ドラゴン。
危機的な状況の時こそ落ち着くべきだ。
まずは状況を整理しよう。
「う、うわ、うわ、浮気相手って……浮気相手ってぇ……」
まず、俺は現在、特定の誰かと関係を持っているわけではない。
エリスは俺のことを同居人ぐらいにしか思っていないだろうし、ルルカともたまに治療したり対価として胸を揉んだりする程度。
だから、浮気相手というのは間違いだ。
けれど多分、それをアリアに言ってはいけない。
アリアは、エリスが男と同居するということは、それはつまり思い人で婚約者ぐらいに考えているのだろう。
エリスとはまだそういう関係じゃない、と言ってもまともに聞いてはくれない気がする。
俺が治療院に住み込んでいるのには、エリスの治療院を俺が買い戻したという事情があったわけなんだが。
しかしどう説明したものか。
アリアは相当怒っているようで、胸の下で腕を組み、こちらをじっと睨んでいる。
エリスとはそういう関係じゃない、なんて言ったら「お姉ちゃんのことは遊びなんですか! もてあそんでいるんですか!?」とか言われて余計にこじれそう。
……あ、いや、普通に説明すればいいのか。
普段から自分の行動にやましいところが多くて逆に失念していたが、そもそも今回は魔道具店に案内してもらっていただけである。
「アリア、誤解だよ。ちょっと魔道具を探してるんだけど、俺は魔道具に詳しくないからさ。ルルカは冒険者で俺より魔道具にも詳しいし、いい店を知ってるって言うから案内してもらってたんだよ。なぁ、ルルカ?」
「う……う、うわき……いて……」
が、肝心のルルカは何やら下を向き、ぶつぶつと呟いて返事をしない。
そこまで浮気相手呼ばわりがショックだったのだろうか。
……でも、今は頼むから誤解を解くのを手伝って欲しい。
「なんで魔道具なんて探してるんですか……? あ、でもさっきその人と手を繋いでたじゃないですか! 私、ちゃんと見てたんですよ!」
「そ、それは、ほら。あの神官の治療を俺がずっと眺めてたから、ルルカが早く行こうって引っ張っただけで。それに、魔道具を探してるのも……」
「怪しい……やっぱり怪しいです!」
俺が最後まで答えるのも待たずに、アリアが言う。
どうやら、俺の信用はもう既に無いらしい。
多分、エリスからの手紙で稼いでいた分の信用を、街でのナンパの件と今回の一件で使い切ってしまったのだろう。
話を聞いてもらえない。
アリアは多分、エリスと同じ頑固なタイプだ。
これはだめだ。
「怪しいって言われてもな……」
少し落ち着くまで待たないと、誤解を解くなんてできそうもない。
……しかし、なんで俺はこんなに誤解を解いてばかりいるんだろう。
最近、特にこういうことが多い気がする。
まぁ、誤解じゃない事実を誤魔化す事の方が多いんだけれど。
でもどうせ解くなら誤解じゃなくて下着の紐とかがいい。
なんて現実逃避をしていると、
「怪しいのはその人達じゃないでしょう! 遊んでないで、早く持ち場に戻りなさい!」
アリアの頭が、怒声と共にぶん殴られた。
「いっ、いったぁ! 誰っ……って、ふ、副団長!?」
殴ったのは、アリアより数歳上に見える女騎士。
かなり怒った顔で、アリアをきつく睨んでいる。
「今は護衛任務中なんですよ! いつ何があってもおかしくない状況なんです、あなたはわかっているんですか!」
「う……そ、それは、わかってますけど……」
アリアは副団長と呼ばれた女騎士に、凄い剣幕で怒られている。
アリアもなにやら自覚があったようで、気まずそうな顔をして女騎士から目を逸らしていた。
話を聞いている感じだと、仕事中だったのに俺を見掛けて抜け出してきたとかそんなところだろうか。
……それは怒られるわ。
「ほら、戻りますよ。これは遊びでも模擬訓練でもないんですから。失敗は許されません。なんのためにあなたみたいな学生まで受け入れたと思っているんですか」
