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狼達の花宴 ~大軍師伝~  作者: 花和郁
巻の二 大軍師誕生
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(巻の二) 第五章 湿り原 上

 宇野瀬勢が撤退すると、菊次郎たちは城を飛び出した。


「直春さん!」


 桜舘家の若い当主は大手門前の広場にいた。武者たちを呼び集め、負傷者を運ばせて情況の報告を受けている。駆け寄ると、直春は笑顔で迎えてくれた。


「菊次郎君、今戻ったぞ。少数でよく城を守り切った。さすがは我が軍師殿だ」


 直春に誇らしげにほめられて、菊次郎はうれしさでいっぱいになった。


「田鶴殿も大活躍だったそうだな。直冬殿も総大将として城内の武者をまとめ上げ、勇気付けていたと聞いている。初陣なのに大したものだ」


 田鶴は小猿と一緒ににっこりと笑い、直冬は頭を撫でられて照れ臭そうに涙ぐんでいる。本綱と実佐も直春に感謝されて感激していた。


 一方、筆頭家老の槻岡良弘は変わり果てた城を眺めて愕然(がくぜん)としていた。


「お城がこんなになってしまうとは……」


 敵のしわざなら呪いの言葉を叫ぶところだが、味方がしたことでは怒りをぶつける相手がいないらしい。


「すみません。他に方法がなくて。城内の調度品も通路に障害物を築くために大分壊しました。高価そうなものは運び出しましたが」


 菊次郎が謝ると、良弘は首を振った。


「責めているわけではない。城は戦のための施設。町を守り敵を撃退するのに役立ったのならそれでよい。壊れたら直せばよいのだ」

「そうだな。どうせなら本格的に改築するか」


 直春が言った。


「悪い城ではないが、やや狭いのが難点だな。今は全軍が入れるが、これ以上家臣が増えたらあふれてしまう。大封主家の大軍を相手にするには心もとないと思っていたのだ」

「よい機会かも知れませぬな」


 直春たちが怒っていないことに菊次郎は安堵した。


「でしたら、いくつか思い付いたことがあります。郭の門の守備や水堀での戦いで気になった点があったのです。周囲の湿地を埋め立てればお城を大きくすることも可能です」

「後始末が一段落したら聞かせてもらおうか」

「それまでに提案をまとめておきますね。頼算さんが建築に詳しいようです。豊津の町にもそういった普請(ふしん)を請け負う大工衆がいるはずです」

「田鶴殿や本綱たちも意見があったら菊次郎君に伝えてくれ。しかし、当家の軍師は城造りまでできるのだな」


 直春が感心すると、田鶴が言った。


「壊す方が得意なんじゃない?」


 笑い声が上がり、菊次郎もつられて苦笑した。

 城の状態は笑えないが、とにかく目の前の危機は乗り越えたのだ。自分の失敗で桜舘軍主力が包囲殲滅されそうになり城を落とされかけたが、菊次郎ならきっと守り切ってくれるはずという直春たちの期待を裏切らずにすんだ。そのことに心底ほっとしていた。

 と、そこへ、忠賢が足早に近付いてきた。


「おい、菊次郎」


 全身青色の鎧姿を振り返って、菊次郎は明るい声を上げた。


「忠賢さんもお怪我はないようですね。駒繋城で直春さんたちを救ってくれてありがとうございました。あの迅速な行動と素早い撤退には感嘆しました。さっきのお城への突入もすごかったです。本当に忠賢さんは名将……痛っ!」


 いきなり菊次郎の頭にごつんと拳骨(げんこつ)が落ちた。田鶴と直冬が思わず目をつぶったほどの音がした。手加減はされていたが大きなたんこぶができそうだ。


「何をするんですか!」


 両手で頭を抱えて涙目で見上げ、菊次郎は息をのんだ。忠賢は本気で怒っていた。


「どうして城がこんなになったか分かるか」

「少数で守り切るには仕方なく……」

「そういうことじゃねえ! 作戦だったのは知ってるさ。俺はそれを責めてるんじゃねえ。てめえ、俺たちを信用してなかったろう!」

「そんなことは……」


 言いながら、菊次郎は血の気が引くのを感じていた。


「菊次郎さんは直春さんたちが帰ってくるって信じて必死で戦ったんだよ。忠賢さんのことも信じてたよ。どうしてそんなことを言うの!」


 田鶴が抗議したが、忠賢は無視した。


「お前、駒繋城攻略について、提案したほかに、もっといい作戦を思い付いてたよな」


 全て見抜かれていたと知って、菊次郎は観念した。


「はい。ありました」

「どんなのだ」

「平汲家は宇野瀬勢や押中勢の来る日に当家の軍勢を呼び寄せようとしていました。ですから、その数日前に動いて油断している平汲家を奇襲し、一気に駒繋城を落として関所を閉じてしまえばよいと考えました。そのあと、一千ほどを守りに残して千本槍城を攻めに行き、押中家を滅ぼせば、十二万貫は桜舘家のものです」


