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古文】歌と申し候ふものは、このごろ花の下に/
語釈】
※候ふ=丁寧の補助動詞。…です。…ます。…でございます。
※このごろ=1.少し前から今まで。2.近い未来。
※花の下=鎌倉時代から南北朝時代にかけて行なわれた「花下連歌」のこと。花鎮を目的として寺社の桜の下で「花下連歌」が行なわれた(花鎮の祭=鎮花祭)。二条良基『筑波問答』より。
訳文】歌と申しますものは、近ごろ花下連歌に
古文】集る好事などのあまねく/
語釈】
※集る=原文の表記が「集る」なので、「(あつま)る」でも「(たか)る」でも読みは自由。集る=群がり集まる。寄り集まる。
※好事=好士に同じ。地下の好士とも。和歌を趣味として楽しむアマチュア歌人のこと。二条良基『筑波問答』より。為兼のようないわゆる「歌道家(要はプロ歌人)」と比較する場合には否定的なニュアンスで用いられた。
※あまねく=残すところなく、広く。
訳文】群がり集まるアマチュア歌人などが広く
古文】思ひ候ふさまにばかりは候はず。/
語釈】
※思ひ候ふさまに(思ひ候ふさまり)=「思ふさま」(思うところ。考え)に丁寧の補助動詞「候ふ」を付けて丁寧な表現にしたもの。
※候ふ=丁寧の本動詞。「あり」の丁寧語。
※ばかり=①(範囲・程度を表す)~ほど・~ぐらい。②(限定を表す)~だけ。
訳文】お思いのところだけではありません。
意訳】イマドキのアマチュア歌人たちが集まって好き勝手に詠んでいるものだけが歌なのではありません。
古文】心にあるを志と言ひ、言にあら/はるる
語釈】
※心にあるを志・言にあらはるるを詩歌=『文筆眼心抄』の一節「在心為志、発言為詩」(心ニ在ルヲ志ト為シ、言ニ発スルヲ詩ト為ス)を受けたもの。
※『文筆眼心抄』=弘仁十一(820)年成立の漢詩文評論書。空海編著。『文鏡秘府論』の抜粋本。「在心為志、発言為詩」は『詩経』の序文に拠る。中世歌人の愛読書の一。
※『文鏡秘府論』=平安時代の漢詩文の評論書。空海編著。中国の様々な詩論を引用して論じたもの。「在心為志、発言為詩」は『詩経』の序文に拠る。
※『詩経』=中国最古の詩集。「毛詩」とも。
※言=言葉、和歌。「事」と同じ語源という。
訳文】(弘法大師の『文筆眼心抄』に言う)「心にある(もの)を志と言い、言葉に現れる
古文】を詩歌とは、皆知りて/
語釈】
※詩歌=漢詩と和歌。
訳文】(もの)を詩歌とする」と(いう言葉)は、皆知って
古文】候へども、耳に聞き、口に楽し/み
語釈】
訳文】いますけれども、耳で聞いたり、口ずさんで楽しんだり
古文】候ふばかりにて、心にをさめ候ふ/
語釈】
※ばかり=①(範囲・程度を表す)~ほど・~ぐらい。②(限定を表す)~だけ。
※心=真の意味。本質。道理。
※をさむ=【治む】乱れたものを整え安定させる意。①統治する。平定する。②落ち着かせる。③治療する。④造営する。【修む】欠けたところを補って完成した状態にする意。①修理する。②身につける。【収む・納む】外部にあるものを内に入れる、また、物事をきちんと終わらせる意。①しまう。②取り上げる。③葬る。④終わらせる。
訳文】しますだけで、(歌の)本質を身につけます
古文】方、暗く候ふ故に、ただ知ら/
語釈】
※方=①方向。方角。②方面。点。③場所。ところ。④方法。手段。
※暗く(暗し)=分からない。はっきりしない。
訳文】点(については)、はっきりしませんので、ただ知ら
古文】ざると同じことに成り果て候ひにける/
語釈】
※にけり=①過去完了。~てしまった。~てしまったそうだ。②詠嘆を含んだ気づき。~てしまったのだなあ。~しまったことだ。
訳文】ないのと同じことに成り果てておしまいになった
古文】由、沙汰し候ふ。しかれども、我も我もと矛/先
語釈】
※由=①物に寄せて関係づけるもの。口実。理由。手段。縁。由緒。事情。②教養。風情。③(形式名詞として用いて)~の様子、~ということ、~の趣旨。
※沙汰=①配慮のうえ処理すること。②支度。準備万端にすること。③指図。通達。④裁判。訴訟。⑤論議。問題として取り立てること。⑥うわさ。評判。⑦ことばによる意思表示。⑧~の事件。~のいきさつ。
※しかれども=そうではあるが。しかしながら。
※矛先=①矛の刃の先端、また、矛全体。②転じて、戦闘の勢いや士気。
※矛先を争ひ=戦の勝負を競う
訳文】ということ(を)、問題とします。しかしながら、我も我もと(どの歌論が正しいかという)戦の勝負を




