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『十六夜日記』の中の為兼。

【作品名】『十六夜日記』(「路次の記」(京から鎌倉への旅行記)と「東日記」(鎌倉滞在記)の総称)

【成立時期】鎌倉時代中期(一二八三年頃・弘安六年頃成立説あり。為兼三十歳頃)

【筆者】阿仏尼(藤原為家側室。冷泉為相母)

【ジャンル】日記文学(中世三大紀行文の一)

【内容】女性の一人旅日記と所領紛争実録のコラボレーション。

 (さき)の右兵衛督為教君(ためのりぎみ)(むすめ)、歌詠む人にて度々(たびたび)勅撰にも入り給へりし、大宮の院の中納言と聞ゆる人、歌の事ゆゑ朝夕申しなれしかばにや、「道の程のおぼつかなさ」など、おとづれ給へる文に、

  はるばると思ひこそやれ旅衣涙時雨(しぐ)るる袖やいかにと

 返し、

  思へただ露も時雨も一つにて山路分けこし袖の雫を

 この御(せうと)、中将為兼の君も、同じさまに「おぼつかなさ」など書きて、

  故郷(ふるさと)は時雨にたちし旅衣雪にやいとど冴えまさるらむ

 返し、

  旅衣浦風冴えて神無月時雨(しぐ)るる雲に雪ぞ降りそふ


  *


 前右兵衛督(である)為教の君の娘(である京極為子)で、歌人であってたびたび勅撰集にも入集なさった、大宮の院の中納言と世間に聞こえる方が、歌のことで日頃から交流があったからだろうか、「道中が気がかりで」などと、便りを下さった手紙に、

 「(鎌倉という)遥か遠くに(いるあなたを)こそ思いやっておりますよ。時雨が降るように涙で濡れる(あなたの)旅装束の袖はどれほどであろうかと」

 (その)返歌(として)、

 「想像して下さい、ただ露も時雨も一緒くたに降ってきて、(そういう)山越えの道を押し分けて越えて来た(私の旅装束の)袖の雫を」

 この(為子の)弟君の中将為兼の君も、同様に「気がかりで」などと書いて(下さった手紙に)、

 「故郷(ふるさと)(である都)が時雨(の頃)に出立された(あなたの)旅装束は、(今では)雪に一段と冷え込んでいることでしょうか」

 (その)返歌(として)、

 「(私の)旅装束は(鎌倉の)浦に吹く風が冷たく凍っていて、(私が出立した)十月の時雨の降る雲に(今では)雪も降り増しています」

 為兼の若かりし頃の一瞬が垣間見られる作品。


 藤原為家の長男(二条為氏。為子&為兼伯父)と次男(京極為教。為子&為兼父)が不仲で、長男(二条為氏。為子&為兼伯父)と三男(冷泉為相。為子&為家叔父)が財産争い。

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