表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/89

寝る。

 「わたしは、出来ればご主人様と一緒に寝たいです」


 ユエルが俺の服の裾を掴みながら、エリスと向かい合う。


 場所はエリスの治療院。

 あの後ユエルを迎えに行き、そのままエリスの治療院へと住む場所を移した。

 酒場で夕食を摂り、エリスの引継ぎや酒場に顔を出す頻度が減るかもしれない等の諸々の話を酒場のマスターとして、そして、さあ治療院に帰って寝ようという段階になって......問題が発生した。


 「でもね、ユエルちゃん。確かに今までは何も無かったかもしれないけど、これからもそうだとは限らないのよ? それにユエルちゃんは女の子なんだから、いつまでも一緒に寝るわけにもいかないでしょう?」


 夜になり、エリスにおやすみなさいと挨拶をしながら、当然のように俺と同じ寝室に入ろうとしたユエル。

 それをエリスが見咎めたのだ。


 「ほら、ベッドならまだ余ってるんだから、ね?」


 幼い子供を諭すような、優しい声音で、ユエルを説得しようとするエリス。

 エリスはこういったことには厳しい女性である。

 僅かに寂しいものもあるけれど、ユエルと一緒に寝るのも、これからはもう無いのかもしれない。

 そう、今までがおかしかったのだ。

 まだ幼いとはいえ、手を出すつもりの無い女の子と、一緒のベッドで寝る。

 確かに、間違っていることだ。


 「......」


 そんなエリスの言葉に、ユエルは何かを考えるように俯いて、そして......窺うようにして俺に視線を向けた。


 そのうち季節も夏に変わるし、いつまでも一緒に寝るというのも大変だ。

 暑いだろうし。

 エアコンのような便利な魔道具もこの世界に存在はしているが、着火や発光、放水等の、一部の量産に成功した魔道具以外は基本的に高価で手が出ない。

 魔道具は基本的に、迷宮の宝箱や、古代の遺跡等から産出されるものだからだ。


 これからのことを考えても、ユエルには諦めて一人で寝るか、エリスと寝てもらうかするべきだろう。

 俺は、エリスの言葉を肯定する意味で、ユエルに頷きを返す。

 そして、それを確認したユエルが口を開き――


 「えっと、わたしは大きくなったらご主人様に抱いていただく約束をしているので、問題ありません」


 ――もじもじと恥ずかしそうに、こんなことを口にした。



 いけない。



 「......どういうこと?」


 問い詰めるような、エリスの低い声。

 そのエリスの目付きは、怒気を多分に含んでいるように見える。


 これは不味い。

 対応を間違えれば、エリスの好感度がどうなるかわからない。

 不快な汗が、頬を伝うのを感じる。


 いや、ピンチの時こそ落ち着くべきだ。

 まずは、客観的に見てみよう。

 エリスから、今の俺はどう見えているんだろうか。


 幼い少女に「大きくなったら結婚してあげる」という約束を取り付けられた、子供好きで優しい好青年......。


 「......こんなに小さな女の子を抱くだなんて......そんな最低な約束を、あなたはしたの?」


 違いますね。

 今のエリスの目は、無知な幼い少女奴隷を言葉巧みにたらしこみ、性的な食い物にしようとしている下衆を見るような、そんな目だ。

 性犯罪者を見る目だ。


 これはいけない。

 折角エリスと仲直りできたのに、俺の好感度が下がり続けている気がする。


 しかし、俺は以前、確かにユエルに言った。

 「大きくなったらね」と、ユエルに約束した。


 ......けれど、それは床で寝ようとしたユエルをベッドで眠らせるための、ただの方便だ。


 「エリス、待ってくれ、誤解なんだ」


 「えっ......?」


 俺が否定すると同時、ユエルの口から悲痛な声があがる。

 横を見れば、ユエルが俺の顔を見上げていた。

 そのユエルの顔には、確かな悲しみの色が滲んでいる。

 いけない。


 今のユエルの表情は、まさに信頼していた人に裏切られたというような......そんな表情だ。


 駄目だ。

 これはいけない。

 ユエルのそんな顔は見たくない。


 「あー、いや、やっぱり誤解じゃなくて」


 「.......誤解じゃないの?」


 再度の否定にエリスの、軽蔑混じりの低い声。

 腕を組んで、こちらを睨んでいる。

 お怒りエリスさんだ。

 ちょっと怖い。


 不味い。

 どうしようもない。


 ユエルの発言を否定すればユエルが傷つき、肯定すればエリスから軽蔑される。

 どうする。

 俺は一体どうすればいい。


 いっそのこと、「ユエルが遠慮して床で寝ようとしていたから、ベッドで寝かせるために適当なことを言った」と正直に言おうか。


 いや、駄目だ。

 これはユエルがショックを受ける。

 その場しのぎだったとはいえ、約束を反故にするのは不味い。

 あの可愛らしいユエルの笑顔を、曇らせるわけにはいかない。


 他に何か良い言い訳は......いや、そもそも、ユエルは俺の奴隷なのだから、俺がユエルをどうしようとエリスには関係の無いことなのではないだろうか。


 ......いやいや、だからといって「お前には関係無い」と突っぱねたなら。


 多分、今度こそエリスに愛想を尽かされる。


 幼い少女奴隷を買った挙句に、未発達なその肢体に猛る肉欲をぶつけてしまう......そんな男と一緒に住みたいだなんてエリスは思わないだろう。

