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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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防衛戦。

 会議から五日が経った、昼頃のこと。

 「大規模な魔物の群れが街に接近している」という、騎士の報告が上がった。


「ついに来ましたか」


 手にしていたフォークを置いて、聖女が呟く。

 場所は領主の屋敷の食堂。

 ちょうど、領主の屋敷に滞在している面々で食事をとっているところだった。


「……みたいだな」


 長かった。

 この五日間、俺は領主の屋敷でただひたすら時間を潰していた。

 俺が事前にできることは、近隣都市に援軍の要請をした段階でもうやりきったのだ。


 いつサキュバスが襲撃してくるかわからないせいで、作戦本部みたいになっているこの領主の屋敷からは出られない。

 衆目の中でエリスの胸をチラ見しまくるわけにもいかない。

 ルルカは王都に援軍を呼びに行ってもういない。


 ただサキュバスが来るのを待つだけで、やることが何もない。


 あの会議の後、暇を持て余した俺は、ひたすらユエルの頭を撫でていた。


「ご主人様、私、今度こそ必ずご主人様をお守りします!」


 張り切っているユエルの頭を、軽く撫でる。

 ……ユエルは、自分が寝ている間に俺が教会で大怪我をしたことを気にしていた。

 それはもう、夜中に全く睡眠をとらずに俺の警護を始めてしまうぐらい気にしていた。

 ご主人様が大変な時に何もできなかったと、自分を責めていた。


 だから撫でた。


 聖女が俺を見て意味深な笑みを浮かべている時もユエルを撫で。

 エリスの胸元のボタンが弾け飛んだ時もユエルを撫で。

 領主がフランとの縁談を持ちかけてきた時も俺はユエルを撫でながら丁重にお断りしていた。


 落ち込み気味だったユエルもそのせいか、今は前向きに失敗を取り戻そうという感じになっている。


「それではシキ様、急ぎ城壁に向かいましょう」


「ああ」


 騎士の報告で、周囲は慌ただしく動いている。

 斥候を出しているはずだから、そうすぐにサキュバスの軍勢が街に到達することは無いだろうが、時間に余裕があるというわけでもないのだろう。


 急いで領主の屋敷を出て、街の城壁を目指す。


 ……これまでに一応、ユエルを撫でるだけではなく、サキュバスとの戦闘を想定した話し合いもやっていた。


 サキュバスの軍勢と、どう戦うか。

 邪神の使徒への知識が一番深い、聖女が中心となって何度か会議を重ねた。


 戦いの肝は、俺だ。

 俺の治癒魔法を最大限活かすため、見晴らしの良い街の城壁の上を本陣とし、門のすぐ前に騎士団を配置する。

 そういう布陣でいくらしい。


 あまり騎士団と距離があると俺の治癒魔法が発動できないんじゃないかとも思ったが、そこをカバーする魔道具をちょうど聖女が持っているとのことだった。

 そして騎士団が魔物の軍勢と正面からぶつかり、俺がその魔道具を使って壁の上から騎士団を治療する。


 もしサキュバスの連れてきた魔物が想定以上の数だった場合は、すぐに騎士団を街に戻して籠城。

 城壁で防戦に徹しつつ、王都からの援軍を待つ。


 そういう作戦だ。

 完全な守りの陣形で固めつつ、聖女が適宜全体の指示を出すらしい。


「そういえば、前に言ってた魔法を遠くに飛ばす魔道具ってのは?」


 移動をしながら、聖女に聞いてみる。

 治癒魔法は、基本的に発動者の近くじゃないと発動しない。

 壁の上から、何十メートルも先の騎士団に治癒魔法を飛ばすということは、普通はできないのだ。

 魔法を遠くに飛ばせる魔道具というのは、多くの治癒魔法使い垂涎の品のはず。

 どんなものなのか、ちょっと気になる。


「持ってきております。ですが、とても目立つものですから、お渡しするのは移動を終えてからということで……」


 笑顔を浮かべながら、もったいぶる聖女。

 まぁ、もし移動中に壊れたりでもしたらその時点で作戦が破綻してしまう。

 仕方がないのかもしれないが。


 ――そうして、聖女やユエル達、その他諸々の護衛の騎士と共に城壁の上に登ると。


 眼下。

 街の前に広がる平原に、大量の魔物が迫っているのが見えた。

 その魔物の群れの上空には、一つの黒い人影がある。

 サキュバスだ。

 サキュバスがまるで、誘蛾灯のように上空から魔物の群れを導いている。


 距離はまだ結構ある。

 街の目の前まで来るのに、あの速度なら少し時間がかかるだろう。


「こちらを指差して、高笑いしているように見えますね」


 聖女が、片手で持つ望遠鏡のようなもので、サキュバスを見て言った。

 少し借りて俺も見てみると、確かにそんな感じだ。

 腰に片手を当てて上を向き、馬鹿みたいに笑っている。


 どうやら、勝利を確信しているらしい。

 まぁ、サキュバスはかつて多くの都市を滅ぼしたと聞いた。

 おそらく、この都市にどれだけの戦力があるのか、そしてどれだけの戦力があれば勝てるのか、だいたいわかっているんだろう。


「数は三千、といったところですか。コボルドに、ゴブリンに、フォレストウルフ……本当にこのあたりの魔物を手当たり次第に連れてきたようですね。数は想定より少ないですが」


