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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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42/89

妹。

 立ち話もなんだから、とエリスの妹――アリアに促され、治療院の中に入る。

 そして、俺、エリス、アリアの三人でテーブルを囲んだ。


「お姉ちゃん、お昼まだでしょ? 

買ってきたから一緒に食べよ。あ、シキさんもぜひどうぞ」


 アリアは、テーブルの上に屋台で買った料理を並べていく。

 ……なるほど。

 ここに来るまでの間、やけに沢山買うなとは思ったが、エリスと一緒に食べるから問題ないということか。

 そうだよね、俺と二人で食べるとは言ってなかったね。


 料理は美味そうだ。

 祭りが近いというだけあって、普段は見ないような料理が数々並んでいる。


 ……しかしこの状況。


 料理を並べ終えると、テーブルに頬杖を突いて、俺の様子を楽しそうに眺め始めるアリア。

 そして、深いため息をつくエリス。


 妹をお持ち帰りしたなんて、エリスはいったいどういう反応をするだろうか。


 怒るか、呆れるか。

 どちらにせよ、好感度の低下は免れない。

 でも、言い分は無いでもない。

 ナンパは見ていただけでまだやってないとか。

 そもそも、妹の方から声をかけてきたから俺は悪くないとか。


 正直、信じて貰えるかどうか怪しいけれど。

 日頃の行い的に。


「エリス、これはその、ほら、とても言葉にできないような、ふ、複雑な事情があって……」


「……べつに。私は、あなたが街中で女の子をナンパしてようと、怒ったりなんてしないわよ」


 が、まさかのお許しがでた。

 無罪。

 無罪判決である。


「えっ、しないの? せっかく連れてきたのに」


 アリアにとっても意外だったようで、目を丸くして驚いている。


「……どうせ面白がって、あなたの方からシキに声をかけたんでしょう?」


 エリスは俺がアリアをナンパしたと思い込むと思ったが、違った。

 どうやら、アリアの行動パターンをよくわかっているらしい。

 さすが姉。


 けれど、それからエリスは目線をふいっと下げながら、続けて言う。


「それに、私たちはそういう関係じゃないもの」


 ……べつにそこは言わなくてもいいと思うんだけど。

 ほら、エリスも、もうちょっともじもじ恥ずかしがってみたりさ。

 「か、勘違いしないでよねっ、そういう関係じゃないんだからね!」みたいなさ。

 そういうものがあっても良いんじゃないかと思うんだけど。


「……お姉ちゃん、シキさんと付き合ったりとか、してないの?」


「してないわ」


 そしてこの断言である。

 頑ななエリスの表情。

 これ以上このことは話したくない、そんな雰囲気だ。


「あ、あれ?」


 そんなエリスの態度に、アリアが首を傾げる。

 もしかしたら、エリスの答えが予想外だったのかもしれない。


「……うーん、絶対そうだと思ったんだけど……勘違い? でも手紙には……あ、あれー?」


