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狼達の花宴 ~大軍師伝~  作者: 花和郁
巻の四 知恵者と勇者
30/66

(巻の四) 第二章 峠を越えて

『狼達の花宴』 巻の四 狢宿国要図

挿絵(By みてみん)


 紫陽花月(あじさいづき)二十六日の朝、桜舘軍は豊津城の大手門前広場に整列した。(かかと)の国へ出陣するためだ。


「では、留守を頼むぞ」


 白い鎧姿の直春は豊津城筆頭家老の蓮山(はすやま)本綱(もとつな)に声をかけた。城に残す一千五百は彼の指揮下に置かれる。


「はっ! 葦江国(あしえのくに) のことは心配いりません。報告の書簡は毎日お送りします。茅生国の景堅殿や楠島(くすじま)水軍とも連絡を密にして、北への警戒は怠りません」


「うむ。貴殿なら安心だ」


 続いて仕置(しおき)奉行の萩矢(はぎや)頼算(よりかず)に目を向けた。


萩矢(はぎや)殿、兵糧の手配は任せたぞ」

「はい。豊津の商人たちと話がついております。足りなくなる心配はございません。輸送を担当する小荷駄隊も準備ができております」

「それは心強い」


 豊津の商人衆も見送りに来ている。直春がそちらに会釈すると、彼等も返礼した。

 妙姫が夫の手を両手で握り締めた。


「どうか、ご無事でお戻りください」


 直春は片手で妻を胸に抱き寄せた。


「心配はいらない。こたびの戦の主戦場はもっと南だ。俺たちの役目は宇野瀬領を西から脅かし、敵を動きにくくさせることだ。大きな衝突にはならないはずだ」


 成安家の本隊は大門国(おおとのくに)墨浦(すみうら)から旭国(きょくこく)街道を北上して狢宿国(むじなやどのくに)の南部へ出る。一方、桜舘家は葦狢(あしむじな)街道を東に進んで同国の西部へ出る。つまり、別働隊の位置付けだった。


