『続拾遺和歌集』の中の為兼。
【作品名】『続拾遺和歌集』
【成立時期】鎌倉時代(一二七八年・弘安元年成立。為兼二十五歳)
【撰者】二条為氏
【ジャンル】和歌集
【内容】第十二代勅撰和歌集。
【巻第十四・恋歌四】
題しらず
〇九七六 忘れずよ霞の間よりもる月のほのかに見てし夜半の面影(藤原為兼朝臣)
訳】題しらず
〇九七六 忘れないよ、霞の間からもれてくる月の光がかすかであるように、かすかに垣間見た夜更けのあなたの面影は。
本歌】山桜霞の間よりほのかにも見てし人こそ恋しかりけれ(紀貫之・古今・恋一・四七九)
参考歌】忘れずよ浮き雲かくれすむ月のほのかに見えし人のおも影(家長・道助法親王家五十首・八五四)
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【巻第十六・雑歌上】
百首歌たてまつりし時
一一六七 仕へこし代々の流れを思ふにも我が身に頼む関の藤川(藤原為兼朝臣)
訳】(弘安元年に)百首歌を献上した時(に詠んだ歌)
一一六七 (時の帝に)仕えてきた代々の(わが藤原一族の)門流を思うにつけても、わが身のためにあてにする藤原氏(の威光)であることだ。
本歌】美濃の国関の藤川絶えずして君に仕へむ万代までに(古今・神遊歌・美濃歌・一〇八四)
為兼の記念すべき初入集の二首。
二条派の為氏に採られただけあって、まさに「伝統的な詠みぶり」と言える。――こういう歌も詠めたんです。
ちなみに同じ京極派からは、為子(三首)などが選出されている。なお、伏見院と永福門院は次の『新後撰和歌集』初出、花園院は『玉葉和歌集』初出、光厳院は『風雅和歌集』初出。