 アリアはブツブツと呟きながら、頭を捻っている。

 ……そしてふと、「手紙」という単語が気になった。

 脳裏に今朝のエリスの態度、手紙を俺に読ませまいとしたあの行動が蘇る。


 もしかして、エリスの手紙には、アリアが勘違いしちゃうような、そんな赤裸々な内心が書き連ねられたりなんてするのだろうか。

 態度は頑なだけど内心は違う、みたいなこともあるんだろうか。

 ちょっと気になってきた。


「でも、お姉ちゃんはそういう関係じゃない男の人と、一つ屋根の下で生活してるの? …………これって同棲だよね」


 そして、頭を捻っていたアリアが、ふと思いついたようにそんなことを言う。


「っ……!」


 同棲。


 そっぽを向いていたエリスが、ビクリと震える。

 そして、エリスはアリアの顔を見て、口をパクパクとさせながら、何かを言おうとしては逡巡している。

 明らかに慌てている。


「そ、それは……その……」


 エリスはアリアに、何も言えないでいる。

 しかも、エリスはこちらに視線を向けるなり、目が合うと慌てたように視線を逸らして顔を伏せた。

 前髪に隠れて表情までは窺えないが……かなり挙動不審だ。


 これは、これはどういうことだろう。

 もしかしたら、もしかするのでは。


 実はエリスは、セクハラを嫌がっているように見えて、実はそれも口先だけだったとか、そんな展開もあるんだろうか。

 嫌よ嫌よも好きのうち、そういうことだったのかもしれない。

 なんだかわくわくしてきた。


「シキさんもここに住んでるんでしょ?」


 アリアが、今度は俺に聞いてくる。


「それどころか、いつも一緒の部屋で寝てるな。それも毎晩」


 ベッドは違うし、俺が一緒に寝てるのはユエルだけど。


「えっ? ……う、うそぉっ! そ、それ本当なんですか!?」


 アリアが目を剥いて驚きながら聞いてくるが、俺はそれにしっかりと頷いて返す。

 嘘じゃない。


「……なんだ、お姉ちゃんもちゃんとやることはやってたんじゃない! 一人で寂しくしてないかずっと心配だったけど、私、安心しちゃったなぁ」


 アリアは口に両手を当てながら、嬉しそうな声を出している。

 ちなみにやることはやってない。


 しかし、エリスは更に慌てだす。


「そ、それはユエルちゃんが心配だからで、ベ、ベッドも違うし……! ほ、本当に何もないから! っ…………そ、それよりも、騎士学校の研修で、祭りの間に街の警備の手伝いをするんでしょう? 急だったから、まだ部屋の準備も何もしていないんだけど」


 あぁ、誤魔化したな。


 しかしこの反応は面白い。

 ネチネチ突ついてみたくなる面白さだ。

 「ねえねえ、なんで付き合ってもない俺と一緒に住んでるの?」とかエリスに言ってみたい。

 ……いや、そんなことをすれば「そうね、一緒に住むのはおかしいわね」なんて言って出ていきそうだから、しないけど。

 エリスはやる時は本当にやる。

 既に一度、追い出されてるし。


「んー、それなんだけど。最初はこの家に泊まりながら働くつもりだったんだけどね。騎士団って未婚の場合、いつ呼び出しを受けても大丈夫なように、寮に住まないといけないらしいんだよ。……だからお姉ちゃん、私のことは気にしないで、お幸せにね?」


