魔法。
結局、エリスの治癒魔法の実力を向上させるための魔道具を買うことはできず、帰路につくこととなった。
「はぁ、一千万ゼニーってなんだよ……」
あの後もう一度魔道具店に行ってはみたが、魔力量上昇の魔道具の中でも、一番安いものがあれだった。
近くにあった他の店を覗いてみても、似たようなもの。
どうやらあの手の魔道具は、相当高額らしい。
多分、あれは人の手で再現することができないタイプの魔道具なのだろう。
迷宮から偶然掘り出すしか、入手方法がない。
需要と供給が、致命的なまでに釣り合っていないのだ。
……なんだか万策尽きたような気がする。
「どうするかなぁ、ほんと」
それに、ルルカの件もある。
エリスが王都に修行に行ってしまうかもしれない、というのが目下の問題だったが、こっちもどうにかしないといけないだろう。
流石にあの別れ方は気まずすぎた。
なにかしらフォローをしたいところだ。
まぁ、フォローと言っても何をすればいいのかわからないんだけれど。
これがユエルなら頭を撫でればだいたいなんとかなるのだが、ルルカの場合はそうもいかないだろうし。
というか、そもそもルルカが何故あんな行動に出たのかも、よくよく考えてみるとわからない。
流れとしては、エリスの存在に焦り既成事実を作ろうとしたと考えるのが自然な気がするが、正直そこまで好かれる理由が無い気がする。
尻を揉んだりショートパンツをずり下ろしたり、今日だけでも嫌われる理由ならいくつか思いつくんだが。
でもやはり、あの宿屋の前でのルルカの態度を見れば、あれが本当に「着替えたかっただけ」なわけがない。
それはつまり、今日の好感度マイナス分を差し引いてもあまりある好意が元々ルルカにあったということだ。
でも、身に覚えがない。
「……もしかして、俺がイケメンだからか?」
それなら全て納得がいく。
ユエルも俺のことをイケメンだと言っていたし。
あと子供の頃にお婆ちゃんにも言われたことがある。
と、そんなことを考えながら歩いていると、
「霜降り王都牛……ねぇセラ、ちょっと食べていかない?」
「フラン、お小遣いはあれ以来全額カット、それに加えて迷宮に潜ることも控えるように言われてしまったのを忘れたんですか? 無駄遣いはいけませんよ」
「で、でも……そうだ、二人で半分こにしましょう!」
「……ここで食べなくともフランがお父様にかわいらしくおねだりすれば、きっと霜降り王都牛ぐらい一頭丸ごと買ってくれますよ」
「それは嫌よ。それに、それじゃ意味がないじゃない。私は今食べたいんだから」
屋台で食事をとろうとしている、庶民的な金髪ツインテドリルと、青髪の女を見かけた。
フランとセラだ。
多分、領主主催の食事会以来だろうか。
どうやらちょうど、青髪の女、セラの方が霜降り王都牛の串焼きを買おうとしているところのようだ。
……まぁただ見かけただけで、目があったというわけじゃない。
フランは苦手だ。
適当に会話して、ポロリとセクハラ発言でもしようものなら、攻撃魔法をぶっ放してきそうな危うさがある。
それに貧乳。
ルルカの居場所を聞こうかとも思ったが、ルルカとは普段からよく会うし、多分生活圏が被っている。
こいつに聞かなくとも、そう時間もかからず会えるはずだ。
無視して立ち去ろうと……したところで、
「あらあらこんにちは。今日はお一人ですか?」
セラがにこやかに微笑みながら、声をかけてきた。
ちょうど今買った串焼きをフランに手渡しつつ、俺の正面を塞ぐように移動してくる。
どうやら気づかれていたらしい。
「ど、どうも」
何か用だろうか。
セラはエリス程ではないが巨乳だ。
話をすること自体は嫌ではないが、横にいる癇癪持ちのドリルが怖い。
「それは良かった。ちょうど私たち、街の見物をしていたところなんですよ。良かったら一緒に食事でもどうですか?」
「ちょ、ちょっとセラ! わ、私は嫌よ!」
が、すぐに、フランが声を荒げて割って入ってきた。
