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狼達の花宴 ~大軍師伝~  作者: 花和郁
巻の七 守る者たち
57/66

(巻の七) 第二章 侵攻 上

『狼達の花宴』 巻の七 足の国南東図

挿絵(By みてみん)


「いってらっしゃいませ」


 部屋を出る菊次郎に雪姫は手をついて頭を下げた。養子の椋助(むくすけ)も一緒だ。


「ご武運を。どうかご無事で」

「無理はしません。必死に知恵を絞って、きっと生きて戻ります」

「はい」


 雪姫は笑みを作ろうとしたが、寂しさと不安を隠せていなかった。出陣を見送る時はいつもそうだ。菊次郎は腕を伸ばして妻を立たせ、玄関まで手をつないで歩いた。


「父上、これを」


 椋助が弁当を差し出した。


「僕が作った煮っ転がしも入っています」

「ありがとう。楽しみです。いつもおいしいですから」


 菊次郎が言うと、十七歳の青年は恥ずかしそうにした。槙辺(まきべ)利静(としきよ)のおかげで拾われたことを忘れず、彼のかわりに菊次郎の護衛と補佐ができるようになりたいと、武芸に励み学問に精を出している。雪姫には料理を習い、段々腕を上げてきた。


「行こうか」


 草鞋(わらじ)()いて城の外へ出ると、軍勢が整列していた。


「来たな」


 凛々しい直垂(ひたたれ)姿の直春が迎えてくれた。今日一日は領内なので武装はしない。明日は鎧が必要だろう。


「行こう」


 直春と一緒に軍勢の前に設けられた台に上った。


「いよいよ出陣だ」


 総大将は武者たちに語りかけた。


「目標は墨浦(すみうら)の制圧、成安家を滅ぼすことだ。敵は強大で、長い戦になるだろう。気を引き締めていくぞ!」

「桜の御旗(みはた)に栄光あれ!」


 槍を掲げて全員で三回声を上げると、直春は行列の先頭に行って愛馬の手綱を受け取った。


「留守を頼む」

「お帰りをお待ちしています」


 (たえ)姫は二歳の娘の手を引いている。


花千代丸(はなちよまる)、しっかりな」

(つゆ)と母上は僕が守ります」


 七歳になった桜舘家の嫡子(ちゃくし)は元気よく宣言した。活発で気が強く、出会った頃の直冬を思い出させる少年だ。


「先生、父上をお願いします」


 菊次郎は直春に頼まれて花千代丸の師範になった。担当は主に軍学だ。礼儀作法や読み書きは侍女のお(とし)が、武芸は棉刈(わたかり)重毅(しげかつ)が、(まつりごと)は妙姫と萩矢(はぎや)頼算(よりかず)が教えている。


「全力でお助けしますよ」


 花千代丸の信頼と憧れの視線に菊次郎は頷きで応えると、馬にまたがり、妻に声をかけた。


「行ってきます」

「はい。お気を付けて」

「大丈夫だ。菊次郎君も武者たちも、必ず守る」


 雪姫の不安を察したのか、直春が言った。雪姫はようやく微笑んだ。


「お帰りをお待ちしています」


 軍勢が動き出した。見送る二人の姫君と子供たちが少しずつ遠ざかる。

 忠賢と仲載が手を振っている。小猿を抱いた田鶴と直冬もいる。彼等は今回別行動だ。出陣は少し先になる。

 留守番をする蓮山(はすやま)本綱(もとつな)豊梨(とよなし)実佐(さねすけ)萩矢(はぎや)頼算(よりかず)たちが頭を下げている。

 彼等の姿を目に焼き付けると、菊次郎は前を向き、直春に話しかけた。


「今日から菊月(きくづき)です。出陣が予定より随分遅くなりました。戦が冬にかかってしまうでしょう」

「今年の夏は非常に暑かった。そういう年は冬が厳しくなると古老(ころう)が言っていた。寒さへの備えが必要になるな」

「頼算さんと食料や炭を多めに用意しておこうと話はしました。秋や春の収穫に影響がないとよいのですが」


 今回の敵は成安家だ。かつての勢いはなくなったが、それでも一百六十五万貫の大封主家の攻略には相当の時間がかかる。冬に戦ができないわけではないが、できるならば春に出陣して寒くなる前に終わらせるのが理想だ。実際、そういう計画だった。それが狂ったのは同盟する封主たちの事情に合わせたからだ。


「成安家は鮮見家を攻めている。今が好機なのは間違いない」


 直春たちが五形城を包囲した頃、宇野瀬(うのせ)家も福値(ふくあたい)家の領内に進攻した。桜舘家との同盟は、共同で成安家に対抗すると同時に、宇野瀬家が(かかと)の国を、桜舘家が(あし)の国を攻略することを認め合うことでもあったのだ。


 両家が北で戦を始めると、成安家は御使島(みつかいじま)に軍勢を派遣した。鯨聞国(いさぎきのくに)から鮮見家を追い払うためだ。

 鮮見秀清(ひできよ)は総力をあげて迎え撃ち、要餅(かなめもち)城の近くの野原で合戦になった。一万三千の鮮見軍は秀清を先頭に三度の突撃を敢行(かんこう)し、相手を突き崩そうとした。成安軍二万の総大将沖里(おきざと)是正(これまさ)はこれを巧みにいなしあるいは受け止めて隙を見せず、鮮見軍の左翼に攻撃を集中した。次々に元気な新手を投入して圧迫し続けたのだ。


 本陣に戻った秀清が左翼へ援軍を送るべきか考えていると、右翼と戦う成安軍の明告(あけつげ)知業(ともなり)隊が押されて下がり始めた。秀清の突撃で大きな損害をこうむった部隊を交代させようとしたら隊列が崩れて混乱したのだ。好機か罠か、秀清は珍しく迷ったが積極策をとり、予備の武者の多くを明告隊へ向かわせた。


 これが失敗だった。是正は敵左翼に疲れが見え始めると、休ませていた徒武者を全て投入して隊列に穴を開けることに成功、成安宗速(むねはや)の騎馬隊のうち残してあった一千を突っ込ませた。秀清は援軍を送って傷口にふたをしようとしたが、武者が足りなかった。宗速隊は少数の迎撃部隊を一蹴し、分断された左翼は崩壊した。明告隊も敵の増援が届く前に素早く隊列を立て直し、慌てて左翼へ向かおうとする彼等を釘付けにした。宗速隊が秀清の本陣に迫ると鮮見軍は総崩れとなり、必死で要餅(かなめもち)城へ逃げ込んだが、三千を超える死傷者を出した。


「秀清は焦ったのですね。援軍を送っていったん立て直しても、数に劣る自軍は先に疲労で動けなくなる。ならば敵の崩れに乗じて一気に決着を付けようと。沖里公の得意とする数の多さを生かした作戦でした」


 包囲された秀清は同盟している桜舘家と宇野瀬家に救援を依頼した。成安家を攻めてほしいと要請したのだ。増富家を滅ぼした直春は承知したが、骨山(ほねやま)願空(がんくう)は難色を示した。名将宿木(やどき)資温(すけはる)を失った福値家は数倍の貫高を持つ宇野瀬家の敵でなく、速汐国(はやしおのくに)に構えた新たな本拠地を囲まれて陥落間近だったのだ。


