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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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対策会議。

 領主の屋敷の一室。

 血を拭い服を着替えてから、案内されるがままにそこへ向かうと、襲撃を予告したサキュバスへの対策会議が行われようとしていた。


 俺が部屋に入って、席についたのが数分前。

 今、ちょうど会議が始まるところだ。


「それでは、始めさせていただきます」


 会議を仕切っているのは、聖女。

 聖女は大司教がサキュバスを復活させたあたりのくだりをサラッと話してから、本題に入った。


「……ということで、おそらく、サキュバスは数日をかけてこの街の近辺をめぐり、周辺に住む魔物を根こそぎ引き連れてこの街を襲撃するつもりです。早急に対策を考えなければなりません」


「うむ」


 聖女の言葉に、頷く領主。

 だいたいの事情は、既に領主には話してあるらしい。


 ちなみに俺がこの会議室に入った瞬間、領主は「私の目に狂いはなかった」とかなんとか言いながら、俺の肩を嬉しそうにバシバシ叩いてきた。

 俺の治癒魔法の実力のことも、おそらく街全体にかけたエリアヒールの実行犯であるということも含めて、聖女から既に聞いているとのこと。

 隠せていたと思っていたが、どうやら聖女には既に知られていたようだ。


 まぁだからこんな会議で、俺はさも重要人物かのように座らされているわけだけれど。


「一つ聞きたいんだが、サキュバスの能力は、自分の周囲にいる生物の情欲を操る、ということで間違いないんだな?」


 会議の参加者は、今発言した騎士団長のおっさんと、聖女と領主、そして俺。

 あとなぜかルルカ。

 この五人で、会議室のテーブルを囲んでいる。

 ルルカは偉い人に囲まれている状況に気後れでもしているのか、落ち着かない様子でこっちをチラチラと見ているけれど。


 他にも聖女の護衛や、騎士団長の部下らしき人、フラン、ユエルなんかも部屋の中に居るには居るが、着席はせずそれぞれの参加者の後ろに控えている。

 街の大事なのに参加者が少なくないかとも思ったが、もしかしたら人数が増えて会議が混乱するのを嫌ったのかもしれない。


「はい、その通りです。それに加えて、対象となる生物の理性や知能に比例して能力はかかりにくくなる、と聖魔戦争時代の資料にはありました。サキュバスがドラゴンに向かって何か魔法のようなものを使っていましたが、あまり効果が現れていなかったところを考えると、おそらくこれも事実かと」


 聖魔戦争というのは、聖書に書いてあった過去の邪神との戦争のことだろうか。


 ……というか、サキュバスが目を赤く光らせたアレ。

 ドラゴンの情欲を操作してたのか。

 サキュバスは情欲を操る能力を使って魔物の軍団を作ると聖書に書いてあったが、ドラゴンはそれを受けてもほんの少し動きが鈍っただけだった。

 知能が高く理性のある一部の魔物には、その能力は通用しないということだろう。


「ですから、人間やドラゴンのような知性の高い生物は、敵の戦力から除外して考えていただいて問題ありません」


 聖女が続けて断言する。

 それを聞いて安心した。

 騎士団員が操られて寝返ったり、サキュバスがドラゴンを大量に率いてきたりということはないらしい。

 もし味方が敵になったりドラゴン軍団を作られたりしたら、いくら俺が治癒魔法を乱発しても勝ち目はないだろうし。


「敵の戦力は、概算でどれ程になりそうだ?」


「過去の資料では、サキュバスには数万の魔物を操る力があるとありましたが……」


 領主の質問に、聖女が答える。

 ……数万。

 言葉で聞くとイメージできないが、この街の騎士団の、下手をしたら百倍以上の数だ。

 百倍の戦力差ということは、最低でも騎士一人を魔物百匹の群れの中に放り込んで、生きて帰ってくるぐらいじゃないと負けるということだ。

 ユエルさんならやってやれないことも無さそうだけれど、騎士の全員にそれを求めるのは酷だろう。

 普通は死ぬ。


「数万か……」


 領主が唸る。

 数万という言葉に、会議室の空気が引き締まるのを感じる。

 けれど、そんな空気を破るように、騎士団長が反論した。


「……サキュバスがどれだけの範囲から魔物を集めるかで大きく変わるが、少なくともすぐに数万の軍団を率いてくるということは無いはずだ。そもそも、この地方にはそれだけの数の魔物はいない」


 ……そういえば、騎士団の仕事には街の外の魔物の掃討も入っている。

 おそらく、この地域にどれだけの魔物がいるかをだいたい把握しているんだろう。


「だが、本当に数万もの魔物を操る能力があるとするならば、数日でこの街の騎士の数をゆうに超える魔物の軍勢を作ることはできるだろう。教会で見たあの飛行速度なら……四日で六千、一週間で九千程度は見ておいた方が良い」


