戦闘。
ユエルは肩の傷を気にする様子も無く、すぐにアーマーオーガとの戦闘に入った。
まるで弾丸のように、迷い無く俺とアーマーオーガの間に割り込んで。
そして、横薙ぎに払われた爪の一撃を。
生木を粉砕する、拳の一撃を。
かすっただけでも死に繋がりかねない、嵐のようなアーマーオーガの攻撃を。
ユエルは、回避し続けている。
ただ躱しているだけじゃない。
俺が隙を見て肩を治療した後、ユエルはアーマーオーガの関節を、腱を、目を狙ってナイフを振るう。
皮膚の薄い場所を狙って、隙を見ては一撃を入れている。
過去、再起不能になるまでの大怪我を与えた魔物を目の前にして。
ユエルは怯えることなく、一歩も引かずに戦っている。
助かった。
危ないところだった。
安全を考えて逃がした少女に、逆に助けられるなんて情けないことこの上ないが、窮地を救われた。
......でも。
でも、これは駄目だ。
ユエルが、アーマーオーガの腕をナイフで斬りつける。
けれど、刃はうっすらと一筋の線をつくるだけ。
ユエルが腕を振るったアーマーオーガの脇をナイフで突き刺す。
けれど、刃は皮膚を僅かに裂くだけで止まる。
ユエルがアーマーオーガの目に、ナイフを投擲する。
そしてそれも、アーマーオーガの腕に防がれた。
ユエルの攻撃は、アーマーオーガの防御を抜くことができない。
わかっていた。
攻め手が足りない。
ユエルでは、時間を稼ぐことはできても、アーマーオーガを倒すことはできない。
このまま戦ったとしても、ユエルは勝てないだろう。
もし勝てる可能性があるとしても、間違いなく長期戦になる。
そして、ユエルがぬかるんだ泥に足をとられれば、疲労が限界に達すれば、それだけで簡単にユエルはアーマーオーガに殺される。
何よりも、それだけは絶対に駄目だ。
ユエルに長期戦を挑ませるのは、危険すぎる。
どうする。
今からでも、ユエルを連れて逃げるか?
いや、逃げたとしても、あの投石がある。
背を向けたところでアレをやられれば、ひとたまりもない。
ユエルの小さな体にあれが直撃すれば、即死の危険だってある。
戦うか?
駄目だ、ユエル一人では決定打に欠ける。
ユエルの力では、あの硬質な皮膚は貫けない。
関節ですら、血がでない程に薄く皮膚を裂くことしかできていない。
ナイフが通りそうなのはせいぜい目ぐらいだろう。
今もまさにユエルが目を狙ってはいるけれど、アーマーオーガはユエルが攻撃しようとすれば、すぐに目を庇う。
両目を潰せれば理想的なのだが、アーマーオーガも自身の弱点である目をそう簡単に攻撃させてはくれない。
一撃食らえば即死、そんなアーマーオーガの攻撃を回避しながら、ガードを抜いて目を抉るのは、流石のユエルでも難しいだろう。
逃げられない、ユエルでは勝てない。
なら、どうするか。
......方法はある。
多分、ユエルも言わないだけで思いついてはいるはずだ。
それぐらい、単純なこと。
「俺も、戦えば良い」
ユエル一人が戦うのではなく、俺も一緒に、二人で戦えばいい。
俺がアーマーオーガの攻撃を引き受ければ、ユエルは攻撃を回避する必要が無い。
自由に、好きなだけ攻撃できる。
俺が攻撃されている隙に、囮になっているうちに、ユエルがアーマーオーガの目を狙う。
そうすれば、ユエルの攻撃でも届く可能性がある。
刃物は怖い。
大きな魔物は、もっと怖い。
でも、ユエルがアーマーオーガの凶撃に倒れるのは、まさに次の一瞬かもしれない。
迷っている時間なんてない。
メイスを握りしめ、アーマーオーガに近づいて行く。
ユエルに釘付けだったアーマーオーガの視線が、俺に向く。
「ご、ご主人様! だ、駄目です! 危険です! 下がっていてください!」
ユエルが驚愕の声を上げるが、アーマーオーガの目は明らかに俺のメイスを見つめている。
アーマーオーガにしてみれば、硬い表皮をひっかくだけのユエルのナイフより、一瞬でも足を引きずらせたこのメイスの方が脅威なはずだ。
想像通り、アーマーオーガが、ユエルから俺に向き直る。
「ユエル、俺が注意を引く。その隙にアーマーオーガの目を潰せ!」
ユエルと共闘するのは初めてだ。
ユエルの後ろで戦いを見ていることはあっても、前に出て戦うようなことはほとんど無かった。
アーマーオーガの正面に立つ。
巨大な体に太い腕、鈍く光る、鋭い爪。
目の前に立つだけで、本能が逃げろ、逃げろと警鐘を鳴らしているのがわかる。
小柄なユエルであれば、これはもっと大きいだろう。
