」


 ユエルの細い手に、下の方向に向かって力が入るのがわかった。


 俺は今、サキュバスに情欲を操られている。

 情欲を操られれば、アレがああなる。

 ……それはそれは、過去最大級といっていい程に凄い状態だ。


 数秒後、ユエルが俺のズボンをずり下ろした時。

 ユエルの目の前に、何が晒されることになるのか。

 この衆目の中で、いったいどんな惨劇が起きるのか。

 ユエルは、それから何をするつもりなのか。


 俺には、瞬時に予想ができてしまった。


 反射的に、自分のズボンを手で支えた。

 ユエルがパンツごと俺のズボンを下ろそうとしたのは、ほぼ同時。


 ……間に合った。


「シ、シキ?」


「だ、大丈夫だ! 俺がサキュバスなんかに負けるわけがないだろう! 少し時間はかかったが、なんとか自力ではねのけたぞ! だから、もう大丈夫だからユエルは俺のズボンから手を離すんだ!」


「ご主人様、ま、また操られてしまうかもしれません! わっ、私、最後までっ、ちゃんと最後までお手伝いしますから!」


 けれど、ユエルは俺のズボンから手を離さない。

 ぐいぐいと、ズボンを引きずり下ろそうとしている。


「ユ、ユエル! も、もう大丈夫だから、もう大丈夫だからズボンから手を離すんだ! ご主人様を信じろ!」


 ここまで言ってようやく、しゅんとした様子のユエルが俺のズボンから手を離した。


 ……あ、危なかった。

 もしサキュバスが、俺だけじゃなくユエルの欲望も操作していたら、俺はある意味で敗北していたかもしれない。

 というか、周囲には他に護衛の騎士だとか沢山人がいるのに、俺はいったい何をやっていたんだろうか。

 危うく、大切な部分を公衆の面前で大公開してしまうところだった。


 サキュバス、恐ろしすぎる。


「くっ、くうぅ……あと少しだったのに……でも、まだ、まだ私は諦めないからな!」


 サキュバスがまた赤い瞳で俺を見つめ始めた。

 しかも、ストリップを再開しながら。

 空を飛んでいるせいか、ポーズも自由自在だ。

 こっちに足を向けて開脚してみたり、チラッと見えそうになったかと思えばダイナミックに半回転して見えなくなったりと、目が離せない。


 やばい。

 このままでは、本当に公衆の面前でユエルにお手伝いされてしまう。

 俺の人としての尊厳が、終わってしまう。


 けれど、それと同時。


「ッ――!」


「ぷぎっ!」


 以前も聞いた、咆哮が聞こえた。

 そして突如、上空から急降下してくるドラゴン。

 ドラゴンは、ちょうど空中でM字開脚をしていたサキュバスに、猛スピードで尻尾を叩きつけた。

 その勢いのまま、地面に叩きつけられるサキュバス。


 あれは……ルルカのアースドラゴンだ。

 援軍の要請をしに行ったルルカが、王都からようやく戻ってきたらしい。


「っ……いたい……ひぐっ……じゃ、じゃりじゃりするぅ……」


 けれどサキュバスは、土まみれになりながらも、ふらふらとした軌道でまた上空に逃げていく。


 そんなサキュバスに向かって、ドラゴンがブレスを吐いた。

 サキュバスに、石化のブレスが掠める。


「ひぎっ、ぴぃーーー!」


 足の先にブレスが掠め、サキュバスは全速力でドラゴンから逃げ始めた。

 聞いたこともないような悲鳴を上げている。


 ドラゴンがそのままサキュバスを追っていく。

 サキュバスはドラゴンにはたかれたり、噛みつかれそうになったりしながら必死で逃げていく。

 あ、またブレスが足に当たった。

 聖女から借りた望遠鏡で確認すると、片方の足の足首から先が石化していた。

 サキュバス、めっちゃ泣いてる。

 泣きながら逃げている。


「すぐに追撃部隊を出しなさい! 周辺の魔物が減った今こそ好機! 地の果てまででも追って、必ずサキュバスの首を上げるのです!」


 聖女が、騎士に指示を飛ばす。


「シキ様は……少しご休憩をどうぞ」


 それから、俺に向けてそう言うと、薄く微笑んだ。

 ちょっと笑顔がぎこちない。

 まぁ、サキュバスに俺が操られかけるとは思っていなかったんだろう。

 下級の魔物並の理性とか言われた気がするし。


 ……サキュバス、俺の天敵かもしれない。

 理性や知性のある生物には欲望操作は通用しないと言っていたのに、俺には効果覿面だった。

 聖女とか、あの赤い目で見つめられてもほとんどノータイムで騎士に指示を出したりしてたのに。

 ……本当に俺の理性は下級の魔物並なんだろうか。

 ちょっと自信がなくなってきた。


「でも……」


 あのまま操られていたら、俺はどうなっていたんだろう。


 城壁の下を、覗き込んでみる。

 ……これは即死する高さだ。

 あのままなら、俺は城壁のへりを自分から乗り越えて、地面に叩きつけられていただろう。

 ちょっとぞっとする。


 もし落ちなかったとしても、サキュバスにつき従いながら世界を征服し、最高のハーレムを築いていたか。

 ……それはそれで悪くないかもとか思ってしまうから、おそらく俺は簡単に操られてしまうんだろう。


 視線を少し上げる。

 街の前の平原を見ると、追撃隊らしき騎士の集団が、馬に乗ってサキュバスのいる方向へ走っていくのが見えた。


 この近辺の魔物は、今回の戦闘で大分減ったはずだ。

 サキュバスは、魔物を操れさえしなければ、ただの雑魚だ。

 飛行速度も、ドラゴンの方が上に見える。

 騎士とドラゴンが協力すれば、そう時間も経たずに、止めを刺すこともできるだろう。


 しかも、サキュバスは足を僅かに石化させていた。

 もし取り逃がしたとしても、サキュバスが全身を完全に石化させるのは時間の問題だ。


 ちょっとしたアクシデントはあったが、勝った。

 騎士団に損害も出ていない。

 ちょっと俺が操られかけたことさえ除けば、完全勝利と言っていいだろう。


「サキュバスが逃げていくわ! 私達の勝利よ! 勝鬨を上げなさい!」


 近くにいたフランが、高揚した表情で叫んだ。

 ……いたのかこいつ。

 多分、後ろで迎撃の魔法とか撃っていたんだろうけど、全然気づかなかった。


 けれど、やはり領主の娘だ。

 その声に呼応して、騎士達が声を上げていく。

 その声は次々に伝播し、大きな一つの声になる。

 騎士達の、大歓声が上がった。


次の更新は三日後ぐらいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] サキュバス可愛くて、ほんと笑うわ。なんでも、なんでもかぁ、、、
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