 騎士団長が、続けて付け加える。

 この地域には、サキュバスが四日で巡れる範囲に六千、一週間で巡れる範囲に九千の魔物がいるということか。

 数万と比べて大分減った。


「む、むぅ……」


 騎士団長の予測に、また唸る領主。

 ……まぁ、減ったといっても、それでも十倍ぐらいの戦力差だ。

 俺のエリアヒールがあったとしても、まだ物量に押し潰される可能性はある気がする。

 俺の魔法はあくまで治癒魔法であって、蘇生魔法じゃない。

 騎士がすぐに殺されてしまうような物量差があれば、騎士団にいくらエリアヒールをかけ続けたとしても死人は出る。

 敵の魔物の強さによっては、ジリジリと騎士団の数を削られて、敗北する可能性がある。


「さすがに十倍近い物量差ともなれば、騎士団も壊滅的な打撃を受けることは必至だ。まずは援軍の要請を周辺都市に出したいが……領主様、よろしいですか」


 騎士団長が、領主に提案する。


 援軍。

 まぁ、そういう結論になるだろう。

 味方の数が増えれば、戦力差は減る。

 騎士は少数ではあるが精鋭だ。

 魔物との十対一が三対一ぐらいになれば、そうそう死ぬとも思えない。

 俺の治癒魔法もあるし、それぐらいの戦力差なら撃退できる気がする。


「援軍か……」


 けれど、領主はその援軍という言葉を聞いて、ため息をついた。


「領主様、なにか問題でも?」


 騎士団長が、疑問の声を上げる。


「……過去に多くの都市を滅ぼしたサキュバスが、魔物の軍勢を率いてくるのだ。勝ち目があるかもわからない戦争に、大切な騎士団を貸し出してくれる勇気ある領主がいれば良いのだが」


「……危険だからこそ援軍を出し渋るかもしれないと、そういうことですか?」


 騎士団長の問いかけに、領主は苦々しい表情で頷いた。

 ……最近は人同士の戦争もほとんどないと聞いている。

 そういうことに尻込みしてしまう、というのもあるのだろうか。


「王都であれば、必ず援軍を出してはくれるだろう。だが地方都市というものは、普段、あまり戦力に余裕が無い。もし出した援軍が壊滅などということになれば、今後の都市運営に大きな支障が出る。言いにくいことではあるが、こんな危機的状況だからこそ、王都からの救援を待って自分の都市の防備を固めたいというのが、地方都市を治める領主の本音だろう」


 勝てるかどうかもわからない戦いに大切な騎士団を派遣するわけにはいかない、ということか。

 まぁ、騎士団がいなくなれば魔物の脅威に対抗できなくなるし、都市の治安も悪くなる。

 領主からしてみれば、騎士は絶対に失うわけにはいかない存在であることは確かだろう。


「つまり……王都以外からの援軍の見込みは、薄いと」


「率直に言えば、そういうことだ。全く来ないということも無いだろうが、あまり期待はできないな」


 騎士団長と領主は、二人とも険しい表情だ。


「他の領主様を金銭で懐柔することはできないのでしょうか。今回の件は、我々教会の失態です。金銭面でも出来る限りのことをさせていただきたいと思っておりますが」


 そんな中、聖女が懐柔とか言いだした。


「都市の領主にとって、騎士団の精鋭達は都市の継続的な発展のために欠かせない人材だ。補充もすぐにできるものではない。金銭報酬だけでは、勝てそうならば援軍として参加する、そんな日和見をされるだけだろう」


 駄目らしい。


 ちなみに俺はここまで、まだ何も発言をしていない。

 ……本当に、なんで俺はここに座らされているんだろう。

 部屋に入るなり聖女に席を勧められたが、俺は軍事とかはそこまで詳しくないどころかろくに知らないし。


「……しかし、不味いな。王都まではドラゴンでも二日はかかる。それから援軍を派遣してもらうとなれば、王都からの援軍の本隊が到着するまで、十日以上かかってもおかしくない」


 あ、今になってようやくルルカがいる理由がわかった。

 ドラゴンの飛行速度はおそらく、地面を走る馬より早い。

 ドラゴンはルルカに懐いているらしいし、ルルカを援軍を呼ぶための連絡手段にするつもりなのか。


「サキュバスは、遅くとも一週間以内にこの街を襲撃してくると思われます。聖魔戦争の資料に、それらしき記述がありました。サキュバスの能力は軍団を作ることはできますが、欲望を操っているだけで魔物の行動を完全に操作できるわけではありません。あまり長期になると、軍団のコントロールが出来なくなるようです」