 ところが、そこに()(くに)斧土(おのづち)家が介入してきた。百万貫を超えるこの大封主家は福値親水(ちかみず)とは敵対関係にあったが、福値家が滅んで宇野瀬家と直接境を接することになるのを嫌ったのだ。願空は泥沼の戦いになることを恐れて斧土(おのづち)家の援軍と和約を結び、福値家から葉寄国(はよりのくに)を奪っただけで兵を引いた。


「福値家を残した方が、宇野瀬家にとっても成安家との戦の間、後方の心配が減るでしょう」


 直春は願空と相談し、翌年の桜月(さくらづき)に同時に成安領に侵攻することにした。だが、その五日前に延期になった。宇野瀬家の先代当主道果(どうか)が亡くなったのだ。

 八十歳の道果(どうか)は寝たきりで会話もできない状態だったが、現在の宇野瀬家の(いしずえ)を築いた名将で敬愛されており、家中の精神的支柱(しちゅう)だった。当主の長賀(ながよし)はひどく悲しみ、家臣たちも大きな衝撃を受けて、皆が()(ふく)した。さらに、寒い春、長い雨、高温で嵐の多い夏と天候不順が続き、稲の生育がよくなく、米が高騰して民に不満が広まったこともあって、宇野瀬家の準備が遅れた。


隠密(おんみつ)はもちろんですが、豊津の商人さんたちも(かかと)の国の様子をいろいろ知らせてくれました」


 直春は鳩の使い方を商人たちに教えたのだ。商売に必要な情報を早く得ることができるととても感謝され、商業や関係する様々な産業の振興に役立った。足の国の麦は幸いにもさほど収穫に影響が出なかったので、すぐに宇野瀬領へ運ばれた。

 菊次郎と萩矢頼算は一般の人がもっと安い価格で使える飛脚(ひきゃく)も作った。領内の街道には連絡や行軍のために宿場を設けていたので、それを活用して整備したのだ。


「今頃、願空も動き出しているでしょう。僕たちは半空国(なかぞらのくに)へ、宇野瀬家は薬藻国(くすものくに)へ。二方面から攻められれば、成安家は沖里公の軍勢を呼び戻すしかありません」

「まずは国境(くにざかい)の砦を落とさねばな。君の策が頼りだ」

「仕込みはすんでいます。きっと突破できるでしょう」

「任せたぞ」


 直春の信頼の笑みに、菊次郎も笑顔を返した。



「桜舘軍が近付いてきます。その数、約一万六千!」


 物見(やぐら)からの報告を聞いて巣早(すはや)博以(ひろもち)はつぶやいた。


「本当に来たか」


 葦江国(あしえのくに)のすぐ南の半空国(なかぞらのくに)から成安領が始まる。その国境(くにざかい)を守る(おさえ)砦の守将(しゅしょう)は、評定の間に集まった諸将を見渡した。


「事前の通告通りだな」

「嘘ではなかったのですな」


 副将の老人は驚いた顔だった。


銀沢(かなさわ)信家(のぶいえ)の策略に違いないと思っておりました。伝えてきた日と違う日に現れて、油断しているところを急襲してくるといったことも考えましたが」

「そんな安易な手ではあるまい。最初の接触からもう一年近くになるぞ」


 桜舘家の大軍師から使者が来たのは昨年の秋の暮だった。友誼(ゆうぎ)を結びたいと言って、断ったのに多額の小判や珍しい品々を無理矢理置いていった。試しにあれが欲しいこれが食べたいとわがままを言ってみると、全て持ってきてくれた。


「始めは安物だろうと思いましたがな」


 金色に輝く小ぶりな狼の置物があったので、博以(ひろもち)が刃物で割らせてみると、中まで全て金だった。その後も一ヶ月に一度程度贈り物があり、副将や他の武将たちにも配られた。


「あれほど高価なものをくれるのだ。どれほどの要求をされるのかと思ったが」

「ある意味、予想通りでしたな」


 春始節(しゅんしせつ)が近付く頃、信家の使者は人払いを求めると、声をひそめて言った。


「当家は半空国に進攻します。その時、国境を封鎖せず、通過を黙認(もくにん)していただきたいのです。進軍の邪魔をしなければ、戦に勝ったのちに五万貫を差し上げます」


 使者は桜舘家と宇野瀬家がどれほど強く、両家と鮮見家の連合の前には成安家がいかにもろいかを言葉を尽くして説いた。

 巣早(すはや)家は成安家に古くから仕える譜代(ふだい)で、この付近に一万貫の領地を頂いている。主家を裏切る気持ちは全くなかったが、副将と相談してふっかけてみた。


「十万貫と金十万両を頂けるなら考えてもよい」


 難色を示すかと思いきや、使者は喜んで承知し、すぐに前金と言って一万両を運んできた。武者が三百人雇える金額をぽんとくれたことで、博以は信家の本気を感じ、直春の指示を受けていると確信した。

 それまでの経緯は半空国の国主代(こくしゅだい)杭名(くいな)幽縄(ふかつな)に報告してあったのでこれも伝えると、大馬柵(おおませ)城からはだまされたふりをしろと指示があった。信家の策略の裏をかいて桜舘軍をたたこうというのだ。博以はその後も贈り物を受け取り続け、遂に先日、菊月の一日に豊津城を出陣すると信家から連絡があった。すぐに国主代(こくしゅだい)墨浦(すみうら)に伝えたので、今頃薬藻国(くすものくに)でも宇野瀬軍の侵攻に備えているだろう。


「皆、先日話した通りだ。まずは桜舘軍を素通りさせて信用させる。そのあとで奇襲する」

「信家が引っかかるでしょうか」

「分からん。だまされたふりをしていると見抜いているかも知れん。だから、時間を置かず、襲撃は今夜だ。国主代(こくしゅだい)様もじきじきにご出陣なさる。昨日のうちに大馬柵(おおませ)城を出られたそうだ」

「うまく行くとよいのですが」

「駄目だったらこの砦に籠もればよい。ここに二千の武者がいる限り、桜舘軍は安心して先に進めない。街道を封鎖されたらたちまち飢えるからな。すぐに墨浦から援軍も来る」


 小荷駄隊を攻撃することは大神(おおかみ)様の教えで禁じられているが、通行を認めなかったり追い返したりするのは問題ない。武者でない者を武器を使って傷付けなければよいのだ。押砦は小高い丘の上にあって街道がよく見渡せる。(けわ)しい(がけ)に囲まれているので難攻不落だ。


「今夜は決戦だな。皆の働きに期待する。気を引き締めてかかれよ!」

 博以が強い口調で激励(げきれい)すると、諸将は、ははっ、とそろって頭を下げた。



「全体、止まれ」


 小声で指示を出すと、伝言がさざ波のように後ろへ伝わっていき、一千五百の軍勢が停止した。

「この先に桜舘軍がおります」

「通告してきた場所に宿陣しているな」

「すっかり我々を信用しておるようです」


 菊月二日の昼頃、桜舘軍は国境に現れて、挨拶に使者を送ってよこした。金品の入った大きな箱をまた五つも持ってきて、国境の通過を認めてくれる礼を述べ、今後の進軍の予定と今夜の宿陣場所を知らせてきた。博以は贈り物を受け取り、進軍の邪魔はしない、直春公と信家殿によろしく伝えてくれと言った。