......こんな魔物の前に、ユエルを立たせ続けるわけにはいかない。
「で、でも! もしご主人様が......っ!」
「無茶はしない。ユエル、俺を信用しろ。ユエルのご主人様は、そんなにやわじゃない!」
まぁ、信用に値するような戦闘経験は無いわけだけれど。
でも、ユエルはゆっくりと、小さく頷く。
ユエル自身も、内心ではこれしかないと、わかっているのかもしれない。
そして、俺を信用してくれたんだろう。
べつに、なにも切り結ぼうというわけじゃない。
ただ、俺が一発二発防いでいる間に、ユエルに攻撃してもらおうというだけだ。
俺はただ、アーマーオーガの隙をつくれればそれでいい。
メイスを振りかぶる。
狙うのは、右足。
防御を疎かにして、全力で攻撃するようなつもりは無い。
ほとんどフェイントのような、力の無い一撃。
けれど、アーマーオーガは慌てたように、腕を振りかぶって俺を狙う。
......どうやらあの時の足首への一撃は、本当に痛かったらしい。
すぐにメイスを引き戻し、自分の正面に掲げる。
守る場所は最初から頭だけだ。
アーマーオーガの膂力。
そこから繰り出される一撃。
凄まじい速度で、アーマーオーガの爪が迫る。
でも、怯んではいけない。
目を瞑ってはいけない。
よく見ろ。
俺はずっと、これより早いユエルの動きを見てきたはずだ。
アーマーオーガの一撃は、確かに早い。
――でも、ユエルの動きの方が絶対にキレがある。
必ず、目で捉えられる。
そしてこのメイスを、アーマーオーガの腕に合わせるだけでいい。
激しい、金属音が鳴った。
ガリガリと金属を削る音と共に、アーマーオーガの爪がメイスの側面を滑っていく。
そして、その軌道が僅かに逸れた。
顔の左側が、焼けるように熱を持つ。
耳の感覚が無い。
自分の耳が、いまどうなっているのか不安になってくる。
でも、ジャイアントアントに足を切られた時よりは痛くない。
それに、まだ俺は生きている。
――今だ。
アーマーオーガの腕が伸び切った、この瞬間。
ユエルが、アーマーオーガの背後を取っていた。
アーマーオーガを挟んで、ナイフを振りかぶったユエルが、泣きそうな目で俺を見ている。
俺は、そんなユエルに目で合図する。
銀閃が走る。
ぶちゅり、と、何かが潰れる音がした。
「――――――ッッ!!!」
アーマーオーガの、絶叫。
ナイフを手放したユエルが、振り払われる。
そして――アーマーオーガの右目には、深々と、ユエルのナイフが突き刺さっていた。
やってくれた。
やはりユエルは優秀だ。
後で、たくさん褒めてあげなければいけない。
アーマーオーガは咆哮をあげながらら残った左目でユエルを睨んでいる。
俺のことなんて、完全に無視である。
今度はユエルを潰そうといきり立っているようだ。
ユエルは強い。
一瞬の隙を作っただけで、的確に急所を潰してくれた。
アーマーオーガがユエルを警戒するのは、間違っていない。
でも、今、お前が見るべきなのはそっちじゃない。
――強く、メイスを握り直す。
興奮し、まさに今、ユエルに向けて爪を振るわんとするアーマーオーガ。
そんなアーマーオーガの右目からは、ナイフの柄が生えている。
――アーマーオーガに向けて、一歩、足を踏み込む。
アーマーオーガの残った左目は興奮からか充血し、俺を全く見ていない。
ただ、攻撃を避けるユエルの動きを追うだけだ。
――メイスを大きく振りかぶる。
回避を続けるユエルと、目が合った。
そしてユエルは、アーマーオーガを俺の目の前に誘導しようと、大きく攻撃を回避する。
――全身の筋肉を、強く、強く引き絞る。
そして、目の前には、ユエルへの攻撃を空振りした、アーマーオーガ。
その右目から生えたナイフの柄は――俺のメイスの、絶好の的だった。
「はああああああああっ!!!」
僅かな肉の抵抗を、力で押し込んだ感触。
瞬間。
ビクリ、と硬直するアーマーオーガ。
ユエルに向かおうとしていた、アーマーオーガの足が止まる。
――アーマーオーガの右目を見れば、深く眼孔に押し込まれた、ナイフの柄尻が見えた。
どうやら、目の奥までは硬くなかったらしい。
そして、まるで糸が切れたかのように、その巨体が崩れ落ちる。
アーマーオーガが、地面に倒れた。
「......や、やったか?」
アーマーオーガは、動かない。
ツンツンと、メイスで足をつついてみても再び動く気配はない。
......ほ、本当に動かない?