「……あ、で、でも待ってください! あとちょっとだけ話を……あっ、引っ張らないでください、ま、待ってください!!」
「いけません。今は本当に人手が足りないんですから。クランクハイトタートル襲撃事件の調査もあれば、聖女様の護衛に、旅行者同士の諍いの仲裁。見回りをメディネ教の神官の方々が手伝うと申し出てくれていなければ、今頃騎士団の業務はパンクしていましたよ。まったく……」
そして、アリアは女騎士に引きずられるようにして、人ごみの中に消えていく。
いくらアリアでも、上司には逆らえないようだ。
……どうやら、危機は去ったらしい。
先送りになっただけな気もするが、とりあえずは助かった。
そして、そう思ったその瞬間。
「その浮気相手のこと、ちゃんと後で説明してもらいますからね! 絶対、絶対ですからねーーー!」
人ごみの中から、そんな叫びが聞こえてきた。
「おい、ルルカ。どうした? そろそろ行こうぜ。……ルルカ?」
まぁ予想外の出来事はあったが、本来の目的を忘れてはいけない。
なぜルルカと街を歩いていたかといえば、エリスの治癒魔法のレベルアップのため、魔道具店に案内してもらうためだ。
が、さっきからルルカの様子がおかしい。
ずっと、下を向いて何か考え事をしているようだ。
声をかけても反応が無い。
「なぁ、アリアのせいでここにいるのも視線が辛いんだよ……。ルルカ、はやいとこ店まで案内してくれ。さっさと移動しようぜ」
こんな人だかりの目の前で、大声で浮気だなんだと言われてしまったせいか、気づいた時には無駄に視線を集めてしまっていた。
俺にとってこの場所は最早、針の筵である。
そして、ルルカに声をかけ続けると、何度目かでハッとしたように顔を上げた。
「……そ、そうだったね、案内、案内だったよね!」
ルルカはそう言って、裏路地の方へ歩きだす。
……だが、声が少し裏返っている。
しかも路地に入って数歩歩いたと思えば、すぐに立ち止まった。
そしてゆっくりとこちらに振り向いて、僅かに顔を伏せながら聞いてくる。
「……ねぇシキ……その、さっきの子って、誰なの?」
やっぱり聞いてきたか。
正直、エリスの妹だと言った時のルルカの反応が予想できない。
確信は持てないものの、やはりルルカから好意をもたれているような気はするのだ。
地雷を踏みぬきかねない。
でも、聞かれたからには答えないわけにはいかないだろう。
「あぁ、あれはアリアって言って……」
「あっ、や、やっぱり待って! あの金色の髪……それにお姉ちゃんって、も、も、もしかして…………や、やっぱりいい、答えなくていいから! べ、別に興味とかないし!」
なんだろうこの反応。
そういう反応をされると、こっちは逆に興味が出てくるんだけど。
なんだかそわそわしてくる。
「ほ、ほら、魔道具店だったよね! 早速行こっか! こっちだから!」
まぁ、案内してくれるんならいいんだけれど。
ルルカは踵を返して、少し早歩き気味に路地に向かっていく。
どうやら話はこれで終わりらしい。
ルルカの案内で、薄暗い路地を進んで行く。
アリアと会う前のような軽い会話はなく、ひたすら無言でルルカが先導している形である。
さっきから、ずっとこの調子だ。
しかし、なんだか気まずくて声を掛けずにいたけれど、一体ルルカはどこまで行くんだろうか。
そこまで遠くという話ではなかったはずなんだが、もうかなり長い時間歩いている。
それにこの路地。
建物の陰になって日が当たらないようで、数日前に降った雨の水溜りが未だに残っているような細い路地だ。
周りも、もう使われていないような古い建物に囲まれていて、ろくに見渡すこともできない。
そもそも路地自体もぐねぐねと折れ曲がったりしているし、ろくに区画整理もされていない。
