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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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33/89

フラン。

 ルルカの態度にもやもやしつつも耳につけたイヤリングを弄っていると、騎士の集団の中から、マリエッタ、フラン、セラが何やら話をしながら歩いてきた。

 マリエッタは何やら困ったような顔をしながら、フランは何やら満足したような顔で、そしてセラはそんなフランを見て溜息をついている。


 「あっ、シキさん、来ていただいてありがとうございます。えっと、すぐに移動になりますので、門の方へお願いします」


 マリエッタは俺を見つけるなり、そう声をかける。

 そろそろ出発ということだろうか。


 そして「移動しよう」と、ユエルに声を掛けるため視線を移すと――


 ユエルが俺の耳を、じっと見つめていた。

 俺の耳をじっと、じっと見つめていた。

 よく見れば、服の裾もちょっとつまんでいる。


 ......表情からは感情が読めない。

 何を考えているんだろうか。


 いや、さっきまでのことを考えればわかるか。

 多分ユエルは、ルルカに嫉妬してしまったんだろう。

 お揃いの腕輪で喜んでいたところに水をさされたような、そんな気分なのかもしれない。


 ......何かフォローをするべきなんだろうか。

 でも、ルルカのいる目の前で「ユエルがくれた腕輪の方が、ルルカのイヤリングよりもずっと大事だよ」なんて言うわけにもいかない。

 俺がルルカなら、そんなことを言われればまずキレる。

 例え恋愛感情を持っていないとしても、間違いなくキレる。

 そして、あいつは絶対にロリコンだと、そう確信するだろう。


 どうすれば良いんだろう。

 ......適当に頭でも撫でておこうか。


 「あ、あの......」


 いや、適当な扱いは駄目だ。

 子供はそういう扱いに敏感だ。

 ユエルがもしお揃いのアクセサリーというところに「特別性」を感じていたならば、このかわいらしいユエルの目尻から、じわっと涙が滲み出てしまう可能性も無いでもない。

 真剣に考えるべきだろう。

 今度何か、ユエルと買いものに約束でもするか?