 忠賢はなるほどと頷いた。


「なぜその策を言わなかった」


 にらまれて震えが来たが、必死で見返して答えた。


「危険だと思ったからです」

「どう危険なんだ」

「奇襲に失敗して駒繋城の攻略に手間取れば、宇野瀬勢と押中勢が来て三家連合軍と合戦になるでしょう。敵は数倍、準備があっても大きな賭けになります。また、駒繋城を落とせても、千本槍城を攻めている間、宇野瀬勢を一千で防ぎ切れるかは分かりません。突破されれば城攻め中に背後を襲われます。かといって、千本槍城へ向かわず、駒繋城に全軍をとどめて迎え撃ったとしても、押中勢と挟み撃ちにされるでしょう。いずれにしろ当家は不利な戦いを強いられ、多くの武者を失えば葦江国統一は相当困難になります。駒繋城攻めは決して失敗できなかったのです」

「だが、失敗したな。どうしてだ」

「それは……」

「教えてやろう。慎重すぎたからだ。俺と直春を信じなかったからだ!」


 忠賢は菊次郎の胸倉をつかんだ。


「俺たちを信じていれば、もっと作戦の幅が広がったはずだ。三家連合軍との決戦だって勝てないと決まってるわけじゃない。だが、お前はいやがった」


 ゆすぶられて菊次郎は叫んだ。


「恐かったんです! 忠賢さんや、直春さんや、田鶴や、桜舘家のみんなを危険にさらしたくありませんでした。僕はもう大切な人を失いたくないんです。両親も兄妹(きょうだい)も、適雲斎先生も、僕が殺したようなものです。これ以上、誰にも死んでほしくないんです!」

「だから、信じなかったのか! 俺たちを守ろうとしたのか! お前一人で!」


 忠賢は怒鳴った。


「お前はばかだ。頭はいいがばかだ。そんなこと誰も望んじゃいねえ。お前の役割は俺たちを守ることじゃねえだろうが!」


 黙って見守っていた直春が大きく頷いた。


「菊次郎君。今回俺たちは君の作戦に従った。それは君を信じているからだ」


 菊次郎がはっとして顔を向けると、その目を直春は正面から見つめてきた。


「軍師としての君を、また友人として、一人の人間としての君を、俺たちは信じているのだ」


 忠賢は胸元をつかんでいた手を放した。菊次郎はよろめいて尻餅をついた。


「俺がなぜ御使島へ行って鮮見家に仕えず、この国に残ったと思う。それは菊次郎、お前がいたからだ」


 いつものにやにやした笑みが消えて、隠していた真摯(しんし)精悍(せいかん)()の顔が表れていた。


「自慢するわけじゃないが、俺は結構有能だ。鮮見家に行っても活躍して出世できたと思うぜ。成安家とも互角に戦ってるらしいから、あの家はこれからでかくなるかも知れねえな。だがな、桜舘家にはそれ以上の魅力と可能性があったんだ」


 菊次郎は忠賢の男らしい表情に吸い込まれるように見入っていた。


「この家はたった十六万貫だ。家老に乗っ取られかけ、成安家の子分になってなんとか生き延びてる有様だ。だがな、この家は絶対に大きくなると思った。なぜなら有能な軍師がいる。俺たちの能力を何倍にも引き上げてくれるやつがな。直春も大将として並々ならぬ器量がある。こいつらと一緒ならきっとすごいことができる。十六万貫で百万貫の成安家や宇野瀬家とも互角に渡り合える。俺はそう思った。だから、この家に仕えることにしたんだ」

「忠賢さん……」


 菊次郎は目を大きく見開いた。直春が言った。


「俺も同じことを思った。菊次郎君がいて、忠賢殿や田鶴殿がいて、この家臣たちと協力すれば、天下統一も夢ではないと。だから、君の策に従い、今回も命をかけて戦に(のぞ)んだのだ。だが、君は俺たちを信用していない。俺たちの能力を引き出そうとしていないのだ」


