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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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風呂に入る。

 ユエルが、ゴブリンの喉元にナイフを突き立てる。

 倒れ伏したゴブリンが、光の粒子となって霧散する。


 迷宮の三階層。

 昨日、治療院を買い戻した俺たちは......迷宮に金を稼ぎに来ていた。

 なぜ治療院があるのに迷宮に行くのかといえば、治療院に客が来ないから、である。


 俺は今朝から昼まで、治療院で客の治療をするため、待機していた。

 けれど、一人も客は来なかった。


 そう、一人も。


 客が来なかった理由は想像できなくもない。

 治療費を相場に合わせて上げたことと、一度閉院してしまったことが原因だろう。

 今まで安かったからという理由で来ていた冒険者は値段が上がったことでわざわざ遠くの治療院まで足を運ばなくなり、一度閉院したことで固定客が離れてしまった。

 値段を上げたといっても相場通りなのだから、近所に住む客はそのうち戻ってはきてくれるかもしれないが、それでも時間はかかりそうだ。

 伊達に一度潰れていない。


 エリスの借金は返しきったのだから無理に金を稼ぐ必要は無いけれど、あれだけ客が来ないと俺が居る意味が無い。

 しばらく治療院の方は、エリス一人に任せて大丈夫だろう。




 ということで、俺はユエルと二人で迷宮探索である。

 迷宮なら客に左右されず、ある程度の金銭を稼ぐことが出来る。

 そのうちエイトやゲイザー達とヒュージスライム狩りの都合をつけられれば、もっと儲かるだろう。

 それに、このままずっと治療院に客が増えず、俺がエリスの分まで迷宮で生活費を稼ぐなんてことになったなら。

 責任感の強いエリスは、俺に恩を感じて何かしらの形で返さないと、という気持ちになるかもしれない。

 その時は是非身体でお願いしたい。


 そういうわけで、俺とユエルはゴブリンを狩っている。

 今日は迷宮にもぐり始めたのが昼過ぎだったので、七階層まで行くつもりはない。

 ちょっと稼いで、たくさんユエルを褒めて、ちょっと酒場で酒を飲んで、たくさんミニスカウェイトレスを眺めてから治療院に帰る。

 そんな感じでいこうと思う。




 アイテムボックスから串焼きを取り出し、一口齧りながら迷宮を散策する。


 ユエルは最近ますます動きにキレがでてきた。

 栄養状態が良くなり、体調も万全になったということだろう。

 ユエルは危なげなくゴブリンを狩り続け、俺のほうには一度も魔物が流れてこない。

 三階層程度だと、最早散歩のようなものである。


 ドロップを回収し、駆け寄ってくるユエルの頭を撫でる。

 ユエルは頭を撫でる俺の手を、はにかみながら受け入れている。


 撫でるといえば今朝、治療院で客を待つ間暇だったから、ユエルを撫でくりまわしたり褒め殺したりして遊んでいたら、エリスが微妙そうな顔で俺を見ていた。

 治療院であんまりユエルをかわいがりすぎると、エリスが俺をロリコン認定してしまうかもしれない。

 ユエルとの誰はばかること無いスキンシップのためにも、やはり迷宮探索の時間は必要だ。


 「ご主人様、この先に何かあります」


 そんなことを考えていると、ユエルが唐突にこんなことを言い出した。


 「何か?」


 「えっと、向こうに......箱みたいなものがあります」


 箱。

 箱。

 ......宝箱。


 ついにきたか。

 迷宮に潜り始めて数週間。

 やっと俺にも運がまわってきたらしい。


 宝箱。

 迷宮が作り出す人を呼ぶための撒き餌、迷宮内の魔力が冒険者の遺物に溜まった結果等、様々な説があるが、その中には大抵高価な宝石、触媒、魔道具等が入っている。

 もちろん中身はピンキリではあるが、中には、致命的な攻撃を受けたときに身代わりとなって砕け散る水晶だったり、空気中から魔力を集めて無限に水を作り出す魔道具だったり、家一軒では済まないような金額の魔道具もあるらしい。

 まさに一攫千金の代名詞である。


 ユエルの指差す方向に目を向ければ、確かに何かある。

 箱のように見えなくもない。


 近づいてみれば、迷宮の石造りの通路、それが不自然に盛り上がり、箱の形になっていた。

 造りは単純そうで、鍵がかかっているような様子は無い。

 ゲームなんかだと、宝箱は魔物が擬態していたり、罠がかけられているなんてことも多いが、冒険者ギルドからは、宝箱に罠が仕掛けられているということはまず無いと聞いている。


 期待に胸を膨らませ、ゆっくりと蓋を開けると......