 でも、これから街の外に行くわけだし......。


 「シ、シキさん......?」


 いや、そもそもユエルは本当にルルカに嫉妬しているんだろうか。

 表情からは、嫉妬や悲哀は感じられない。

 ただ、イヤリングを見ているだけだ。

 案外、自分もイヤリングが欲しい、なんて考えているのかもしれない。

 いや、でも――




 「あ、あの、シキさん? ユエルちゃんと見つめ合うのは、その、こ、個人の自由ですし、かまわないんですが。あの、はやく門の方へ移動を......」


 ......すいません。






 門の方へ足を向けると、フランと話をしていたセラが、横から声をかけてきた。


 「あの、先日はわざわざ夜中に治療に来ていただいたという話で、ありがとうございました。本当に助かりました」


 随分と丁寧だ。


 「いや、気にしないでくれよ。治療費はしっかりルルカから貰ってるからさ」


 俺がこう言うと、セラは顔を上げてニコリと柔らかく微笑む。

 大人の笑顔、といった感じだ。


 確か二人は治療の時は寝ていたと思ったが、俺が治療したという話はルルカから聞いたんだろうか。


 ......。


 ......セラの態度に、含むところは全く感じられない。


 ルルカを見る。

 ルルカはなんだか気まずそうな顔をして、フランとセラから視線を逸らしている。


 ......どうやらルルカは、俺が二人を治療する時にやっていたアレを、黙っていてくれたらしい。


 しかし、あの時は医療行為だと言ってはいたが、あれは正直、無防備な女性が二人もベッドの上に横になっていたことで、衝動を抑えられなかっただけである。

 こう丁寧にお礼を言われるともやもやするというか、自分の下衆さが目立つというか、なんだか自分がゴミクズのように思えてくる。

 もしそう言われてしまえば、否定はできないんだが。


 そんなことを考えていると、セラが隣のフランを肘で小突いた。


 「......」


 フランは少し俯いて眉を寄せ、何か逡巡するような素振りを見せる。

 そしてなぜか、マリエッタの方に視線をやった。


 あれ、そういえばマリエッタは人見知りだとか言っていたのに、さっきフラン達と普通に話していたな。

 元々知り合いか何かだったのかもしれない。


 「......そ、その......あ、ありがと」


 そして、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、フランがボソリと呟いた。


 なんだろう。

 普通にお礼を言われてしまった。

 フランは潔癖症というか、男を完全に目の敵にしているような、そんな性格だと思っていたのに。

 アレか。

 病気の後は妙にしおらしくなってしまうというアレなのだろうか。


 でも、やはりなんだかもやもやとするものがある。

 スカートをめくってパンツを見たアレとか、以前治療した時の態度へのあてつけみたいなものも半分あったわけで。

 半分は本当に太ももの痣が気になったからだけれど。


 今更普通にされても、なんというか、こっちが困る。

 具体的には今更ながら罪悪感が湧いてくる。

 後悔は全く無いんだが。


 でも多分、今の俺はかなり気まずそうな顔をしていることだろう。


 ふと視線を逸らせば、ルルカが口をぱくぱくとさせて、俺に何かを伝えようとしていた。


 俺が首を傾げると、ルルカは少しむくれたような顔でもう一度口パクをする。

 これは――


 「と、い、れ、に、い、き、た、い? なんだ、もう出発だぞ、早く行ってこいよ」


 「ち、違うよ! その、セクハ......じゃなくて! え、えっと、もうしないでねって伝えようとしたの!」


 なるほど。

 ルルカも、やっぱり少し怒っていたんだろう。

 自分は下着を見せたり胸を揉ませたりするけれど、仲間はやはり別らしい。

 いや、私以外にはしないでねっていうアレなのかもしれないけれど。


 「......? 何のことですか?」


 そんな俺とルルカのやりとりを見て、セラが不思議そうに首を傾げた。







 街の外。

 騎士に囲まれながら、街道を進む。

 てっきり馬車にでも乗って移動するのかと思いきや、どうやら徒歩らしい。

 まぁ、アイテムボックスがあれば荷物を運ぶのに馬車を使う必要も無いし、そもそも一時間程度歩くだけで森に着くという話だ。

 それに、馬は森の中に入れられないだろうし。

 わざわざそれだけの距離のために馬を森の外で待機させたり、街まで戻したり、というのも大変なのかもしれない。




 歩きながら、だんだんと遠ざかっていくメルハーツの街を眺める。

 天気は生憎の曇り空だが、高い石壁に囲まれた迷宮都市は随分と立派に見える。


 そういえば、俺はこの街の外に出るのは今回が初めてだ。

 今までの生活は、治療院と、酒場と、迷宮だけでほとんど完結していたし。

 いつも住んでいる街なのに、外から見るだけでなんだか観光気分になってしまう。


 「今までは意識もしなかったけど、なかなか大きな街だよな」


 「そうですね。こんなに、立派な街だったんですね」


 ユエルも感嘆の声を上げながら、相槌を打つ。

 そういえば、ユエルも買った当初は目が見えていなかった。

 この街を外から眺めるのは、ユエルも初めてなのかもしれない。


 「あら、わかってるじゃない」


 誇らし気な声。

 一瞬誰だ、と思ったら、フランだった。

 ふふん、と腰に片手を当てながら、自慢気な表情だ。


 どういう風の吹き回しだろう。

 てっきり、男に話しかけたりなんて絶対にしないようなタイプだと思っていたのに。

 特別地元愛に溢れた人だったんだろうか。


 「まだ幼いのに見る目があるわ、お父様もきっと喜ぶでしょう」


 ですよね。

 ユエルに話しかけていたんですよね。

 いや、でも、お父様も喜ぶってどういうことだろう。

 親が工事の現場監督とか、そんな感じなんだろうか。

 ......絶対に違う気がする。


 俺が困惑していると、ルルカが横から耳打ちしてくる。


 「......フランはね、実は、この街の領主の娘なの」


 「はぁ!?」


 ルルカはフランから少し離れて、ちょいちょいと手招きをする。


 「フランの本名はね、フラン・ルルーナ・メイルハルツ。この街で代々領主をやっている、貴族の娘なの。別に隠してるわけでもないし、シキも一応知っておいてね。フランにセクハラして問題になっても、私、庇わないからね?」