 三千か。

 確か会議では、四日で六千と言っていた。

 五日で三千ということは、予想の半分を下回っている。

 確かに、想定よりかなり減っている。


「復活が完全じゃなかったせいで、魔物を操るのに手間取ったのかもな」


「そうかもしれません」


 領主の屋敷で聞いた話では、現状で動かせるこの街の騎士団の数は、おおよそ五百というところらしい。

 敵はざっと六倍の数だ。


 勝つか負けるかは微妙なところだが、少なくともまともにぶつかれば騎士団が大きな損害を受けることは間違いない。

 サキュバスが高笑いをしている理由も、わかる気はする。

 騎士団員は減ってもすぐには補充できないが、サキュバスはまた別のどこかから魔物を連れてくれば良いだけだ。

 この規模の襲撃が二度、三度あれば、この都市が落とされてもおかしくない。


 騎士団も、街の中に待機していたせいでまだ完全に展開しきれていないし。

 サキュバスが……そう読み間違えてしまうのも仕方がない。


「凄い数ね……」


 魔物の軍勢を見たエリスが、不安そうに呟いた。

 ここまで来なくても良いと言ったんだが、エリスは待っていたくないと言って俺についてきた。

 やはりエリスは、帰りを待つということに抵抗があるらしい。

 まぁ、この本陣まで魔物が来ることはそう無いだろうし、別に構わないけれど。


「心配するなエリス。この数なら勝てる。……援軍も来てるしな」


 俺がそうエリスに答えるのと同時、


「クルセル騎士団三百、展開完了しました」


 聖女に報告が上がった。

 この街の騎士団とは、少し違った見た目の鎧を着込んだ騎士からの報告だ。

 それから、続いて何度も報告が上がる。


「アリアス騎士団二百、展開完了しました」


「リュミエル騎士団五百、展開完了しました」


「ラトア騎士団三百、展開完了しました」


 さらに、報告が続く。

 まだまだ、報告が続く。

 どうやら、騎士団の展開がようやく完了したようだ。

 城壁の下を見てみると、大勢の騎士がそこに布陣していた。


 その数、五千。


 ――援軍を呼ぶことには成功した。

 というか、五日で兵を派遣できる距離にある都市の、大半の兵力がここに集まった。


「壮観ですね。これもシキ様のご提案のおかげでしょう」


 聖女が、俺を見て微笑む。


 ……他の都市の領主が、援軍を出し渋っていた理由。

 それは、騎士団壊滅のリスクだ。


 援軍に出した騎士団が壊滅してしまえば、今後の都市運営に支障が出る。

 しかも、相手は邪神の使徒サキュバス。

 過去にいくつもの都市を壊滅させた存在だ。

 いずれ王都からの援軍が来るのだから、このメルハーツは見捨てて自らの都市の防備を固めるというのは、都市を運営する領主としてとても合理的な選択だろう。


 ……でも、俺は知っていた。

 権力者、特に都市の領主のような人間にとって、俺の治癒魔法は喉から手が出る程欲しいものだということを。


 「俺が、自分の実力を明らかにする」それだけで、領主達の判断はひっくりかえる。

 俺に味方をすることは、地方領主にとって、大きなリスクを背負ってでもするべき、価値のあることだからだ。


 ――この世界では「病気」というものがかなり重く見られている。


 これまで、いくつも考える材料はあった。


 例えば、迷宮低層にしては異常と言っても良い程高かったヒュージスライムのドロップ、スライムの雫の買取価格。

 あれは、風土病の治療薬の材料で、地方領主がギルドから買い取っていたためだった。


 例えば、人も住まず、放置されていた旧市街。

 ただ、日当たりが悪く健康被害が発生しやすいなんて理由で、区画の一つがまるごと放置されていた。