 忠賢は冷たく感じられるほど厳しい目でにらんだ。


「思い上がるんじゃねえ。境村でもお前一人の力で勝ったわけじゃねえだろうが。今回もあの時も、俺たちが自分で考えて動かなかったらお前は死んでたぜ。俺たちみんなでやっと勝利をつかみ取れるんだよ」


 忠賢は菊次郎へまっすぐ手を伸ばした。


「俺たちは守ってほしいなんて思ってないぜ。むしろ逆だ。きつい要求をしてもらいたい。自分ではできるなんて思ってもみなかったことをさせてくれ。俺たちの能力を引き出して五倍にも十倍にもしてくれ。それが俺はうれしいんだ。お前ならできるはずだ」


 菊次郎は嗚咽(おえつ)をもらした。顔はとっくに涙でべとべとだった。直春も手を伸ばした。


「君は軍師だ。俺たちの力を見極め、その限界まで働かせるのが仕事だろう。いや、限界以上の要求をして能力を引き出し、俺たちを成長させることができてこそ本物の軍師だ。だが、君は失敗を恐れ、自分の作戦に自信を持たず、能力に余裕を持たせた役目しか与えようとしない。こんな作戦ばかり立てるのなら、君の指示を無視して自分で考えて動いた方がましだ」


 直春はやさしい目で笑っていた。


「この小さな桜舘家が、大封主家にいくつも囲まれた状況で生き抜き成長するには君の知恵が必要だ。俺たちは君を信じて作戦を任せる。だから、君も俺たちを信じてほしい。そして、俺たちが信じる君自身も信じてくれ。それが君を成長させ、君一人では決して成し遂げられないことを可能にするはずだ」

「あの時も言ったが、俺はもう主家を滅ぼすのは御免なんだ。俺を疫病神(やくびょうがみ)にしないでくれ」


 菊次郎は二人を見上げ、決意して両手を預けた。ぐいっと腕を引かれて、心も引っ張り上げられたような気がした。


「直春さん、忠賢さん、すみませんでした!」


 菊次郎は勢いよく頭を下げた。


「僕が間違っていました。お二人を、桜舘家を、一人で守ろうなんて思い上がっていました。僕の仕事は、皆さんが力を発揮できるようにお手伝いすることなんですね」


 直春は頷いた。


「言ったはずだ。俺たちは君に期待していると。君は軍勢の指揮を前面に出てとるのには向いていないが、軍師としての才は相当なものだ。氷茨元尊なんて問題にならない。宇野瀬道果や骨山願空、赤潟武虎にもまさっていると俺たちは信じている。最高の作戦を立てて、俺たちの最高の力を引き出してくれ」

「はい!」


 菊次郎は全力で返事をした。


「そういうことだ。よろしく頼むぜ、泣き虫軍師殿」


 忠賢がにやりとした。田鶴と直冬も涙を浮かべて言った。


「菊次郎さんならきっとできるよ!」

「僕も菊次郎さんを信じています! あの数の敵から城を守り切ったんですから!」


 良弘・本綱・実佐が笑って頷いていた。


「そろそろいいかい」


 と、そこへ、よく響く太い声が割り込んだ。振り返ると、見るからに豪傑という感じのひげ面の大男が立っていた。年は五十を超えているだろう。筋骨(きんこつ)(りゅう)(りゅう)の男たちを三十人ほど従えていた。


「この方は?」


 大男は自己紹介した。


「楠島盛昌(もりまさ)だ。お前が銀沢菊次郎か。十六と聞いたが本当に若いな」


 菊次郎は驚いた。


「水軍の頭領がじきじきにここへいらっしゃったのですか」

「この方々が俺たちを豊津まで運んでくれたのだ。俺は盛昌殿の船に乗った」


 直春に言われてしげしげと頭領を見つめると、盛昌は面白そうに口元を引き上げた。


「あのお姫様が心底信じている旦那様ってのがどんな男か顔を見たくなってね」


 盛昌によると、楠島に行った妙姫は、慌てて出迎えにきた頭領に頭を下げて直春たちの捜索と運搬を頼んだという。盛昌は身重の体で乗り込んできた妙姫を気に入り、姫君や商人たちの世話は息子に任せて船団を率いて出航した。商人たちも協力を申し出たので、三十隻を超える大船団ができあがった。妙姫は自分も行くと言ったがさすがに止めたそうだ。

 城攻めが始まった日の朝に島を出て葦江国沖を北上し、境川の河口を越えてしばらく進んだところで(いかり)を下ろすと、盛昌は南北に船を派遣して陸を眺めさせた。翌日の昼過ぎに移動する軍勢を見付けたので、盛昌は小さな漁村に自ら上陸して直春を待ち伏せ、面会を申し込んだ。


