雑歌〈哀傷歌〉下
『玉葉和歌集』二四二首(雑歌四)、『風雅和歌集』二四四首(雑歌下)より。
〈玉葉和歌集〉
はらからなる人の身まかりて送り納めける夜、雲のむらむらたなびけるを見て
二三三五 鳥部山けぶりの末やこれならんむらむらすごき空のうき雲(永福門院内侍)
訳】同腹である(きょうだいの)人が亡くなって葬送した夜に、雲が濃淡さまざまにたなびいていたのを見て(詠んだ歌)
二三三五 鳥部山(で荼毘に付した人の)煙の行く末がこれなのだろうか。濃淡さまざまに凄まじい(色でたなびいている)空の物寂しい浮雲(であるよ)。
※煙を歌材として哀傷を詠んだ一首。京極派歌人に愛用された「むらむら」を哀傷歌に取り入れた点に特徴がある。
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世の中はかなきこと多く聞こえける比
二三四一 先立つをあはれあはれと言ひ言ひてとまる人なき道ぞ悲しき(北畠親子)
訳】世の中(に)はかないことが多いように聞こえた頃(に詠んだ歌)
二三四一 先立ってなくなる(人)を悲しい悲しいと繰り返し言っているけれども(、そういっている人々の中にも結局この世に)とどまる人(が)ない(人生という)道が(最も)悲しい(ことだ)。
※人生の無常という抽象的なテーマを具体的に詠んだ一首。
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〈風雅和歌集〉
(御返し)
一九五二 あはれそのうきはて聞かで時の間も君に先立つ命ともがな(永福門院内侍)
訳】((病に伏せる永福門院への)御返歌(として詠んだ歌))
一九五二 ああ、(あなた様が亡くなるという)そんなつらすぎる結末を聞かずに(済むような)、ほんの少しでもあなた様に先立つ(運命にある私の)命であったなら(と思わずにいられません)。
※永福門院の危篤、もしくは死を嘆いて詠まれた一首。