「分かっております。自分にもそう言い聞かせています。けれど、あの連署(れんしょ)のことです。何を押し付けてくるか分かりません。私は不安なのです」


 妙姫は記憶に刻むように夫の顔をじっと見上げると、体を離して菊次郎に頭を下げた。


「直春様と家臣たちを頼みます」

「直春さんは必ず無事に連れ帰ります。武者たちもできるだけ傷付けないようにします」


 妙姫は桃色の鎧の弟をやさしく励ました。


「直冬もしっかりね。直春様や菊次郎さんの足を引っ張らぬように、頑張ってついていくのですよ」

「はい、姉上。分かっています」

「菊次郎さん、弟もお願いします」


 隣の雪姫が姉を安心させるように言った。


「大丈夫だよ。菊次郎さんに任せれば」


 雪姫は菊次郎を信じているようだった。


骨山(ほねやま)願空(がんくう)にだって勝てると思う。みんな無事で帰ってくるよね?」

「ええ、そのつもりです」


 菊次郎が約束すると、真白(ましろ)を肩に乗せた田鶴が不満そうに言った、


「本当はあたしも行きたいんだけど」


 田鶴は今回豊津城に残る。長い戦になるかも知れないので、女の子の田鶴は同行させないことにしたのだ。


「雪姫様や妙姫様を守ってほしい」

「分かってる」


 留守にする間それが一番心配だと直春と菊次郎が説得し、田鶴は渋々受け入れた。


花千代丸(はなちよまる)、母上を頼むぞ。お(とし)もな」


 二歳の嫡男は四十過ぎの侍女と手をつないだまま父に元気に頷いた。


「忠賢さん、二人を助けてあげてね」


 雪姫が言うと、青い鎧の忠賢は笑って()け合った。


「任せとけ。こいつらに死なれたら俺も困る。もう浪人したくはないからな。なんとしても生かして連れ戻るさ」


 挨拶が終わると、直春は手綱を受け取って馬を引いていった。騎乗して先頭に立つのだ。

 菊次郎が自分の馬のところへ行くと、五人の護衛が武装して待っていた。


「みんなはもう別れをすませたの?」


 彼等は顔を見合わせ、友茂が言った。


「はい。両親と友人たちには挨拶しました」

「私もしてきました」

「帰れるのがいつになるか分からないからね」


 安民と則理も答え、光風は黙って首を縦に振った。


「昨夜は妻の作ったごちそうを小太郎と三人で食べました。ありがとうございます」


 利静が礼を述べ、一緒にいた嶋子(しまこ)も丁寧にお辞儀をした。菊次郎は家族と共に過ごすようにと、一日だけ五人の護衛の任務を解いたのだ。


「もう出発ですね。申し訳ありません。夫にこれを渡そうと思いまして」


 嶋子が促すと、三歳になった小太郎が利静に小さな巾着袋を差し出した。


「薬を包んだ飴です。風邪に効くそうです。多めに入れてありますので皆さんもどうぞ」

「ありがとう。大切に食べるよ」


 利静は涙ぐむ妻を抱擁し、嶋子は離れていった。


「やはり不安なのですね」


 菊次郎が言うと、妻と息子の背中を見つめながら利静は頷いた。


「ええ、随分心配しますので、先月の菜摘原(なつみはら)の戦の話をして、大丈夫、生きて帰れるよと言い聞かせました」


 軍勢が動き出した。馬にまたがった菊次郎の隣を歩きながら利静は語った。


「あの合戦の時、追撃しようという忠賢様の提案に菊次郎様は反対なさいました。敵を撤退に追い込んだのだから、これ以上の戦いはいらないとおっしゃって。その後、敵に備えがあり、追撃は危険だったことが分かりました」


 多くの者たちが城の前で出陣していく夫や父や息子を見送っていた。嶋子と小太郎が手を振っている。雪姫や田鶴たちもこちらを見つめている。利静や菊次郎も手を振り返した。


「私は妻に言いました。菊次郎様は武者の命を大切になさる方だ。死傷者をできるだけ少なくしようとお考えになる。だから、今回も、たとえ負け戦になったとしても、多くの者が生きて戻れるはずだ。俺も他の四人も必ず帰ってこられるよと」

「その通りですね! さすがは利静殿です!」


 友茂が感激した様子で同意した。安民や則理もなるほどという顔だった。


「俺もそう言えばよかったです」

「それは説得力あるね」


 光風まで頷いている。


「そううまく行くでしょうか」


 菊次郎は自分の肩に多くの武者の命がかかっていることを改めて思い知らされた気分だった。今回は成安家に命令される立場で思うようには動けないから一層不安だ。


「全てはあの人次第です」


 連署の眼鏡面を思い浮かべると、それを察したらしく友茂が言った。


氷茨(ひいばら)様がすぐれたお方だとよいですね」

「そうですね。僕たちもできるだけ助けるつもりです」


 あまり好きになれない人物だが、立場相応の知恵と勇気を備えていてほしかった。でないと、宇野瀬家を実質的に動かしている骨山(ほねやま)願空(がんくう)には勝てない。彼に雇われている赤潟(あかがた)武虎(たけとら)も敵側に立って活動するはずだ。彼等の動きをどれだけ菊次郎や直春が見抜いて対抗できるかで、戦の結果は大きく変わるかも知れない。


「頑張りましょう。生きて帰るために」


 利静が言った。


「そして、国主(こくしゅ)様の理想を実現するために」

「おう!」


 他の四人が応じた。菊次郎が話したので、五人は直春の願いと目標を知っている。天下統一と聞いて驚いていたが、異口同音に直春と菊次郎ならかなえられると協力を誓った。


「まだようやく一国を得ただけで先は長いです。こんなところで負けてあと戻りするわけにはいきません」


 菊次郎は妙姫や雪姫、田鶴との約束を思い出し、必ず直春も忠賢や直冬も、五人の護衛も、そして武者たちも、全員無事に連れ帰ろうと固く決意した。



 豊津を出発した桜舘軍三千五百は駒繋(こまつなぎ)城で一泊し、城代家老槻岡(つきおか)良弘(よしひろ)良道(よしみち)親子の一千五百を加えて葦狢(あしむじな)街道を東へ進んだ。長斜峰(なはすね)半島を東西に分ける大長峰(おおながね)山脈の坂を上り、(いのり)峠を越えると、その先は宇野瀬領だ。

 険しい山道を五千の軍勢と兵糧を運ぶ小荷駄隊二千は黙々と歩いた。そうして二十八日の夕方に、森に囲まれた小さな村に着いた。

 村の入口には頑丈そうな門があった。軍勢が見えていたのか、近付いていくと数人が門の前に出てきた。


「抵抗は致しませんので、どうかご無体なことはなさらないでください」


 低すぎるほど頭を下げた村長(むらおさ)に、直春は丁寧に頼んだ。


「しばらく滞在させてもらいたい。もちろん、食料や薪にはきちんと金を払う。略奪や狼藉(ろうぜき)は厳しく禁じる。我々の邪魔をしなければ、村の支配にも口は出さない」


 村人たちは安堵した様子になり、村長は世辞を言った。


「さすがは名君と名高い直春公でいらっしゃいますな。今のお言葉を皆に伝えましょう。ご領主様の手前、歓迎申し上げるわけには参りませんが、できるだけの便宜をおはかり致します」