「だ、だからっ、そんな関係じゃなくて……!」


 アリアはエリスをからかって楽しそうだ。

 しかも、なんだか俺とエリスにくっついてほしそうでもある。

 つまりこれは家族公認ということか。

 なんだか、だんだんとエリスの外堀が埋まっているような気がしてくる。


「まぁ、シキさんとお姉ちゃんじゃ釣り合わない感じもしますけど。ちょっとぐらいは多目に見てあげますから」


 一言余計だけれど。

 それに、からかいすぎたせいか、エリスはため息をついて俯き気味だ。

 疲れている。


 まぁ、同居しているとはいえ、治療院を買い戻した流れで、住込みで働いていた時の関係に戻っただけだ。

 一つ変わったのは、そこに明確な雇用関係がなくなっただけで。

 成り行きで一緒に住むことになったせいで、エリスとしても、あまり深くは考えていなかったんだろう。


 ……なんだか、今回アリアにからかわれて、そのあたりをエリスが意識しはじめて、不健全だからと出て行くとかそんな展開が無いか心配になってきた。

 もしくはお金が溜まったら、治療院代を俺に返して追い出すとか。

 無いよな。

 多分無い。

 大丈夫だと信じたい。


「……それじゃ、ちょっと早いけど、私はそろそろ騎士団詰所に行かないといけないから。実は、街についたらすぐに顔を出すように言われてて」


 アリアは散々エリスと俺の関係をからかって満足したのか、そう言って立ち上がる。


「またすぐ来るからね、お姉ちゃん! ……あっシキさん、私、騎士団詰所の場所よく覚えてなくて、よかったら送ってくれませんか?」


 そして、俺は案内してくれと言うアリアに手を引かれ、治療院を出た。






 アリアはポニーテールをふりふりと揺らしながら、ご機嫌そうに通りを進んでいく。


「シキさんって、普段は何をしてるんですか?」


「治療院を手伝ったり、迷宮に潜ったりかな」


 しかし、騎士団詰所までの道案内ということだったのに、アリアは俺が案内するまでもなく、先を歩いている。

 それに、さっきからずっと質問責めだ。


「迷宮ですか! 治癒魔法の腕前が凄いってお姉ちゃんからの手紙には書いてありましたけど、魔物とも戦えるんですね! へー、凄いなぁ」


「ほ、ほどほどにな」


 ゴブリンと一対一なら勝てる。

 嘘ではない。


「武器は何を使うんですか?」


「メイスだよ」


「へぇ、てっきり杖で、魔法でも使うのかと思ってました」


 それは貧弱に見えるということだろうか。

 ……まぁ、魔法も使いたいところではあるんだけれど、前に治療院の客から習って全く使えなかったし。

 今度、本格的に誰かに教えて貰うのもいいかもしれない。


「あ、良かったら、今度私と手合わせしませんか? 私これでも騎士学校では今期の首席で、自信あるんですよ」


「しゅ、主席か。それは凄いな。ま、まぁ……そのうち機会があったらな」


 なにかしら理由をつけて断ろう。

 もしくは代打ユエル。

 騎士候補生、しかも主席になんて俺が勝てるわけがない。


 というか、主席って。

 騎士学校の生徒がどれだけいるかは知らないが、それは凄いことなんじゃないだろうか。

 わざわざこの街から王都の学校に行かせるぐらいだから、最初からある程度見込みはあったんだろうけど。


 そして、そんなことを話しながら大通りを進んでいると――


 ふと、ぼんやりとした、暖かい緑色の光が視界に入った。

 目を向ければ、そこには人だかりの中で怪我人を治療している、一人の女性。

 綺麗な黒髪に、装飾の施された、高そうな神官服を纏っている。

 まだ十代後半といったところだろう。

 なかなかの美人だ。

 胸は無いけど。


 足を止めてしばらく見てみると、どうやら街の人間に無償で治療を施しているようだ。


「あれはメディネ教、教会の神官ですね」


 メディネ教。

 確か、この世界の治癒魔法と大きな関わりのある宗教だと、以前エリスに教わった。

 この国の国教でもあった気がする。


「無償で治療するなんて、随分と気前がいいんだな」


「珍しいですか? 王都の方じゃ、いつもやってましたよ。ああやって、大勢の前で無償で治療をして寄付を募るらしいです。今は祭りも近くて人も集まってますから、それ目当てでしょうね」


