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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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34/89

森の中を進む。

 騎士に囲まれながら、森の中を進んでいく。

 これまでは、ある程度安全な行程だった。

 どうやらこのあたりの魔物であれば、騎士はそうそう苦戦もしないようで、後衛が魔法を使う間もなく魔物をバッサリと切り捨てて進んでいく。


 たまにスライムのような小型の魔物が騎士の目をすり抜けて来ることもあったけれど、そんな場合でもユエルが敏感に気配を察知して、ナイフで串刺しにしていた。

 ユエルは森に入ってからというもの、常に俺のすぐ目の前を歩いて、耳を小刻みに揺らしながらずっと周囲を警戒している。

 些細な気配や物音から、潜む魔物の位置を特定しようとしているようだ。

 安全だ。

 問題は無い。


 「ファイアーボ......ああっ! もうっ......! あとちょっとだったのに!」


 俺の、いや、ユエルの隣にいる、ちょっとキレ気味な金髪ツインテドリルさえいなければ。

 この金髪、フランは、森に入ってからというもの、やたらと戦闘に参加したがっている。

 魔物を倒したくて倒したくて仕方が無いらしい。


 そういえば森に入る前もルルカが、フランは家を追い出されたから家に戻るための功績を欲している、みたいなことを言っていた。

 多分、騎士の中にあっても際立った活躍をする優秀な魔法使い、みたいな話が領主の元に届くことを期待しているんだろう。

 残念なことに、騎士はフランが詠唱を終える前に魔物を切り捨ててしまっているけれど。


 しかし、なんというか、個人的にこいつは苦手だ。

 いつ攻撃魔法をぶっ放してくるかわからない危うさがある。

 ちょっと素肌に手が触れてしまっただけで、股間を消し炭にされそうだ。

 いくら治癒魔法を使えるからといっても、そんなことをされては洒落にならない。


 こんな危ない子は保護者にしっかり見ておいて欲しいものではあるけれど、今ルルカとセラは地図を片手に騎士の男となにやら話し込み、忙しそうだ。

 進行方向の相談でもしているんだろう。


 それに、ユエルが魔物を処理する度に、フランがユエルを物欲しそうに見つめているのがとても気になる。

 どうやら、ユエルのことを相当気に入ったらしいが――


 「ねぇユエル、やっぱり、私達のパーティに入らない?」


 ......主人の目の前で奴隷を引き抜こうとするところも、とても気になる。

 以前、ルルカともこんなことがあったけれど。


 「あ、あの、私はご主人様と一緒に居たいので」


 「駄目よ。今はいいかもしれないけど、男が女の奴隷を所有するなんて、どうせろくでもないことをするために決まっているわ。さっき、ルルカやセラを見る目も凄くいやらしかったし」


 俺の目の前で堂々と俺を貶すところも、とても気になる。

 決して凄くいやらしい目でなんて見ていない。

 ほんの、ほんのちょっとだけ胸に視線を向けてしまっただけである。


 「ご、ご主人様はそんな人じゃありません!」


 「......まぁいいわ。でも、ルルカも結構抜けてるところがあるし、ユエルみたいに、ずっと周りの警戒をしてくれる前衛が居ればかなり楽になるのよね。もし何かあったら私が保護してあげるから、いつでもきていいのよ?」