そして、口調を荒げながら、セラと口論を始める。
「まぁまぁフラン、ちょうど良い機会じゃないですか」
「ちょうど良い機会って……もしかして。セラ、あれ、本気で言ってたの!?」
「もちろん本気ですよ。それともフランは、受けた恩を返さなくても良いなんて言うつもりですか? 命を助けていただいた恩を、お父様が代わりにお金を払ってくれたからそれではいおしまい、とでも言うつもりなのですか?」
「っ……!」
「例え相手が男性だからといって、ここは誤魔化してもいいところではありません。メイルハルツ家の息女として、ここは逃げては駄目ですよ」
一瞬なんの話かと思ったが、なんとなくわかった気がする。
どうやらセラは、フランから俺へ礼をさせたいらしい。
何にかといえば、クランクハイトタートルの突進から助けたあの一件のことだろう。
俺は領主から謝礼を貰ったのだが、セラはそれだけでは不満なようだ。
……適当に理由をつけてフランの男嫌いを矯正しようとしているだけな気もするけれど。
「……わかったわよ」
そして、セラの説得にフランが渋々頷いた。
「メイルハルツ家の息女として」という単語が決め手だったようだ。
フランが頷くと、セラは今度は俺に視線を向けた。
「というわけです、シキさん。フランにして欲しいことがあれば何でもおっしゃってみてください」
「「な、何でも!?」」
驚いて口から出てしまった声が、フランと被る。
今、何でもって言っただろうか。
「な、何考えてるのよセラ! 私はメイルハルツの娘なのよ!? こんなどこの誰ともわからないような男に処女を差し出せっていうの!?」
別にまだ処女をもらうなんて一言も言ってない。
フランの中の俺は性欲のことしか頭に無いけだものか何かなのだろうか。
……まぁ、否定はできないが。
確かに一瞬脳裏を過ったが、流石に言うつもりはなかった。
セラだって、実際にそんなことを言われて聞くつもりなんて無いだろうし。
「フラン、そのメイルハルツの娘が受けた恩はなんですか? ……命の恩でしょう。シキさんには自らの命をかけてまで助けていただいたのですから、どんなに無体な要求を突きつけられようと甘んじて受け入れる、それぐらいの覚悟が必要なのではないでしょうか」
聞くつもりだった。
俺が無体な要求をすることが前提なのが少し気になるけれど。
……でも、こいつらはルルカのパーティーメンバーだ。
「お前の仲間の命を助けた礼として処女を貰っといたぜ!」なんてことになれば、ルルカに心の底から嫌われるのは間違いない。
そもそもそんな要求は出せない。
貧乳に興味もないし。
「で、でも、いくら命の恩だからって、何でもするなんて……!」
「フランが川に落ちそうになった時、私はあなたをもっと強引にでも止めておけばよかったと後悔しました。領主になるのも、あなたの命があってこそ。こういったことが嫌なら、命の恩などもうつくらないことです」
セラが、未だ興奮するフランに向けて言う。
説教じみた言い方だ。
なんだかこれ、俺が無体な要求なんてできないことをわかっていて、ただフランの教育のだしに使われているような気がしてきた。
というか、多分そうなんだろう。
フランへの説教が終わると、セラは俺にしか見えないように軽く目配せをしてくる。
やはりこれは本当に何でもするというわけではなく、教育の一種のようだ。
「それではシキさん、フランにして欲しいことがあれば、何なりと言ってください」
とりあえず、フランの体を上下に舐めるように見てみる。
それだけでフランは自分の体を掻き抱くように隠しながら、睨みつけてきた。
余程不安なのか、目が僅かに潤んでいる。
……フランもそんなに嫌なら突っぱねればいいのに、領主の娘という肩書きのせいかやたら律儀だ。
しかし、何を頼もう。
特別してほしいことも無い気がするが……。
いや、あった。
「そうだ、今ルルカがどこに泊まってるのか教えてくれよ」