「ありがたい。家屋敷を接収するつもりはない。俺たち全員を収める砦を作りたいので、場所を提供してもらいたい」


 村長の承諾を得ると、菊次郎は小荷駄隊の武将と村の中を回って、門のそばの開けた場所を野営地に定めた。


「今夜は野宿ですね。明日から砦造りを始めましょう」


 各隊はすぐに食事や寝床の準備に動き出した。直春も村長の招待を断って武者たちと共に働き、一緒に寝た。

 翌々日の百合月(ゆりづき)一日の早朝、直春と菊次郎は騎馬武者五百を連れて村を出発した。成安家の軍議に参加するためだ。護衛と周辺の視察を兼ねて忠賢も同行している。


「つまり、俺たちが腰を据えた村は、峠越えの準備をする場所として作られたのか」


 忠賢は馬で坂道を(くだ)りながら言った。


「そうです。だから一息村(ひといきむら)という名前なのです」


 (いのり)峠を越える前や越えたあと、人々は村に泊まって一休みする。街道を使った交易を振興しようと、かつての領主が村を作らせたのだ。この村より西には人は住んでいない。

 豊津方面から狢宿国へ入るには必ず通る場所で、その先は街道に枝道が増えていく。逆に言えば、ここを失うと葦江国へ戻れなくなる要地だ。菊次郎は街道を歩いたことのある田鶴に話を聞いて、この村を拠点にしようと始めから考えていた。


「敵の城はこっちだな」


 忠賢が真東を指差した。葦狢街道をまっすぐ進むと、狸塚(まみづか)という大きな町に出る。そこが宇野瀬家のこの国の拠点だった。隠密衆からは、現在二万ほどの軍勢がいると報告を受けている。しかし、菊次郎たちは途中で右に折れ、細い道に入った。


「今日の目的地は南東です。一息街道を使います」


 狢宿国の中央を狢川(むじながわ)という大河が東西に流れていて、その南側は成安領だ。この川を渡る唯一の橋が狢橋(むじなばし)という大きな橋で、一息街道は村とその橋を結んでいる。

 しばらく進むと深い谷があり、長いつり橋が架かっていた。


「この川は村のそばを流れているのと同じか」


 直春が馬のまま橋の中へ進んで、深く水量が多い急流を見下ろした。


「そうです。一息川です」

「一息橋っていうのか。馬でもなんとか渡れるが、一度にたくさん渡るのはやめた方がいいな」


 忠賢の言う通り、つり橋は不安定でよく揺れた。直冬は怖がって馬を下りて渡り、下を見ないようにしていた。


「もしもの時は、この橋を落とすと通行を遮断できますね」


 この川は葦狢街道も横切っていて、そちらには浅瀬新橋という橋がある。名前の通り歩いても渡れる場所だし、交易に重要な街道なので、その橋を壊すのは避けたいところだ。

 そんなことを考えながら一息川に沿って南下すると、やがて狢川との合流地点に出て、狢橋が見えてきた。

 狢宿国には旭国(きょくこく)街道が南北に走っている。宇野瀬家の狸塚(まみづか)城から南下してこの橋を越え、まっすぐ行くと成安領の中心地の寝入(ねいり)城がある。さらに進めば薬藻国(くすものくに)を経て成安家の本城である大門国(おおとのくに)の墨浦へ至る。

 宇野瀬領と成安領を分ける関所でもある大きな橋へ近付いていくと、橋を守る砦の上に多数の武者が現れて弓を構えた。

 直春が使者を出して元尊の手紙を届けさせ、通行の許可を求めると、ここの守備武者五百を束ねる武将が現れて手紙と直春や菊次郎たちの顔を何度も見比べ、門を開けてくれた。だが、寝入(ねいり)城へ向かおうとすると、騎馬武者はここに置いていくように言われた。


「何でだよ!」


 忠賢は怒ったが、関所の守将は譲らず、直春と菊次郎と忠賢以下二十騎ほどで向かうことになった。

 部下と引き離されてふくれっ面の忠賢をなだめようとすると、騎馬隊の将はじろりと横目で見て言った。


「この分じゃ、あまり歓迎されてなさそうだぜ」

「そうですね。先が思いやられます」


 菊次郎は嫌な予感がしたが、行かないわけにはいかなかった。

 寝入城は対宇野瀬家のために成安家が力を入れて築いただけあって立派な城だった。城壁が高く空堀も深い。数万の軍勢を収容でき、数年の籠城に耐えそうだ。現在拡張工事中の豊津城の参考にしようと、菊次郎は興味深く眺めながら案内の武者について歩いていった。

 控室に通され、弁当を食べ終わった頃に呼ばれた。この城で最も広く豪華な評定の間は既に多くの武将で埋まっており、直春と菊次郎と忠賢は注目を浴びた。三人が(すす)められた座布団に座ると、司会役の武将が大声で宣言した。


「では、軍議を始める」


 諸将は上座の成安宗員(むねかず)に一斉に頭を下げた。当主宗龍(むねたつ)の弟で現在三十三歳。兄同様大した才のないぼんくらと噂され、飾り物の大将であることは明らかだった。隠密の集めた情報では、兄に心服はしていないが、殺して取ってかわろうとするほどの野心もない人物らしい。