 そして、クランクハイトタートル事件での、あの住民のパニック状態。

 多くの住民が治療院に押しかけて、治療は全く進んでいなかった。


 魔物はびこるこの世界で、都市の中に病が蔓延したらどうなるか。

 まだ病にかかってない人間でも、簡単に街の外に逃げることはできない。

 病は都市の中に広がり続け、それはもう大惨事になるだろう。

 クランクハイトタートル事件の時のように治療が追いつかなくなれば、今度は薬や治癒魔法使いをめぐって争いが起こる。

 最悪の事態になる。

 それこそ、自立した都市の運営が不可能になるぐらいには。


 都市の領主であれば、誰だってそのことをわかっているはずだ。


 だから、俺はあの会議で提案した。

 「援軍を出してくれたら、街に病が流行した時に俺が街全体をまとめて治療する」そう他の領主に取引を持ちかけようと。


 普通ならこんな提案をしても、信じてなんて貰えるはずはない。

 街全体を治療できる治癒魔法使いなんて、いるはずがない。

 そう言われて終わりだろう。


 でも、今は違う。


 クランクハイトタートル事件での、極大エリアヒール。

 あれは、神の奇跡と呼ばれて、この街の祭りが盛り上がる一因にまでなっていた。


 この街で本物の「奇跡」が起きたことを、今なら誰もが知っている。

 あとは、権威ある教会の聖女様が、一筆書いてくれるだけでいい。

 この街には「神の奇跡」を操る人間がいる、と。


「……まさか、こんなことになるとはな」


 腕輪を壊して落ちこんでいたユエルを慰めるためにやった、あのエリアヒール。

 あれが援軍を呼ぶための鍵になるとは思わなかった。

 それに、俺の極大エリアヒールがあれば、騎士の損害も減る。

 他の都市の領主も、援軍を送りやすくなる。


 まぁ、予想していた以上に集まったわけだけれど。


 騎士は五千。

 魔物は三千。

 数の上で、既に圧倒している。

 これはもう、俺の治癒魔法がなくても確実に勝てる戦力差。

 騎士は精強だ。

 数で勝っていれば、このあたりの魔物をかき集めただけの寄せ集めに負けるはずがない。


 サキュバスの方を見てみれば、こちらに向かって前進していたサキュバスとその軍団が、止まっている。


 さすがに、ここまでの数の援軍がいるとは思っていなかったのだろう。

 まぁ、過去のサキュバスは人間同士が争いあっていた時に、都市の各個撃破をしていただけだと聖書に書いてあった気がする。

 言ってしまえば、人同士が戦争している間に漁夫の利をかっさらっていただけだ。

 一つの都市にここまで援軍が集結するとは、思っていなかったのかもしれない。


「なんだか、癇癪を起こしているように見えますね」


 聖女が、望遠鏡的なものを使ってサキュバスを見ながら言う。

 また借りて見てみると、確かにそんな感じだ。

 顔を真っ赤にして、目には僅かに涙を溜めて、こちらに向かって何事かを叫んでいる。

 もしかしたら「援軍を呼ぶなんて卑怯者ー!」とかかもしれない。


 でも俺の治癒魔法がなければ、いくら数で互角でも、ある程度の損害は受けるだろう。

 それがわかっているのか、サキュバスが再度、進軍を開始して近づいてくる。

 まぁ、こっちは失ったら痛手になる騎士団だが、むこうは適当に魔物を集めてきただけだ。

 やはり、勝てなくてもある程度打撃を与えてまた魔物を集めて来ればいいとか、そういう風に考えているのかもしれない。


 サキュバスの表情を見る限り、やけっぱちになっているだけにも見えるが。

 ……おそらく、会議で聖女の言っていた、魔物を長期間従えていられないということと関係があるんだろう。


 しかし、これは愚策にも程がある。

