打ち止め。
数日が経った。
未だに、エリスの治療院には客が増えない。
一人も来ない、という程ではないけれど、やはり治療費を相場まで上げた影響が大きいようである。
一人ぐらいしか来ない。
エリスとしては俺にも治療院で働いて欲しいようではあるが、現状では俺に以前の給料すら払えなさそうだ。
それでもたまに治療を手伝う分は、自主的に身体で支払ってもらっているけれど。
それに、今は治療院よりも、圧倒的に儲かる仕事がある。
そう、ヒュージスライム討伐である。
俺はここ数日、エイト達や以前治療した冒険者達と組んで、ひたすらヒュージスライムを討伐していた。
そして、今日も今日とてエイト達とヒュージスライム討伐である。
今日はどうやら運が良かったようで、いつもより多くのレアドロップを手に入れることが出来た。
以前、俺がエリスの治療院を取り戻した時に比べればいくらか少ないが、それでもパーティー全体で見れば大きな収入である。
「今日は儲かったなぁおい!」
迷宮を歩きながら、嬉しそうに俺の肩を叩くゲイザー。
「あぁ、スライムの雫が五個だから......頭割りしても最低十万ゼニー、すげぇ、すげぇよ!」
ゲイザーの横で、今回の狩りの儲けを計算するエイト。
ヒュージスライム狩りは、危険を伴う。
ボス部屋はボスを倒すまで出られない上に、下手に挑めば大怪我をする危険もある。
しかし、だからこそ儲かる。
十万ゼニーと言えば日本円だと大体百万円。
その日暮らしの冒険者にとっては大金だ。
そう、俺は大金を手に入れたのである。
けれど、俺は現状、生活にあまり金を必要としていない。
衣類はいつも同じ種類の修道服を着まわしているし。
食事は好きなだけ食べて一日五百ゼニーもしない上、最近はユエルの分も含めてエリスが作ってくれている。
住居は治療院に住み込んでいるから、一切費用がかからない。
病気や怪我をした時のための備えだって、俺には必要が無い。
治癒魔法で健康状態を維持できるからだ。
つまり、この大金を、俺は好きなように使えるのである。
自分の使いたいように使っても、構わないのである。
楽しんじゃっても、良いんじゃないだろうか。
俺は頑張った。
ユエルを探しに行った時は勘違いだったとはいえ必死で怪我をしながら迷宮に潜った。
エリスの治療院も治癒魔法を駆使して綺麗な形で取り戻した。
そろそろ楽しんじゃっても、いいんじゃないだろうか。
今日のための準備は万端、キッチリと根回しもしてある。
この後俺が酒場に行けば、マスターはユエルに「どうしても人手不足だから、手伝って欲しい」と声をかける。
実際は人手不足なんてことは無いけれど、そういう手はずになっている。
酒場でユエルが働き始めたら、適当な理由をつけて、そのまま俺は酒場を出る。
そして大人のお店でたっぷりと楽しんだ後、しっかり風呂に入ってからユエルを迎えに行く。
これでユエルにはバレない。
それから、さもユエルとずっと一緒にいましたという風に治療院に帰れば、エリスにだって悟られない。
完璧な計画である。
そんな妄想を膨らませていると――
「おいおい、すげぇな十万ゼニーかよ! よっしゃ、花屋でも行くか? シキも来いよ、貸しきれるぜ?」
――ゲイザーが指をアレな形に握りこみながら、ニヤリと笑ってそんなことを言い出した。
どうやらゲイザーも似たようなことを考えていたようだ。
ユエルぐらいの年齢だとわからないだろうけれど「花屋」というのは娼館の隠語である。
この場でわざわざ隠語を使ったのは、きっと、ゲイザーなりにユエルに気を使った結果なのかもしれない。
............でも、それは逆効果だ。
「ご主人様、お花屋さんを貸し切って、何をするんですか?」
キラキラと、目を輝かせて俺に聞くユエル。
「花屋」という単語で、逆に興味を持たれてしまったらしい。
確かに花屋を貸しきると言われても、隠語を知らなければ意味がわからないだろう。
もしかしたら今、ユエルの頭の中には花に囲まれてお茶会を開くご主人様とチンピラ冒険者達の姿でも浮かんでいるのかもしれない。
それでなぜ目を輝かせているのかはわからないが。
「えーっと、それはな......」
ナニをするんだよ、なんて言えない。
適当に誤魔化すにしても、上手い言葉が思い浮かばない。
ユエルは無意識なのかもしれないが、答えを求めてくいくいと俺の服を引っ張っている
......もう完全に興味津々である。
花が好きなんだろうか。
多分好きなんだろうな。
ユエルはダークエルフ、ルーツは森の民、エルフの一種なわけで。