 俺が治療院を買い戻したという手前、俺を追い出すなんていうことはエリスはしないだろうけれど、エリス自身が出て行ってしまう、という可能性は大いにあるのだ。

 エリスに嫌われず、ユエルを傷つけず、この状況を脱するには......。


 「エリスって、美人だよな」


 「誤魔化されないわよ」 


 ですよね。


 嘘がバレる前の、あの時のかわいらしいエリスはどこへいってしまったんだろうか。

 あの土下座の後、ユエルが見てないところでさりげなくエリスの尻を撫でてみたら、腕をはたかれた。

 撫でるだけで女の子はデレる、という話を聞いたことがあったが、どうやら嘘だったようだ。


 「エリス、後で、後で話をしよう。ちょっと複雑な事情があってさ、今は説明できないんだよ」


 チラチラと、ユエルに目線を向けながら、エリスに言う。

 エリスにだって、さっきのユエルの態度を見れば、俺が説明できない理由を想像できるはずだ。

 察してくれるだろうか。

 というか、察してくれないと手詰まりである。


 そんな俺の態度に、エリスはため息をついて俺の目を見る。

 怒っているというよりは、呆れている感じだ。

 察してくれたのだろうか。

 いや、よく考えれば、エリスだって、俺が本気でユエルとそんな約束をしていると思ってはいなかったのかもしれない。

 ただ、内容が内容だから、説明を求めていただけで。

 最初からこう言えばよかった。


 「わかったわよ......。でも、ユエルちゃん、男の人と一緒に寝るのはやっぱりよくないわ。一人で寝るのが寂しいなら、私と寝ましょう?」


 そして、会話は振り出しに戻る。


 「わ、わたしは......」


 ユエルを思いやったエリスの言葉。

 そのエリスの言葉に、ユエルは嫌だとは言わない。


 ユエルを見れば......俺の服の裾を掴む、力の篭った指先。

 眼に溜まった、こぼれ落ちそうな涙。

 悲しそうに唇を引き結ぶユエルの、その表情。


 何を考えているかは、よくわかる。

 それでも、ユエルは嫌だとは言わない。


 きっと、これ以上「ご主人様と一緒に寝たい」と主張するのは、ユエルにとって「わがまま」になってしまうのだろう。

 今まで、ほとんど自分のわがままを言わなかったユエル。

 きっとユエルは、自分がやって良い行動と、いけない行動にきちんと「線」を引いているのだ。

 奴隷という立場がそうさせているのか、育ってきた環境がそうさせているのかはわからないが、ユエルはなんらかの基準をもって、自分の行動を制限している節があるのは確かである。


 一緒に寝たい気持ちはあるけれど、これ以上それを言ってしまったらその「線」を越えてしまう。


 でも、どうしても一緒に寝たい。

 でも、わがままを言いたくない。

 そんな気持ちがせめぎあっているから、ユエルはこんな表情をしながら、何も言えなくなっているんだろう。


 なんて......。

 なんて、いたいけな......。


 一人で寝れば良い、寂しいならエリスと寝ればいい、そんな風に考えていた俺が恥ずかしくなってくる。


 「ごめん、ごめんなユエル、俺と一緒に寝よう。これからもずっと、一緒に寝ような」


 「っ......! はいっ! はいっ、ご主人様っ!」


 床に膝をつき、小柄なユエルの身体を抱きしめる。

 そう、ユエルはまだ子供だ。

 親離れできなくて、当然なのだ。

 俺は親ではないけれど、ユエルに最も近しい存在である。

 似たようなものだろう。


 ユエルには辛い選択を強いてしまった。

 胸に抱くように、優しくユエルの頭を抱きしめる。

 その柔らかな銀髪を、子供の背中をさするように、ゆっくりと撫でていく。


 俺が間違っていた。

 自分の欲望を上手く主張できないユエルの代わりになって、俺が代弁するべきだったのだ。


 「なぁ、エリス......」


 俺はユエルを抱きしめながら、決意を込めて、エリスの瞳を見つめる。

 今の俺には、不退転の覚悟がある。

 これ以上、ユエルを悲しませるわけにはいかない。


 もしかしたら、俺はユエルを甘やかしてしまっているのかもしれない。

 けれど、俺はユエルの悲しむ顔を見たくない。

 ユエルには、笑顔でいて欲しいのだ。


 「もう、わかったわよ。でも......それなら、私も一緒に寝るから」






 一緒に寝る、といっても同じベッドで、と言うわけではなかったらしい。


 今、この八畳程度の広さの寝室には、二つのベッドが並んでいる。

 片方には、俺とユエル。

 そして、もう片方には、エリスが寝ている。


 正直、エリスがここまでするとは思っていなかった。

 エリスはかなり身持ちの固いタイプだからだ。

 これは、ユエルのお陰でエリスとの仲が進展したと言ってもいいのではないだろうか。

 ベッドは離れているから、添い寝というわけではないが、同じ部屋で寝るというのは大きな進展だ。


 寝る部屋が一緒になれば、深夜、トイレに行った帰りに寝ぼけてエリスのベッドに潜り込むことも出来るし、酒に酔った拍子にエリスに向かって倒れこむこともできる。


 今度はやりすぎないように、注意しよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>今度はやりすぎないように、注意しよう。 うん、加減は大事。 やりすぎ駄目、絶対。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