報酬。
やわやわと。
むにむにと。
掌に柔らかい手触りを感じながら、目が覚めた。
目を開けると、そこはいつもの寝室。
そして目の前には修道服を着たまま眠る、エリスがいた。
エリスは小さな寝息をたてながら、その目を閉じている。
いつもは大人びた雰囲気を持つエリスだけれど、その寝顔はなんだかあどけない。
そして、少し視線を下げると――。
そんなエリスの胸元に、俺の手が深く沈み込んでいた。
......なぜ、俺はエリスの胸を揉んでいるのか。
しかも、ふと自分の姿を見てみれば、なんだか着衣に乱れがある。
ズボンは履いているのに上半身は裸だ。
これは一体どういうことだろう。
半裸の俺が、無防備に眠るエリスと一緒のベッドに入っている。
こんなもの、導き出される結論はひとつしかない。
俺は、エリスと一線を越えてしまったのだろう。
エリスは街を華麗にエリアヒールで救った俺に惚れ直し、ついつい俺をベッドに誘い込んでしまったと、つまりはそういうことなんだろう。
まぁそんな記憶は全く無いんだが。
しかしそれにしても柔らかい。
いや、寝ているエリスの胸を揉もうだなんてそんな不埒な気持ちはもちろん無いんだが、胸に手が挟まってなかなか抜けない。
なんとか手を動かして抜こうとしてはいるけれど。
手が抜けないのだから仕方がない。
あー、手が抜けない。
なかなか手が抜けないなー。
そんなことをしていると、
「んっ......」
聞こえたのは、僅かな吐息。
どこから聞こえたかといえば、間違いなく俺の視線の少し上、エリスの口元だ。
......胸から上、そこにあるエリスの顔を見たくない。
でも、見ないわけにはいかない。
おそるおそる、視線を上へ向けてみる。
そこには、ジトっとした目で俺の手を見つめるエリスがいた。
「す、清々しい朝ですね。おはようございますエリスさん」
どうやら起きてしまったらしい。
現状を再確認しよう。
俺は今、半裸でエリスのベッドに潜り込み、胸を触っている。
不可抗力ではあるけれど、触っているものは触っているのだ。
......とりあえずビンタされても舌を噛まないよう歯を食いしばり、ついでに土下座の準備もしておこう。
「......ほら、起きたならどいてくれないと、私が起きられないじゃない」
「すっ、すみませんでしたーっ!......って、え?」
エリスは、俺にどくように促しただけだった。
これは......怒っていない?
胸に手を乗せているのに、あのエリスが怒っていない。
一体どうしたことだろう。
もしかして、昨日、俺とエリスの間に本当に何かあったんだろうか。
全く記憶に無いが。
よくよく見れば、エリスの頬もほんの僅かに赤いような気がしないでもない。
......も、もう少し胸を揉んでみれば記憶も戻るかもしれない。
胸のボタンを外してみればわかるものもあるかもしれない。
――と、そんなことを考えていると、急にエリスの目つきが厳しくなった。
「誤解が無いように言っておくけど、あなたはあの後、寝てからも私の......服を掴んで離さなかったのよ。だから、仕方なくそのままベッドに寝かせたの......だから、お願いだからそのニヤついたいやらしい顔をするのはやめて」
「......そ、そんな顔してないから」
エリスは俺の手をペシッと払って、上体を起こす。
そして、軽くこめかみを揉んでから、口を開いた。
「あなたの服は流石にもう着れなさそうだったから、ユエルちゃんに切ってもらったわ。あのままベッドに寝かせるわけにもいかなかったし。それだけよ。他意はないわ」
なるほど。
いや、でも、だからといってエリスがこんな格好の男と同じベッドで眠るなんてことがあるだろうか。
まぁ、そこは疲れきった俺を見たエリスの優しさなのかもしれないが。
街にエリアヒールをかけたことは多分エリスにも好印象だったんだろう。
ただエリスが俺の手を見てため息をついているあたり、好感度は三歩進んで二歩下がった感じかもしれないが。
「そ、そういえば、ユエルは?」
「そこにいるじゃない」
エリスの視線の先。
よく見たら、本当にいた。
ユエルは、毛布の中から俺を見上げている。
顔の半分だけが毛布から見えていた。
ユエルもどうやら起きていたようで、さっきまでエリスの胸を掴んでいた、俺の手をじっと見つめている。
そんなユエルの瞳を見つめながら、俺が修羅場の気配を感じていると。
――ふと治療院の来客を告げる呼び鈴が鳴るのが聞こえた。
翌々日。