綺麗な花とか、好きなのかもしれない。
わくわく、そわそわ、といった雰囲気で、俺を見つめるユエル。
頭の横についている、かわいらしいエルフ耳もピコピコと揺れている。
駄目だ。
これは駄目だ。
ユエルの瞳はもう期待一色に染まっている。
この後、もし俺がユエルを酒場に置いて出かけたりしようものなら、どれだけユエルは悲しむだろうか。
いや、もし悲しまなかったとしても、ユエルがこの疑問を持ち続けたら。
エリスあたりに「ご主人様がお花屋さんを貸しきるって言っていたんですけど、何をするのかわかりますか?」なんて聞いたりしたら。
エリスの中での俺の評価は、地に落ちる。
大人のお店にいったことを責められる、というような関係でもないけれど、エリスはそんな店に行った俺を軽蔑するだろう。
そんなことになれば、エリスにほんのちょっとしたセクハラすらできなくなってしまうかもしれない。
ユエルに疑問を持たせ続けてはいけない。
酒場にユエルを置いて、俺だけが酒場を離れれば、きっとユエルは疑問を持つだろう。
「ご主人様は今、何をしているんだろう」、と。
ただ疑問に持つだけなら良かった。
けれど今は駄目だ。
さっきの話を聞いたユエルは「ご主人様は、お花屋さんを貸しきって、何かをしている」そう思ってしまう。
そしていつかユエルが、花屋という隠語を知ってしまったなら......。
いつも俺に向けてくれている天使のような笑顔が、軽蔑の表情に変わって......。
......。
「......ゲイザー、俺はそっちには行かない。ユエルは後で一緒に花、買いに行こうな?」
そんなやりとりをしていると、冒険者ギルドの買取カウンターに辿り着いた。
しかし――
「......申し訳ありません。スライムの雫はこの買取を最後に、停止させていただきます」
――頭に犬耳を載せた受付嬢がこう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。
「お、おいおいマジかよ」
「か、買取停止? どういうことだよ!」
受付嬢の言葉に、ざわざわとエイト達が騒ぎ出す。
そういえば、エリスの治療院を買い戻した時は、買取担当の受付嬢の顔が引きつっていた。
いつか値下がりぐらいはするだろうと思っていたけれど、いきなり買取停止とは、どういうことなんだろうか。
「え、えぇとですね、スライムの雫は.......」
受付嬢の話では、スライムの雫はこの地方で稀に発生する、とある風土病に対する特効薬の原料になるらしい。
今まではこの地方の領主がギルドから買い取って備蓄していたらしいが、それが最近の供給で十分に溜まったから買い取らなくなった。
風土病に対する特効薬なんて、この地域以外ではそう需要が無い上に、風土病が発生しなければ消費もされない。
かといって買取価格が低いと供給が皆無になってしまう。
だから、たまに冒険者が売りに来る、という程度まで価格を吊り上げていた。
そんな状態だったのだけれど、最近になって異常な程に供給が増えたために、慌てて買い取りを停止した、ということらしい。
一言で言えば供給過剰。
ヒュージスライムだけで一生楽して暮らせると思ったけれど、そんなうまい話は無かったようだ。
花屋でアイテムボックスに入るだけの、大量の花を買って治療院に帰る。
ユエルは少し首を捻っていたけれど、最後には頭に花冠を載せて、笑顔で店を出た。
花を大量に買うということが、花屋を貸しきりにする、という意味だと納得したのかもしれない。
......後でどうにか修正する必要がありそうだ。
治療院に帰ると、夕飯の買い物に行くと言うエリスに、治療院を頼まれた。
なんだかんだでエリスには家事をやってもらっている。
今度お礼に撫でてあげよう。
俺は買うことになってしまった大量の花を飾れるところに飾りつけたり、ユエルを膝の上に乗せ、その頭を花で飾ったりしながら客を待つ。
すると、珍しく客が来た。
「あっ、あー! 本当にここに居た!」
客じゃなかった。
治療院にやってきたのは、赤毛の冒険者、ルルカである。
膝の上にユエルを乗せた俺を見て、微妙な顔をしている。
何も言わないけれど。
そういえば、前に会ったのはルルカの胸を揉んでユエルに誤解されそうになった時だったか。
誤解じゃないんだけれど。
......あの時の嘘はまだユエルにバレていないだろうか。
少しだけ気になって、俺の膝の上に座っているユエルの横顔を見る。
花冠を頭に載せて、ご機嫌そうだ。
頭に飾られた花を触りながら、えへへ、とはにかむように笑っている。