 水軍の頭領と聞いて直春は驚いたがすぐに会い、新しい帆布の説明と領地を与える話をして自分たちを運んでほしいと頼んだ。率直に苦境を打ち明けて頭を下げた直春に盛昌は好感を持ち、若いのに大人物だと思って妙姫の依頼でやってきたことを話した。

 すぐさま桜舘勢は水軍の船に乗り込んだ。といっても桟橋(さんばし)に付けられる船は数隻だけで、他は小舟で岸と往復して積んでいくので時間がかかった。結局、三千八百を乗せ終えたのは三日目の昼前で、夕方に豊津港へ着いたらしい。それを雪姫が見たのだろうと直春は言った。

 上陸した直春たちは豊津城がまだ陥落していないと知って連絡を取る手段を考えていたが、そこへ菊次郎の使者が来た。その提案に従い、宇野瀬勢に知られぬように、境川を少しさかのぼった場所で三千を渡河させた。豊津側に集めてあった漁船などを使ったのだ。残り八百は豊津城の舟で夜に川を往復して本郭に密かに運び込んだ。

 翌朝、宇野瀬勢が城内に入り込み、敵の本陣が手薄になるのを待って、森の中に隠れていた直春たちが襲撃し、宇野瀬勢を追い払ったのだった。

 直春はすまなそうに言った。


「敵の大将を討つことはできなかった。敵は予想外に早く体勢を立て直して防御し引いていったのだ」

「問題ありません。本陣を襲ってもらったのは、城を囲む部隊や入り込んだ武者たちが、総大将が危ないと知れば浮足立って逃げ出すだろうと思ったからです。敵には武虎がいますし、数が違いますので大将を討ち取るのは無理だったでしょう」


 忠賢も残念がった。


「城内にいた敵の撤退も素早かったな。もっと無駄な抵抗をして損害を増やすと思ったんだが、危ないと見るやさっさと堀に飛び込んで、湿地にいた部隊と合流して逃げやがった」


 菊次郎は首を振った。隠密からの報告で初日に取り逃がした敵将が倫長だと知り、本綱に内通の使者を送らせて再び誘い込み討ち取ろうとした。副将を失えば敵の士気は大きく下がるだろうと思ったが、予想を超える見事な逃げっぷりでうまく行かなかった。


「だが、それにしても撤退の判断が早かった。敵の大将は決断力に富むのかも知れないな」


 直春が評すると、忠賢は、ふん、と笑った。


「奇襲に震え上がって慌てて逃げ出しただけじゃねえのか。まだ若いんだろ」


 菊次郎は頷いた。


「隠密衆の報告では、当主の長賀が自ら来たようです。初陣らしいので、周囲が危険を避けて撤退を選んだのでしょう。武虎の指示かも知れません。安全な距離を取ってから湿地の部隊と合流して東へ去って行きました」

「逃げ帰ったと思うか」


 忠賢が尋ねた。


「いいえ。平汲勢・押中勢と合流したら、また攻めてくるでしょう」


 菊次郎は手を前に伸ばして指を立てていった。

「理由は五つです。一つ目は、こちらよりずっと数が多いこと。三家を合わせれば一万三千、僕たちの三倍以上です。まだ敵の方が圧倒的に優勢なのです。成安家の援軍はいまだに姿が見えませんので、合戦には間に合わないでしょう。二つ目は、豊津城がもう使えないこと。本郭に全軍は入らないので、攻めてきたら合戦するしかありません。敵にとっては望むところでしょう。三つ目は、敵が目的を果たしていないこと。お城も町も落とせていません。当家の軍勢の被害はさほどではなく、勢力を削ぐのに成功したとは言えません。麦や炭や綿も手に入れておらず、あれだけの荷車を引いてきて空のまま帰ったら笑われます。四つ目は、敵の大将が長賀だということ。大封主家の当主自ら大軍を率いて小封主家を攻めたのです。逃げ帰ったら大きな恥になり、増富家や福値家を勢い付かせてしまいます。初陣ならなおさら勝って終わりたいでしょう。五つ目は、駒繋城で当家を離反した者たちがいること。領地を没収されて取りつぶされると分かっていて見捨てたら、信用に関わります」

