表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/89

ルルカと壁。

 ドラゴンの飼い主に教えてもらった道を歩くと、しばらくして大通りに出た。

 そこからルルカに案内してもらい魔道具店にたどり着いたのが数分前。

 現在は、店に並ぶ魔道具を物色中である。


 ルルカもこの魔道具店にきてみたかったというのは嘘ではないらしく、何やら楽しそうに魔道具を見ている。

 しばらくして目当てのものでも見つけたのか、魔道具らしきものを持ってこちらに寄ってくる。


「シキ見てよ、凄いよこの魔道具! 魔力を注ぎ込むだけで魔法のトイレが出てくるんだって!」


「魔法のトイレ?」


 なんだ魔法のトイレって。

 一瞬疑問に思ったが、ルルカが魔力を込めると、目の前に工事現場にありそうな感じの簡易トイレが出現した。


「値段は……うわぁ、五十万ゼニーかぁ。でも、かなり高いけどシキなら買えるよ! 迷宮探索で、あると便利だよ、ねぇ買わない?」


 トイレひとつで五十万ゼニーってどういうことだ。

 どこからどう見ても普通のトイレだし。


 試しに扉を開いてみると、半畳程のスペースの中に、和式のトイレがひとつ鎮座していた。

 どのあたりが魔法のトイレなんだろう。

 ウォッシュレットでもついてたりするのだろうか。


「あ、もしかしてトイレの中が結界か何かで安全地帯になっているとか、そういうのか?」


 それなら高額なのもまだわからなくはないし、ある程度は便利そうだ。

 いや、でも、いくら安全地帯だからといって、迷宮探索の休憩の度にユエルと二人きりでトイレに篭るはめになるのはどうだろうか。

 流石に回避したい気もする。


「ううん、そういうのじゃないよ。あ、シキ、絶対に足は踏み外さないようにね。もしトイレに落ちたら消えちゃうから」


 なんだか物騒な言葉が聞こえた。


「このトイレ、トイレに落ちたものが魔法の力でどこかに消えちゃうんだって。効果はそれだけなんだけど、迷宮だと水で流すわけにもいかないし凄い便利だよね!」


「戻してこい」


 確かに便利だけど。

 確かに便利ではあるんだけれど、そのためだけに五十万ゼニーはありえない。

 しかし、どうやら本気で買わせるつもりはなかったようで、ルルカは残念がりつつも魔道具を元の場所に戻した。


 まぁ、今はそんな魔道具にかまっている場合ではない。

 俺が探しているのは、魔力上昇の魔道具ただひとつである。

 ついでに透視とか千里眼とかそういう魔道具も探したいところではあるけれど。

 用途は誰にも言えない。


 そして、そんなことを考えながら魔道具を見ていると……ついに見つけた。


「絶対あった方が便利なのになぁ……あれ、シキ何見てるの?」 


 何を見ているかといえば、俺が探し求めていた魔力量上昇の魔道具。

 指輪の形をしたその魔道具の、値札に書かれたゼロの数を見ている。

 ゼロがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ。

 やはり数え間違いではないようだ。


 値札に書かれた金額は……一千万ゼニー。

 日本円にして、一億円。


 そして俺の財布の中身はだいたい二百五十万ゼニー。

 領主の館であれだけの報奨金を貰ったのに、この魔道具の半分すらない。


 ……ちょっとこの魔道具、高すぎないだろうか。

 どれだけ高いかと言えば家が数軒余裕で買える金額だ。

 もう少し値段の安い同じような効果の魔道具を探してみても、どうやらこの一千万ゼニーというのが魔力量上昇の効果のある魔道具の、最低価格らしい。


 やはり高すぎる。


「うわぁ、シキ、この指輪の魔道具が欲しかったの? 一千万ゼニーかぁ……これは無理だよねぇ、流石に諦めたら?」


 確かに諦めた方が良さそうだ。

 いや、でも、ここで諦めたらエリスの悩みが解決できない。

 それに、この魔道具を買う以外に、後腐れなくエリスの治癒魔法の実力を向上させる方法も、もう思い浮かばない。


 詰んだかも。


 しかしなんでこんなに高いんだろう。

 ただ魔力量が増えるだけの魔道具なのに、一千万ゼニーもするなんていくらなんでも……


 ……いや、簡単なことか。


 この魔道具は、ヒールしか使えない治癒魔法使いがハイヒールを使えるようになるかもしれない魔道具、そう考えればこの値段設定も納得がいく。


 ヒールの治療費の相場は四百ゼニー程度なのに対し、ハイヒールによる欠損の治療はたった一回で五万ゼニーに相当する。

 ハイヒールを使えるだけで、一日の収入は跳ね上がる。

 しかも、生涯にかけてそれがずっと続く。

 もしエリスのような治癒魔法使いがこの魔道具を手に入れれば、生涯年収は一気に跳ね上がるだろう。


 単純なことだった。

 魔道具で治癒魔法の実力を底上げしたい。

 そういう風に考える俺のような人間は、大勢いたのだ。


「シキは魔力はかなり多い方なんだし、こんなの無くても大丈夫だって! そ、それよりこの魔道具とかいいんじゃない? ほら、ほんの少しだけど、致命的な攻撃の威力を軽減してくれる腕輪なんだって」