「宿陣地は静まり返っています。見張りはいますが安心しきっているようです」


 副将は苦笑した。


「自家の領内と同じように思っておるのですかな」


 ごく細い月が森の点在する狭い盆地をわずかに照らしている。その中央の牧草地に木の柵で囲んだ桜舘軍の陣地の(あか)りが点々と輝いている。柵の内側に天幕(てんまく)がぐるりと張られているので中の様子は見えない。


幽縄(ふかつな)様はもう来ておられるのか」

「近くで武者五千五百を伏せておられます」


 半空国の国主は代々杭名(くいな)家で、現当主種縄(たねつな)の息子が国主代として墨浦にいる父のかわりにこの国の仕置(しお)きを任されている。


「敵は三倍だがやるしかないな」


 一万六千六百の桜舘軍に対し七千と少ないが、不意をついての夜襲なら十分勝てるだろう。(おさえ)砦も大馬柵(おおませ)城も五百を残しただけで武者の大部分を出陣させている。

 攻めてくるのが確実になってから墨浦に援軍を要請したが、来たのは一千五百だけだった。鮮見家との戦に大軍を派遣している上に、宇野瀬家も同時に侵攻してくる。沖里公が戻るまでその数で敵を食い止めろと指示された。


「そろそろ合図が来るぞ」


 言った時、盆地を二分する川の土手の上に数本のたいまつが(とも)った。その数はたちまち増え、うねる川を細い蛇のように暗闇の中に浮き上がらせた。


「行くぞ!」


 博以は腰の刀を抜き、前へ大きく振った。


「突撃! 油断した阿呆(あほう)どもの眠りを永遠のものに変えてやれ!」


 おおう、と鬨の声を上げて武者たちが走っていく。川の方でもたいまつの群れが土手を(くだ)り、洪水のようにあふれて迫ってくる。かちゃかちゃと鎧を鳴らして駆ける(かち)武者を騎馬武者たちが追い抜いていく。桜舘家の武者が気が付いて慌てて笛を数回鳴らし、陣内へ逃げ込んでいった。


「よし! 敵は全く警戒していなかったようだな」


 慌てて迎撃に出てきた桜舘軍の武者たちは殺到する成安軍を見ると陣地内へ引き返していく。それを追いかけるように、成安家の武者たちは陣地の門を破壊して次々に中に飛び込んだ。


「直春と信家を探せ! 殺した者が一番の手柄だ!」


 七千の軍勢は桜舘軍の陣地内にたちまち吸い込まれた。博以も副将たちと共に入った。


「どういうことだ」


 陣地を見渡して博以は目をしばたたいた。いるのは成安家の武者だけだった。中に逃げ込んだはずの武者たちすらいない。もちろん、直春も信家も見当たらなかった。


「もぬけの殻だと? まさか、読まれていたのか……?」


 青ざめた時、鐘を激しくたたく音が響き、凛とした大きな声が闇を貫いた。


「放て!」


 無数の弓弦(ゆづる)の音が聞こえ、数舜(すうしゅん)ののち矢の雨が降り注いだ。慌てて防ごうとしたが、狭い陣地内に密集していた武者たちは次々に矢に当たって倒れ傷付いていく。


「どこからの攻撃だ!」

「外です! 近くの森のようです!」


 火矢も混じっていて、天幕が燃え上がり、成安軍の姿を夜の闇の中に浮き上がらせた。


「くっ、これでは周囲から丸見えだ。こっちは敵が見えないぞ!」


 慌てふためく武者たちのどよめきを上回る力強さで、先程と同じ声が命じるのが聞こえた。


「全軍、攻撃開始! 包囲殲滅(せんめつ)せよ!」


 門の方で複数の武者が叫んだ。


「て、敵です!」

「周囲の森からぞろぞろ出てきます!」

「大軍です!」


 博以は慌てて近くの燃える天幕を刀で斬り払い、外を見て愕然とした。


「囲まれているぞ!」

「罠にはまったのはこちらでしたな」


 副将の絶望したようなつぶやきに体が震えたが、博以はすぐに気が付いて叫んだ。


「て、撤収! 砦へ戻るぞ!」


 息を深く吸い。もう一度叫んだ。


「まだ砦がある! 逃げ込めば助かるぞ! 勝負はそれからだ!」


 博以はその言葉を自分で真っ先に実行した。武者たちが慌ててそれにならう。巣早(すはや)隊の動きを見て国主代の部隊も陣地を離れ始めた。


「逃がすか!」


 正面には槍を構えた多数の武者が迫り、空から矢が降ってくる。倍以上の敵に博以隊は突っ込んでいった。


「とにかく逃げるぞ! 走れ! 突破しろ! 何としても生き延びるのだ!」


 できるだけ戦いを避け、とにかく敵武者の輪の外を目指す。副将たちと一緒になって突き出される槍の林をかいくぐり、飛んでくる矢をよけ切り払って馬を走らせた。


「砦の(あるじ)の俺が、一目散(いちもくさん)に逃げる手本を示すことになろうとは」


 幸い空は闇が深く、周囲には森や川もある。包囲を抜けてしまえば地形に詳しい博以たちが有利だ。副将や護衛の武者たちもついてきて、なんとか追撃を振り切り、出せる限りの速さで遠ざかった。


「砦に戻ろう。皆もすぐに集まるはずだ」


 国主代(こくしゅだい)が無事か気になったがどうしようもない。近くにいる武者を呼び寄せ、七百ほどを連れて砦の前まで来て、目をむいた。


「あの旗は何だ」


 砦の上に桜紋の旗が多数ひるがえっている。立ちすくむ博以に一人の武者が駆け寄ってきた。


巣早(すはや)様が出陣されたあと、蔵から火が出ました。桜舘家の贈り物が燃え上がったのです。息が苦しくなるような不快なにおいの煙が砦に充満し、大騒ぎになったところに多数の敵軍が襲ってきました。混乱に乗じて一斉に城壁に取り付かれ、中に入り込まれて門を突破されてしまいました。敵は五千はいたものと思われ、とても勝ち目はなく、逃げ出すのが精一杯でした」

