治療する。
「いやぁ、凄かったんだよ? 二メートルはある魔物でさ、熊みたいにおっきいの。それを私がこの剣でズバァーッとね? そうそうこの剣、少しだけだけどアダマンタイトが混ざってるんだ。ちょっと前に、貯めてたお金使って買っちゃった」
ヒュージスライム狩りに乗り遅れたルルカが、騎士団から出されている魔物の駆除依頼を受けようか、とぼやいていたのが数日前。
そして、その依頼を達成してきたらしいルルカは、治療院にやってきていた。
「まぁ、結局その魔物に囲まれて、ちょっと怪我しちゃったんだけどね。やっぱりパーティーに前衛一人は辛いなーと思ったよ」
そう言って、俺の隣に座るユエルへと視線をやるルルカ。
なぜユエルを見る。
そんな物欲しそうな目でユエルを見るのはやめて欲しい。
「ユエルはやらないぞ......って、あれ? ちょっと待てよ。そういえば、この街の周りにはあんまり危険な魔物はいないって言ってなかったか? なんでお前そんな魔物と戦ってるんだよ」
以前、ルルカはこの街の周辺には危険な魔物はいないと言っていた気がする。
けれどルルカは二メートルサイズの魔物と戦って、しかも囲まれたなんて言っている。
二メートルサイズの魔物なんて、それだけで危険な魔物だろう。
ルルカは適当な性格をしていそうだから、さっきの話を盛っていたという可能性もあるけれど。
「あ、あはは、それはねー......最初は森の浅いところでゴブリンとかコボルドみたいな雑魚だけ狩ろうって話だったんだけどね。騎士団からの報酬が高いせいか、周りにライバルの冒険者が沢山居てさ。このままじゃ全然儲からないってことで、ちょっと森の奥の方まで行ったんだよ。そしたら雨に降られたり霧に呑まれたりして迷っちゃってさ、森のかなり深いところまで行っちゃったみたいでねー。霧はすぐ晴れてくれたから良かったけど、危うく遭難するところだったよ」
ルルカは笑いながら、そんなことを言う。
魔物の出る森で遭難しかけて笑っていられるというのは、肝が太いのか、それとも脳天気なのか。
いや、ルルカ達には魔物に囲まれてもちょっと怪我をするだけで切り抜けられる実力があるということか。
このあたりの魔物にはそうそうやられない、という自信があったのだろう。
怪我してるけど。
「まぁ、このあたりは森の奥でも強い魔物はめったに出ないはずだったんだけどね。運が悪かったみたい。あ、でも次からはちゃんと遭難対策もするから大丈夫だよ? ......さて、随分話しちゃったけどそろそろ治療、してもらおうかな」
そう言って、ルルカは椅子に座りながら、指をシャツの裾に添える。
散々ルルカの長話につき合わされたが......やっとのようだ。
しかし今、すぐそばにユエルが居る。
これからすることを、ユエルに見られるわけにはいかない。
「あぁ、そうだユエル。なんだか喉が渇いたな。熱いお茶が飲みたい、淹れてきてくれないか?」
「熱いお茶、ですか?」
ユエルが疑問系で返す。
まだ春ではあるが、今日は少し気温が高い。
なぜ、わざわざこんな暑い日に熱いお茶なんか、と考えているのだろう。
ユエルにこれからすることを見られないためです。
「あぁ、熱いお茶だ。沸騰したお湯で淹れた、熱々のお茶が飲みたいな。いいか、ちゃんと沸騰させるんだぞ? あと、危ないから絶対に火から目を離すなよ?」
「はい! ご主人様!」
俺の言葉に、ユエルは元気に返事をして、台所に駆けて行く。
なんだか少し罪悪感のようなものが湧かないでもないが、これは仕方が無いこと。
そう、仕方が無いことなのである。
そういえば、最後にルルカと値引き交渉をしたのはいつだっただろうか。
随分と前だった気がする。
二週間ぐらいはあいていそうだ。
このチャンスを逃すわけにはいかないのである。
と、考えていると――
「え、えっと、別に今日は値引きとかはしてもらわなくても......いいよ?」
ルルカが、こんなことを言い出した。
そして俺に腹部の傷を見せる。
ほんの少しだけ、シャツの裾を捲り上げて。
ほんの少しだけ、である。
......この子は一体どうしてしまったんだろうか。
ユエルは台所、エリスも今は近所の老人の家に出張治療に行っていて居ない。
以前はエリスが見ているかもしれないような、ギリギリの状態でもノリノリで値引き交渉を仕掛けてきたというのに。