それに、なんだか変な動物の鳴き声まで聞こえてくる気がする。
正直不気味だ。
でも、道が入り組みすぎていて、俺には最早帰り道すらわからない。
「なぁルルカ、魔道具店なんて、普通は大きな通りにあるもんだろ? ほんとにこっちであってるのか?」
「……」
返事は無い。
「どう考えてもこっちに店があるなんて思えないんだけどな……。いや、実は冒険者だけが知る隠れた名店みたいなのがあったりするのか?」
「……」
返事は無い。
ルルカはまるで俺の声が聞こえてないかのように、ペースを乱さず路地の奥へ奥へと歩いていく。
「ルルカ?」
流石におかしいと、肩を掴んで止めると、ルルカはビクリと反応した。
「えっ、な、何っ!?」
「何じゃないだろ。さっきから何度も声かけてるのに全然反応しないから……本当にこっちであってるのか?」
そう言うと、ルルカはキョロキョロと辺りを見回し始める。
俺の顔を見て、暗い足元を見て、そして周りの古びた建物二、三軒に視線を向ける。
すると、すぐに顔を青くした。
「……あ……ごめん、こっちじゃなかった」
「……だよな。まぁ、いいから早く戻ろうぜ。この路地、薄暗くて気味が悪いしさ」
そういえば、人とすれ違うことすらない。
こんな路地でも家自体は沢山あるんだから、通る人の一人や二人いてもおかしくないんだけれど。
なんだか気味が悪い。
近道じゃないなら、さっさと戻りたい。
けれど、ルルカは道を引き返す前に、足を止めて周囲の様子を再度確認した。
それから、俺の顔をじっと見つめる。
僅かに不安の混じった表情で……。
そして言う。
「う、うん。でも、シキ……その、そのね。その前に、シキに言わないといけないことがあるの」
なんだろう。
薄暗い路地、二人きりの状態。
ルルカの不安そうな表情、そわそわとした態度。
それに、さっきのアリアの話への反応も気になる。
もしかして、無言でこんなところまで歩いてきたのは、この「言わないといけないこと」のためだったのだろうか。
そのためにわざと道を間違えて、こんなひと気のないところまで来てしまったんだろうか。
ちょっと、ほんのちょっとだけ期待してしまう。
「ど、どうしたルルカ。俺はいつでも大丈夫だ。準備は出来てる、さあ言ってみろ」
俺がそう言うと、ルルカは少し表情から不安を消した。
そして、意を決したように言う。
「ごめん、帰り道全然わかんない……」
「……マジで?」
「……うん」
ちょっと予想してたのと違った。
そうだよね。
はたから見てもぼーっとしながら歩いてたもんね。
帰り道、わからないよね。
愛の告白とか、そういうのじゃないよね。
期待してしまったのが悔しい。
「ごめんシキ。ちょっと、ぼーっとしちゃってたみたいで……。旧市街に入りこんじゃったのはわかるんだけど、道が入り組みすぎててどの方角に行けば出れるのか、私でも全然わからなくて」
「まずいな、俺も帰り道は覚えてないし……ん、旧市街?」
「あぁ。旧市街っていうのはね、昔この都市がもっと小さかった頃に住宅地が乱立していた場所でね。でも乱立しすぎて日は当たらないし家はカビるし、下水の整備も出来てないから病気になる人が沢山いて、治癒魔法使いが何人居ても足りないって放棄された市街なんだって」
健康被害で一区画を放棄なんてあるんだろうか。
いや、この世界のカビはすぐに人体に影響を出してしまうような強毒性なのかもしれない。
実際に、建物を見る限りでは随分と昔に放置されてしまっているようだし。
まぁ、例え害があろうとなかろうと治癒魔法があれば関係ないし、そんなことどうでもいいんだけど。
「意外と物知りなんだな」
「ほら、フランが街の歴史とか大好きだから……」
そういえば以前、ユエルにも都市の壁の歴史について話をしていた気がする。