ルルカに今日の件のフォローをしたいところだが、ルルカの泊まる宿がわからない。
パーティーメンバーなら知っているはずだ。
「…………それだけ?」
俺の頼みに、目を丸くするフラン。
間違いなく貞操に関わるような頼みをされると思っていたんだろうけれど、それは自意識過剰というやつだ。
俺は貧乳の体には人並み程度にしか興味はない。
「あぁ、それだけだ」
俺がこう返すと、フランは目を瞑って黙考する。
何か裏が無いかと考えているのかもしれない。
「……どうしてそんなことを聞くの? それに、そういえば今朝、ルルカがあなたに会いに行くって言ってたわ。街を一緒に見物したいって。まだ会ってなかったの?」
いえ、もう会いました。
というかルルカさん、そんなこと言ってたんですか。
街で偶然見かけて「奇遇だね」みたいなこと言ってたのに全然奇遇じゃないじゃないですか。
「ま、まぁ、そんなことはいいだろ。知ってるんなら教えてくれよ」
「……ルルカに何かしたの? いくら命の恩人とは言っても、ルルカに変なことしようとしたら許さないわよ。まだルルカとは会って四ヶ月ぐらいしか経ってないけど、それでも私の大切な仲間なの」
変なことに誘われたかと思ったら逃げられて気まずくなってしまったんです、と言っても信じてもらう事はできないだろう。
どうやら警戒されてしまったようだ。
まぁ、俺だってセクハラ常習犯に知り合いの女の住所を教えるようなことは絶対にしないけれど。
というかルルカとこの二人、まだ知り合って四ヶ月ぐらいしか経ってないのか。
俺とほとんど同じぐらいじゃないだろうか。
「もっと付き合い長いのかと思ってたよ。ちょっと意外だな」
「四ヶ月前に迷宮でルルカが魔物に囲まれていたところを、私達が偶然助けたのよ。あの頃は私達も冒険者になりたてだったから浅い階層でも苦戦してて、仲間が欲しかったから」
そういえば、こいつはお見合いでやらかしたせいで家を追い出されて冒険者になったんだった。
冒険者のルルカと知り合うのが、そんなに昔のはずも無かったか。
攻撃しかしなさそうな魔法と弓のフランセラと、盾で守り主体のルルカがパーティーを組むのは自然な流れだったんだろう。
「……まぁ、ルルカがどこにいるのか教えたくないならそれでいいよ。どうせまたすぐ会えるだろうし」
無理に居場所を聞く必要もない。
酒場あたりに通っていればそのうち会えるような気もする。
俺がそう答えると、フランは今度はセラに声をかける。
「それじゃ、これでいいわね。セラ、もうそろそろ帰りましょうか。霜降り王都牛も食べられたし」
「フラン……あなた、結局シキさんに何もしてあげられてないですよ」
セラがいつの間に買ったのか、霜降り王都牛の串焼きを俺に手渡しながら、呆れたように言う。
そういえばそうだった。
お礼に何でも言うことを聞いてあげるというような話だったはずなのに、結局ルルカの宿も聞けなければエロいこともしていない。
セラから今串焼きを貰ったけれど、それだけだ。
「っ……」
セラの言葉にハッとしたフランが、もう一度自分の手で体を隠すようにしながら俺を睨む。
この異常なまでの警戒心は、男嫌いゆえなのだろうか、それとも俺だからなのだろうか。
なんだかもう面倒になってきた。
「じゃあ、魔力上昇の効果がある魔道具って知ってるか? あれ買ってくれよ」
「……いきなり無理難題言ってくれるわね。私もずっと欲しかったけど、あんなものどうやったって私じゃ買えないわ。お父様に頼みこめばもしかしたら買ってくれるかもしれないけど、その場合、今度こそ嘘じゃなく私と結婚することになるでしょうね。…………私は結婚なんて嫌よ」
「だよな」
俺もフランと結婚はご遠慮したい。
しかし、頼み込めば一千万ゼニーの魔道具でも買ってくれるかもしれないって凄いな。
流石は迷宮都市の領主といったところか。
フランがもし巨乳で性格もおしとやかなら考えていたかもしれない。