「よ、四百ゼニーだぞ?」
「うん。値上がりしたんだよね? わかってるよ。ヒール、お願いね」
おかしい。
四百ゼニーという、以前と比べて高い治療費。
いつもなら、間違いなく値引き交渉に突入したはずである。
怪我が腹部なら、ルルカはシャツを胸ギリギリまで捲りあげ、まずはほどよく引き締まった腹部、そして綺麗にくびれた細い腰をこれ見よがしに晒す。
そこで俺がもう一声かけると、ルルカはシャツを少しだけ持ち上げて、下着に包まれた下乳をチラチラさせる。
俺は苦悩し、葛藤の果てに仕方なく、それはもう仕方なく治療費を値引きする。
こうなるはずだった。
ところが今はどうだろう。
ルルカはチラチラと俺の様子を窺いながら、ほんの僅かにシャツを持ち上げている。
下乳や腰のくびれどころか、ヘソすら見えていない。
見えるのはシャツとショートパンツの隙間に見える、手のひらサイズすらない肌色と、その中にある小さな切り傷だけである。
「ねぇ、シキ......はやく......」
そんなことを考えながら、腹部の傷を見ていると、ルルカがボソりと呟いた。
なんだろう。
これからはおしとやかな清純派で行きますとか、そんなイメージチェンジか何かなんだろうか。
確かに恥じらいはあった方が良いけれど、ルルカだってもともと恥じらいが無かったわけではない。
自分から見せているけど、恥じらっている、あの感じが良かったのに。
「ね、値引きはいいのか?」
ついつい、口からそんな言葉が出てしまう。
間違っても治療院側から出すような言葉では無いけれど、言わずにはいられない。
「お金はあんまりないけど......でもシキ、ムラムラしたら......その、娼館に行くんでしょ? だったらやめようかなって。べ、べつにそれを気にしてるっていうわけじゃないんだけどね?」
「誤解! それ、誤解だからっ......!」
「なんだ、そういうことだったんだ。あはは、早とちりしちゃったんだね」
「......わかってくれたようで何よりだよ」
ユエルがお茶を淹れている間に、なんとかルルカの誤解は解くことはできた。
できたのだが......。
「ご主人様、お茶がはいりました」
その話が終わると同時に、ユエルがお盆にお茶をのせて持ってきた。
そして、いつものように俺の近くにちょこんと座る。
いくら誤解を解けても、値引き交渉をする時間が残っていなければ意味が無い。
俺はルルカからキッチリと四百ゼニーを受け取って、お茶を淹れてきたユエルの頭を撫でてから、やたらと熱いお茶を飲み干した。
そしてルルカが帰った後も、治療院で治療を続ける。
ここ数日で、治療院には少し客が増えた。
多分、騎士団が魔物の討伐依頼を出したことが原因だろう。
街の中心から遠く、街の外縁に近いこの治療院は、最近外で魔物を狩るようになった冒険者にとっては使いやすいのかもしれない。
俺が熱々のお茶が好きだと勘違いしたユエルが、湯のみが空になる度に甲斐甲斐しく熱々のお茶を淹れてきてくれる中、ヒールで客の怪我を治したり、たまにハイヒールを使って大怪我を治したり、ヒールを使って舌の火傷を治したり。
そんな日常が過ぎていった。
その夜。
ドンドン、と何かを叩くような音で目が覚めた。
まだ外は暗い。
体感的に多分、深夜だろう。
「......玄関ね。こんな時間に何かしら」
隣のベッドでエリスが体を起こし、眠たそうに目をこする。
確かに、音は玄関の方向から聞こえている。
誰かが玄関を叩いているのだろう、こんな深夜に。
こんな時間の来客......わざわざ玄関をノックしているのだからから、空き巣や強盗の類ではないのは間違いないけれど。
「シキ、シキ! お願い、起きて!」
ふと玄関を叩く音が止まったと思えば、切羽詰まったような、聞き覚えのある声が聞こえた。
ルルカの声だ。
何かあったんだろうかと思いつつ、玄関に向かう。
「どうしたんだよ、こんな時間に」
ドアを開けると、息を切らせ、肩を上下させるルルカが居た。
どうやらこの治療院まで走ってきたらしい。
ルルカの表情からは、必死そうな雰囲気、焦りのようなものが感じられる。
深夜に若い体を持て余し、我慢しきれず夜這いに来たとかでは無さそうだ。
「良かった、起きてた! お願い、一緒に来て! フランとセラがっ......倒れたの!」