メイスでアーマーオーガの体を、軽く叩いてみる。
それでも、動く気配はない。
「ご主人様! お怪我は大丈夫ですか!?」
すぐに、ユエルが駆け寄ってくる。
そしてユエルは俺の心配をしつつも、アーマーオーガの様子を確かめ、ホッと息を吐いた。
どうやら、本当に死んだらしい。
アーマーオーガの残った左目を見ても、ぐるりと白目を剥いている。
指も、ピクリとすら動かない。
目立った傷が右目だけなせいか、今にも起き上がってきそうな恐怖を感じるが、間違いなく死んでいる。
......勝った。
守りきった。
張り詰めていた、気持ちが緩んでいく。
そしてふと、ユエルが心配そうに俺の顔、その左側を見つめていることに気づいた。
とても心配そうな顔で、俺の......耳のあたりを見つめている。
手を当ててて、確かめてみると......左耳が丸ごとなくなっていた。
え、何これ痛い。
超痛い。
「ヒ、ヒール! ヒール! エクスヒール!」
すぐに治療して再生するが、自分の心にまた一つトラウマを作ってしまったような気がする。
なんでこんなに怪我ばかりしているんだろうか。
いや、アーマーオーガの一撃の代償が、耳一個というなら、運が良かった方なのかもしれないが。
......まぁ、いいか。
最終的には無事だったのだ。
そして、帰ろう、そうユエルに声をかけようとして気づいた。
ユエルが、耳を小刻みに動かしながら、森の一点を凝視している。
「......ご主人様」
僅かに震えた声で、ユエルがつぶやく。
ユエルの視線の先には......狼がいた。
十数m程先で、見覚えのある狼の魔物が、こちらをじっと見つめていた。
そして、その狼が――吼える。
まだ、だった。
終わっていなかった。
そうだ、俺達は、アーマーオーガという凶悪な魔物を倒しはした。
でも......まだ森の中から抜けてはいない。
あの狼。
アーマーオーガと遭遇する直前に戦っていた魔物と、同じ魔物だ。
もしかしたら、あの時に逃げずに、ずっと俺たちの様子を窺っていたのかもしれない。
漁夫の利を、狙って。
――右から、左から、新たな遠吠えがあがる。
ガサガサと、草木を掻き分ける音が、前から、後ろから、そこら中から聞こえ始める。
体から、力が抜けて行く。
駄目だ。
これは......逃げ切れないかもしれない。
完全に囲まれている。
茂みが揺れて、狼が目の前に顔を出す。
そして、その数は、時間と共に続々と増えていく。
あっという間に、見えているだけで十匹以上。
狼は、すぐには襲いかかってこない。
まるで、弱った獲物を追い詰めるかのように、じりじりと距離を詰めてくる。
ユエルがナイフを構える......が、状況は厳しい。
この数は、ユエルでも無理だ。
狼が、また吼える。
そしてまた新たに、一際大きい物音を立てて、何かが近づいてくる。
まだまだ、新手が来る。
これは二人とも生き残るなんて、甘い考えではもう無理だろう。
でも......せめてユエルだけは逃がしたい。
俺は、メイスを構え、ユエルを逃がそうと魔力を込めて声を――
――出そうとした瞬間。
視界の端に、絡み合った草木を突破するかのように、一直線に何かがこちらに走ってくるのが見えた。
風に靡く、赤い髪。
手には、盾と、一本の長剣を持っている。
「ぜっ......はぁっ......はっ......ま、まにあった、まにあったあー!」
そして、強引に俺と狼の間に割り込んできた彼女は、今にも飛びかかろうとしていた狼を切り伏せた。
「間一髪、でしたね」
青い髪をした冒険者が放った矢が、正確に狼の眉間を貫く。
「ふっ......ぐすっ......ファイヤーボールっ!」
金髪の少女が生み出した巨大な炎、それが、狼を一瞬で燃やし尽くす。