俺、ユエル、そしてエリスは、三人で領主の館に向かっていた。
二日前、エリスの胸を揉んだ俺を、ユエルが見つめていたあの状況。
その気まずい状況から逃げるきっかけをくれたのは、騎士団の女騎士、マリエッタが鳴らした呼び鈴だった。
あの後、俺は呼び鈴が鳴るなり、エリスとユエルのいる寝室から全力で脱出し、マリエッタの話を聞くことにした。
話の内容は、俺を領主の館で開かれる討伐隊の慰労を兼ねた食事会に招待したい、ということだった。
その食事会で、今回のクランクハイトタートルの討伐で協力した治癒魔法使いに報酬を支払うから、是非とも、是非とも来て欲しいとのこと。
そして、その日程が今日なのである。
「ね、ねぇ、本当に私も行っていいの? やっぱり私は討伐に参加してないし、場違いな気がするんだけど」
「騎士達も家族連れで来るらしいし、いいんじゃないか? 問題無いだろ」
「っ......! そ、そう、そうなの......」
エリスはなんだか遠慮しているが、なんていったって領主の主催する食事会だ。
貴族同士のパーティーなんていうわけでもないが、それでも多分、豪勢なものになるだろう。
多分、カニとか出る。
別に俺とユエルだけで行ってもいいんだが、エリス一人だけを置いていくのも問題だ。
俺とユエルがご馳走を食べる中、治療院で一人もそもそと冷めた食事を取るエリスを想像してしまう。
「ご主人様、着きました!」
そんなことを考えながら街を歩いていくと、辿り着いた。
街の北、その一角にあるやたら大きな領主の館。
門の前に立つ騎士に、招待状を渡して中に入る。
するとすぐに、清楚なメイド服をきたメイドさんに食堂に案内された。
ユエルの手前あまりジロジロと見ることは出来ないが、本物のメイドである。
一家に一人欲しい。
案内された食堂も、百人ぐらいは平気で入りそうなぐらいに広かった。
そこには、騎士やその家族らしき子供、ご婦人、魔法使いに治癒魔法使い......そしてルルカ達もいた。
「あっ、シキ! こっちこっち! こっちに美味しい肉......料理が......」
ルルカは俺を見るなり、元気に手を振って声を掛けてくる。
けれど、元気が良かったのは最初だけ。
ルルカは俺の後ろの方に視線を向けると、だんだん声を萎ませていく。
ルルカの視線の先を見れば、そこにはエリスが居た。
エリスを見て、その赤い髪をかきながら曖昧な笑みを浮かべるルルカ。
なんとも気まずそうだ。
そして対するエリスは何故だか僅かに諦念が混じったような、少し羨ましそうな表情でルルカを見ている。
なんだろう。
ルルカは多分、治療院で値引きをしまくっていたことに対する引け目があるんだろう。
いつもはエリスが来るなり逃げていたし、こういう風に逃げられない場所で面と向かうのは、これが初めてなのかもしれない。
でもエリスの態度がわからない。
エリスはルルカに怒るでもなく、なにやら落ち込んでいるようにも見える。
いつものエリスならキツイ視線の一つでも向けそうなものなのに。
ルルカの隣には、穏やかな笑みを浮かべているセラ。
それから、何故かそわそわしながら、爪を齧り続けているフランがいた。
フランはこちらを見ると、すぐに顔を伏せる。
それからセラに焦ったように何事かを耳打ちし、セラはそれをにこやかな表情で頷いて聞いていた。
なんだろうアレは。
というかフランはお見合い股間ファイアーボール事件で領主の屋敷を追い出されたのでは無かったか。
なんでいるんだろう。
いや、討伐隊の慰労のための会なら、今回に限っては居るのも不自然ではないのかもしれないけれど。
しばらくして。
年配の執事に付き添われながら、食堂に一人のおっさんが入ってきた。
騎士達がそれを見て、一斉に立ち上がる。
「あー、いやいやいや、いいんだいいんだ、座ってくれ」
にこやかに、軽い調子で話すのは四十歳程度のおっさんだ。
多分、アレがこの街の領主なんだろう。
柔和な表情をした、人のよさそうなおっさんだ。
何故かフランは領主を見るなり、激しい貧乏揺すりを始めているが。
高級感溢れるツインテドリルをしているくせに。
そして領主は騎士と少し話をすると、俺の方へと歩いてきた。
「娘からも話は聞いたよ。体を張って娘を助けてくれたそうじゃないか」
「へ? あー、えぇ。当然のことをしたまでで......」
どうやら、クランクハイトタートル討伐時のことを既に聞いていたらしい。
そういえば、俺は川に落ちそうな領主の娘を、身を呈して助けた形になるのだろうか。