 サキュバスは、騎士団に損害を与えることなんてできない。


 ……今まで俺は、一人で迷宮に潜ったり、アーマーオーガやバルダスのような強敵と一対一で戦ったことがあった。

 そして、毎度ボロボロになるまでやられていた。

 死ななかったのは、俺が自分の怪我を、自分で治すことができたからだ。


 でも、今までの戦い方は、俺の治癒魔法を最大限活用できていなかった。

 直接戦うというのは、治癒魔法使いの役割じゃない。

 治癒魔法使いというのは、後方支援の職業だ。


 眼下に布陣する、騎士を見る。


 大軍対大軍。

 しかも、実力は味方が圧倒的に上。

 その、後方支援。


 こういった状況でこそ、俺の治癒魔法は真価を発揮できる。


「シキ様、ぜひこちらの装備をお使いください」


 サキュバスが近づいてくると同時、聖女が何かを手渡そうとしてきた。


「……これ、杖か?」


「はい、教会に伝わる、由緒ある品です。遠方への魔法発動だけでなく、より高度な魔法も使用できるようになります」


 なんだか、凄そうな杖だ。

 装飾が豪華で高そうというのもあるんだが、なによりも長年使い込まれた風格のようなものがある。

 でも、手入れは入念にされているようで、傷だらけなのにボロボロという風には見えない。

 まるで美術館の展示品でも持ってきたんじゃないかというような、そんな雰囲気がある。


 ……鑑定してみる。


 魔道具

 性質:魔力量向上 魔力増幅 発動範囲拡大 効果範囲拡大 魔法効果向上 魔力吸収・使用者・常時


 なんだか、見たことがないぐらい色々効果がついている。

 確か、魔力量が上がる指輪だけでも一千万ゼニーぐらいの値段はしたと思うんだけれど。

 この杖、いったいおいくら万ゼニーぐらいの代物なんだろう。


「こ、こんなもの、俺が使って大丈夫なのか?」


「ええ、この杖は膨大な魔力が無ければ扱えませんから。適性のあるシキ様に、是非使っていただきたいのです」


 聖女がにこやかな笑顔で言った。

 使っていいらしい。

 まぁ、最初から使う予定ではあったんだけれど。


 ……しかしこの杖、なんだかどこかで見たことがあるような気がする。

 俺は杖に興味はないし、こんなもの、見る機会はそうそうないはずなんだけれど。


 まぁいいか。

 聖女に借りた杖を、手に持つ。

 そして、サキュバスの軍団を見据えて、杖を構えた。


「ご、ご主人様……ご主人様はっ……すごい、すごいです!」


 すると、そばに控えていたユエルが、なぜか俺を尊敬の眼差しで見つめながら褒め始めた。

 どうしたんだろう。

 俺はまだ、治癒魔法を発動してはいないんだけど。


 ……というか、このユエル尊敬の眼差しは、いつもと違う気がする。

 いつもは俺の行動を嬉しく思って尊敬の眼差しを送っている、という雰囲気だけど、今回眼差しはなんだか距離を感じる。

 何か凄いことに気づいた、そんな驚きの混じった感じの尊敬だ。


「っ……! そう、そういうことだったのね」


 ユエルの反応を見て、エリスも何かに気づいたようだ。

 どこか納得したような顔で、俺を見ている。


 まぁでも、今は気にしている時間はない。

 もうすぐ、騎士と魔物がぶつかる。

 治癒魔法を発動するタイミングを見誤ってはいけない。


 ……けれど、魔物と騎士がぶつかる寸前。

 サキュバスが、魔物の軍団に先行して、こちらの攻撃魔法が届くか届かないかぐらいの距離までやってきた。

 そして、叫ぶ。


「結構な数を揃えたみたいだが、まだ勝敗は決まっていないからな!」


 攻撃魔法はギリギリ届かない。

 ドラゴンなら攻撃できるかもしれないが、ルルカとドラゴンはまだ戻っていない。

 念のため、王都に援軍を呼びにいったままだ。