そして、僅かに遅れて、複数の金属音。
騎士達が、狼に突撃していく。
――討伐隊だ。
呆然としている、ほんの僅かな時間で狼が次々と駆逐されていく。
「ね、ねぇ、ちゃんと生きてる? 大丈夫だよね?」
目の前の、赤毛の少女。
ルルカが、俺の体をペタペタと触りながら声を掛けてきた。
ところどころ服がやぶけているせいか、なんだかくすぐったい。
「あ、あぁ」
「......間に合って、よかったよ。もう、反応がなくなった時は本当に焦ったんだからね?」
どうやら心配をかけてしまったらしい。
相当急いで来たらしく、息は相当に荒い。
助かった。
アーマーオーガと戦ううちに、かなり川沿いからも離れてしまっていた。
多分、助けは来ないと思っていたけれど。
「あ、どうして? って顔してるね。ほら、私、治療院で言わなかったっけ。私、前に森の中で迷っちゃったからさ。次からはちゃんと、遭難の対策するって」
ルルカが、自分の右耳についたイヤリングを指差しながら笑った。
「これ、左右ワンセットの魔道具なの。右の方をつけた人が、左をつけた人の場所を知ることができる、ね。本当は私が遭難した時に、シキを目印に討伐隊に戻るために買ったんだけど、逆になっちゃったね。急に反応がなくなって、本当焦ったんだよ?」
......そういえば、ルルカに貰ったイヤリングを左耳につけた気がする。
アーマーオーガの一撃で、耳ごとどこかに消えてしまったが。
どうやらそんな理由のある一品だったらしい。
......もしかしたらお揃いの腕輪を持つユエルに対抗しちゃったのかな?
嫉妬なのかな?
なんて思っていたのに。
助かって嬉しいはずなのに、なんだか複雑な気分になってくる。
「こ、これは......指定討伐対象のアーマーオーガじゃないですか」
声を発したのは、なんだか見覚えのある女騎士。誰だったか。
あぁそうだ。
以前、治療院にやってきたあの女騎士。
マリエッタだ。討伐隊でも一緒にいたはずだ。
「た、たった二人で......? この魔物はそう簡単に討伐できる魔物ではないのですが......」
マリエッタが、疑問を口にする。
「ご主人様が、守ってくれました」
そしてそれに、ユエルが即答した。
......どちらかというと守られたのは俺の方な気もするけれど。
でも多分ユエルの中ではそうなんだろう。
マリエッタが、驚き混じりの表情で俺を見る。
「ご主人様が、メイスで倒してくれたんです!」
ユエルがぐいぐい持ち上げてくる。
マリエッタの目が、尊敬の混じったものになる。
ちょっと気持ち良いから否定はしないが。
「へぇー、高く売れそうな魔物だね? この爪とかさ。なんかちょっとカピカピしてるのが気になるけど」
それは乾燥したスライムゼリーだ。
気にしないで欲しい。
「......助けてくれて、ありがとう」
ぼそりと呟く声が聞こえた。
目を向けると、そこには目を真っ赤に腫らしたフランがいた。
そういえば、フランはさっきからずっと、ぐすぐすと泣いている。
セラが宥めているが、多分、良くも悪くも感情的な性格なんだろう。
感謝して欲しい。
ついでに、その感謝の気持ちをそこのセラさんに伝えて俺の好感度を上げておいて欲しい。
「あ、あの、シキさん。こちらの死骸は一旦騎士団で預からせていただいてもいいですか? 依頼人に、死骸の確認をしていただく必要がありますので。後日懸賞金が出ると思いますから、楽しみにしておいてくださいね」
「お、おう」
カピカピの死骸を預けることに僅かな不安を感じるが、断れる雰囲気じゃない。
まぁ、多少カピカピしているからといって、スライムゼリーだとはわからないだろう。
わかったとしても、そのスライムゼリーを持っていた理由だとか、そこまで邪推したりはしないはず。