「へぇ……」


 女神官が、また怪我人を治療する。

 しかもあれはハイヒール……いや、エクスヒールだ。

 あの神官、普通の治癒魔法使いの基準で考えたら、かなり優秀なんじゃないだろうか。

 流石にエクスヒールで魔力を使い切ってしまったのか、片膝をついて荒い息をあげているが。


 というか、俺以外にエクスヒールが使える人間を始めて見た。

 エクスヒールは教会の高位神官の内でも、ほんの一握りしか使えないと聞いたし。

 もしかしたらあの美人さんは、かなり偉い人なのかもしれない。


 そうして美人神官を見つめていると、不意に、ぐいっと俺の服の裾が引かれる。


 アリアだ。

 どうしたのかと見てみれば、なんだか咎めるような、むすっとした顔をしている。


「……シキさん、駄目ですよ」


「だ、駄目?」


 アリアは、はぁー、と見せつけるような溜息を吐き、やれやれと肩をすくめる。

 そして、一転して表情をひきしめると、俺を見た。


「シキさん、私、ずっと思ってたんです」


 俺の目をしっかりと見据えて、話を始めるアリア。


 真面目な雰囲気だ。

 なんだろう。

 「シキさんって、さっきから女の子ばっかり見てますよね。節操無いですね」なんて説教されたりするんだろうか。

 もし言われたらぐうの音もでないけど。


「ずっと思ってたんです。お姉ちゃんのこと。何も言ってくれないけど、お父さんも、お母さんも居なくなっちゃって、たった一人で、きっと大変なんだろうなって」


 違った。

 エリスのことか。


 確かにエリスはここ最近、借金を重ねたり治療院を売ったりと色々大変なことがあった。

 でも、エリスの性格を考えれば、妹の学費のために借金をして、治療院を売っただなんて、妹本人にだけは意地でも言わなそうだ。


 俺も一応黙っていよう。

 もう解決したことだしな。


「手紙もなんだか、無理して明るいことを書いてるような気がして……ちょっと心配だったんです。だから、顔を見に来たっていうのもあるんですけど……お姉ちゃん、元気そうで安心しました」


「……そうか」


「お姉ちゃん、頑固だからムキになってましたけど、多分シキさんのことを……憎からずは思ってると思います。お姉ちゃんは、なんの理由もなく男の人と一つ屋根の下に住んだりなんてしませんから」


 アリアは最初は騎士団詰所までの道案内をしてほしい、なんて言っていたけれど、実際は俺と二人で話をしたかったのかもしれない。


 姉の同居人はどんな人物なのか。

 そして、エリスはしっかりとやっているのかどうか。


 ただ俺のことを面白がっていただけかと思ったが、どうやら違うようだ。

 そして、アリアは照れくさそうに頬をかき――


「だから、お姉ちゃんのこと、ちゃんとお願いしますね? 私、お姉ちゃんには幸せになってほしいんです」


 はにかみながら、そう言った。







 あれからアリアを騎士団まで送り治療院に帰った。

 そして、それからすぐのこと。


「私、ここを出ていくわ」


 ……前置きも何もなく、エリスが真剣な表情でこう言った。


 これはいったいどういうことだ。


 まだ「妹への手紙にどんなこと書いてたの?」とか、「なんで付き合ってもない俺と一緒の部屋で寝ているの?」とかは言ってない。

 別に、特別怒らせるようなことは……アレか、やはりナンパは駄目だったのか。

 いや、もしかしたらアリアにからかわれたせいかもしれない。


 話が違いますよ、アリアさん。

 エリスには憎からず思われているんじゃなかったんですか。


「も、もしかして、さっきからかったから……?」


「……べつに、さっきまでのことは関係ないわ。そんなことで治療院を出て行ったりなんてしないわよ。ただ、アリアの顔も見れたし、泊まる場所は寮を使うって言うし、ちょうど良い機会だと思ったの」


「良い機会?」


 今まで我慢して俺と住んでいたけれど、アリアにからかわれたことで、俺のことを冷静な目で見つめ直し、暇だからと街中でナンパを始めるような軽薄な男は嫌いだと、だから出ていくと、そういうことなのか。

 俺がエリスなら、そんな男と一緒に住もうとは思わないけど。


「……私、あなたが騎士団と一緒に、魔物の討伐に行ってから、いつかこうしようと決めてたの」


 魔物の討伐というのは、クランクハイトタートルの時のことだろうか。

 でも、話が繋がらない。

 俺が魔物の討伐に行ったら、何故エリスが治療院を出て行くなんて話になるのだろうか。


「……どういうことだ?」


「あの時ね、治療院に一人で残ってから……ずっと思ってたのよ。なんで、私は一緒に行けなかったんだろうって」


 真剣なエリスの表情。

 そういえば、あの時、エリスは俺のことを心配してくれていた。

 討伐に出かけた時も、帰ってきた時も、いつものエリスとは少し違ったような気がする。


「それに、毒霧が街に入った後、一人で治療院を回すこともできなかった……。あなたは、あんなに凄い治癒魔法を使ったのにね。……だから、私はせめて、ハイヒールぐらいは使えるようになって、治癒魔法使いとして一人前になりたいの」