「はっはっは、そうかそうか、当然のことか! いや、本当に良かった。今日は良い日だ。是非沢山食べていってくれ。特にこのスッポンとオークの睾丸は素晴らしく鮮度がよくてな!」
領主は俺の返答にうんうんと頷くと、肩をポンポンと叩きながら、何やら料理を勧めてくる。
なんだろうこの領主。
やたらフレンドリーだ。
まぁ、わざわざ討伐隊の労いなんかのために会を開くぐらいだから、あんまり貴族として凝り固まった頭はしていないのかもしれない。
「お、おおおお父様、向こうへ、向こうへいきましょう? 向こうにとびきりのワインがありますから。樽で、樽でいきましょう!」
そんなことを考えていると、フランが無茶なことを言いながら、領主を他所へ連れていく。
あんなおっさんに樽は、流石に死ぬんじゃないだろうか。
スッポンやらオークの睾丸やらを避けながら、適当に食事を取っていると。
ふと、一人の騎士が前に出て、口を開いた。
「これから協力者の方へ、報酬の受け渡しを行います。呼ばれた方は前へ」
どうやら報酬が渡されるようだ。
騎士が名簿を読み上げると、それに応じて次々と治癒魔法使いらしき服装をした人が騎士の元へと歩いていく。
そして、騎士は名簿にチェックを入れながら、バンクカードで報酬を支払っている。
一体いくら貰えるんだろうか。
ちょっと前ならヒュージスライム乱獲で荒稼ぎできたが、今はもうできない。
できれば沢山欲しい。凄く沢山欲しい。
「最後に、シキさん。前へ」
なかなか呼ばれずそわそわしていると、呼ばれた。
そして騎士が、手元の紙を読み上げる。
「えー、クランクハイトタートル討伐への同行で、十万ゼニー」
……安い。
ちょっと期待外れだ。
一瞬そう思ったが、よく考えたらこんなものか。
多分、俺がヒュージスライムの乱獲で金銭感覚が狂ってしまっただけだろう。
十万ゼニーといえば、エリスの治療院の十分の一近い金額なわけで、それを一日二日の日当として出している。
相当高い金額なような気もする。
と、そんなことを考えていると。
領主と目の前の騎士が、目を合わせる。
「それから、フラン様の身を体を張って助けたその勇気ある行動に対して、領主様個人から五十万ゼニーの褒賞が出ます」
そして、追加がきた。
「お、おぉ!?」
一気に五倍である。
今度はちょっと高すぎないか。
いや、でも、あの領主もなんだかんだで娘を溺愛してそうだ。
貴族のお見合いで相手の股間を燃やすなんて大失態をしたのに、その処分は一時的に家から追い出すだけ。
甘いような気もしないでもない。
それに、セラという付き人までつけている。
娘が余程大事だったんだろう。
そのことは領主がニッコリと晴れやかな笑顔で俺を見ていることからもわかる。
四十近いおっさんの笑顔なんて見たくもないが。
しかし騎士の声がでかい。
なんだこれ。
さっきから、何か違和感を感じる。
そして騎士は領主にもう一度視線を向けると、まるで周りにアピールでもしているかのように、金額を告げる。
「そして、アーマーオーガの皮膚、爪などの素材が六十万ゼニー。騎士団から、指定討伐対象の討伐報酬が三十万ゼニー。そして奴隷商組合からアーマーオーガにかけられていた懸賞金が、百万ゼニー」
「お、おおお!?」
更に更に追加がきた。
アレはそんなに凄い魔物だったのか。
流石に金額が高いせいか、周りの騎士もざわざわとし始める。
後ろの席から、一際嬉しそうな声が上がった。
あれはルルカの声だ。間違いない。たかる気だろう。
「合計で、二百五十万ゼニーです。お受け取りください」
「お、おおぉ......」
しかし大金だ。
大金である。
バンクカードで金を受け取り、そそくさと席に戻る。
一気に小金持ちだ。
家ぐらいなら余裕で買える金額。
どうしよう。何に使おう。
「おいおい、あのアーマーオーガを討伐したらしいぜ。お前より強いんじゃないのか? お前、騎士なのになぁ」
「ちょっと、勘弁してくださいよー。僕これでも騎士学校では結構良い成績だったんすよー?」
少し離れたところから、年配の騎士と新人らしき騎士の会話も聞こえてくる。
その声を聞いたのか、ユエルは眩しそうな目で俺を見ていた。
……アーマーオーガと戦ったのはほぼユエルなんだけど。
ユエルの記憶からはそのあたりがさっぱりと抜け落ちているのかもしれない。
ご主人様がメイス片手にアーマーオーガをなぎ払ったとか、そんな光景に改変されていそうな気までしてくる。
まぁいいか。
金も入った。ユエルの尊敬も得た。