「あぁ、いや、今回は俺じゃなくて、エリスに持たせる魔道具を探しに……」


「エ、エリスさんに……?」


 ほぼ反射的に言って、そして気づいた。

 これ……言っちゃ駄目なやつだ。


 というかルルカが今持ってきた腕輪、俺とユエルが以前持ってた魔道具じゃないだろうか。

 腕輪に視線を向けると、その腕輪がルルカの手から滑り落ちる。

 そして、カランと大きな音を立てた。


「……一千万ゼニーもする指輪を、エリスさんに? そ、それってつまり、やっぱりエリスさんと……」


 ルルカが青い顔をして呟く。

 これはやばい。


「お、おい、ルルカ……?」


「……あの浮気相手って……やっぱり、やっぱりそういうことだったんだ」


 完全に誤解されてしまっている気がする。

 それから、一歩、二歩、と後ずさるルルカ。

 ルルカは悔しそうに下唇を噛み締め、ふるふると震えながら俺の方を見た。

 この様子は明らかに普通ではない。


「っ……!」


 そして、ルルカは俺と目が合うと、逃げるようにして店の外に駆け出した。


 誤解です。

 誤解なんです。


 婚約指輪とかじゃないんです。

 俺はただ、エリスの治癒魔法の悩みを解決したかっただけなんです。

 しかし、そう言おうにもルルカはもう店の外。


 とりあえず、逃げるルルカを追うしかない。


 誤解を解くのは今度会った時でもいいかもしれないが、ルルカが普段どこにいるのか、俺は知らない。

 向こうからアクションが来るのを待っていたら、今日以降会うことはありませんでした、という可能性だって大いにあり得る。


 それに、今の反応は間違いなく好意の裏返しな気がする。

 流石に俺でもわかる。

 ここで追わないわけにはいかないだろう。


 店の外に出ると、大通りから細い路地に向かって走るルルカが見えた。

 そして、道を曲がる寸前、ルルカが僅かに振り向いてこちらを見る。

 どうやら追っていることは、気づかれているようだ。


 しかしなんだか、逃げる女の子を追うって、青春っぽい。

 いや、字面だけだと犯罪っぽいけど、今回は青春っぽい。


 そんなことを考えつつもルルカを追い続けていると、それほど長い時間もかからず追いつくことができた。

 あれだろうか。

 実は追いついてほしくて、ゆっくり走ったり、陰でちょっと俺を待ったりしていたのかもしれない。



 ……いや。

 やっぱ違うわ。


「なにしてんの、お前」


「聞かないで」


 曲がった路地の先は行き止まりで、そこに確かにルルカはいた。

 けれど俺から見えるのは、裏路地の廃屋、その小窓から垂れるルルカの下半身だけだ。


 どんな状況なのか、想像はつく。


 ルルカは俺から逃げていたのに、曲がった通路の先はなんと行き止まり。

 そんな状況でも、なんとか俺から逃げようとしたのだろう。

 そしてルルカが目をつけたのは、長い間使われてなさそうな廃屋の、開け放しの小窓。

 そこから家の中に入り、別の出入口から逃げて俺を振り切る算段だった。


 けれど……窓枠から垂れ下がる、ルルカの下半身。

 足をばたばたさせながら、なんとか抜け出そうともがいているあの様子。

 結果は失敗、腰が窓枠にハマり身動きがとれなくなったと。


 窓枠が少し高い位置だったようで、ルルカが抜け出そうと力を入れる度に、宙に浮く足がぷらぷらと揺れるのがなんだか笑いを誘う。


「……なに、ハマっちゃったの?」


「何も言わないで」


 多分、逃げようと焦るあまり、窓枠の大きさを見誤ったのだろう。

 ルルカはちょうど腰のあたりが窓枠にぎっちりハマり、身動きが取れなくなってしまっているようだ。