 確かにハイヒールが使えるぐらい優秀なら、討伐隊についてくることもできたかもしれない。

 ……でも、それが使えるのは一人前どころか最早エリートだ。

 俺のせいかもしれないが、なんだかエリスの感覚がズレている気がする。


 エリスだって、決して落ちこぼれなんかじゃない。

 クランクハイトタートル事件の時は、なんだかんだでかなりの人数を治療していたようだし、治癒魔法使いとしては普通、いや、普通よりも少し多い程度の魔力量は持っているはずだ。


「だから私は、王都のメディネ教会に修行に行くわ。あそこで、一から鍛え直してもらいたいの」


 この世界にやってきてすぐの頃、エリスに聞いた。

 王都の教会では、本格的な治癒魔法使いの育成をやっているらしい、と。

 それぞれの都市にある教会でもやってはいるらしいが、治癒魔法使いとして上を目指すなら王都だ、と言っていた。


 エリスの意思は固そうだ。

 でも、それはいけない。

 俺が困る。

 引きとめなければ。


「は、話はわかったけど……でも、治療院はどうするんだ?」


「しばらく、閉めるわ」


 これはヤバイ。

 仕事に真面目なエリスが、治療院を閉める。

 エリスは本気も本気だ。


「ユ、ユエルだって、きっと離れたくないと思ってるぞ?」


 なんだかんだで、ユエルはエリスにもよく懐いている。

 きっと、エリスが居なくなれば寂しがるだろう。


 けれど、エリスは眉根を寄せて、僅かに俯くだけだった。

 そして、小さな声で呟く。


「それでも私は、あの時、ついていけただけの実力が欲しいの。私はもう、一人で誰かの帰りを待つのは嫌なのよ」


 ……そういえば、ひとつ気になっていたことがある。

 領主の館の食事会で、エリスはルルカのことを羨ましそうな目で見ていた。

 エリスから見れば、ルルカがあの場に居たということは、ルルカも討伐隊について行ったという証明みたいなものだ。

 実際、討伐隊の案内役として同行していたし。

 あの視線、あれは、ルルカの討伐隊についていくだけの実力、それに対する羨望だったのかもしれない。


 それにどうやら、一人でお留守番というのが相当こたえたようだ。


 心当たりはある。

 エリスの両親が事故で死んだという一件。

 きっと以前、一人でお留守番をしていたら帰ってきたのは両親ではなく訃報の手紙だったとか、そんなことでもあったんだろう。


 そして、俺はあの時、血まみれのボロ雑巾のような格好で治療院に帰ってしまった。

 あれで、エリスの心の傷のようなものを掘り返してしまったのかもしれない。


 これはやってしまった。

 地雷を踏み抜いた気がする。


 エリスは頑固である。

 これはダメだ。

 説得なんて、できそうもない。


「……もし王都に修行に行ったとしたら、どれぐらいかかるんだ?」


「そうね……えっと、一から修行をやり直して、できるかわからないけど、ハイヒールの習得までって考えたら……魔力濃度が高いと言われる霊地での瞑想が三年に、メディネ教の聖地の巡礼が一年に、あとは座学に教会での奉仕活動もあるから……最低でも五年、くらいかしら」