 というか、俺がユエルを売るとでも思っているんだろうか。

 ユエルが自分の意思で俺から離れたいなんて言ったら考えてしまうかもしれないが、そうならないように注意は払っている。

 まず、売るなんてことはないだろう。


 「あのっ......ごめんなさい!」


 そして、ユエルは一言だけそういうと、また前を向いて忙しなく耳を動かし始めてしまう。

 周囲の警戒に戻るようだ。

 ユエルにしてはそっけない態度ではあるけれど、今は警戒に忙しいのかもしれない。

 森の中には、どこに魔物がいるかわからないし。


 ユエルが話を切ると、フランは、今度は俺の方に顔を向けて睨んできた。

 流石にいいかげんにしてほしい。

 ユエルのご主人様として大人気ないことは言えないが、流石に何か言い返さないと気が済まない。


 「おいおい、いいかげんにしろよ。さっきから散々に言いやがって。俺はユエルにそんなことはしないしするつもりも......」


 ――と、俺がそこまで口にした瞬間。


 ナイフを構えながら周囲の警戒をしていたユエルが、急に振り向いた。


 そして、周囲の警戒すらもやめて、俺を呆然とした顔で見つめている。


 ユエルが俺を見ている。


 「そ、そんなことをするつもりも、ないことはー......ないけれど? し、将来的には、あるかもしれないけれど?」


 俺の言葉に、ユエルは安心したような表情をして周囲の警戒を再開。


 そして、フランは「うわぁ」とでも口に出してしまいそうなぐらいに表情を歪めた。


 反論失敗。


 「ほら、やっぱり、やっぱりそうなんじゃない! 汚らしい!」


 もちろん罵倒が飛んでくる。

 けれど、今のは仕方が無かった。

 ユエルの今の視線は裏切れなかった。

 ユエルに手を出すつもりがないことを匂わせただけで周囲の警戒をやめてしまうほど不安になってしまうのに、断言なんかしたらユエルがどうなるかわからない。


 「それに、あなたは知らないかもしれないけどね、私はあの街の領主の娘なの。本来、あなたみたいな人と話すような人間じゃな......あ」


 罵倒を続けるフラン。

 正直「僕はこの子が大きくなったら手を出します」なんて奴がいれば罵倒されても仕方が無い。

 俺だって罵倒する。


 けれど、フランは不意に罵倒をやめた。


 ルルカとセラが、戻ってきたからだ。


 「いたっ!」


 コツン、とフランの頭をセラが叩く。


 「ちょっと目を離していただけで男の人といさかいを起こすなんて。フラン、もう、本当に仕方ないですね......」


 少し声に怒気を混じらせながら、フランを諌めるセラ。

 手慣れた手つきでフランの頭の横に両拳を添えて、ぐりぐりとしている。


 「いたい! いたいってば! もうセラっ、ちょっと、話をっ!」


 「ねぇ、ちょっと離れてる間になんでこんなに険悪な雰囲気になってるの? もっと仲良くしようよ、ね?」


 ルルカも仲裁に入ってくる。


 でも、俺がユエルに手を出すと言ったらフランに罵倒されましたなんて言えない。

 放っておいてほしい。







 それからしばらく森の中を進んでいくと、ふと、鼻の頭に冷たい感触があった。

 触れてみると、湿った感覚。

 雨だ。


 「あれ、雨かな?」


 「降りだしてしまったようですね、森に入る前から天気もよくなかったですから」


 どうやら、ルルカやセラも気づいたらしい。


 「それじゃあ、一旦雨宿りでもして休憩ってところか?」


 時間はだいたい昼過ぎから夕方。

 三時か四時か、といったところだろう。

 これまでも何度か休憩はあったけれど、今日中に討伐して日帰りというのは無理そうだ。


 「んー、多分、そうはならないかな。さっき騎士の人と話した感じだとね」


 「シキさん、さっき騎士の方から聞いたお話なのですが、クランクハイトタートルというのは水を好む魔物らしいんです。普段は川沿いに住処を作っているんですが、大雨が降ると別の場所に移動してしまうことがあるようなんです。多分、先を急ぐことになるでしょう」


 やはり、さっき二人が騎士と話していたのはクランクハイトタートルの居所についてだったようだ。

 しかし、雨が降るとクランクハイトタートルは移動するのか。

 やっぱり名前にタートルなんてついているだけあって、亀に近い生態でももっているのかもしれない。


 「この地図でいうと、川を遡上したこのあたりに居る可能性が高いということらしいですから。ここから一時間も離れていませんし、恐らく、移動する前に討伐してしまおうという話になるかと」


 セラが、地図を取り出して見せてくれる。


 「それにね、たぶん、雨が降ると討伐しやすくなると思うんだ。ほら、雨で毒霧が弱まるから」


 ルルカは冒険者らしい意見だ。


 フランは拗ねてでもいるのか、セラ達から離れてユエルの耳をつんつんと触ってみたり髪を触ってみたりしている。

 かなり邪魔そうだ。

 ここからだとユエルの後頭部しか見えないが、微妙な表情をしているだろうことは想像がつく。

 やめてあげてほしい。


 雨はかなり強くなっている。

 そして、ふと、騎士達の歩みが止まった。


 「たった今、斥候がクランクハイトタートルを発見したという報告があった。クランクハイトタートルが居るのはこの先にある川沿いの、少し開けた場所だそうだ。これから、簡単な作戦会議を行う、集まってくれ!」


 騎士の中の一人が、そう口にした。






 クランクハイトタートルは、川沿いの開けた場所に居た。

 川のすぐ側に巣のようなものをつくり、寝転んでいる。


 クランクハイトタートルの見た目は、少し特徴的な甲羅を持つ亀、といったところだ。


 魔物らしい凶悪な顔つきで、体長は五メートル近くあるけれど。

 多分、ヒュージスライムよりも大きい。


 甲羅にはいくつもの突起があり、その先端には穴がある。

 あの穴は......