「そんなに簡単に砦に入り込まれたのか!」

「相当内部の様子に詳しかったようです。推測ですが、贈り物を何度も届ける間に砦の構造や備えを調べていたのではないかと」

「なんということだ……」


 博以は唸り、副将は腰を抜かして尻もちをついた。二人が呆然としていると、武者の一人が叫んだ。


「砦の門が開きます!」


 桜舘軍の武者が外へ出てきた。どんどん増えていく。


「こっちに来ます! ねらいは我々です!」


 騎馬武者が駆けてくる。その後ろから徒武者も。三千はいるだろうか。


「くっ、撤退だ!」


 博以は最後の気力を振り絞ってわめいた。


「とても勝ち目はない。逃げるぞ!」

「どこへでございますか!」


 問い返した副将に怒鳴った。


「南だ。大馬柵(おおませ)城、無理なら墨浦だ。とにかく逃げるぞ。ここにいたら殺される!」


 いうなり、博以は馬首を返し、全力で走れと強く腹を蹴った。


「行くぞ! 皆逃げよ! 生き延びろよ!」


 博以は再び必死で逃げる手本を示すことになったのだった。



「お殿様から連絡が来たぜ」


 早馬が運んできた手紙を忠賢は右手でひらひらと揺らした。定恭が受け取って目を通し、豊津城の本郭(ほんくるわ)御殿(ごてん)に集まった人々に内容を伝えた。


「押砦を失った成安軍は総崩れになって撤退を始め、国主様は勢いに乗って猛烈に追撃されました。国主代(こくしゅだい)杭名(くいな)幽縄(ふかつな)大馬柵(おおませ)城に入ったものの武者は二千に届かず、城を捨てて逃げ出したようです。空っぽの城は国主様のものになり、さらに進軍されて、大門国(おおとのくに)との境まで達したそうです」

「さすがは直春兄様と菊次郎さんですね」


 直冬は感心しきりだ。


「一度の戦いとたった七日で、大した損害も出さずに半空国二十五万貫を手に入れたわけですか」

「南国街道に沿った地域を制圧しただけです」


 定恭は落ち着いた声だった。


「まだあちらこちらの領主の館などに逃げ散った武者がとどまっています。それらを接収・捕縛し、残敵を全て平らげないと一国を得たとは言えません」

「それもすぐに終わるさ。お殿様と菊次郎に任せとけばいい」


 忠賢は興味なさそうに言い、定恭は首の動きで肯定した。


「てことで、半空国は片付いた。もう後詰(ごづめ)の備えでこの城にいる必要はねえ」


 忠賢はにやりと笑った。


「いよいよ俺たちの出番ってわけだ。出陣するぞ」

「忠賢さん、みなさん、お願いします。このお城は私が預かりますのでご存分に」


 城主代理の(たえ)姫の言葉に諸将は平伏した。顔を上げると忠賢は叫んだ。


「さあ、御使島へ向かうぞ!」


 三日後、豊津港に軍勢が集まった。


「もうそろってるようだな。そろそろ乗り込んでくれ」


 楠島(くすじま)盛昌(もりまさ)が別動隊総大将の忠賢に声をかけた。


「今回は頭領自身が出張ってきたか」

「運ぶ荷物が多いからな。砦は昌隆(まさたか)に任せてきた」


 通称忠賢軍は一万二千八百、しかも騎馬隊が四千五百もいる。楠島の船が総出動で輸送するのだ。


「水軍衆はみんな随分気合が入ってるな」

「こんな大戦は初めてだからな。俺も年甲斐もなく身が震えるぜ。湿(しめ)(はら)の時、軍師殿の誘いに乗ってよかったぜ」


 盛昌(もりまさ)は感慨深げだった。あれから七年、水軍衆は開墾(かいこん)した土地で野菜や(いも)類を栽培しているし、全部の船に豊津帆が付いている。五形港や槍峰国(やりみねのくに)野司(のづかさ)港も勢力範囲となり、船の数も仲間も増えた。


「大したお方だよ。軍師殿も、国主様も。もちろん、忠賢殿もだ。五形城主十五万貫とは大出世(だいしゅっせ)じゃねえか」

「お殿様が約束を守ってくれたんだよ。守らなかったら他の封主家に行ってたかもな」

「どこに行くってんだよ」


 盛昌(もりまさ)は愉快そうにもじゃもじゃのあごひげを撫でた。日に焼けた厚い胸板と腕に筋肉が盛り上がる。それを眺めて、二人の話をそばで聞いていた直冬が自分の口元に手を当てた。


「俺もひげを伸ばそうかな」

「やめてよ!」


 妻の田鶴が驚いた。


「あなたは童顔なのよ!」


 直冬は傷付いた表情になった。気にしていたらしい。


「俺ももう十九だ。今回は五千を率いるんだよ」


 葦江国と万羽国の徒武者を直春に預けられたのだ。


「あれは盛昌(もりまさ)さんだから似合うの!」


 田鶴は強調してから付け加えた。


「確かに渋くてかっこいいけど、直冬さんは若々しいところがいいのよ」


 言って顔を赤らめている。


「分かった。やめるよ」


 直冬も頬を指でかいた。


「おいおい、もう結婚して二年だろ。まだ新婚気分かよ」


 忠賢がからかった。


「そっちだって同じでしょ。婚儀は一緒だったんだから」


 田鶴が言い返した。忠賢は早くも一児の父だ。


「どちらも仲睦(なかむつ)まじくて結構だ。あっちもだが」


 盛昌は別れを惜しんでいる二組の夫婦をおかしそうに見やった。


「こ、これ、新しく作らせた籠手(こて)です。私も()うのを手伝いました。仲載様を守ってくださるように、天額寺(てんがくじ)漢曜(かんよう)和尚(おしょう)様に祈祷(きとう)していただいた糸を使いました」

「ありがとう、深美(みよし)。いつの間に?」

「お、驚かせようと思って、その……」

「うれしいよ。大事に使わせてもらう。でも、無理をしていないか。お腹の子に何かあっては」

「少しも無理ではありません! ご無事でお帰りくださるよう、毎日大神様にお祈りします!」


 うい(うい)しい会話をしているのは錦木家の跡取りとその妻だ。二人の仲立ちをしたのは忠賢だった。


 増富家との戦いで売川衆は大活躍した。陽光寺砦の防衛に奮戦したし、不流橋の合戦では網の(せき)を作った。五形城の包囲中は定恭を手伝い、親戚や友人を通して多くの者を投降させたり内応させたりした。その数は籠城した約八千のうち三千近くに(のぼ)り、彼等が門に集まって桜舘軍を迎え入れるのを見て、他の者たちも次々に降伏の意思を示し、ほとんど死傷者が出なかった。援軍を派遣して守ってくれた桜舘家の恩に(むく)い、自分たち一族が滅びないために必死で働いたわけだが、その功績の大きさを直春は認め、帰順(きじゅん)した増富家の家臣の中で唯一(ゆいいつ)加増し、新たに五千貫を与えて一万貫とした。

 お礼を述べるために豊津城を訪れた章紹(あきつぐ)は、国主夫妻に頭を下げたあと、尼寺に預けた妹のことを相談した。


「まだ十六、結婚や幸福を諦めて出家するには早すぎると思うのですが……」


 深い溜め息を吐いた章紹に、妙姫が提案した。


「では、侍女という名目でこの城に来させてはどうでしょうか。私や雪や田鶴さんも、夫がいない時の話し相手が欲しかったのです」


 章紹は喜び、妹を説得した。深美(みよし)姫は迷ったが、五形城を超える名城と噂の新しい豊津城と港のにぎわいを見てみたかったし、兄たちを救ってくれた直春の頼みは断れない。一万貫の姫君にふさわしい支度(したく)を整えて葦江国にやってきた。

 妙姫たちは純朴(じゅんぼく)な彼女を気に入り、尼寺に入った理由には同情していたので、町へ連れ出したりしたが、深美姫は元気がなかった。その話を妙姫がしたところ、忠賢が言った。