「つまり、敵は俺たちに勝つしかないんだな」


 忠賢が言った。


「そうです。合戦に勝つしかないのは僕たちも同じです」

「三倍の敵に勝てるのですか」


 直冬は期待する口調だった。


「どうなのだ。我が軍師殿」


 直春に問われ、全員に注目されて菊次郎はどきりとしたが、胸を張って答えた。


「勝てます!」

「その方法を教えてくれ」


 直春に頷いて菊次郎は言った。


「実は、籠城している間、守り切ったあとの合戦の作戦をずっと考えていました。決戦は避けられないと分かっていましたから」


 ほほう、と盛昌が感心した顔をした。


「作戦は既にできています。ただし、実行には一つ条件があります」


 菊次郎は直春と忠賢の顔を見た。


「ここにいる全員、特にお二人の息がぴったり合っていないと成功しないのですが、大丈夫ですよね?」


 若い当主とその友人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「もちろんだ。俺と忠賢殿でないと駄目な作戦なのか」

「俺たち以上に息の合ったやつがいるか?」


 菊次郎も笑った。


「恐らく、他の誰にも実行できないと思います。お二人だから、僕たちだからできるのです」


 直春は菊次郎の肩に手をのせた。


「任せてくれ。絶対に成功させてみせる」


 忠賢が反対の肩に手をのせた。


「そういう作戦を待ってたのさ」

「僕も戦います! 頑張りますよ!」


 直冬が拳を握った。緊張しているようだが、籠城前のような怯えはない。苦しい戦いを乗り切った自信と、菊次郎や仲間への信頼があるからだろう。


「直冬様には僕と田鶴が付きます」

「あたしも行くのね。いいよ。何でもする」


 田鶴が微笑み、肩の上の小猿を撫でた。本綱と実佐もやる気だった。


「もう一働きするか」

「随分部下を傷付けられたからな。報いを与えてやろう」


 盛昌はこの様子を面白そうに眺めていた。


「では、我々は安全な場所で観戦するとしよう」


 桜舘軍が負けたら水軍は宇野瀬家に従わざるを得なくなる。それを避けるためにも勝ってもらいたい。はっきりとは口にしなかったが、表情がそう語っていた。桜舘家の軍師と当主の実力を確かめるつもりかも知れない。


「作戦の詳細です。少し準備が必要になりますが」


 菊次郎は借りた槍で地面に地図を描き、各部隊の動きを説明していった。皆驚きながら耳を傾け、ふむとか、ほうとか、つぶやいていたが、説明が終わると、全員の顔に感嘆と勝利を確信した笑みが浮かんでいた。


「よし、それで行こう!」

「俺も文句はない」


 直春と忠賢に、田鶴と直冬が続いた。


「いい作戦だと思う。さすがは菊次郎さんだね」

「すごいです! 難しいけどやってみせます!」


 盛昌は地図を眺めながら腕を組んで何度もうなっていた。


「これは楽しみだ。俺は桜舘家が勝つ方に賭けるぜ。お前はどうだ」


 頭領に言われて、副長の船乗りが首を振った。


「賭けにはなりませんぜ。みんな同じ方に賭けるでしょうからね」


 盛昌の後ろの船乗りたちは一斉に頷いた。


「では、お殿様。作戦開始のご命令を」


 忠賢がわざとうやうやしい口調で言った。


「よし」


 直春は腰の花斬丸(はなきりまる)を引き抜くと、こちらへ注目している武者たちの方を向いて高く掲げた。


「聞け! これより、当家は宇野瀬家など三家の軍勢を打ち破り、葦江国を統一する戦いを始める。皆、覚悟はよいか!」

「おう!」


 四千余の武者たちは一斉に槍や弓を振り上げて繰り返し叫んだ。


「桜の御旗(みはた)に栄光あれ!」


 菊次郎たちも腕を振り上げて叫ぶと笑い合った。

 僕は戦っていける。この人たちとなら。

 菊次郎は感動に打ち震えていた。

 信じられて、信じてくれるこの仲間たちと力を合わせれば、勝てない敵はないのではないか。

 何の根拠もないのに、自分でも驚くほどの確信が胸にしっかりと根を下ろしていた。そこからどんどん活力が湧いてくる。

 この戦いに勝てたら、きっと僕は生まれ変われる。もう御使島の小さな城下町の商人の息子ではなく、軍学塾の居候(いそうろう)でも、桜舘家の客分でもない。本当の意味で戦狼の世に乗り出して、戦乱を収め平和を築いていく軍師になれる。

 吼狼国の足の国の片隅で、大きな才能がかけがえのない仲間の支えを得て翼を広げ、大空へ飛翔しようとしていた。

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