あの女、金髪ドリルのくせに話題選びが渋い。
「それじゃ、適当に歩いて大通りに出ることでも祈るか。一応街の中なんだし、そのうち出られるだろ」
「そうだね、面倒だけどそれしかないかも。ごめんね、知ってる道に出たらちゃんと案内するから」
「まぁ別に、そんなに謝らなくてもいいんだけど……」
ルルカが道に迷ったのは、間違いなく考え事をしていたからだろう。
そして、その考え事のきっかけはアリアの発言だ。
浮気相手と呼ばれて、何をそこまで考えていたのか……。
そういえば以前一緒に迷宮に潜った時もこんなことがあったし。
気になる。
とても気になる。
確かめるために、少し話してみるべきだろうか。
そんなことを考えていると、
「……あれ、でも、向こうの方から何か声がしない?」
ルルカが呟いた。
それから、耳に手を当てて、キョロキョロとし始める。
「そうか……?」
俺も耳を澄ませてみる。
と、確かに何かが聞こえた。
「シキも聞こえたよね? よかったー、これで道が聞けるかも!」
音の発生源はあまり遠くはなさそうだ。
ルルカと一緒に、声の方角に向かって、路地を二つ曲がる。
するといた。
……魔物が。
人ではない。
家を一軒潰し、無理矢理作ったようなスペースに、一匹の大きなトカゲ面の魔物がいた。
地面に刺された巨大な杭から鎖が伸びて、首輪で繋がれた状態の魔物がそこにいる。
見ればこの魔物、茶色とも橙色ともとれない色の鱗に全身を覆われて、背中には大きな翼が生えている。
サイズはだいたい全長で四メートルといったところ。
……これ、ドラゴンってやつじゃないだろうか。
いわゆるドラゴンと呼ばれる魔物な気がする。
試しに鑑定してみると、アースドラゴンと出た。
やっぱりドラゴンだ。
どうやら俺達が聞いたのは、人の声ではなくドラゴンの唸り声か何かだったらしい。
「な、なんでこんなところにこんな魔物がいるんだよ……」
なぜこんな街中、しかもひと気のない場所に魔物がいるのか。
街の警備をしているはずの騎士はいったい何をやっているのか。
もしこのドラゴンが襲ってきたとしたら、俺とルルカは勝てるのか。
いや、逃げきれるのか。
疑問がどんどん膨らんでいく。
「わっ、わっ、すごい、すごいよシキ! ドラゴンだよ! こんなに近くで見るのは初めてかも! ……うわぁ、かわいいなぁー」
が、ルルカの方は、俺が持ったような疑問は考えてもいないようだ。
ドラゴンを指さしながら、無邪気にはしゃいでいる。
目をキラキラと輝かせて、色々な角度からドラゴンを眺めては、鱗のツヤがいいだの、爪が硬くて大きいだの言っている。
あ、あれ……?
なんだか感覚のズレを感じる。
「あ、そういえば、まだ霜降り王都牛あったかも……あった! 食べるかな…………わっ、シキ、食べた、この子食べたよ! あっ、手に頭こすりつけてる。か、かわいー!」
そして、怖がるような様子も見せずに餌付けをし始めるルルカ。
手で肉を持ち、それを直接ドラゴンの口元に持って行っている。
ものすごく危険だ。
でも、ドラゴンはルルカの腕は食べずに器用に肉だけを食べているし、ルルカの方はそれを見て目を輝かせながら喜んでいる。
……魔物なのに、噛まれるとか怖くないんだろうか。
某配管工ゲームの黒くて丸いワンちゃんみたいに唐突にバクっとくるとか考えないんだろうか。
俺はあのドラゴンの鋭そうな牙を見るだけで、ジャイアントアントに噛まれたトラウマが蘇りそうなんですけれど。
「お、おい、あんまり近づくなよ。危ないだろ」
「え? あぁ、ドラゴンはね、他の魔物とは違うんだよ。知能も高いし人懐っこいし、こっちから手を出さなければ攻撃してきたりはしないんだ。人の言葉もちゃんと理解するし、悪い魔物じゃないんだよ。……こんなの常識だよ、シキ、知らなかったの?」