「なら、調練(ちょうれん)牧場(まきば)に来いよ。売川家の娘なら馬には慣れてるだろ」


 早速田鶴が連れていくと、始めはうつむいていた深美姫も、すぐに目を輝かせて騎馬隊の馬を眺め出した。


「世話を手伝ってくれないか」


 様子を見に来た忠賢が声をかけると、遠慮しようとしたものの、馬に触れたかったらしく頷いた。一万貫の姫君なのに馬の手入れや厩舎(きゅうしゃ)の掃除を進んで行うので武者たちに好意的に迎えられたが、男性が近付くとおどおどするのが痛々しかった。


「ありがとよ」


 一通りの作業が終わって出された茶を飲んでいると、忠賢が仲載を連れてきた。


「二人で遠乗りでも行ってこい」


 仲載は「俺が?」という顔をしたが、事情は聞いていたので、世話した馬に乗った深美姫と牧場を離れて(あし)(うみ)のほとりを走った。

 以前は湿地だったところが見渡す限り田んぼになっている。収穫間近の黄金色(こがねいろ)の稲穂の間を駈け過ぎ、大長峰(おおながね)山脈がよく見える岸辺まで来たところで、さすがに汗をかいたので一休みすることにした。

 仲載が水を飲み、湖から上がってくる風を全身に受けていると、視線を感じた。そちらを見ると、深美姫はさっと顔をそむけた。


「なぜ目を()らす」


 十歳下の姫君は出てくる時に持たされた竹筒を両手でぎゅっと握ってうつむいた。


「醜い顔を見られたくないんです」

「なんだと?」

「こんな顔は見たくないですよね。申し訳ありません。横を向いていますから、許してください」

「何言ってるんだ、お前!」


 仲載はいらだって叫んだ。


「何でそんなに卑屈になってんだよ。持康の野郎に言われたことを気にしてんのか!」


 封主家の若様らしくない、忠賢に影響されたぶっきらぼうな口調で、仲載は強く言った。


「お前は醜くねえよ。むしろかわいい方だ。少なくとも、俺はそう思うな」

「えっ!」


 深美姫は目を見張った。


「うつむくんじゃない。顔を上げて胸を張れよ。笑っていれば、どんな女でもきれいに見えるもんさ」


 少女は首を向けて相手をまじまじと見た。若者は照れ、白い雪をかぶった山脈を見上げた。


「馬術もなかなかだと思うぜ」


 これ以降、深美姫は調練牧場をよく訪れるようになった。武者たちと仲良くなり、笑顔も増え、馬の世話を熱心にした。仲載をいつも目で追っていたが、視線が合って声をかけられると寂しげにうつむく様子が見られた。


 そうして二ヶ月ほどが過ぎた頃、忠賢が仲載と姫を豊津城に呼び、結婚してはどうかと言った。

 息をのみ、うつむいたまま目をぎゅっとつむって動けない深美姫を、仲載は横目でちらりと見やって素っ気なく答えた。


「俺はそれでもいいですよ」


 目を大きく見開いた深美姫は若者を見つめ、両手で顔を覆うと嗚咽(おえつ)()らした。しばらく涙が止まらなかったという。

 直春夫婦や田鶴や雪姫も祝福し、同席していた章紹は泣いて感謝して、馬具を山ほど献上した。錦木家は加増されて十一万貫になっており、家格の面では差があったが、父の仲宣(なかのぶ)も賛成し、二人は国元で婚儀を挙げて豊津に新居を構えた。半年後には子が産まれるはずだ。


「まっ、うまく行ってるようでよかったよ」


 忠賢はもう一組の夫婦に目を向けた。


「あっちもだな」

「菊次郎さんは随分喜んでたよね。二人のことは自分が守らなきゃって思ってたみたいだし」

「ほっとしたんだろうね」


 田鶴と直冬の視線の先には、柳上家の夫婦と子供たちがいた。


義母上(ははうえ)、行ってまいります」


 嶋子(しまこ)に挨拶しているのは柳上定聡(さださと)、幼名は砂鳥(すなどり) 魚太郎(うおたろう)だった少年だ。


「父上の言うことに全て従うのですよ」

「はい」


 十三歳で今回が初陣なので緊張気味だ。


「命にかえても必ずお守りいたします、お方様」


 沖網(おきあみ)広太郎(ひろたろう)改め漣広(なみひろ)がかしこまって誓った。

 魚太郎が定恭の元へやってきたのは昨年の冬のことだった。定恭が桜舘家に去ったあと、妻のさよりは為続と再婚していたが、五形城が落ちると渋搗家と砂鳥家は取りつぶされ、商業と漁業の利権も失った。為続夫婦をどうするか直春が定恭に意見を聞くと、処刑は望まないと答えたので、領内から追放するにとどめた。二人は相談し、玉都(ぎょくと)に行って、これまでの伝手(つて)を利用して商人になろうと決めた。為続はもう戦や武家奉公は嫌になったらしい。


 それを聞かされた魚太郎は、「僕は武家になりたいです」と言った。説得したが意志は固く、定恭の元へ行かせようということになった。さよりの「よろしくお願いします」という手紙を読んだ父親は息子を引き受けることにしたが、一つ条件を付けた。


「春始節に嶋子殿と結婚することになっている。もし子が産まれたら後継ぎはそちらにする。お前は弟を主君と(あお)ぎ、家臣として支えることになるがよいか」

「それで構いません。おそばに仕えさせてください」


 魚太郎はきっぱりと答えたので、春始節に十三歳で元服させ、息子として直春たちにも紹介した。付き添ってきた広太郎は去るつもりだったが、知り合いがいた方がよいだろうと定恭に引き止められ、漣広(なみひろ)と武家風の名に変えて定聡(さださと)のそば付きとなった。


義兄上(あにうえ)はいいなあ。僕も行きたかったです」


 増富家攻略後の論功行賞(ろんこうこうしょう)で定恭は四万貫増の六万貫となった。槙辺(まきべ)小太郎(こたろう)も一万貫を与えられ、元服して利嗣(としつぐ)と名乗った。直春は一息村(ひといきむら)での約束を守り、利静(としきよ)(わす)形見(がたみ)を封主にしたのだ。といってもまだ八歳なので戦場には出られない。槙辺(まきべ)領の仕置きと武者三百人は未亡人嶋子の夫となった定恭が当面預かり、利嗣(としつぐ)がもっと大きくなったら独立させる予定だ。


「また留守番です。亡き父上みたいに国主様や菊次郎様のお役に立ちたいです」


 利発な利嗣(としつぐ)は定恭に(あこが)れているらしい。


「直冬様の初陣は十二歳だったそうだ。あと数年先だな」

「十二になったらきっとですよ、義父上(ちちうえ)

「いいとも」


 定恭は頷いたが、嶋子はそんな約束しないでほしいという顔だ。戦に行かせたくないのだろう。


「どうかご無事で帰ってきてください」

「大丈夫、みんな生きて戻ってくるよ。俺を信じろ」


 定恭は不安そうな嶋子の肩をやさしくたたき、息子を(うなが)した。


「では、乗船しよう」


 手を振る嶋子と利嗣(としつぐ)から離れて、忠賢たちの方へやってきた。


「船が怖くないか、坊主(ぼうず)