今回のクランクハイトタートル討伐は、間違いなく成功だったと言えるだろう。
俺は良い気分で食事に手をつけた。
報奨金の金額を聞いてからあからさまに擦り寄って来るルルカを適当に相手したり。
何故だか落ち込み気味のエリスに料理を取り分けてみたりしていると。
食事会ももう終わろうかという時間になった。
そして、そろそろ帰るかと思った頃......あの領主のおっさんが声をかけてきた。
「どうだ、食べているかね?」
「......えぇ、まぁ、はい」
顔は赤く、息は酒臭い。
だいぶフランに飲まされたようで、足は千鳥足だ。
もうべろんべろんである。
そして領主は、まるで肩を組むかのように体を預けてくる。
その表情は嬉しくて嬉しくて仕方がないとでもいうような、そんな表情だ。
そういう表情はユエルで間に合っている。
おっさんのそんな顔は見たくない。
娘を助けたからといって、この距離感はいくらなんでも近すぎる。
「お、お父様。そろそろお休みになった方がよろしいですよ。寝室へ、寝室へどうぞ」
フランも酒に酔ったこの領主の態度はまずいと思っているらしい。
領主を寝かせてしまおうと、せわしなく動いている。
「いやいや、その前に話をしないとな」
呂律の回らない、聞き取りにくい声。
「......話?」
けれど、領主の目はしっかりと俺を捉えていた。
「君が、フランを貰ってくれるんだろう? 結婚式の日取りは、いつがいいかな」
唐突に。
それはもう唐突に、領主が言った、この言葉。
「............は?」
俺が困惑とともに間抜けな声を出すと同時、顔をひきつらせながら、バッと顔を伏せるフランが視界の端に見えた。
今、この領主のおっさんはなんて言っただろうか。
結婚、そう言ったか?
「あぁ、バレてしまいましたね」
そんなフランを見て、セラがくすりと微笑む。
「......へ? って、えぇっ、結婚!? ちょっ、ちょっと待ってフラン! そ、そそそんなの駄目だよ! 私、聞いてないよ!?」
「け、結婚って......。ねぇシキ、ど、どういうことなの?」
聞かれてもわからない。
俺はそんな話は聞いてない。
「ご主人様が、け、けっこん......」
ユエルも俺の服の裾をしっかりと握りしめながら、俺の顔を不安気な表情で見つめている。
これはいけない。
「き、聞いてない! 俺はそんなことは聞いてないし、知らないから!」
「......は?」
今度は、領主が素っ頓狂な声をあげた。
ぽかんと口を開けて、理解できないというように俺を見ている。
「へ? え? ど、どういうこと?」
ルルカも疑問を口にする。
知らない。
俺が聞きたい。
一体、誰に聞けばいいのか。
俺も、領主もわからないんだから......。
自然と、視線がフランに集まっていく。
顔を伏せて、スカートを握りながら、ぷるぷると震えているフラン。
そのフランは、何かを躊躇うように口を小さく開いたり、閉じたりさせる。
「えっと、あの......」
フランは周囲を見渡すと、また顔を伏せる。
それから、チラリと俺に視線を向けた。
するとフランは観念したように項垂れて、ゆっくりと口を開き、
「......その......これは......ご、誤解だったの」
そう呟いた。
「......つまりは、そこの領主様が勝手に俺とお前の関係を勘違いしたから、ついつい魔が差してそれに乗ってしまったと。そういうことなのか?」
「はい......」
フランは周囲の目を気にするように、ぷるぷると震えながら何があったのかを話した。
一言で言えば、領主の勘違いだったらしい。
ことの始まりは一昨日。
領主は、街に帰ってきた討伐隊本隊の騎士から、今回のクランクハイトタートル討伐の報告を受けた。
その時に「フランの危機を命がけで救った男が行方不明になってしまった」という話を聞いたらしい。
フランはあの性格だ。
フランに好ましい印象を持つ男というのは、なかなかいない。
命をかけてまで守ってくれるような人間なんて、それこそそれが仕事の騎士ぐらい。
そんな中、なんの義務も無いただの治癒魔法使いが、それをやってしまった。
ここで領主は、フランとその治癒魔法使いがただならぬ関係だと勘違いしてしまったらしい。
実際には、俺は俺自身が川に落ちるなんて思ってなかったし、フランを助けても、クランクハイトタートルの足の遅さからなら逃げられると踏んだからこそ俺はフランを助けた。
俺が川に落ちたのは、地面が崩れるのは想定外だった、というだけだ。
しかし、領主は勘違いした。