 と、クランクハイトタートルがこちらを向いた。

 どうやら接近に気づかれてしまったようだ。

 騎士の鎧の音のせいだろうか。

 ビキニアーマーにすればいいのに。


 騎士が散開していくのと同時に、クランクハイトタートルが甲羅の穴から霧を吹き出した。

 あれが毒霧なんだろう。


 かなり強い勢いだ。

 けれど、雨で大分掻き消されているようにも見える。

 視界は悪いが、見えなくはない。


 「それじゃ、解毒よろしくね?」


 ルルカも俺に声をかけてから、霧の中に突っ込んでいく。


 俺の仕事は、ユエル、ルルカ達、割り当てられた騎士数人の解毒と治療である。


 クランクハイトタートルの毒は、遅効性の毒だ。

 けれど、近接戦闘をするぐらいクランクハイトタートルに接近していれば、一分もせずに発症してしまうらしい。

 だから分担を決めて定期的に解毒をすることで、毒の発症を防ごう、という指示があった。

 見失わない程度の距離まで近づいて、騎士やルルカ達にディスポイズンとヒールをかけていく。


 ユエルは俺のすぐ側を離れない。

 まぁ、あの巨体に小さなナイフで挑んでも無駄だとわかっているんだろう。

 それか、俺個人の護衛を優先しているのかもしれない。


 クランクハイトタートルの攻撃で注意すべきは、突進攻撃と、噛みつき攻撃らしい。

 動きはそこまで早くは無いが、あの魔物にはヒュージスライムとは比べものにならない程の重量があるらしい。

 突進を受け止めたりすることはできないそうだ。

 噛みつきに関しては、俺は前衛ではないし関係無いけれど。


 会議で聞いた作戦の内容は単純だった。


 クランクハイトタートルの突進は早くはないが、止められない。

 だから、前衛がクランクハイトタートルの注意を引きつつ、後衛はクランクハイトタートルを囲むように散開して魔法を放って攻撃、治癒魔法使いは定期的な解毒と負傷者の治療。

 多分、治癒魔法使いの数さえ揃えばそこまで対処の難しい魔物でもないのだろう。

 毒霧が厄介というだけで。


 実際、前衛の騎士に被害が出ていない。

 騎士は巧みに攻撃を避けたり、剣で切りつけては注意を引いたりしている。

 騎士の動きも早いが、それよりもクランクハイトタートルの動きが遅い。

 遅いからこそ、獲物を毒で弱らせる、なんて進化をしたのかもしれないが。


 作戦会議では、とにかく突進は避けろ、人の居ない方向に避けろとだけ言われたけれど、その突進すらしてくる気配が無い。

 というか、クランクハイトタートルはろくに攻撃すらしていないようにも見える。

 まるで何かに耐えているかのように、じっと動かない。


 エリアディスポイズンを使って解毒をこなしていると、後衛から、クランクハイトタートルに向けて魔法が飛んでいく。

 セラも甲羅以外の部分を狙って弓を放っているようだ。

 そしてフランも魔法を......放っていない。

 何やら長々と詠唱をしている。

 