 忠賢が声をかけると、定聡(さださと)は心外だという顔をした。


「砂鳥家は漁師の網元(あみもと)です。船には何度も乗ったことがあります」

「そりゃあ頼もしい」


 忠賢は笑い、集まってきた諸将に言った。


「さあ、出発だ」


 楠島水軍の大船団は豊津港を離れ、海流に乗って西に向かった。

 盛昌にとってこの海は庭も同然だ。航海はきわめて順調で、夕刻には対岸の鯖森国(さばもりのくに)に到着した。成安家の警固衆(けいごしゅう)文島国(ふみじまのくに)の宇野瀬水軍を警戒して墨浦を守っているので、迎撃される心配はない。


「上陸前に、この先のことを確認しよう。副軍師殿、頼む」


 忠賢は船首部の甲板(かんぱん)に諸将を集めた。


「鯖森国は中央を遠道(とおみち)山脈が東西に走り、南北に大きく分かれています。代官頭(だいかんがしら)鳥狩(とがり)旌興(はたおき)は北側の中心の町である入海(いりうみ)港の砦にいるようです」


 入海(いりうみ)港は名前の通り海が内側へ(はい)り込んで入り江になっている良港だ。町から離れた場所に警固衆の拠点を兼ねた砦がある。


「隠密の調べでは武者は五千、それを打ち破れば鯖森国に敵はほぼいなくなるでしょう」


 田鶴は豊津城で妙姫や雪姫たちを守ると共に、隠密の(かしら)として情報を統括している。


「五千が砦に籠もったら厄介だな。さてどうする、副軍師殿」

「こういうのはどうでしょうか」


 定恭は隠密が作った港周辺の地図に木片を置いて説明した。


「よし、それで行こう」


 忠賢は即断し、にやりとした。


「うまく行けばこっちの戦もあっさり片付くはずだ。お殿様と菊次郎には負けられないぜ。いいな、お前たち」


 直冬と錦木親子は首を縦に振って同意した。


「明日の夜は砦で寝ようぜ」


 武将たちは笑みを浮かべた。



『狼達の花宴』 巻の七 入海港図

挿絵(By みてみん)


「報告します! 桜舘軍が川の対岸に現れました! 約一万!」

「見れば分かる。すぐに渡河してくるぞ。弓矢の準備をしておけ!」


 本陣の床几(しょうぎ)に座ったままいらいらと命じたのは代官頭(だいかんがしら)鳥狩(とがり)旌興(はたおき)だ。成安家の家老の一人で、桜舘家に敗北した氷茨(ひいばら)元尊(もとたか)が失脚したあと、鯖森国の主要な町や港に置かれた代官たちのまとめ役に任じられた。


「この戦に勝てば国主の地位も夢ではない。だが、武者数が少なすぎる」


 旌興(はたおき)の不機嫌の理由はこの一言に集約される。代官頭(だいかんがしら)は臨時職にすぎない。連署(れんしょ)兼筆頭家老となった杭名(くいな)種縄(たねつな)と次席家老(あがめ)典古(のりふる)の対立で国主が決まらないため、鯖森国に氷茨家の次に大きな領地を持つ旌興がとりあえず代理をしているだけなのだ。

 戦で手柄を立てればもっと上の地位を得られるかもと野心が頭をもたげるが、味方の兵力は五千。渡海してきた桜舘軍はその倍はいるはずだ。


「入海砦に五百を残し、港町に一千、ここにはたったの三千五百。合戦は難しいから、こうして出張ってきたのだが……」


 砦に五千で籠もれば簡単には落城しないが、勝てる見込みもない。援軍はしばらく来ないからだ。成安家は主力を墨浦に集めようとしていた。


「沖里公が鮮見家をたたいてくれたので、そちらの警戒がしばらくいらないのはありがたいが、武者の半分を連れていかれてはな」


 半空国が占領され、薬藻国では連橋(つらねはし)城が包囲されている。弱っている鮮見家より墨浦に陸続きの両国に軍勢を向かわせたいのは分かるが、御使島の三国はしばらく自力で守りきらなければならない。他の砦の武者を減らし、侵攻を受ける可能性が高いこの港へ集めたが、五千が限界だった。


「だが、簡単にこの川は渡らせぬ。しかばねの山を築くがいい」


 涼岩川(すずいわがわ)は森の中を流れる小川で、一番深いところでも腰くらいしかない。しかし、こちらの岸は急に盛り上がってきつい坂になっていて、しかも道の両側が川の方へ崖のように張り出している。そこへ木の柵をめぐらし、坂の上に大きな盾を並べて封鎖すれば、まるで水堀と細い通路を見下ろす城の(くるわ)のようになる。


「上流や下流へ回っても馬が登れるような場所はないはずだ」


 桜舘軍は約七千、半数以上が騎馬隊だ。一万ほどが上陸したと物見は報告したが、周囲は歩くのも困難な深い森と険しい岩場なので、迂回して背後に回っている可能性は低いだろう。


「ここはかつてこの町を支配していた封主家が何度も敵を撃退した場所だ。お前の献策も採用したしな」


 旌興はそばに立つ男に不愉快そうな視線を向けた。自称軍師の藁焚(わらたき)希敦(まれあつ)耳障(みみざわ)りな甲高(かんだか)い声で自信ありげに説明した。


「登ってくる道のところどころに穴を掘り、縄を張り、逆茂木(さかもぎ)を設置しました。短く切って皮をむいた太い枝やすべすべした緑の葉をばらまき、滑りやすくもしましたね。その上へ大量の落ち葉をかけて隠してあります。きっと足を止められますよ」

「うむ。しばらくは持ちそうだな」

「それにしては不機嫌ですね。何が気に入らないんですか」


 本人は無自覚だろうが、物分かりの悪い子供をあやす声音(こわね)に聞こえ、旌興はつい責めるような答え方になった。


「お前はここで戦うことに反対だったではないか。今でもそうではないのか」

「もう敵が近くにいるんですよ。今さら引くわけにはいかないですよ。まだそんなことを考えていたんですか」


 呆れているのが丸分かりで、嫌味のように聞こえてしまう。


「目の前の敵に集中してください。鳥狩(とがり)様の名前が天下に轟く戦いがもうすぐ始まるんですからね」


 機嫌を取ったつもりらしいが逆効果だ。旌興は溜め息を吐いて川向うの桜舘軍に目を向けた。

 藁焚(わらたき)希敦(まれあつ)という男は三十二歳、成安家の譜代の家臣で鯖森国に三百貫を()む。武芸より軍学を好み、田舎を嫌って墨浦の軍学塾で学んでいたが、狢河原(むじながわら)の戦いで兄が戦死し、国へ戻って家督を継いで出仕した。頭は悪くないので、旌興は面倒な仕事や領民に嫌われそうな役目を(おも)に任せ、それなりに使える男と思っていた。それが、こたびの戦が起こると急に進言してきたのだ。