ドラゴンを見て後退りする俺を見て、ルルカが補足する。
どうやらズレの原因はそこだったらしい。
魔物といえば、攻撃的で人を見れば見境なく襲ってくるようなイメージだったが、どうやら全てがそういうわけでもないようだ。
そういえば、以前に森で遭遇した狼は俺達とアーマーオーガの漁夫の利を狙ってきていたし、クランクハイトタートルも卵を割られて激昂していた。
魔物には知性があるものもいる。
知能の高さ次第では、人を襲わないという魔物がいてもおかしくはない。
というかルルカの話ぶりだと、どうやらこれはこの世界の常識的な知識のようだ。
「あ、いや、それでも何かの間違いで噛んだりするかもしれないしな」
「大丈夫だよ、ほら、こんなに人懐っこいし」
人懐っこいというのも嘘ではなさそうだ。
高級肉を食べさせたルルカに対して、やたら頭を擦り付けたり、手を舐めたりしている。
それに、よく見てみるとあのドラゴンの首輪、装飾の感じからして魔道具の類な気がする。
試しに鑑定してみると、
魔道具
性質:隷属・魔物
条件:対象屈服
どうやら、奴隷紋の魔物版みたいなもののようだ。
あまり聞いたことは無いけれど、そういうものもこの世界にはあるのかもしれない。
対象屈服というのは、一度負けを認めさせないと発動できないとか、多分そんな条件でもあるのだろう。
しかし、こんなものがついているということはどこかに飼い主がいるはずだ。
まぁ、首輪と鎖がついている時点でわかってはいたんだが。
「こんにちは、気に入っていただけたようでなによりです。……ですが、勝手に餌を与えるのはご遠慮ください」
するとふと、背後から男に声をかけられた。
目に深い隈のある、背の高い男だ。
黒っぽいフードを被り、腰に鞭のようなものをさしている。
このドラゴンの飼い主だろうか。
「へ? あ、ご、ごめんなさい。このドラゴンがかわいくてつい……!」
ルルカも気づいて、ドラゴンから少し距離をとる。
フードの男はそんなルルカをチラリと見ると、俺の方にも視線を向けた。
なぜこんなところに人が、という顔だ。
もしかしたら、ドラゴン泥棒かなにかだと疑われているのかもしれない。
「いやすいません、道に迷ってたら何か声が聞こえたんで、人がいるのかと思って……」
とりあえず説明をする。
すると、フードの男は「そうですか」と頷きつつも、訝しげに俺とルルカを見た。
これは警戒されている。
まぁ、普通はこんなところに人が来ることはないんだろう。
……普通といえば、こんなところにドラゴンが居るのも普通ではないんだけれど。
というかこの男はなんなんだろう。
例えドラゴンが人に受け入れられている魔物だとしても、こんなひと気のないところで鎖につないでおく理由がわからない。
「……あぁ、このドラゴンは祭りで開催される武道大会にサプライズで参加させることになっていまして、ここに待機させているのです。あまりこのことが広まってしまうと盛り上がりが欠けてしまいますから、その、このことはくれぐれも内密にお願いできますか」
視線からそんな疑念が伝わったのか、フードの男が説明してくる。
なるほど武道大会か。
多分、優勝者とドラゴンの対決! みたいな余興でもあるのだろうか。
今回の祭りは例年と比べて盛大だという話だし、色々イベントがあるのかもしれない。
「……武道大会かぁ、流石にこのドラゴンは勝てる気がしないなぁ」
「ルルカも出るのか?」
「ううん、出ないよ。私は一人で戦うのあんまり得意じゃないし」
そういえば、ルルカは盾のスキルしか持ってなかったんだった。
武闘大会のように剣で斬り合うのはあまり上手くはないのかもしれない。
それでも間違いなく俺よりは強いけれど。
「それに、祭りの当日は鍛治大会とか歌唱大会とかミスコンとか色々あるからね! 武道大会に参加すると丸一日潰しちゃうし、もったいないよ」
