『新後撰和歌集』の中の為兼。
【作品名】『新後撰和歌集』
【成立時期】鎌倉時代(一三〇三年・嘉元元年成立・為兼満四十九歳)
【撰者】二条為世
【ジャンル】和歌集
【内容】第十三代勅撰和歌集。
【巻第一・春歌上】
弘安元年、百首歌たてまつりし時
〇〇六〇 山桜はや咲きにけり葛城や霞をかけて匂ふ春風(前中納言為兼)
訳】弘安元年(一二七八年・為兼二十五歳)、百首歌を献上した時(に詠んだ歌)
〇〇六〇 山桜は早くも咲いたなあ、葛城山の霞に向かって(吹く)香りの漂う春風よ。
本歌】葛城や高間の山の桜花雲居のよそに見てや過ぎなむ(顕輔・千載・春歌上・五六)
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【巻第二・春歌下】
入道前関白家にて、庭落花といへる心を読み侍りける
〇一三八 ちる花を又ふきさそふ春風に庭をさかりとみる程もなし(前中納言為兼)
訳】入道前関白家(の歌会)にて、(歌題として与えられた)「庭落花」という心情を詠みました
〇一三八 (風に)散る花びらをさらに吹きさらう春風のせいで、庭(の落花)を盛りと見る間もない。
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【巻第四・秋歌上】
荻風告秋といふ事を
〇二五五 秋来ぬと思ひもあへぬ荻の葉にいつしか変はる風の音かな(前中納言為兼)
訳】(歌題として与えられた)「荻の風秋を告ぐ」ということを(詠んだ歌)
〇二五五 秋(が)来たと完全に思いきることできない(暑さがまだ残っている)が、(風に揺れる)荻の葉に拠ればいつの間にか(秋に)変わっている風の音であるなあ。
本歌】秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(敏行・古今・秋歌・一六九)
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【巻第四・秋歌上】
建治二年九月十三夜、五首歌に
〇三四五 澄みのぼる月のあたりは空晴れて山の端遠く残る浮雲(前中納言為兼)
訳】建治二年(一二七六年・為兼二十二歳)九月十三夜(を愛でる歌会で詠んだ)、五首歌に
〇三四五 澄んだ空気の中を昇ってくる月の周囲は空も晴れわたっていて、山の端の(ある辺りの)遠く(の方)に(だけわずかに)取り残されている浮雲(が見える)。
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【巻第六・冬歌】
題しらず
〇四四八 山風にただよふ雲の晴れ曇りおなじ尾上に降る時雨かな(前中納言為兼)
訳】題しらず
〇四四八 山風に(吹かれて)流されていく雲(によって空が)が晴れたり曇ったり(している)。(それと)おなじ山の(おなじ)峰の上に降る時雨だなあ。
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【巻第十一・恋一】
弘安元年、百首歌たてまつりし時
〇八五三 いかさまに身をつくしてか難波江に深き思ひのしるし見すべき(前中納言為兼)
訳】弘安元年(一二七八年・為兼二十五歳)、百首歌を献上した時(に詠んだ歌)
〇八五三 (往来する舟のために水路の目印として水中に立てられている杭の澪標ではないけれど)どのように身を尽くして、難波の入り江(のよう)に深い(あの人への私の)思いの証拠を見せればよいのか。
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【巻第十二・恋二】
恋歌中に
〇八七〇 あふ事はたたおもひねの夢ぢにてうつつゆるさぬ夜半の関もり(前中納言為兼)
訳】恋歌の中に(あった歌)
〇八七〇 (あなたと)会うということはただ(あなたを)思いながら寝る夢の中でだけ通ることのできる道を通ってだけ成せるのであって、現実には(それを)許さない夜中の関所を守る役人(がいることだ)。
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【巻第十四・恋四】
題しらず
一一〇一 われをだにわするなとこそ契りしかいつよりかはるこころなるらん(前中納言為兼)
訳】題しらず
一一〇一 せめて私のことだけでも忘れるなとこそ約束したのに、いつから変わってしまった(あなたの)心なんだろうか。
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【巻十五・恋五】
弘安元年、百首歌たてまつりし時
一一四一 わすれ行く人の契りはかりこものおもはぬかたに何みだれけむ(前中納言為兼)
訳】弘安元年(一二七八年・為兼二十五歳)、百首歌を献上した時(に詠んだ歌)
一一四一 忘れて去ってしまった人との約束は(乱れやすい)刈り取った(後の)菰のように思いもしない方面にどうして乱れたのだろうか。
二条派の御曹司が撰進しただけあって二条派好み、いわゆる伝統的な詠みぶりに近い為兼が楽しめる九首。
ちなみに同じ京極派からは、伏見院(二十首)・為子(九首)・永福門院(三首)などが選出されている。