「桜舘軍が北の(はし)に上陸したと聞きましたよ。どうなさるおつもりなんですか」


 緊急に招集した軍議でいきなり発言したのだ。家老たちを差し置いての出しゃばりに皆顔をしかめたが、希敦は気にせず自分の意見を述べた。


「この砦は捨て、南の(とまり)城へ全軍を集めて籠城するのがよいですね。すぐにご命令ください」


 旌興は驚いて叱り付けた。


「ここを捨てろだと? そんなことができると思うのか! 戦の前に士気を下げるようなことを言うな!」


 無礼さもだが内容にも腹が立った。だが、希敦は耳に入らなかったような顔で提案の理由を述べた。


「この入海(いりうみ)砦は町から離れていて、桜舘軍が港を占領したら孤立しますよ。桜舘家は港へ武者や兵糧を降ろし、こちらはこの砦から出られなくなりますね。頼みの警固衆(けいごしゅう)は墨浦にいて、楠島水軍を追い返したり兵糧を運んできたりは期待できないですよ。(とまり)城は鯖森国の主城で最も堅固で守備の武者は一千四百、合わせれば六千を超えますね。墨浦にも近く、警固衆の支援も期待できるでしょうしね」


「泊城に籠もれば鯖森国の北部は占領されるぞ」

「確かにそうなるでしょうな。敵はまず北部を制圧してから南部の泊城へ向かってきますから、半月程度の時間が稼げて防戦の準備ができますよ。落とした砦には守備の武者が必要で、特に白泥国(しらひじのくに)との境に近い広靄(ひろもや)砦には数千を置くでしょうから、敵は武者を分散することになり、泊城に来る数は減りますね」


「しかし……」

「当家を滅ぼすには墨浦を陥落させなければなりませんが、容易なことではありませんよ。桜舘家は御使島の戦が終わったら軍勢を大門国へ移動させたいでしょうね。泊城で六千余りを抱えていれば敵は無視できず、この国に釘付けにすることができますよ。戦に勝利したあとその功績を主張すれば、北部を一時的に占領されたことを責められはしないでしょうね」


 諸将の目が集まった。旌興は迷ったが、却下した。


「この町は鯖森国北部の中心地。敵に明け渡すことはできぬ」


 国主になるには民に嫌われてはならない。町を守らずに逃げたら民心は離れるだろう。領主である重臣や武家も怒るのは確実だ。


「五千の武者がいるのだ。町に入る前に迎撃する」


 旌興は地図の一点を指さした。


いわ()()橋ですか。安直(あんちょく)ですね」


 希敦は鼻で笑ったが、旌興は無視して続けた。


涼岩川(すずいわがわ)に陣を布いて迎撃する。あの橋を渡る以外、町へ来る道はない。北へ戻って別な道へ迂回すると十日はかかる。それだけ時間を稼げば敵の兵糧が尽きるかも知れぬ」


 可能なら撃退したい。できなくてもできるだけ時間を稼ぎ、町を守るために頑張ったことを印象付けてから撤退したい。戦わずに引くことなどできなかった。


「敵には水軍がありますよ。兵糧が尽きることはないでしょうな。直春公は略奪や狼藉(ろうぜき)は許さないそうですから民は安全です。半空国でも起きていないらしいですよ」

「だが、この砦は警固衆の拠点でもある。勝手に放棄はできん!」


 先年豊津沖で負けて船の数が減ったが、それでも水軍の発言力は(あなど)れない。国主になるため彼等に嫌われたくなかった。


「仕方ないですな」


 希敦は自分が決定者であるような口調で言った。


「では、いわ()()橋に向かうとして、武者は三千五百にしましょう。一千は港に置きます。桜舘軍が(から)の港に上陸して武者を降ろしたら退路を断たれますよ」

「それはそうだな。だが、三千五百で勝てるのか」

「お任せください。私に策がありますぞ」


 希敦の提案は具体的で、その通りにしてある。川底をさらって深くし、水の中に乱杭(らんぐい)を並べて縄を張り、歩きにくくした。ところどころに穴を掘って(つぼ)(おけ)を埋めたので、足を突っ込んだら体が沈み込んで(おぼ)れそうになり慌てるだろう。敵武者の足がとまったら矢や投石で狙い撃つ。


(かん)(さわ)る男だが軍学の知識はある」


 役に立つことを言うせいで一層腹が立つが、他によい案を出せる者はいなかったので、この男を当てにするしかない。旌興は仕置き(はたけ)が長く、もう四十を越えているのに戦場には数回しか出たことがない。誰でもいいから頼りたい心境だった。


「とにかく守りは固めた。敵が攻めてきたら矢をお見舞いするだけだ」


 そうつぶやいて、旌興は気を引き締めた。


「なぜ敵は動かぬのだ」


 翌日の昼前、旌興は同じ場所で床几(しょうぎ)に座ってあくびをかみ殺していた。


「丸一日敵は何をしていたのだ。夜も動きがなく、明るくなっても攻めてこない。何がしたいのだ」


 貧乏ゆすりのしすぎでふくらはぎがつりそうだった。気が進まなかったが自称軍師に水を向けた。


「どう思う」


 希敦はただでさえ悪い目つきをいっそう細めて首を傾げた。


「何かを待っているのかも知れないですな」

「何をだ?」

「分かりませんね。ただ、この状況を変える何かでしょうよ」

「要領を得ぬな」


 要するに分からないのかと内心で嘲笑(あざわら)ったところへ、伝令の武者が駆けてきた。


「入海砦より参った。至急ご報告申し上げたい!」


 通された武者は汗もぬぐわずに荒い息で報告した。


「楠島水軍が半空国の港を出港、まっすぐに鯖森国へ向かってきました。現在砦より一刻ほど南の浜辺に小舟を使って武者を降ろしております。一隻に乗れる数から推測しますと、恐らく五千ほどと思われます」


 武者は一息にしゃべると、勢いよく頭を下げた。


「砦に援軍をお送りください。とても防ぎきれません」


 言い終えると、ばたりとその場に倒れた。肩を大きく上下させて顔から汗がぽとぽとしたたっている。そばにいた武者二人が両脇から抱えて立たせ、草の上に連れて行って寝かせて竹筒の水を与えた。


「まんまとしてやられましたな」


 沈黙が広がった本陣に希敦の冷ややかな声が響いた。


「敵はこれを待っていたのですな。始めからこういう計画だったのでしょうよ」

「どういうことだ?」


 かろうじて絞り出した問いに、あざけるような返答が戻ってきた。


「敵はわざと北に上陸し、ここで迎撃できると示して我々を砦からおびき出したのですよ。一万の内三千程度は小荷駄隊の偽装ですな。豊津に集まっていた敵武者の数と計算が合いませんからね。恐らく噂に聞く大軍師か、それとも副軍師か、どちらかの策でしょうな」


 希敦は驚いていなかった。目をらんらんと光らせ、それ見たことか、私は反対したのにと言わんばかりだった。


「だが、こちらにも手はあります。むざむざやられはしませんよ」

「どんな手だ」


 悔しがることも忘れて旌興はすがった。


「すぐにここを引き払い、港の方へ戻りましょう。ただし、砦には戻りませんよ」

「なに?」

「この坂には落ち葉を大量にまき、太い枝もたくさん混ぜましたな。火をつければしばらく登ってこられませんぞ。その間に距離を稼いで途中の森の中に隠れ、敵が追いかけてきたら奇襲するんですよ。前、中、後ろの三か所程度で同時に攻撃すれば、敵は大混乱になるでしょう」