ミスコンまであるのか。
これは祭り当日の予定が決まった気がする。
美女を見よう。
街で一番の巨乳美女を見に行こう。
……いや。
「ミスコンか……エリスに勧めてみるのもいいかもな」
本当にミスコンがあるなら、見るだけじゃなくエリスに勧めてみるのもありかもしれない。
エリスの容姿なら参加すれば多少は信仰心みたいなものも稼げるだろうし。
そこで信仰心が稼げれば、治癒魔法の実力は上がるだろう。
……ああでも駄目か。
あまり目立つようなことをして、たちの悪いストーカーでもついたら目も当てられないことになる。
それに、参加しようと言ったとしても、エリスが首を縦に振るイメージが全くわかない。
「エリスさん……ミスコンに出るの?」
そんなことを考えていると、ルルカが聞いてきた。
「あぁ、いや、勧めてみようかと思っただけで」
「そ、そうなんだ」
答えると、ルルカは返事をして、僅かに俯く。
何か考えているようだ。
なんだろう、エリスも出るなら私も出るみたいな対抗心を燃やしたりするんだろうか。
いや、それは流石にちょっと自意識過剰だろうか。
――フードの男が軽く咳払いした。
「そういえば、あなた方は道に迷ってここに来たんでしたね。そちらの通りを東に真っ直ぐ進めば、最短で大きな通りまで出られますよ」
フードの男はなんだか呆れたような顔でこっちを見ている。
最初に会った時の警戒も、どうやら解かれているようだ。
言外にさっさとここから出て行けと言われているような気もする。
まぁ、武道大会関係者の前で、同じ日の別のイベントについて話したり、武道大会に参加するのはもったいないとかなんとか言えばそうもなるのだろうか。
「あ、どうもありがとうございます。……行こっか、シキ」
「あぁ」
ルルカはチラチラとドラゴンを見て、名残惜しそうにしながらもフードの男に教えてもらった路地に入る。
俺もそれについていく。
「それにしても、かわいいドラゴンだったねーシキ」
同意を求められるが、その感性は俺にはよくわからない。
というかそんなにドラゴンが好きなのか。
もしかしたらルルカは、ドラゴンが出て来る冒険譚なんかを読んで冒険者になった口なのかもしれない。
実際にこの都市の冒険者がやっていることは、基本的に迷宮で身の丈に合った魔物を狩るだけで、物語のような冒険はほとんどないわけだけれど。
いや、だからこそこういったものに憧れるのかもしれないが。
そんなことを考えながら、ルルカと適当な話をしつつ大通りを目指す。
すると、ふと筋肉質な男が、通りの反対側からこちらに向かってくるのが見えた。
メイスを背中に背負っている、いかにも屈強そうな男だ。
服装はよく見るメディネ教の神官が着ているもの。
体つきは神官らしくないが、間違いなくメディネ教の神官だろう。
俺たちと同じように、迷い込んでしまったのかもしれない。
そして、すれ違いざま。
神官が、俺とルルカのことを睨んだような気がした。
まるで値踏みをするような、そんな目付き。
……女連れでこんな薄暗い路地に入りやがって、みたいなアレだろうか。
神官なのに、そこらのゴロつきみたいな目付きをしている。
しかし、もうこれ以上のトラブルは沢山だ。
こんな人通りの少ない道で「おうおう兄ちゃん良い女連れてんなぁ!」みたいに絡まれてはたまらない。
できるだけ見ないようにしながらやり過ごす。
「……シキもあれぐらい鍛えた方が良いと思うな」
すると、ルルカがこんなことを言い出した。
「いや、無茶言うなよ。それに俺は自分から戦うつもりはないんだ。鍛えるのは逃げ足だけで十分だよ」
「でも少なくとも、ドラゴンを見ても腰が引けなくなるよ、きっと」
……よく見ていますね、ルルカさん。
でもやっぱり、ドラゴンは怖いです。