 宗員(むねかず)は何か言おうかと考える様子をしたが、言葉になる前に左手前に座っていた氷茨元尊が口を開いた。


「この戦いには必ず勝たねばなりませぬ」


 眼鏡の連署はいきなり大声で宣言した。


「当家の威信のかかった大戦です。負けは許されません。(おの)(おの)(がた)、それを心にとめた上で、遠慮なくご発言いただきたい。では、まず、当方から状況をご説明申し上げ、作戦をご提案致したい」


 ここで一番偉いのは自分であることを示すと、元尊は背後にいた人物を紹介した。


「我が兵法(へいほう)の師、陰平(かげひら)索庵(さくあん)先生でございます」


 一礼して前へ出てきたのは四十代後半とおぼしき人物だった。やせぎすで頬がこけ、腹だけ出ている貧相な男だ。中級武家用の直垂(ひたたれ)を着て脇差を帯びている。武芸は苦手そうで、書斎に引きこもって書物をもとに戦を論じる学究(がっきゅう)()だろう。鼻とあごの下にひげを生やして威厳を増そうとしているが、あまり成功していない。


「博学多識、若くして学才で名を知られた方です。氷茨家の臣であり、御屋形様(おやかたさま)直臣(じきしん)ではございませぬが、どうか耳を傾けていただきたい」


 索庵(さくあん)宗員(むねかず)と諸将に深々とお辞儀をすると、遅めの重々しい口調で話し始めた。


「こたびの戦は当家にとって非常に重大なものでございます。それはこの戦の結果次第で踵の国の勢力図が変わるからでございます。敵は宇野瀬家、強大でございますが、連署様がおっしゃった通り、負けは許されぬ戦と存じます……」


 元尊はうむと頷いた。この戦は誰よりも元尊にとって負けてはならないものだったのだ。

 この大戦の発端(ほったん)飛鼠(とびねず)家十七万貫の反乱だ。三十年ほど前に自力で磯触国(いそふりのくに)を統一した封主家で、その後成安家に従属したが、しばしば反乱を繰り返してきた。不満を聞き入れてもらえない場合、城に籠もって反旗をひるがえし、包囲軍と交渉して満足のいく回答を得たら帰参するのだ。

 今回の理由は元尊の兵糧供出(きょうしゅつ)命令だった。天候不順などで御使島(みつかいじま)は昨年大凶作で、鮮見(あざみ)家との戦の食料が足りなくなったのだ。領内全ての国と従属する諸家が要求の対象で、桜舘家もやむなく応じたが、これが一度ではなかった。

 磯触国(いそふりのくに)は狢宿国から突き出ている半島で、宇野瀬家とも境を接しているから警戒は怠れない。何度も免除を願ったがはねつけられ、いつもの反乱を起こした。

 元尊は兵糧を出さないなら滅ぼすと脅したが、その使者を飛鼠(とびねず)家の家臣が殺してしまった。慌てた飛鼠家の当主に骨山願空が援軍を送ろうと申し出て、事態が大きくなったのだ。


「飛鼠家は現在、狢川の河口の砦に三千五百を置いて国境(くにざかい)の橋を封鎖し、我が軍の進路を阻んでいます。一方、北の狸塚(まみづか)城には宇野瀬家の軍勢二万がいて、狢橋へ攻め寄せる動きを見せております」


 索庵の説明を聞いて、隣にあぐらをかいている忠賢が小声で言った。


「つまり、その宇野瀬軍を打ち破らないと、飛鼠家を討伐できないってことか」

「そういうことです」


 菊次郎はささやき返した。

 飛鼠家の蹴浜(けりはま)城は寝入城の真東にあり、狢川を渡って磯触街道を進めば一日の距離だ。十七万貫五千一百人の小封主家を滅ぼすのは成安家にはたやすい。だが、北の狸塚(まみづか)城に宇野瀬家が大軍を入れた。もし成安軍が全軍で飛鼠領へ侵攻すれば、宇野瀬軍は南下して狢橋の砦を攻略し、空の寝入城に攻めてくるだろう。その場合、狢宿国支配の拠点を奪われるばかりでなく、飛鼠領内へ向かった軍勢の退路を断たれてしまう。

 かといって、寝入城に多くの兵力を残して飛鼠家を攻めれば、宇野瀬軍は一部を蹴浜(けりはま)城へ援軍として派遣するに違いない。狸塚城からも道がつながっているのだ。つまり、狸塚城、寝入城、蹴浜城を頂点とする三角形の位置関係になっている。