「なるほど……、ううむ」


 旌興は感心しそうになったが、首を振った。


「駄目だ。それでは砦が落ちる。町に敵の武者が入ってしまうかも知れぬ」

「港に一千がいます。砦に向かわせましょう。または町を守らせます。最善はこちらに来て奇襲に加わってもらうことですがね」

「いや、それは無理だ。上陸した新手は五千だそうだ。一千では防げぬだろう。砦は港から遠いゆえ、行かせても既に包囲されているかも知れぬ。やはり我等と一千が合流し、砦に向かうべきだ」


 希敦はさらに反論しようとしたが、旌興はそれをさえぎって命じた。


「全軍砦に戻るぞ。すぐに出発する!」

「では、せめて火を放つ許可を。それと、砦や港方面の様子を探らせに馬で行かせますぞ」

「それは認める。すぐにやれ!」


 ははっ、と数名の武将が走っていき、陣内は慌ただしくなった。


「砦に籠もっても無駄なのが分からないのですかねえ」


 不満そうにつぶやく声から遠ざかるように、旌興は馬を歩かせ始めた。

 岩ヶ根橋から町まで二刻はかかる。焦る気持ちを落ち着かせようと深く息をしながら旌興は進んでいった。落ち葉を燃やしたためか、桜舘軍が追い付いてくる様子はなかった。海岸沿いの道を進む時、入り江の中に楠島水軍の旗を立てた船が数隻浮かんでいるのが見えた。

 ようやく港町に着き、中央を流れる真東川(まひがしがわ)の橋を渡った。西の山からまっすぐ流れてくる大きな川だ。旌興は一千を呼び寄せて隊列に加えると、すぐに進軍を再開した。


「町を守れなかったか」


 旌興は悔しかった。


「だが、まだ負けたわけではない。南の敵を撃退して砦に入れば負けはせぬ。敵が引いていく時に追撃して打撃を与え、町を解放すれば面目は立つ」


 ぶつぶつ言いながら考えをめぐらせていると、希敦が近寄ってきた。


「橋の踏み板をはずすべきです。少しは時間が稼げます」


 北から来る桜舘軍の到着は少しでも遅い方がよい。頷いて命じた。


「分かった。すぐにやらせろ」


 希敦が側近を呼び寄せようと声をかけた時、前方から騎馬武者が走ってきた。


「代官頭様はいらっしゃいますか!」


 先行させた物見の者のようだった。


「敵がこっちへ来ます!」


 武者は馬から飛び降りて報告した。


「南へ上陸した桜舘軍は、一部を砦の抑えに残し、四千ほどでこの港へ向かってきております!」


 旌興は頭が混乱した。


「どういうことだ?」

「退路を断たれましたね」


 希敦は人事(ひとごと)のように解説した。


「やはり、敵のねらいは我々を砦からおびき出してたたくことだったようですな」


 あなたは見事に(あやつ)られたのですよと言いたげな口調のまま、希敦は提案した。


「一千を前進させ、途中の森に伏兵させましょう。我々は町の手前で迎撃の陣を張って敵を受け止め、伏兵が背後から奇襲するのです。勝つにはこれしかありませんな」


 希敦は淡々と策を述べた。


「南の敵に勝ったら砦に向かい、包囲を解いて中の五百を救い出し、一緒に泊城へ逃げるか、砦に籠もるか、川を渡ってくる敵の主力と合戦するかですね。連戦になりますので、泊城へ逃げるのが堅実ですな」


 旌興は渋い顔で耳を傾け、尋ねた。


「北の敵は騎馬隊が多かったから足が早い。南の敵と戦闘中に川を渡ってきたらどうなる」


「挟み撃ちにされますな。その場合は突破して泊城へ逃げるしかありませんが、大損害が出ますな。そうせぬには、できるだけ早く決着を付けるしかないですね。こちらは四千五百、敵は四千とのこと。奇襲が成功すれば勝てる可能性は低くありませんよ」


「ううむ……」


 旌興は迷った。


「勝てなかったらどうなるのだ……」

「その時は降伏するしかないでしょうな。それが嫌なら腹をくくって必死で戦うしかありませんね。早く命令しないと伏兵できませんよ。さあ、ご決断を」


 希敦が迫った時、後方の武者たちがどよめいた。


「何事だ?」


 振り向くと、橋の向こうの海岸沿いを桜舘家の旗を立てた軍勢が進んでくる。ほとんどが騎馬武者で、先頭に青い鎧の武将が見えた。


「もうあそこまで来たのか」

「早く橋を落とさないとまずいですぞ」


 希敦の声にも焦りがにじんだ。


「て、敵だ!」


 前方からも声が聞こえた。物見の騎馬武者だ。


「もうすぐ敵がここに来ます。早く迎撃のご準備を!」

「こうなったら町屋に兵を伏せるしかないですな。まだ間に合いますから伏兵の指示をお早く願いますよ。勝ち目がなくなりますぞ!」


 希敦が急かすと、注目を浴びた旌興は顔を上げ、前と後方を眺めると、馬首を西へ向けた。


「町を戦場にはできぬ。移動するぞ。南へは行けぬから、西へ向かうぞ!」


 いうなり馬を走らせた。


「この町を放棄なさるのですか。砦の武者はどうなさるおつもりですか!」


 希敦が叫んだ。


「全員こっちへ来い! 別な城へ移動する!」


 顔を前に向けたままわめき返し、呼び寄せた側近に命じた。


「お前たち、橋を落とせ! 今すぐにだ! 終わったら追ってこい!」


 代官頭は馬を加速させ、川沿いの道を西へ走っていってしまった。


「怖くなって逃げたな!」


 希敦が吐き捨てるように言った。武将や武者たちは顔を見合わせていたが、旌興の行った方へ向かった。総大将がいなくなったのだ。戦うことはもうできない。逃げるしかなかった。

 四千五百はゆっくりと歩き出し、やがて恐怖にかられたように速度を上げ、ついには必死の駆け足になって西の方へ去っていった。

 橋を落とせと命じられた武者たちは自分たちも一緒に行こうか迷っていたが命令を優先した。歩き出した武者たちに希敦が歩み寄ってささやいた。


「踏み板を一枚ずつはがしていたら間に合いませんし、味方に置いていかれますよ。そこの油屋から(たる)を持っていって橋にまいて、(すべ)って渡れないようにするのがよいでしょうね」


 武者たちは顔を見合わせて頷いた。やがて川の方で煙が上がり、民が騒ぎ出した。側近たちが馬で駆け戻ってきて旌興を追いかけていった。


「おやおや、火までつけるとは。(あるじ)もああなら家臣も下衆(げす)ですね」


 町の中で大きな火の手が上がればどうなるかは明白だ。既に数(むね)に燃え移り、町は大混乱になっていた。


「さて、あいつには愛想が尽きましたよ。桜舘軍が来るまでどうしますかね」


 希敦は少し考えて、橋の方へ向かった。


「焼け落ちる前に民に火を消させ、やつらを渡らせますか。町には大分燃え広がりそうですね。きっと消火を始めますから、手伝って役に立つと思わせるのですよ」


 自称軍師は皮肉な笑みを浮かべていた。

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