「……まぁ動けないんならちょうどいい。そのまま聞いてくれ。アリアの話は誤解なんだよ。そもそも俺は今、誰とも婚約なんてしてないし、あれはアリアの早とちりで」


「や、やめて! こんな状況で説明なんてしないで! そ、そういうのは、ほら、ちゃんと顔を見ながらじゃないと……」


 そうは言っても今は尻しか見えないし。


 まぁ、確かに順番は逆だったかもしれない。

 まずは、ルルカを救出することが先決だろう。


「わかったよ、ちょっと待ってろ」


 とりあえず、足を持って引っ張ってみる。


「い、いたい、いたいってシキ! 引っ張らないで! ……そうだ押して! もうちょっとで中に入れそうな気がするから!」


 今押してって言ったよね。

 いいんだろうか。

 腰が窓枠にハマってしまった人間を押し込むためには、いったいどこを押せばいいのか。

 もちろん建物の垂直方向に、腰を押す必要がある。

 つまり押すのは尻である。


「いいんだな?」


「へ? いいって何が……? あっ……!」


 間髪入れずに両手で押してみる。

 本当はこんなことはしたくないが、ルルカが押せといったのだ。

 押さないわけにはいかない。


「ちょっ、シキ……あっ……や、やめ……。だ、駄目! やっぱり押さないで! 一旦離れて!」


 が、少し押しただけですぐにルルカがそう言って、足で俺を突き飛ばした。

 残念。


 しかし、ちょっと押してみた感覚だと柔らかさの中に筋肉質なハリがあって……じゃなかった。

 あれは、窓枠に腰が完全にハマってしまっている。

 押しても引いてもどうにもならない。

 数人がかりで頑張ればなんとか引っ張り出すことはできるのかもしれないが、その場合でもルルカが痛みで先に根を上げるだろう。

 窓枠をどうにかするしかない気がする。


「いや、これは俺じゃ無理だな。ちょっと、誰か人を呼んでくるよ」


 なにかしら工具も持ってこないといけないだろうし、俺一人では限界がある。

 そう思い一旦去ろうとすると、


「ま、待って、待ってシキ! お願いだからこんな路地で全然身動きも取れないのに放置しないで! ……も、もし私一人の時に男の人が通りかかったら、す、好き放題されちゃうかも……!」


 必死に俺を引き止めようとするルルカの声が聞こえた。

 魔道具店から走り去った時のシリアスは雰囲気はどこへ行ってしまったのか。

 今はもう喋る尻しか見えない。


「やっぱり引っ張っ……いや、でも…………そうだ、服! 服を引っ張ってみて!」


 ルルカはなんとか抜け出したいようだが、尻を触られるのは嫌なようだ。

 尻を押されたりするよりは、服を引っ張られた方がマシということだろう。


「仕方ないな」


 しかし、服を引っ張れといわれてもどれを引っ張ればいいのか。

 いや、選択肢はひとつしかない。

 上半身は壁の向こう側だし、下半身にはショートパンツぐらいしか履いていない。

 これを引っ張れということだろう。

 ルルカの履いているショートパンツに手をかける。


「ひ、必要以上に触らないでね」


 ショートパンツを腰ごと掴んで引き抜こうと思ったのだが、直前でルルカに釘を刺されてしまった。


「わかったよ」


 仕方ないので、ショートパンツのポケットを掴んで強く引っ張ってみる。



 …………あ、これダメだ。



 ルルカが窓枠から抜けるより先にショートパンツが脱げる。

 というかもう既に半分ぐらい脱げてあられもないことになっている。

 このまま引っ張ってもいいのだが、流石にルルカをパンツ一枚に剥いてしまうわけにもいかない。

 ……いかないのだろうか?