「素材の状態次第を精査した後、ご希望があれば高価で買取もさせていただきますから!」
......そう信じたい。
ぐっすりと熟睡するユエルを背負って、森の中を歩く。
すると、二十分もかからずに森を抜けた。
目の前に広がるのは、なだらかな傾斜を持った、広い平野。
整備された、一本の道。
街道だ。
数人の騎士、ルルカ達と一緒に、街へ歩く。
行きとは違い、人数は大分少ない。
騎士が数人と、一人の騎士団所属の治癒魔法使いがいるだけで、他にはルルカ達三人だけだ。
俺が川に落ちた後の話を聞いたところ、あれから、騎士団は二手に別れたらしい。
片方は、捜索に立候補したルルカ達のパーティーと、マリエッタを含む数人の騎士、そして一人の治癒魔法使いからなる、捜索隊。
そしてもう片方は、数十人の騎士、治癒魔法使い、魔法使いからなる、本隊。
本隊は、非戦闘員の治癒魔法使いを送り届けるために、一直線に街に向かったそうだ。
また、もう一つ、急いで街に戻らなければならない理由があったらしい。
捜索隊の方はといえば、ルルカのイヤリングからの反応を目印にして一直線に突き進み、今朝方やっと、狼の魔物と戦う俺達に追いついたということだそうだ。
「はぁー、壊れちゃったね、あのイヤリング」
ふと、つまらなそうに、ルルカが呟いた。
アーマーオーガの死骸を回収した後、高価な魔道具ということでイヤリングも回収したが、俺の方のイヤリングは壊れてしまっていた。
アーマーオーガの爪で、真っ二つである。
ルルカはずっと、そのことを残念がっている。
まぁ、相当高い魔道具だったんだろう。
......でも、その魔道具について一つ、どうしてもルルカに聞きたいことがある。
「なぁルルカ、そのイヤリング、俺にくれたんだよな?」
「うん? そうだよ?」
怪訝そうな顔で、返事をするルルカ。
「今回の討伐が終わっても、俺が持っていてよかったんだよな?」
「ま、まぁ、そうだね」
ルルカの声が、僅かに上擦る。
どうやら、俺が何を言いたいのか、もう察したらしい。
「......つまり、俺があのイヤリングを魔道具だと気づかなかったら、ルルカはいつでもどこでも俺の居場所を把握できるようになっていたってことか?」
一瞬。ピクリ、と硬直するルルカ。
僅かな沈黙。
「え、えへへへへー」
そして、ルルカは体全体をかわいらしく傾げながら、笑みを浮かべた。
完全に誤魔化しにかかっている。
......何を考えていたかは、だいたい想像がつく。
多分、俺が酒場で食事をしていれば偶然を装い飯をたかれるとか、迷宮で遭遇すれば無料で治療をねだれるとか、そんなことでも考えていたんだろう。
危なかった。
本当に危なかった。
もしあのイヤリングが壊れていなかったら。
俺がいつかユエルとエリスの目をかいくぐり、こっそりゲイザーお勧めの大人のお店に行った時、ルルカにそのことがバレていた可能性はかなり高い。
プライバシーも何もあったもんじゃない。
気軽にとんでもないことをしてくれる。
まぁ、それで助かったところもあるから強くは言えないわけだけど。
「ほ、ほら、街までもう少しだよ! あの丘を越えれば、もう街が見えるから!」
あからさまに、話題を変えようとするルルカ。
でも、言っていることは本当だろう。
やっと、街に帰れる。
疲れた体に鞭を打ち、街道を進む。
そして、なだらかな丘の、頂上。
そこからは、高い城壁に囲まれた、メルハーツの街が見えた。
けれど、その時代を感じさせる街並みは、俺の目には入ってこない。
それ以上に目を引くものが、そこにあったからだ。
街から、百メートルも離れていない、まさに目と鼻の先。
そこには、俺達が討伐したものよりも一回り大きな。
クランクハイトタートルの死骸が、転がっていた。




