『風雅和歌集』篇
【春】
〇〇二七 沈み果つる入日の際に現れぬ霞める山のなほ奥の峰(京極為兼)
〔(霞んでいる山に)沈みきろうとする落日の間際に現れたよ。霞んでいる山のさらに奥の峰が。〕
〇一九三 枝もなく咲き重なれる花の色に梢も重き春の曙(伏見院御製)
〔枝も(見え)ないほどに咲き重なっている(盛りの桜の)花の(美しい)色に梢も(花の重みで)重そうな春の曙であるよ。〕
〇一九九 花の上にしばしうつろふ夕づく日いるともなしに影消えにけり(永福門院)
〔桜の花の上にしばらくの間映っている夕陽が(いつ)沈むということもなしに(いつの間にか夕陽の)光が消えてしまったなあ。〕
【夏】
〇三九二 涼みつるあまたの宿もしづまりて夜更けて白き道の辺の月(伏見院御製)
〔(人々が)涼んでいたたくさんの家々も寝静まって、夜が更けるにつれて白々と辺りを照らす路傍の(夏の)月(であるよ)。〕
〇四〇八 松をはらふ風は裾野の草に落ちて夕立つ雲に雨きほふなり(京極為兼)
〔松を(吹き)払う(激しい)風は裾野の草に落ちていき、夕方に起こり立つ(夕立)雲に雨が争う(ようにすぐさま激しく降ってくる)ことだ。〕
〇四〇九 行きなやみ照る日くるしき山道に濡るともよしや夕立の雨(徽安門院)
〔進むのに苦労する、照りつける日差しも苦しい山道に、濡れてもよい、夕立の雨(よ、降ってはくれないものか)。〕
【秋】
〇四七八 真萩散る庭の秋風身に沁みて夕陽の影ぞ壁に消えゆく(永福門院)
〔美しい萩の花が散る庭を吹き抜ける秋風(の冷たさ)が身にしみて、(先ほどまで射し込んでいた)夕陽の光は(次第に薄れて)壁に(吸い込まれるように)消えていくことだ。〕
〇五七七 月を待つ暗き籬の花の上に露をあらはす秋の稲妻(徽安門院)
〔月の出を待つ暗い(宵の)垣根の花の上に、(一瞬)露を(照らし)現す稲妻(であるよ)。〕
〇七二四 月も見ず風も音せぬ窓の内に秋を送りて向かふともし火(後伏見院御製)
〔月を見ることもなく、風の音もしない窓の内側で、(去ってゆく)秋を送りながら(ひとり)向き合っている灯火(であるよ)。〕
【冬】
〇七六三 吹きとほす梢の風は身にしみて冴ゆる霜夜の星清き空(正親町公蔭)
〔吹き抜けていく梢の風は(冷たく)身にしみて、冷え込んだ霜夜の星清らかな空(であるよ)。〕
〇八七八 暮れやらぬ庭の光は雪にして奧くらくなる埋火のもと(花園院御製)
〔(まだ)暮れきっていない(と感じる)庭の光は(実は)雪(によるもの)であって、(室内の)奥(の方は既に)暗くなって、(微かな赤さを見せる)埋火のところ(に私はいることだよ)。〕
〇八八〇 寒からし民のわら屋を思ふにはふすまの中の我もはづかし(光厳院御製)
〔(風が入り込んで)寒いらしい民の藁ぶきの(粗末な)家を思うと、衾(と呼ばれる温かな夜具)の中にいる我が身が恥ずかしい。〕
【賀】
二一六四 天の下誰かは漏れん日のごとく藪しもわかぬ君が恵みに(長井宗秀)
〔地上の全世界で誰が漏れるだろうか(いや、漏れはしない)、(世界を遍く照らす)日の光のように(手入れもされずに乱雑に生い茂った)藪原であっても区別することのない(我が)君の(もたらす)恩恵から。〕
【旅】
〇九五八 結び捨てて夜な夜な変はる旅枕仮寝の夢の跡もはかなし(京極為兼)
〔縁を結んでは捨て結んでは捨てしながら夜毎に変わる旅の途中での野宿は(今となっては)夢のように跡形も残らずはかないことだ。〕
【恋】
一〇一〇 あやしくも心のうちぞ乱れゆく物思ふ身とはなさじと思ふに(永福門院)
〔(我ながら)不思議にも心の中は(恋の始まりによってあれこれと)乱れていく。(自分自身を)恋に思い悩む身とはしまいと思うけれども。〕
一二七四 人こそあれ我さへしひて忘れなば名残なからんそれもかなしき(花園院御製)
〔(あの)人は(忘れることが)あるかも知れない(がそれは仕方がない)、(しかし)私までもが無理矢理に忘れてしまうならば、(この恋の)名残りさえなくなってしまうだろう、それも(また)悲しい。〕
一三五三 我さへに心に疎うときあはれさよ馴れし契りの名残りともなく(祝子内親王)
〔私(の心の中で)までも(あの人の記憶が薄れてしまって、あの人の存在が)心に疎遠になる悲しさよ。馴れ親しんだ(あの人との)恋の約束の名残りということもなくなってしまって。〕
【雑】
一六七五 ともし火は雨夜の窓にかすかにて軒の雫を枕にぞ聞く(徽安門院)
〔(雨夜の窓辺に置いた)灯火は、雨夜の窓辺で(湿気のせいか)幽かに(燃えてい)て、(眠れずにいる私はその火を眺めつつ、)軒(端から落ちる)雨垂れ(の音)を枕(の近く)で聞いている。〕
一七二七 物として量り難しな弱き水に重き舟しも浮かぶと思へば(京極為兼)
〔物というものは計量が難しいものだ、力のない水に重い舟に限っては浮かぶということを思うと。〕
【釈教】
二〇七五 夜もすがら心の行くへ尋ぬれば昨日の空に飛ぶ鳥の跡(高峰顕日)
〔夜通し心の行方を探し求めていると、(まるで)昨日の空に飛び去った鳥の跡(を追うかのようで、虚しいことだ)。〕
【神祇】
二一二六 仰ぎても頼みぞななる古の風を残せる住吉の松(京極為兼)
〔(神の威徳を)仰いで(久しく)頼みにして参りました。昔からの(変わらず和歌の道を守るという住吉の習わしの)風を残している住吉(神社)の松を。〕
入集数564名2211首のうち、
入集数上位(16~85首)22人(3.9%)で735首(33.2%)
入集数中位(5~15首)85人(15.1%)で770首(34.8%)
入集数下位(1~4首)457人(81.0%)で706首(32.0%)