男嫌いの娘に、命をかけてまで守ってくれる程に懇意な男性が出来たと、勘違いしてしまった。
そして、捜索隊が街に戻ってきて。
フランが毒霧による街の惨状を見て、何か出来ることがないかと領主の館に向かった時。
そこで領主に俺の話を振られて。
領主のおっさんは俺の無事を知ると「今は街の危機だが、そこだけは安心したよ」なんてそれはもう嬉しそうに笑ったらしい。
そして、フランは勘違いを訂正できなかったらしい。
そして、それに乗っておけば家にも戻れると思ったら、やっぱり本当のことが言いだせなくなり。
セラと相談しても、セラは黙ってても大丈夫だと言っていて。
ついつい流されてしまったと、そういうことらしい。
ルルカのパーティーでもセラだけは常識的な人間だと思っていたんだけれど、どうやら違ったようだ。
そしてフランは、ルルカを一度チラッと見てから、再度口を開く。
「で、でも! 本当に結婚がしたかったわけじゃなくて......その、ほら、好みじゃないし」
なめてんのかこいつは。
というか、男嫌いの癖に男の好みがあったことに驚きだ。
「わたしはご主人様のお顔、好きですよ?」
しかし、かわいいかわいいユエルの前だ。
ここは大人の対応で、冷静に一言諌める程度にしておくべきだろう。
「そういう、バレなければ嘘をついてもいい、なんていうのは駄目だ。人としてな。嘘をつかれた人は、きっと傷つく」
「あ、あなたねぇ......」
おっと、エリスが居ることを忘れていた。
何か言いたそうだ。
「ま、まぁ、間違いは誰にだってあるよな。ほら、フラン。は、話を続けてくれ」
俺が促すと、フランはとつとつと喋りだす。
「えっと......い、一日経ったら冷静になって、本当のことを言おうかとも思ったんだけど、その時にはもう、騎士団の人とかもみんなお祝いムードで......い、言いだせなくて」
そういえば今回のクランクハイトタートル討伐に、フランはついてきた。
周りの人間、特に騎士あたりは無理なことを度々言われているのかもしれない。
今回は助かったから良かったが、もしフランが命を落としていればどうなっていたか。
それこそ騎士団の過失になってしまう。
結婚して落ち着いてくれるならそうしてほしい、騎士団の人間にもそういう意図があったのかもしれない。
「......話はよくわかった」
そして、ずっと黙って話を聞いていた領主が、口を開いた。
フランの肩がビクッと震える。
「外に出て、色々な人と触れ合って、見聞を広めてくれればと思ったんだが、こんなことになるとは......やっと、やっと娘が結婚してくれると思って......」
領主のおっさんは疲れたような顔で、眉間を揉む。
けれど、僅かに何かを考えるような素振りを見せると、表情を切り替えて口を開く。
「......しかし、全く効果が無かったというわけでもないらしい。以前の娘なら、男と結婚なんて話が出ただけで癇癪を起こしていただろう。シキくんといったかね。何かあれば私を頼ってくれて構わない、だからどうか、これからも娘をよろしく頼むよ」
「それはちょっと......」
ちょっとお断りしたい。
貧乳だし。
この性格だし。
「君は良い目をしている。誠実さの感じられる目だ。それに、あのアーマーオーガを討伐したんだろう? わかるよ、よく鍛えているのが」
俺にはあんたの目が節穴だということがよくわかった。
領主のおっさんは、俺の体を観察するように目を上下に動かしている。
......いや、これは違うかもしれない。
領主のおっさんは顔は真っ赤で、呂律も怪しいところがある。
これは、もしかしたら視点が定まっていないだけじゃ――
と、思った瞬間。
領主のおっさんが、突然ぶっ倒れた。
「お、お父様!?」
見れば、領主のおっさんは気を失ったように眠っている。
やはり酒の飲み過ぎだろうか。
......いや、もしかしたら心労かもしれない。
街にクランクハイトタートルなんて魔物がやってきて。
毒霧の対処に追われたかと思えば、謎の範囲治癒魔法で街の人間が一人残らず治療されて。
さっきのフランの話ぶりから察するに、未だに原因はわかっていないらしいし、その件の調査だってしないといけないだろう。
そしてそこに、この結婚の勘違いである。
調査に関しては......まぁ、バレないとは思うが。
人目は全快状態のユエルに避けさせたし、あの大規模範囲治癒魔法の原因はずっと不明のままだろう。
......もし心労だとしても、俺は知らない。
俺のせいじゃない。