「となると、主敵は宇野瀬軍だな」


 直春が身を反らして首を向けた。後ろに座っている菊次郎は体を近付けて答えた。


「そうです。当主長賀(ながよし)と筆頭家老骨山願空の姿も確認されました。宇野瀬家は本気です」


 湿(しめ)(はら)の合戦から一年半が過ぎている。願空は宇野瀬家内の敵対勢力をほぼ排除して権力を確立していた。


「飛鼠家を取り込むつもりなのか」

「恐らくそうでしょう。狢宿国の完全支配をねらっているのかも知れません。成安家に打撃を与えたいのだと思います」

「では、この戦、簡単には終わらないな」

「当家にとっては困ったことです。とにかく、宇野瀬家の軍勢をなんとかして追い返す必要がありますね」


 ささやいた菊次郎は、元尊ににらまれていることに気が付いた。


「静かに聞いていただきたい」


 嫌味たっぷりに言われて菊次郎は頭を下げた。


「嫌われてるな」


 忠賢が小声で言って笑った。索庵は菊次郎たちが黙ると再び口を開いた。


「状況はただ今説明した通りです。そこで、今回の作戦はこのようになります」


 索庵は諸将の前に広げられた大きな地図の上を棒でつついた。


「我が軍三万のうち九千に狢橋を越えて北上させ、西から桜舘軍五千が進軍し、狸塚城を挟み撃ちにします。宇野瀬家がそちらで防戦している間に、我が方の主力二万は一気に狢川の河口の水門橋(みとばし)を渡り、砦には抑えの兵を置いて封じ込め、蹴浜城へ向かいます」


 索庵は元尊の向かいに座る六十間近の大柄な武将に目を向けた。


「狸塚城攻撃の指揮は沖里(おきざと)様にお願い致します」


 呼びかけられた成安家の宿将は、鋭いまなざしをやや細めて即答した。


「断る!」


 雷のようなしゃがれた大声に索庵はびくりとしたが、口調や表情に恐れを出しはしなかった。


「蹴浜城を攻める主力は連署様が指揮をおとりになります。となれば、もう一方の軍勢は沖里(おきざと)様にお任せするのがふさわしいと存じます」


 この場にいる諸将の中で総大将宗員(むねかず)の次に地位が高いのは、連署の氷茨元尊と踵の国方面の総指揮を任されている沖里(おきざと)是正(これまさ)だ。当然の人選だったが是正(これまさ)は首を振った。


「この作戦では勝てぬ。わしは勝てぬ戦はせぬ。よって指揮は引き受けぬ」


 諸将の間からどよめきがもれた。是正はほとんど負けたことがないと言われる名将だ。それは勝てるように入念な準備をし、勝てそうにない時は戦を避けてきたからだというのは周知のことだ。その是正が勝てないと断言したのだ。


「狸塚城の宇野瀬軍は二万だ。そのうち七千を残せばあの堅城を守り切れる。残り一万三千は蹴浜城へ向かうだろう。飛鼠家の兵力は五千一百、氷茨殿の率いる二万とほぼ同数になり、城を落とすのは困難だ。それどころか、両城を攻めるのに大きな損害を出せば、願空は好機とばかりにこの寝入城へ攻めてくるに違いない」


 なるほど、と諸将が頷いた時、元尊が言った。


「それは狸塚城を本気で攻めない場合ですな。落とすつもりで猛攻すれば、宇野瀬家は一万は残すでしょう。わたくしの率いる二万は宇野瀬軍の到着前に一気に水門橋(みとばし)を渡って飛鼠家の主力をまず打ち破り、蹴浜城の手前で宇野瀬家の援軍を待ち伏せて撃破します。それで飛鼠家は降伏し、狸塚城も手に入るでしょう」

「わしを捨て石にして賭けをしようというのか。多くの武者が死ぬぞ」


 四十年もの戦歴を持つ猛将の言葉には大変な重みがあったが、元尊は薄ら笑いを浮かべて跳ね返した。


「捨て石ではありません。勝算は十分にあります。必要な犠牲ですよ」


 連署として成安家を動かす元尊にとって、家中で一目置かれ、慕う家臣が多い是正は邪魔な存在だった。是正は御使島(みつかいじま)の制圧戦に反対していたし、鯨聞国(いさぎきのくに)の反乱鎮圧に手間取り犠牲や費用が増えていくにつれて、指揮をとったのが常勝の是正だったらこうはならなかったというささやきが家中に広がっている。実戦経験の少なさに引け目がある元尊にとって、しばしば反対意見を述べる是正は目障りで、力を削ぎたいのだ。


「桜舘公はどう思われる」


 是正は直春に丁寧な口調で尋ねた。桜舘家は近年連戦連勝で宇野瀬家や増富家にも勝利している。敵よりはるかに少ない兵力で勝ち続けることがいかに困難か、是正はよく分かっているのだ。諸将も年若い名将の意見に興味を引かれたようだった。

 直春は少し考え、ゆっくりと言葉を選びながら返答した。


「当家には狸塚城をまともに攻めて落とせるだけの兵力も用意もありません。攻めるなら、中にいる軍勢を引っ張り出して合戦で打ち破るか、調略など何らかの策略が必要と考えます。その準備にはかなりの時間がかかるでしょう」