 ……やっぱり説得しよう。

 五年はない。

 一ヶ月ぐらいなら、と思ったが、五年はありえない。

 論外だ。


「それは駄目だろ、絶対駄目だ」


 エリスは今、十八歳だ。

 それから五年といえば、十八から二十三歳。

 そのぐらいの年頃の、金髪巨乳でしかも美人な女の子を、信じて送り出したりなんてしたらどうなるか。


 五年もの時間があれば、間違いなく現地のイケメン神官あたりに寝取られてしまうだろう。

 俺が現地の神官なら、立場を利用し絡め手を駆使し、全力で既成事実をつくりにいく気がするし。


 一ヶ月や二ヶ月ならまだ妥協できたが、やはり五年は長すぎる。


 帰ってきたと思ったら、エリスは誠実なイケメン神官と結婚し二児の母になっていました、とかありそうだ。

 五年とはそういう年数だ。

 それはとてもよろしくない。


 でも、どうすればいいんだろう。

 エリスは本気で、自分の治癒魔法の実力に悩んでいるように見える。

 すぐには、エリスを説得するアイデアも思い浮かばない。

 ため息しか出ない。


「……そ、そんなに行って欲しくないの?」


「当たり前だろ」


「そ、そう……そうなの……」


 しかし、どうやってエリスを説得するか。

 エリスは一度決意すれば、多分本当に五年もの長い間修行に行ってしまうだろう。

 冷静になって、よく考える必要がある。


 ……多分、解決方法は一つだ。


 エリスの目的は、治癒魔法の上達。

 つまりは、俺がエリスの治癒魔法の実力を向上させるしか、エリスを引き止める術はなさそうに思える。


 それなら、どうすれば、エリスの治癒魔法の実力を向上させられるか。


 少し考えてみよう。

 この世界の治癒魔法は、魔力、知識、そして信仰。

 この三つの要素が大きく関わっている。


 魔力があれば治癒魔法が多く使えるようになるし、ハイヒールやエクスヒールのような魔力消費の多い治癒魔法も行使が可能になる。

 知識があれば、人体の仕組みを理解し、効率的な治癒魔法の行使で魔力消費を抑えられる。

 この二つは、この世界で周知されていて、俺も経験として実感していることだ。


 そして、最後の信仰心。

 この世界の治癒魔法は、メディネ教の教えでは「信仰の力」を源にしているらしい。

 そして、メディネ教の敬虔な信徒程、神に集まっている信仰心を、治癒魔法を発動する際に借り受けることができるとのことだ。

 そして、その信仰心があればある程、治癒魔法の効果は増大する。

 俺は神の存在なんてろくに信じてないが、それでも治癒魔法の実力が高いのは「俺自身が」日本の新興宗教で信仰を集めていたことに関係しているんだろう。


 もちろん適正だとか才能だとか、いろいろと他の要素もあるけれど、大体はこの三つが治癒魔法の実力を大きく左右する。


 多分、今のエリスには全部が足りていない。

 エリスの魔力は並か少し多い程度だし、多分、人体について深く学んでいるわけでもないだろう。


 そして、そこまで敬虔な神の信徒というわけでも無い気がする。

 貧乏生活だったせいか、祈るよりも働く、そんなタイプだ。


 魔力を向上させるのは無理だろう。

 魔力を向上させるには、長い間、魔力濃度の濃い場所に居る必要があると聞いたことがある。

 エリスが言っていた、霊地での修行、というやつだ。


 信仰心も無理だ。

 俺自身、信仰心なんて欠片も無いし。


 でも……知識はどうだろう。

 俺なら、エリスの知識を埋めることはできるかもしれない。

 この世界でもある程度は医療が発達しているが、それでも現代日本からやってきた俺の知識の方が深いはず。

 より詳細にエリスが人体の仕組みを知れば、より効率的な治癒魔法の行使が可能になる。


 これだ。


「エリス、修行になんて行かなくても、俺がエリスの治癒魔法の実力を上げられる。それを、必ず証明して見せる。だから、修行に行くのはちょっと待ってくれないか」


 思いついたら、早速試してみよう。

 まずは、準備が必要だ。


「ご主人様! ただいま帰りました!」


 そう思い立った時、ユエルが帰ってきた。


二巻が三月三十日に発売されます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼女にとっては自分の願いや思いに勇気をもって人生をかけたのだろうけど それに対して、数ある女たちのエロの一つとしてキープしたいだけで 彼女の人生とか何の責任も負いたくなく、その場しのぎのエロ…
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