 ルルカとドラゴンだけなら、日数的には今日あたりには帰ってこれるはずなんだけれど。


「邪神様を封印した愚かな人間ども! 貴様らがどれだけの屍をこの地に晒すことになるのか、よく見ているがいい!」


 強気なサキュバスだが「自分が勝つ」と明言しないのは、おそらく自分でもこれは勝てないとわかっているからだろう。


 それでも一度退いて魔物の数を増やさないのは、多分、欲望を操っているという能力の欠点だ。

 ドラゴンを操れなかったように、あれは完全な洗脳の類ではない。

 それに、魔物の性欲が他の欲望を上回っている時はただサキュバスだけを見て魔物も動くだろうが、いくら性欲を煽られようとも飢餓状態になればサキュバスよりも目先の肉を狙うはず。

 おそらく、魔物を集めてしばらくすると、魔物同士で共食いでも始めてしまうに違いない。


 あまり操っている時間が長くなると、魔物がサキュバスの管理下から外れてしまうみたいなことを聖女も言ってたし。


 それに、空を飛ぶ魔物もいない。

 これもおそらく、サキュバスが自分自身を餌に魔物を誘導しているからだ。

 空を飛べる魔物を誘惑すると、自分が魔物に捕まってしまうのだろう。


 ――そんなことを考えていると、広く横列に布陣した騎士が、魔物の攻撃を受け止めたのが見えた。

 交戦が始まった。

 仕事の時間だ。


 杖を掲げ、呪文を唱える。


「エリアヒール」


 集めた魔力が、増幅されていく感覚。

 杖から、全力以上の力が引き出されているのを感じる。

 魔法が発動すると、その光は一発で騎士全員を包み込んだ。


 騎士は隊列を崩さずに、魔物の死骸を踏み越え前進していく。

 騎士の槍が突き出されると同時、多くの魔物が地面に倒れ伏した。

 けれど、魔物がいくら攻撃をしても騎士の死体は生まれない。

 騎士達は連携をとりながら、互いを庇い合いながら、着実に魔物の数を減らしている。

 そしてそこに、再度治癒魔法を放つ。

 怪我をした騎士が、すぐさま戦線に復帰していくのが遠目に見えた。


「これ、凄い杖だな」


 使ってみてわかった。

 ……この杖はすごい。


 遠方で魔法を発動できるだけじゃない。

 極大エリアヒールの範囲指定も、正確に、思った通りにできる。

 それに、エリアヒールの最大範囲自体も広がっている。

 しかも、治癒魔法の光がただのヒールなのにハイヒール並の輝きを放っていた。

 おそらく、効果も相応だ。

 持っているだけで杖に魔力を吸われているような感覚もあるけれど、俺にとっては誤差でしかないし。


「はい。それは教会の保有する魔道具の中でも、最高クラスの一品ですから」


 そんな聖女の声を聞きながら、治癒魔法を連発する。


 これはもう、完全な勝ち戦だ。

 サキュバスの連れてきた魔物は雑魚ばかり。

 騎士に一撃で切り伏せられるような、下級の魔物がほとんどだ。

 これも、サキュバスの復活が不完全だった影響なのだろうか。

 僅かな時間で、みるみるうちに魔物の数が減っている。

 しかも、たまに魔物の攻撃で騎士が怪我をしても、数秒も開かずに即復帰。

 開戦前からわかっていたことではあるけれど、圧倒的な優勢だ。


 ふと見てみると、サキュバスが呆然とした顔で戦場に視線を向けていた。

 魔物の死骸は積み上がるが、騎士の死人はまだ一人も出ていない。


 ……サキュバスは、俺の存在を知らなかった。

 これが、最大の敗因だろう。


 杖を掲げる。

 そして、俺は戦う騎士達に向け、再度治癒魔法を発動した。


次の更新は三日後ぐらいです。

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