「わしも同感だ」


 是正はやや表情をやわらげた。(いか)めしさが薄れ、配下の武者をとても大切にするという評判がもっともに思われる温かみのあるまなざしになった。


「桜舘公の武略は耳にしておるが、その実力をもってしてもこの作戦は難しいとおっしゃっておる。氷茨殿、考え直しなされ」


 連署は不敵な笑みを変えなかった。


「城を落とせとは言っていません。宇野瀬家に城が危ないと思わせて多くの敵武者を引き留めてくれればよいのです。蹴浜城が落ちるまで数日の間、頑張って攻め立てていただきたいのですよ」


 直春は困った顔をして大げさに首を傾げて見せた。


「敵に本気の城攻めと思わせよとおっしゃいますが、武者の数から、敵にも味方にもこの動きは陽動だと分かってしまいます。この一戦に当家の浮沈がかかっているとなれば武者たちは全力で戦うでしょうが、勝たなくてもよい戦いに死力を尽くせと言うのは難しいですね」

「勝ってくれてもかまいませんよ」


 できるものならばと言外にほのめかした元尊に、是正が不快げに眉をひそめた。


「勝ってもよいとは何事だ。そんないい加減な命令で命をかけられるか。桜舘公は幾多の苦しい戦に勝利なさってきた。その経験からおっしゃっておるのだ」


 戦場経験の不足を指摘されて元尊はむっとした顔をしたが言い返さなかった。武将としての実績がこの二人に遠く及ばないことは事実だからだ。


「それに、桜舘家の武者を多く傷付ければ増富家が勢い付く。ここと御使島に加えて茅生国にまで軍勢を送ることになれば、当家とて苦しくなるぞ」


 元尊は直春や菊次郎に対抗意識を持っている。桜舘家の力を削いでおきたいというねらいに是正も気付いているのだろう。


「では、沖里殿、我等はどうすればよいのですかな。反乱を起こした家を討伐しないわけには参りませぬ。ここまで出陣してきながら手をこまねいていれば、当家が諸家に(あなど)られますぞ。御両所にはぜひとも引き受けていただきたい」


 元尊は戦を長引かせたくないらしい。自分が攻略を主導した鯨聞国(いさぎきのくに)に戻って反乱鎮圧の指揮をとりたいのだ。成安家の主力が踵の国にいる間に鮮見家が攻勢に出る可能性もあり、長く留守にはできない。


「元尊は焦ってるな」


 言った忠賢に、菊次郎はささやき返した。


「願空の思う壺です」


 自分に反抗した飛鼠家を放置はできない。家中で恐れられていてこそ専権を振るえる。だが、戦は早く終わらせたい。その思いが、失敗すれば狢宿国まで失いかねない危険な賭けを元尊に思い付かせた。だからこそ、是正も止めようとしているのだ。

 是正が菊次郎に目を向けた。


「銀沢信家殿。何か策はありますかな」


 名高い大軍師に注目が集まった。菊次郎は少し迷ったが、振り向いた直春が頷いたので、思い切って言いたいことを口にした。


「私は飛鼠家に和平の使者を送るのがよろしいと存じます」


 是正はなるほどという顔をしたが、元尊は露骨に顔をしかめて確認した。


「飛鼠家を許せということですかな」

「そうです。反乱を起こしたことは不問に()すと伝えて帰参(きさん)を促すのです。それでこの戦は終わります」


 一層嫌そうな表情になった元尊に気付かぬふりをして、菊次郎は話を続けた。


「飛鼠家の当主は降伏要求の使者を家臣が斬った時、慌てて謝罪の使者を墨浦に送ったと聞いています。つまり、飛鼠家は反乱を起こしたけれど、戦うつもりはなかったのです。討伐軍の派遣を知って宇野瀬家を頼りましたが、戦の準備は充分と言えず、勝てるかどうか不安のはずです。御屋形様のお名前で討伐しないと約束すれば、宇野瀬家と手を切って帰順するでしょう。そうなれば、宇野瀬軍は撤退するしかなくなります」


 これなら損害も出ないし、元尊も直春たちもこの国から引き上げることができる。


「さらに申し上げれば、これを確実にするために、福値家と同盟を結び、宇野瀬家を挟撃する約束をかわすのです。そういう交渉をしていると知っただけで、飛鼠家と宇野瀬家は恐れるでしょう」


 この戦に宇野瀬家は全軍の三分の二を出陣させている。北の強国が攻め込む動きを見せれば撤退せざるを得ない。


「なるほど、福値家との同盟ですか。向こうが望むなら結んでもかまいませぬが、そううまくは行かぬでしょうな」


 元尊の口調は冷ややかだった。昨年同盟を結ぼうとしたが、自家を探題と認めろという福値家の要求を拒否して決裂したばかりだった。


「裏切り者の飛鼠家を許すことも不可能ですな。あの家は当家と宇野瀬家の顔色を窺って叛服(はんぷく)(つね)ならず信用できませぬ。この機会に小うるさい漆まみれのこうもりどもをたたきつぶして、漆器の工房を当家が直接支配するのが上策でしょうな」