 「......拳銃か?」


 二十センチ程度の、拳銃のようなものが中に入っていた。

 いや、拳銃とは少し違うだろうか。

 L字型の、艶のある無機質な素材で作られた何かだ。


 「けんじゅう......? ご主人様、わかるんですか?」


 俺が手にした魔道具を見て、ユエルが興味深々といった感じで俺に尋ねる。


 この魔道具。

 拳銃に近い形状をしているけれど、拳銃ではない。

 トリガーもなければハンマーもない上、フォルムもなんだか丸っこい。

 ......もちろん、俺にはこれが何かなんてわからないけれど――


 「このぐらいなら、一目見ればな」


 「っ......! すごい、すごいです!」


 俺の言葉を聞いて、無邪気にはしゃぐユエル。

 その瞳には、尊敬の色が多分に混じっているように感じられる。


 そう、俺は何でも知っている博識なご主人様だ。

 少なくとも、ユエルの前ではそうである。


 一応、全部が全部嘘というわけじゃない。

 俺には鑑定スキルがあるのだ。

 嘘は本当にしてしまえばいい。


 「ユエル、この魔道具はな......」


 そして、鑑定を発動する。


 魔道具

 性質:放出・水


 「.......水鉄砲じゃねーか」




 ゴブリンに魔道具の銃口を向け、魔力を込める。

 温かそうな温水が、湯気を立ち上らせながら、標的に向かって緩やかな弧を描く。

 温水が、ばしゃばしゃと、水音を立てながらゴブリンの体の汚れを洗い落としていく。


 銃口から出る温水の勢いは、水道の蛇口を全開にしたぐらいだろうか。

 ゴブリンもそこはかとなく気持ちよさそうだ。


 「やっぱり駄目か。もしかしたら沸騰した水を出したり、ウォーターカッターみたいなことが出来たりするかと思ったんだけど......」


 どうやらこの魔道具は、魔力を込めると銃口から水を吐き出す魔道具らしい。


 ある程度水の温度が調節できるようで、手で触れた感触では大体五十度ぐらいまで温度を上げることができる。

 出る水の勢いは、水道の蛇口を全開にするのと同程度。

 色々試してみた結果、魔力を込める量を増やして温度を上げたり水量を増やしたり、ということはできないようだ。

 つまり......


 「給湯器か」


 どうやっても攻撃には使えそうに無い。


 「きゅうとうき、ですか?」


 温水で綺麗になったゴブリンの首を掻っ捌いて戻ってきたユエルが、俺に尋ねる。


 「えっとな、風呂をいれる魔道具のことだよ」





 酒場に寄って、治療院に帰る。

 ちょうど、エリスの治療院には給湯用の魔道具がなかった。

 どうせなら自分で使える攻撃用の魔道具を手に入れたいところではあったけれど、これはこれで便利だ。 


 俺は手に入れた魔道具を使って風呂に湯を張る。


 迷宮から出る魔道具は使用者が魔力を直に供給して、魔法を発動するタイプのものが多い。

 加工した魔石を燃料として動くように作られた人工の魔道具と比べて、迷宮直産のものは魔力の多い俺と相性がいい。

 魔力量が人並みなエリスには少し使いづらいかもしれないが、俺が使う分には無制限である。

 後でエリスにはお湯の料金を払ってもらおう。


 そして早速風呂に入ろうというところで......やはり、問題が発生した。


 「わ、わたしは出来ればご主人様と一緒に入りたいです」


 俺が風呂に入ろうとして、その後ろに当然のようについてきていたユエルを、エリスが見咎めたのだ。

 デジャヴを感じる。


 「ユエルちゃん、流石にお風呂は駄目よ。あの人は隙あらば人にセクハラ、隙が無ければ隙を作り出してセクハラするような駄目な人なの。一緒に寝るだけならまだしも、お風呂に裸で一緒に入るなんて絶対駄目よ」


 今までは決してユエルの前で俺を貶したりしなかったエリスも、今だけはそれを曲げている。

 倫理観の強いエリスとしては、男と幼い少女が一緒にお風呂に入る、というのがどうしても見過ごせないらしい。

 まぁ、俺としても一緒にお風呂というのはそろそろ無いかな、と思わないでもない。

 ユエルに「別々で入ろう」なんて言おうものなら、捨てられた子供のような目をするだろうから言わないだけで。


 「ご、ご主人様はそんな人じゃありません!」


 ご主人様はそんな人です。

 わざわざ否定はしないけど。


 けれど、ユエルはエリスの言葉を否定する。

 その口調は強く、そして、僅かに震えている。

 ご主人様を悪く言われて、本気で悲しんでいる、というのがよくわかる。


 そんなユエルの様子を見て、エリスが俺をジトッと睨む。

 

 ご主人様のことを尊敬しているユエルの幻想を壊すことが出来ず、けれど不健全な行為を見逃すことも出来ない。

 だからユエルの前で理想のご主人様像を演じ続けてきた俺を睨んでいる。

 そんなところなんだろう。


 仕方ない。

 助け舟を出してやるか。


 「エリスも一緒に入れば万事解決」


 「ふざけないで」


 ですよね。


 「じょ、冗談だよ。ユエルも俺もタオルを身体に巻く。ほら、それなら構わないだろ?」


 タオルで隠す。

 このあたりがユエルが悲しまず、エリスがギリギリ許容できるところだろう。


 「まぁ、それなら......」


 不承不承、という風に返事をするエリス。

 納得はしていないようだけれど、昨日の焼き直しになるのも嫌なのだろう。

 エリスは俺とは違うベクトルで、ユエルに対して過保護な気がする。


 


 タオル一枚しか身につけていないユエルに俺がクラッときたり、偶然タオルがハラりと落ちてしまうようなハプニングは特に無く、風呂から出る。

 ユエルは残念そうではあるけれど、こればかりは仕方ない。


 「あぁユエル、エリスに風呂があいたって、伝えてきてくれるか?」


 「はい、ご主人様!」


 俺は、ユエルにエリスを呼びに行かせた後、風呂場に戻る。


 そして、アイテムボックスから、大きな蜘蛛の死骸を取り出す。

 食器棚の裏なんかによく居るアレだ。


 それを、石鹸の裏にそっと置く。

 石鹸を取ろうとすると、触れてしまうような位置に。

 これなら、もし蜘蛛が嫌いな人物が石鹸を取ろうとすれば、不意に蜘蛛に触れてしまって悲鳴を上げてしまい、同居人に心配されてしまうことがあるかもしれない。

 .......関係の無い情報ではあるけれど、エリスは蜘蛛が嫌いである。


 俺は期待に胸を膨らませ、風呂場を後にした。

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