「ちょ、ちょっと、シキ! 脱げてる、脱げてるから!」


 ルルカも服が脱げかけているのを感じたらしく、足をばたばたと暴れさせる。

 また蹴られてはたまらない。

 一旦距離を取る。


「お前が服を引っ張れって言ったんだろ……」


 しかし、やはりこのままではルルカを引き抜くのは難しい。

 あぁ、そうだ。

 直接触られるのが嫌なら、大量のタオルか何かで腰をくるんで引き抜けばいい気がする。

 タオルならちょうど、アイテムボックスに入っているし。


 と、そんなことを考えていると――


 俺を蹴ろうと、見当違いの場所を蹴り続ける足。

 その勢いにつられるようにして、脱げかけていたルルカのショートパンツが、ストンと落ちる。


 そして、パサリ、と地面にショートパンツが落ちる音が聞こえた。


 暴れていたルルカの足の動きが、ピタリと止まる。


「……」


 そして、しばらくの沈黙。


 顔が見えない分、黙られると今ルルカがどんな表情なのかわからない。

 もしかして、怒っているのだろうか。

 こういう場合、目を逸らしてあげるのがいいのか、そっとショートパンツを履かせてあげるのがいいのか、どっちがいいんだろうか。


 ……そうしていると、ルルカの足がプルプルと震えだし、


「う、うえぇ……こ、こんな、こんなのって……」


 泣き出した。


「ま、待てって、泣くなよ! ちょっと我慢してろ! 今すぐ引き抜いてやるから!」


 泣くのは卑怯だ。

 流石に可哀想になってきた。

 もったいないような気もするが、すぐにルルカの腰をアイテムボックスから取り出したタオルで何重にも覆って隠す。

 それから、全力で引っ張ってみる。


「いっ、いたい! シキ、いたい、いたいから!」


 が、完全にハマっているようで抜ける気配がない。

 でも、一刻も早く抜かなければ、ルルカとの関係が最高に気まずくなることは間違いない。


 なにか、なにかこの状況を解決できるものはないか……。


 あった。

 そのなにかはアイテムボックスにあった。


 一旦ルルカから手を離し、アレをとりだす。

 そして、アレを温水の魔道具を使ってちょうどいいゆるさまで溶かしていく。

 完成したのは、スライムローション。

 アレとはもちろんスライムゼリーのことである。


 そして完成したローションを、窓枠全体、ルルカの腰のあたりに垂らしていく。


「えっ、シキ、な、なにしてるの!? なんだかぬるぬるしてるんだけど! う、動けない私になにをするつもりなの!? シキ!? ねぇシキってば!」


 不意の感触にルルカが喚いているが、これの効果はやってみればわかる。

 俺はスライムゼリーを信じる。


 スライムゼリーを軽くルルカの腰に馴染ませてから、全力でルルカを引っ張る。

 すると――


 ――すぽん。

 そんな音が聞こえそうなくらい、簡単に窓枠からルルカが抜けた。


「よしっ! 抜けた!」


 ルルカは何が起きたのかわからないとばかりに、少し涙のにじむ、呆けた表情でそのまま地面に座り込む。

 それから僅かに時間を置いて、自分の姿を確認した。


「良かったな出られて。全く、俺の機転に感謝しろよ」


 スライムローションでベトベトになった自分の服と、地面に転がるショートパンツを見るルルカ。


「うん、ありがとう……でも、なんか釈然としないんだけど……」


 ルルカはそう言うと、喜んでいいのか怒っていいのかわからないような、ひどく複雑な表情になった。

 ……今回はほとんどルルカに言われるがまま動いただけなのに、素直に感謝してもらえないのは日頃の行いのせいだろうか、それともスライムゼリーのせいだろうか。


 それから、ルルカが立ち上がる。

 どうやらいつの間にかタオルの中でショートパンツを履いていたらしい。


「うわぁ、べとべと……」


「しょうがないだろ、他に方法が無かったんだし」


「わかってるけど、わかってるんだけどね……そういえば、あのぬるぬるしたの、何? なんであんなもの持ってたの?」


 ルルカが聞いてくる。


「あぁ、ほ、ほら、俺はあんまり強くないしほとんど戦えないだろ? 魔物から逃げる時にあれを地面にばら撒くと、いい時間稼ぎになるんだよ」


 それだけじゃないが、嘘は言ってない。