 是正は呆れたように嘆息した。


「敵を()しざまに罵ったところで、自分の力が上がることもなければ相手の力が下がることもないぞ」

「あんな連中はこの呼び方で充分ですな」


 赦免も同盟もこれまでの元尊の外交方針の転換だった。それに頷けるならこんな戦は発生しなかったと分かってはいたが、やはり拒絶されてしまった。


「となりますと、狸塚城の宇野瀬軍を打ち破るしかないと存じます。宇野瀬軍が引けば飛鼠家は降伏するでしょう」


 結局、この結論になるのだ。


「何か方策がありますかな」


 期待する口調の是正に、菊次郎は首を振った。


「残念ですがありません。城を囲もうとすれば合戦になりますが、飛鼠家に備えて五千ほどをこの城に残さなくてはなりませんので、当家の五千を加えても三万、二万の宇野瀬軍に必ず勝てる保証はありません。敵将骨山願空は奸智(かんち)()けた人物で戦上手です。熟慮した作戦をもって立ち向かっても苦戦は必至です」

「信家殿のおしゃる通りだ」


 是正も同じこと考えていたらしい。


「合戦は避けるべきだ。負けた時に失うものが大きすぎる」

「恐らく宇野瀬家はこの機会をねらっていたのです。一年半ぶりに当主長賀(ながよし)公が自ら出馬してきていますし、準備は充分のようです。願空は何らかの成果を得るまで兵を引かないでしょう」

「ということは、長期戦になるな」

「そう存じます」


 諸将の口から溜め息がもれた。


「成安家は鯨聞国(いさぎきのくに)と鮮見家、我が桜舘家は増富家という不安材料を抱えています。宇野瀬家も福値家の動きが気になるはずです。敵と味方、先に引いた方が負けです。相手を追い返した方が磯触国を手に入れることになるでしょう」


 評定の間は静まり返った。上座の宗員(むねかず)は驚いた様子で菊次郎といらだたしげな連署と見比べていた。

 杭名(くいな)種縄(たねつな)という公家風の装いの武将が発言した。


「沖里殿と銀沢殿が反対しておることじゃし、氷茨殿ご提案の作戦はひとまず保留にして、他の方策を検討してはどうじゃ。こたびは宗員様を総大将にいただいた大戦(おおいくさ)。鎮圧は急がねばならぬが無理はせぬ方がよい」


 賛同する声が数人から上がった。


「そうですな」

「もっと危険度の低い作戦があるかも知れぬ」


 元尊は苦虫を噛み潰したような顔になり、杭名(くいな)種縄(たねつな)はにやりとした。種縄は五十代半ば、頭の禿()げかかった小ずるそうな小男だが、次席家老で反氷茨派の領袖(りょうしゅう)だ。元尊が手柄を立てて権力を強めるのを邪魔したいのだ。

 司会役の武将は元尊の表情をちらりとうかがうと、人々を見回して言った。


「では、皆様、どんどんご発言を願います」


 菊次郎は忠賢と顔を見合わせた。


「これは何も決まりそうにないな」

「そうですね」


 小声で返事をして菊次郎は小さく溜め息を吐いた。果たしてこの戦に勝てるのだろうかという不安が胸に広がっていた。



 軍議は夕刻まで続いたが終わらず、直春たちは寝入城に一泊した。翌日も朝から軍議が行われたが、新しい意見は出なかった。長期の滞陣(たいじん)に備え、物資の用意や武者の宿舎などに関して具体的な提案が是正から出され、それが承認されると解散となった。

 昼食をとった直春たちは再び狢橋を越え、一息街道の坂を上って村への帰途についた。


「菊次郎君。この戦、勝てると思うか」


 馬上で考え込んでいた直春が尋ねた。自分の馬を近付けて菊次郎は答えた。


「正直言って、厳しいと思います」


 青い鎧の忠賢が馬を隣に並べた。


「どうしてだ」 


 俺もそんな感じがするぜ。理由はうまく言えないがな。そう思っているらしい。

 菊次郎はしばらく口を閉じて考えを整理し、語り始めた。


「先手必勝という言葉は知っていますね」

「ああ」

「知ってるぜ」


 当主と騎馬隊の将が同時に答えた。菊次郎の五人の護衛や馬廻りの者たちも、黙って耳を傾けている。


「なぜ先手が有利か分かりますか」


 問いかけて、二人が返事をする前に、菊次郎は答えを言った。


「僕が思うに、それは、相手の行動を制御できるからです」

「どういうことだ?」


 忠賢は首を傾げたが、直春はなるほどと頷いた。


「攻撃されたら防御しないわけにはいかないということか」

「そうです。頭をねらわれたらよけるか頭を守るしかありません。迫ってきたら下がります。敵が引いたら追いかけるかとどまるか選択しなくてはならず、考えていた逆襲方法が不可能になるかも知れません。つまり、先手の行動によって後手の取り得る行動は決まってくるのです」