「あら、駄目ですか? フランは命を賭けて魔物から身を守ってくれた男性と結婚できる。シキさんはそれに加えて欲しかった魔道具も手に入る。なかなかの妙案だと思いますけど」
「だ、駄目に決まってるじゃない!」
セラが横から口を出してくるが、フランが即座に否定する。
「入り婿とはいえ貴族であれば、愛人を持ったり庶子が生まれたりということも良くあることですし、シキさんにとっても良いことだと思ったのですが……」
なにそれ詳しく。
この世界の庶民は一夫一妻が基本だが、貴族では違うこともあるらしい。
今までなんとなく異世界なんだしハーレムをつくりたい、とか考えていたけれど、やっとゴールが見えた気がする。
……まぁ、だからといってフランと結婚というのは無理な気がする。
少し興味はひかれたが。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、セラは話を続ける。
「それとフラン、シキさんは領主様にも認められていますし。……それに、以前領主様の勘違いを無理にでも正そうとしなかったのは、勘違いが勘違いのまま事実になっても構わないと、フランが僅かにでも思っていたということの証明で」
「〜〜〜〜〜っ!」
セラがそう言ったその瞬間。
フランの掌の上に、突然火球が発生した。
無詠唱の魔法行使だ。
火球はかなりいびつな形状で、大きさもかなり小さい。
今すぐにも霧散してしまいそうな不安定な代物だが、フランは俺をキッと睨みつけると、それを振りかぶってくる。
「お、おいおいおい、ちょっと待てよ! な、何するつもりだ!?」
――以前、ルルカから聞いた話が脳裏を過る。
フランは、お見合い相手の股間に攻撃魔法を撃ち込んで、家を追放された。
……もしかしたら、その時もこんな感じだったんだろうか。
こいつ、全く成長してねぇじゃねーか!
「フランっ!?」
咄嗟にセラが叫ぶが、フランは止まらない。
回避をしようにも、完全に不意をつかれて間に合いそうもない。
これは俺もフランとお見合いをした貴族よろしく、股間丸焼きコースなのだろうか。
この火球の大きさなら致命傷にはならないだろうが、このままでは心に致命傷を負ってしまいそう。
やっぱり、こいつには関わらなければよかったかもしれない。
――今にも火球を投げつけてきそうなフランと目が合った。
顔は羞恥のせいか赤く染まり、瞳も潤んでいる。
セラに言われたことが、それ程恥ずかしかったのだろうか。
でも、恥ずかしかったからといってファイヤーボールを投げつけられてはたまらない。
「っ……」
そして――まさに火球を投げる直前。
フランはギリギリで、それを地面に叩きつけた。
フーフーと荒い息を吐きながら、地面にできた黒い焦げ跡を見つめるフラン。
「あ、あっぶねぇ……! い、いきなり何考えてんだよ!」
……なんだかセラが俺とフランをくっつけようとしている理由の一端がわかる気がしてきた。
まず、こんな攻撃的な女に貰い手がいるはずがない。
そして、俺なら多少攻撃されたところで治癒魔法が使えるから大事にはならない。
セラは領主に認められているだとか命の恩人がどうとか言っているが、本当の理由はこっちな気がしてきた。
セラの方を見てみれば、またやってしまったかとばかりに頭を抱えているし。
しかしフランは悪びれることもなく、なにやら少しスッキリしたような顔で口を開いた。
「あなた、治癒魔法使いよね?」
「あ、あぁ」
普通の口調なのに、なんだか威圧感のようなものを感じる。
間違いなく地面の焦げ跡のせいだろう。
「攻撃魔法は使えないのよね?」
「そ、そうだよ」
攻撃魔法は以前、治療院の客に少しだけ教わったことがあるが、全く使えなかった。
原因はよくわからないが。
「そう。なら、あなたへのお礼、決めたわ。私が今から、あなたに攻撃魔法を教えてあげる。……それでいいわよね?」
多分、もう結婚どうこうという話に持っていかれたくないのだろう。
そこには、有無を言わせない迫力があった。