 しかし、余裕そうだ。

 ほとんど何もできずにクランクハイトタートルは満身創痍。

 楽に倒せそうだ。




 数分が経っても、クランクハイトタートルはろくに動かない。

 何かに耐えるようにして、じっとその場で縮こまっている。

 なんだか一方的にいたぶっているようで気分はよくないが、仕方が無い。

 この魔物は害獣である。

 こいつがいるだけで森の魔物が街道や街の近くまで逃げてくる上、こいつ自身が街までやってきてしまう可能性だってある。

 もしそうなったら目も当てられない。

 騎士だけしかいない今だって解毒を追いつかせることができていない治癒魔法使いがいるのに、多くの住人が居る街にクランクハイトタートルが来てしまったら。

 治療が追いつくわけがない。

 大惨事になるだろう。


 解毒が追いついていないところはエリアディスポイズンの範囲を広げてフォローしているけれど。


 しかし、亀だけあって頑丈だ。

 なかなか倒しきれない。

 時間の問題だとは思うが。


 ――そんな中。


 戦闘が始まってからずっと、長々と何かの詠唱をしていたフランが、騎士達に近づいていく。

 そして、バッと杖をかかげた。


 「ちょ、ちょっと、下がって! みんな下がってー!」


 それを見たルルカが、騎士に避難を呼びかける。

 なんだかやばそうだ。

 それを感じ取ったのか、騎士達もクランクハイトタートルから距離をとる。


 「とどめはもらったわ! サンダーレイン!!」


 閃光。

 そして、轟音。


 一瞬、目が眩む。


 視界が戻ると、そこには煙をあげるクランクハイトタートル。

 そして、その周囲数メートルが真っ黒く焦げていた。


 「......ふ、ふふ。私は、凄いってことがよくわかったかしら」


 誰に言うでもなく、フランが呟く。

 相当魔力を使ってしまったのか、ふらついているけれど。


 しかし、今の魔法は凄かった。

 ヒュージスライムなら一発で蒸発していたんじゃないかと思える程の威力があった。


 終わった。

 案外あっけなかった。

 クランクハイトタートルの周りから、霧が散っていく。

 あとは最後の解毒をかけてしまえば、今回の俺の仕事は終わりだ。


 「ご主人様、まだです」


 ユエルが呟くと同時。


 「――――ッ!!」


 雄叫び。


 その巨体から黒い煙を立ち上らせながらクランクハイトタートルが、立ち上がった。

 あの魔法でも、倒し切れていなかった。


 クランクハイトタートルは、近くにいる前衛も無視して、脇目も振らずフランに向けて突っ込んでいく。

 倒せたと思っていた。

 どうやらそれは騎士も同じだったようで、騎士でさえも驚いている。


 「後衛は下がれ! 回避しろ!」


 すぐさま、一人の騎士が脚を斬りつける。

 けれど、止まらない。


 一人の騎士が頭に剣を突き刺す。

 それでも、方向は変わらない。


 フランに向けて、着実に距離を詰めていく。

 何か、執念のようなものを感じる。


 フランはといえば......地面に尻餅をついてしまっている。

 ふらついているところに、突然の咆哮を食らったせいかもしれない。

 もしかしたら、さっきの魔法に魔力を使いすぎてろくに動けないだけかもしれないが。


 ちょうどフランの解毒をしようとしていたせいか、俺が一番近い。

 クランクハイトタートルとの距離も、まだ十分ある。


 「暴れるなよ」


 フランを抱えて、クランクハイトタートルから距離をとる。


 「っ......!? ちょっ......」


 突然の突進で驚きはしたけれど、やはり亀だけあって動きは早くない。

 人のいない方向へ、フランを抱えて走る。

 フランは胸の重りが無いせいか、案外軽い。

 ユエルより少し重いかな、という程度。

 抱えたままでも走れる、なんとか突進は避けられそうだ。

 大雨のせいで地面が滑りやすいのだけが少し怖いが。


 「ご主人様、追ってきてます!」


 と思ったら、進行方向を修正してきたらしい。

 騎士もなんとかトドメをさそうと攻撃を重ねているが、まだ倒れない。

 騎士の攻撃のおかげか、最初と比べればクランクハイトタートルも速度を落としているけれど、もう少し距離をとった方がよさそうだ。


 しかし、どうして急に突進なんてしてきたんだろうか。

 さっきまでは縮こまったように、ろくに動かなかったのに。


 ――ふと、クランクハイトタートルがさっきまでいた場所に視線をやれば、そこに、黒焦げになった何かがあった。


 黒ずんで、割れた、丸い、何か。


 あれは――卵か。


 クランクハイトタートルは、あれを守っていたのか。

 だから、動かなかったのか。

 最後の、フランの範囲魔法で割れてしまったようだが。


 しかし、クランクハイトタートルの体力ももう限界だったようだ。

 最期に騎士が頭に剣を突き刺すと、ビクリと震えて、急に動きが鈍った。


 そして、クランクハイトタートルはその巨体を、大きな音と衝撃と共に地面に横たえた。

 もう動く様子は無い。


 今度こそ、勝ったらしい。


 「......って、ちょっ、ちょっと、離してよ! どこ触ってるのよ!」


 フランも我に返ったようで、顔を真っ赤に染めながら暴れ出す。


 「ほら、今下ろすから、暴れるなよ」


 ――その瞬間。

 ビシリ、と嫌な音がした。


 音の方向、下の地面を見れば、何本ものひび割れが走っている。


 「ご主人様!」


 数メートル先で、ユエルが叫んでいる。


 気づかなかった。


 クランクハイトタートルの突進を避けるうちに、フランを抱えて人のいない方向に移動するうちに、川のすぐ側まで来てしまっていた。


 クランクハイトタートルの死骸を起点に、ヒビが、いや、地割れが広がっていく。

 足元の地面が、川に向かって滑っている。


 大雨で緩んだ地面、増水した川。

 そこに、クランクハイトタートルが倒れた時の、大きな振動。


 サッと、頭から血の気が引いた。

 反射的に、フランを川の反対方向に放り投げた。


 足元が傾いていく。

 川に、落ちていく。


 ユエルや騎士が駆け寄ってくるが、間に合わない。




 川に落ちる。

 濁流にのまれる寸前、何かがこちらに向けて飛び込んできたのが見えた気がした。

 

告知がかなり遅れましたが治癒魔法使いの一巻が発売されてました。

二巻もちゃんと出せるよう頑張りますので!

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