「分かったぜ。元尊は願空に操られてるって言いたいんだな」


 忠賢に菊次郎は頷いた。


「元尊は鯨聞国にいたかったはずです。しかし、この戦のために狢宿国へ来ざるを得なくなりました。願空によって無理矢理呼び寄せられたのです」

「ってことは、飛鼠家の反乱は願空がそそのかしたのか」

「恐らくそうでしょう。元尊の性格と立場を考えれば、飛鼠家討伐のために大軍を率いてやってくることは容易に想像できます。そこへ宇野瀬家も出ていけば、にらみ合いが続くことになります」


 直春が低くうなった。


「この状況は願空のねらい通りということか。俺たちは踊らされているのだな」

「敵にとって都合のよい時に戦いやすい場所へおびき出されたのです。軍議で僕のした説明も願空は想定していたでしょう」


 敵の代弁をしたと思うと情けないが、ああ言うしかなかったろう。


「となると、願空には勝てる見込みがあるのだな」

「そう思います。当然、狢宿国を戦場にした戦いの計画を立てているはずです。充分な準備をしているだろうと言ったのはそういう意味です」


 今回の戦をめぐる情勢を考えて、たどり着いた結論だった。


「湿り原の敗北後、連署になった願空は敵対する者たちを次々に討伐していました。今思えば、この戦いの下準備だったのかも知れません。足元を固め、大敗の結果増えた新しい武者に戦を経験させて鍛えていたのでしょう。他の家臣と武者たちを自在に動かせるようになってから成安家に戦を挑んだのです」


 直春はきりりとした眉を寄せた。


「元尊はいまさら撤退はできないだろう。それでは敗北を認めたことになる。家中で力が低下し、天下統一が遠のいてしまう」

「ですが、長々と対陣を続けて有利な状況になるのを待つこともできません。遠からず、戦わざるを得なくなります」


 忠賢はすぐに理由を察した。


「御使島か。宇野瀬家と鮮見家は同盟してるからな」

「昨年の後半、鮮見家はやや活動を抑えていました。鯨聞国の反乱も下火になっていたようです。それが元尊に出陣を決意させたのです。元尊がいなくなったらまた活発に動き出すかも知れません」

「成安家の主力はここを動けないから暴れ放題だな。元尊は追い詰められるわけだ」

「焦ると人は間違いを犯しやすくなります。よさそうな方法があったら飛び付いてしまうでしょう。それが敵の罠とも知らずに」

「先手必勝か」


 直春がつぶやいた。


「元尊は願空のねらい通りの行動をしてしまうのか。深刻な事態だな。俺たちに止められるとよいが」


 忠賢は舌打ちした。


「元尊の野郎は気付いてるのか。いるわけないな」

「はい。気付いていたら飛鼠家の赦免に同意したはずです。願空の手に乗るのを避けるには戦いをやめるしかないのですから」


 直春は忠賢と顔を見合わせると空を仰いだ。緑の森の上に巨大な大長峰(おおながね)山脈がそびえている。


「俺は若様時代、兵法の師範から、戦は戦場に着く前に勝っているべきで、それを現実のものとするために戦闘を行うのだと学んだことがある。願空が主導権を握っている状況で、俺たちはどう戦えばいい」


 この問いに答えることこそ、助言役である菊次郎の役目だったが、まだ返答は思い浮かばなかった。


「政略の敗北を戦という実力行使でくつがえすのは難しいと言われます。御使島の制圧で忙しかった元尊は踵の国に引きずり出され、宇野瀬家という強敵と対峙(たいじ)することになってしまいました。その時点で政略的に敗北していて、戦で解決しようとすれば無理をせざるを得なくなります。苦しい戦いになるでしょう」

「武者たちを無事に国に帰してやれるだろうか」


 直春の目は山の向こう側の豊津を見つめていた。菊次郎も同じ方を眺め、残してきた人々を思った。


「願空のねらいを探って対策を立てられればよいのですが、難しいかも知れません。僕たちは元尊に嫌われていますので、助言を聞いてもらえない可能性もあります。いつでも撤退できるように準備しておきましょう。一息村の砦の建設も急がせましょう」

「そうだな。帰ったらすぐに取りかかろう。菊次郎君、知恵を貸してくれ。君ほどの知恵者はいないからな」

「桜舘家自慢の大軍師様、期待してるぜ」


 忠賢がにやりとした。五人の護衛や馬廻りたちも頼もしそうに菊次郎を見上げていた。

 菊次郎はこうした相談ができ、人柄も能力も信じられる仲間がいることを心からうれしく思った。同時に、今後訪れるであろう厳しい状況に、果たして自分は正しく対処できるのだろうかと、不安を覚えずにはいられなかった。

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