あれから時間が経って、嘘だと気づかれたりしていないか心配だったが、問題は無さそうである。
「なんだよルルカ、どうしたんだ?」
「最近あんまり酒場に居ないし、探したんだよ? まさかエリスさんの所に戻ってるなんて思わなかったけどね。......仲直りしたの?」
探したらしい。
そういえば、治療院に戻ったことをルルカには言っていなかった。
まぁ、酒場で偶然会うぐらいしか接点が無いから仕方なくはあるんだけれど。
「あぁ。で、今日はなんだよ、治療じゃないのか?」
わざわざ俺を探しに来るぐらいだから、何か怪我でもしたのかと思ったけれど、そんな様子は無い。
どう見てもピンピンしている。
「あはは、もう、わかってるくせにー。ほら、アレだよアレ」
「アレ?」
胸でも揉ませてくれるんだろうか。
でも、今はユエルが居るからできれば今度の機会にして欲しい。
ユエルを膝の上に乗せた状態で色々されてしまったら、目もあてられないことになる。
「えへへー。ヒュージスライムで荒稼ぎしてるって聞いたよ? 私も一枚噛ませて欲しいなって」
そう言って、ニッコリと笑うルルカ。
媚びの入った、良い笑顔である。
なるほどそっちか。
しかし残念、タイミングが悪かった。
「あぁ、それなら今日、ちょうどスライムの雫が買取停止になったところでさ。もうヒュージスライム狩りはやらない。残念だったな」
俺自身も残念だ。
買取停止になっていなければ、ヒュージスライム狩りに適当な条件をつけたり出来たのに。
治癒魔法の値下げで胸を触れるのなら、数万ゼニーの儲けを出せるボス狩りならどこまで出来てしまうのか。
大変気になる。
「えっ、えぇー!? そ、そんなぁ、嘘でしょ? せ、折角頑張ってフランも説得したのに......武器も新調しちゃったし......」
「本当だよ。運が悪かったな」
「はぁ......どうしようかな、掲示板の依頼でも受けてこようかなぁ」
「掲示板の依頼? 儲からないんじゃないか?」
掲示板の依頼。
冒険者ギルドの入り口にある掲示板、そこに掲示されている依頼のことだ。
しかし、冒険者ギルドにあるといっても、冒険者ギルドがその内容に関知しているわけではない。
多くは、都市の住人が個人的な依頼を紙に書き、連絡先と差し出せる金額を書いて貼り付けているだけのものである。
そして、その報酬は大概が安い。
街道の魔物退治や、盗賊の討伐のような重要な仕事は街を守る騎士の仕事で、そうそう冒険者には回ってこない。
冒険者にくるような依頼は畑を守ってくれ、とか害獣を駆除してくれといった、個人的な、小規模な依頼が多いのだ。
ルルカのパーティーが迷宮でどこまで深く潜っているのかは知らないけれど、普通に迷宮に潜ったほうが儲かりそうだと思う。
「えっとね、最近街の外になぜか魔物が多いらしくてさ? 珍しいことに騎士団からの依頼があるんだよ。これが案外儲かるみたいでね。ゴブリンみたいな雑魚でも、討伐すれば結構な額が騎士団からもらえるらしいんだよねー」
普段、この街の防衛は騎士が担っている。
騎士は街道を巡回して盗賊を蹴散らしたり、定期的に周辺の森や山に入って魔物の数を減らしたりするのも騎士の基本的な仕事だ。
しかし、このあたりは元々魔物が多く出る土地ではない。
最近は戦争も無いから、騎士団の人員もそう多くないと聞いたことがある。
騎士団だけでは突発的な異常繁殖に対応しきれなかった、といったところなのだろうか。
「へぇ。でも、街の外なんて危険な魔物もいるんだろ? 大丈夫なのか?」
騎士は集団行動を基本にし、また全員が一定以上の水準の実力を持っている。
多少強い魔物が出たぐらいなら、問題なく対処できるだろう。
それに比べて冒険者は少人数で、しかも実力に大きくバラつきがある。
街の外は迷宮と違って、不意に強い魔物に遭遇する可能性だってある。
自分達の実力以上の魔物に遭遇すればアウトだろう。
「この辺りにはあんまり強い魔物は居ないはずだからねー。迷宮の外の魔物も何度か討伐したことあるし、大丈夫だと思うよ?」
「まぁ、気をつけろよ」
「......ところでさ、その花、どうしたの? ユエルちゃんの頭以外にも沢山飾られてるけど」
ルルカが、ユエルの頭の花冠を見て言う。
やっぱり、気になりますよね。
「あぁ、これは......」
どうしよう。
下手に答えられない。
今は、一緒に花を買いに行ったユエルが居る。
適当なことを言えばユエルが違和感を持ってしまうだろう。
そう俺が悩んでいると――
「お花屋さんを貸しきりにしたんですよね、ご主人様!」
ユエルが、笑顔でこう答えた。