 「ちょ、ちょっと待てよ。なんでそんなのが冒険者なんてやってるんだよ」


 いきなりそんなことを言われても混乱してしまう。

 一体どういうことなんだろうか。


 「......え、えっと、それは、ほら、なんていうか......。昔ね、フランの親......領主様が決めたお見合いがあってね、でも、フランは男と結婚するのが嫌だったらしくて、お見合い相手の......その、股間に攻撃魔法を撃って追い返したらしいの。こうすれば、親も二度とお見合いの話なんて持ってこないだろうって」


 ヒュンとした。

 男嫌いなんだろうな、とは思っていたけれど、男に対して苛烈すぎる。

 いくら治癒魔法が存在するとはいえ、やってはいけないことだ。

 そうか、だからルルカも俺が治療した時の件について黙っていてくれたのかもしれない。

 感謝してもし足りない。


 さっきマリエッタと話していたのもそういうことなのだろうか。

 領主の娘なら騎士団と繋がりがあってもおかしくはない。


 いや、でもマリエッタや騎士連中と面識があったとしても、領主の娘を危険な街の外へ連れていっても良いものなのか?

 フランは気が強そうだし、どうしてもついていくとか言ったのかもしれないが。

 一応、案内役として必要な人員でもあるし。


 「でもそれが原因で、フランは家を追い出されたらしくてね。そんなに気に入らないなら、もう平民でもなんでも良いから自分の気に入る男を見つけてこい、それか男嫌いを直してこい、それまでは帰ってくるなー! って。まぁ追い出したって言っても、やっばり心配だから、昔からフランと仲の良いセラを付き人として付けたらしいんだけどね。フラン自身はまだ領主になりたいみたいだから、お父さんに認められようとして、男嫌いが霞むような功績をあげようとしてみたり、男嫌いなところをお父さんの知り合いに見られないようにって努力してるみたいなんだけど」


 外の世界を知って一から性根を叩き直して来い、みたいなアレなのか。

 フランの親としては、フランの男嫌いを治すためにお見合いやら社交会なんかを開こうにも、股間に攻撃魔法をぶち込むような女とお近づきになりたがる貴族も居ないだろうし。

 もう手の打ちようがなかったのかもしれない。


 チラリ、とフランの方を見れば、フランはユエルに、ひたすら何かを話していた。

 少し聞いてみると、内容はメルハーツの街の壁が造られた歴史のようだ。

 凄く退屈そうな話だが、ユエルはふんふんと興味深そうに聞いている。

 フランも少し楽しそうだ。

 二人には共感する何かがあるのかもしれない。

 胸とか。




 ルルカと話を終えて、ユエルのところに戻ると今度は攻守が逆転していた。

 ユエルが「ご主人様は凄いんです!」「清廉で、立派な人なんです!」と、ご主人様の素晴らしさをこんこんと語り、フランがうんざりとした顔でそれを聞いている。

 嫌いな男の話なのに聞くのか、とも思ったが、ユエルのあの楽しそうな顔を無視するのはフランでも良心が痛むのかもしれない。


 どうやらユエルは俺が居ないところで、俺の素晴らしさを布教しているようだ。

 そういえば、エリスも「ユエルのご主人様は素晴らしい人だと聞いた」みたいなことを話していた。

 なるほど、こうして誤解は広がっていくのか。

 ちょっと気分が良いからやめさせようとは思わないけど。


 そしてユエルの長話が終わる頃、森に着いた。

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