「へぇ、便利そうだね。私も囲まれたりした時は逃げること多いし、どこに売ってるのか教えてよ」


「そ、それはまた今度な。そ、それよりさっきの店に戻ろうぜ、何か良い魔道具があるかもしれないし」


 そんなことを言いながら、来た道を二人で戻っていく。

 ルルカが魔道具店から走って逃げた時はどうなることかと思ったが、なんとか誤解は解けた。

 ついでにルルカが何故逃げたのか突っ込んでみたいところだが、ちょっと今日のルルカは不安定だ。

 誤解は解けたんだし、また今度改めて聞いてみることにしよう。

 そんなことを考えて歩いていると、


「さっきのエリスさんの話。……結婚はしてないって、本当なの?」


 ふとすれば聞き逃しそうな、細い声。

 ルルカが、そんなことを聞いてきた。


「それは本当、だけど……」


「そっか」


 歩きながら話そうとすると、服の袖を引かれる。

 振り向いてみると、そこには深く俯いたルルカがいた。


「私、着替えないと大通りになんて戻れないよ」


 言っていることはもっともだ。

 確かに、女の子がスライムゼリーでべとべとな状態で大通りに出ることなんてできないだろう。

 でも、これは問題のある発言だ。

 何が問題かと言えば、今、俺たちの目の前にある建物が問題だ。


 ルルカに服を引かれて立ち止まったその場所。

 ……その目の前に、風呂付きの宿がある。


 風呂付きの宿というのは、そういうことに使われることも多い。

 もしカップルで入ったなら、それはもうやることはひとつである。


「そ、そうだよな。ベトベトだもんな。着替えたいよな」


「……うん、このままじゃ、大通りになんて出られないし」


 これはどういう意図だろうか。

 いや、考えるまでもない、こんなのもう決まっている。


 しかしいいんだろうか。

 なんだか急すぎる気がする。

 それに、まだルルカがなぜ俺に好意を持っているのかとか、肝心なことが聞けてない。


 俺は間違っていないだろうか。

 いってしまっていいんだろうか。

 ユエルにバレたりしないだろうか。


 唐突な事態に俺が固まっている間にも、ルルカの耳が僅かに赤く染まっていくのが見えた。

 深く俯いていて表情は窺えないが、心なしか体も震えている気がする。


 ……これは迷っている場合ではない。

 まさに据え膳。

 決断の時だ。

 そしてその瞬間――


「あ、もうウチは満員ですよ。すみませんねー、他の宿探してください。……まぁ、今はこの祭のせいで、空いてる宿があるのかどうかわかんないですけどね」


 ――偶然店から出てきた店員が、宿の前で話す俺たちに向けてそう言った。


 ……。


 そういえばそうだった。

 完全に忘れていた。

 今は祭りの影響で、ほとんどの宿が満員なんだった。


 ルルカの方を見ると、ルルカもこちらを見て固まっていた。

 大きく見開かれた目の、瞳が混乱に揺れているのがよくわかる。

 それから事態を把握したのか、ルルカの顔が、さらに赤く、赤く紅潮していく。

 もともとほんのりと赤かった顔が、まるで林檎のような色になっていく。


 ……これは恥ずかしい。


「……ち、ちちち違うから……ほ、ほ、本当に着替えたかっただけだから。そ、それだけだからーーー!!!」


 そして、絶叫しながらまたどこかへ走っていくルルカ。

 さっき魔道具店から走り去った時の倍ぐらい早い。

 間違いなく全力疾走だ。

 流石は冒険者、あれはもう俺じゃあ追えない。


「あ、すいません、なんか悪いことしちゃいました?」


 宿の店員が、ヘラッと笑って言う。

 しました。

 とってもしました。


「……」


 ルルカが走り去っていった路地の先を呆然と眺める。


 どうするんだよ、これ。


 次に会うとき、俺はいったいどんな顔をして会えばいいんだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どんどん面倒臭くなって行く。 みんなこんなの我慢して、彼女作ったり付き合ったり、結婚生活してるんだ。 私には無理ポ。 もうい〜や。好きにしろ。 じゃ〜な、って帰るよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