「一週間……まず、王都からの援軍は間に合わんか」


「はい」


 聖女と領主の会話が続くが、状況はなかなか悪そうだ。

 暗い雰囲気が、部屋に満ちているのがわかる。


 でも「それならさっさと王都まで尻尾まいて逃げようぜ!」とか言えるような雰囲気ではない。

 なにか別のことでも言っておこう。


「騎士だけで足りないなら、冒険者あたりを戦力に加えるのは駄目なのか?」


「冒険者は数は多いが、実力は下級の魔物を狩るのが精一杯というものが多い。一定以上の実力がなければ、戦列を維持できず足を引っ張るだけだ。死人が増えるだけだろう」


 ですよね。

 まぁ、俺も弱い奴に戦列に加わってほしくはない。

 即死だけでも避ける技術があれば俺の治癒魔法でそうそう死にはしないが、それすらなければ本当に雑兵のように死んでしまう。


 迷宮の低層でくすぶっているエイトやゲイザーのような冒険者に出番は無さそうだ。


 そして、会議室に沈黙が走る。


 領主は唸りながら下を向き。

 騎士団長は思案顔で腕を組み、目を閉じている。

 聖女だけは……なぜか俺を見ているけれど。


 この視線は「あのツヤのある黒髪やっぱり素敵……」とかそういう視線ではないだろう。

 まぁ、なんとなくはわかる。

 ……実は、一つだけ、俺は援軍を呼ぶ方法は思いついている。

 あまり、それを言いたくはないけれど。


 俺なら、おそらく援軍を出し渋る他の街の領主を説得できる。

 それも、とても簡単に。

 ……でもそれをやると、きっと俺は目立つ。

 目立てば、大司教の時のような余計なリスクが増えることになる。


 大きな力を利用したい、と考える奴はどこにでもいる。

 今回は勘違いでエリスが狙われたが、俺の実力が明らかになれば次は俺が直接狙われるだろう。

 ただのチンピラ程度ならユエルが守ってくれるかもしれないが、ユエルが俺のそばに居ない時だって、当然ある。


 ふと気になって、ユエルの方に視線を向けた。


 ――ユエルと目があった。


 ユエルは、ただ俺を見つめている。

 会議の雲行きは怪しいが、ユエルの目にはそこに対する不安は感じられない。

 ただいつもと変わらない瞳で俺を見ている。

 大量の魔物が襲ってくることに脅威を感じていない、そんな瞳だ。


 おそらく、ユエルは必ず勝てると信じているんだろう。


 なぜ信じているのか。

 騎士の実力を知っているから。

 城壁で防戦しながら籠城すればなんとかなると思っているから。

 色々考えつくが、やはり決定的なのは……。


 ――ここに、俺がいるからだろう。


 ユエルは、俺の実力を誰よりも知っている。

 俺の治癒魔法さえあれば魔物の軍団ぐらい撃退できる、おそらく、そう思っているのだ。


 確かに撃退できる可能性もある。

 俺の治癒魔法があれば、もしかしたら援軍なんて呼ばずとも、この街の騎士団の人員だけで撃退できるかもしれない。


 ……でも、騎士団長の言った通り、そんなことをすればこの街の騎士団は壊滅的な打撃を受けるだろう。

 人は脆い。

 頭を割られれば、簡単に死んでしまう。

 精鋭の騎士団員が実力を発揮できればそうそう致命傷も受けないだろうが、物量に囲まれてしまえばそうもいかない。

 ……やはり、援軍は必要だ。


 ユエルを見るのをやめて、聖女に視線を向ける。


 こっちは、まるで見透かすような瞳。

 俺が思いつくぐらいだ。

 聖女も、とっくにこの方法を思いついているだろう。


 本音を言えば、街を捨てて逃げたい。

 目立ちたくなんてない。


 でも、俺の治癒魔法の実力は既に多くの人にバレている。

 これが広まるのは、もう時間の問題だ。

 この提案をしなくても、俺の治癒魔法の実力はそのうち多くの人の知るところになるだろう。


 ……方針の転換が、必要な時期なのかもしれない。

 自分の身を守るために、実力を隠すのではなく治癒魔法で貸しを作っておく。

 そういう考え方も有りだろう。


 それにこの提案は、きっとユエルが尊敬の眼差しを俺に向けてくれる、ご主人様らしい提案だ。

 騎士団員だけじゃなく、おそらく多くの命が救われる、そういう提案だ。


「なぁ、聖女様」


「ふふ、フィリーネとお呼びください」


 俺が聖女に声をかけると、聖女は嬉しそうに微笑んだ。

 ……俺が何を言うつもりなのか、やはりわかっていそうだ。


 それに、この反応。

 まるで、俺がこれを自分から言うかどうかを、値踏みされていたみたいに感じる。

 なんだか乗せられているみたいであまり良い気分じゃないが、でもこれ以外にはおそらく方法がない。


「じゃあ、フィリーネ。援軍を呼ぶ方法なんだが、俺に一つ考えがある。フィリーネが協力してくれることが、前提になるけどな」


 改めて、聖女に声をかける。

 すると、聖女は恭しく頭を下げた。


「はい。シキ様、私に出来ることであれば、なんなりとお申し付けください」


 そして俺に向かってそう言った。

次の更新は三日後ぐらいです。

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