雑歌〈類題歌〉下
『玉葉和歌集』二三三首(雑歌二・三)、『風雅和歌集』一七三首(雑歌中)より。
〈玉葉和歌集〉
海路眺望を
二〇九五 波の上に映る夕日の影はあれど遠つ小島は色暮れにけり(京極為兼)
訳】「海路の眺望」を(歌題として詠んだ歌)
二〇九五 波の上に映る夕日の光は(まだ)残っているけれども(沖合にある)遠い小島は(その)色(が)暮れて(夕闇に沈んで)しまったことだ。
※遠近・明暗の対比を詠んだ一首。京極派の代表的秀歌。
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夜の心を
二一六〇 暗き夜の山松風は騒げども梢の空に星ぞのどけき(永福門院)
訳】夜の心を(詠んだ歌)
二一六〇 暗い夜の山(から吹いてくる)松風(の音)は騒がしいけれども(松の)梢の(向こうに見える)空には星がのどか(に輝いていること)だ。
※天上の星と地上の松風、遠景と近景という対比を詠んだ一首。
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題を探りて人々に歌詠ませさせ給うけるに、雨中灯といふことを
二一六九 雨の音の聞ゆる窓は小夜更けて濡れぬに湿る灯の影(伏見院御製)
訳】(歌題をくじ引きで決める)探題で人々に歌(を)詠ませなさった時に、「雨の中の灯」ということを(歌題として詠んだ歌)
二一六九 雨の音が聞こえてくる窓辺は夜が更けて、濡れているわけではないが(暗く)湿っている灯火の光であるよ。
※雨夜の孤独や静寂を「湿る灯の影」と詠んだ一首。
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(題を探りて人々に歌詠ませさせ給うけるに、雨中灯といふことを)
二一七〇 降り湿る雨夜の閨は静かにて炎短き灯の末(京極為子)
訳】(歌題をくじ引きで決める)探題で人々に歌(を)詠ませなさった時に、「雨の中の灯」ということを(歌題として詠んだ歌)
二一七〇 降る雨に湿った雨夜の寝室は静かで、炎(が)短く(暗くなっている)灯火の火先(であるよ)。
※「灯の末」はこの歌のみの特異表現。
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山家嵐
二二二〇 山風は垣ほの竹に吹き捨てて峰の松よりまた響くなり(京極為兼)
訳】「山家の嵐」(という歌題で詠んだ歌)
二二二〇 (荒々しく吹き下ろす)山風は垣根の竹(の上)に吹き捨て(るように通り過ぎ)ると(すぐに)峰の松からまた(吹き下ろす山風の響きが伝わってきて)響くことだ。
※動的な自然を的確にとらえた一首。
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〈風雅和歌集〉
雑歌の中に
一六二九 夜烏は高き梢に鳴き落ちて月静かなる暁の山(光厳院御製)
訳】雑の歌の中に(あった歌)
一六二九 夜の烏は高い梢(の上)に鳴いて舞い落ち、(その後)月(が)静かに輝いている未明の山(であるよ)。
※烏の鳴き声と山の静かさの対比を詠んだ一首。
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雑歌に
一六四九 夕日さす峰は緑の薄く見えて影なる山ぞ分きて色濃き(徽安門院)
訳】雑の歌に(あった歌)
一六四九 夕日(が)射している山頂は(木々の)緑が薄く見えて、日陰になっている山(の辺り)はとりわけ色が濃く見える。
※光の明暗と色の濃淡の対比を詠んだ一首。
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(雑歌の中に)
一六八三 時ありていつも花も紅葉もひと盛りあはれに月のいつも変はらぬ(京極為子)
訳】(雑の歌の中に(あった歌))
一六八三 (特定の決まった)時期があって、花も紅葉もひと時の盛り(を見せるけれども)、哀れ深いことに、月はいつも変わらない(姿で空にかかっていることだ)。
※うつろう美しいもの(花・紅葉)と、うつろわない美しいもの(月)との対比を詠んだ一首。
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雑御歌の中に
一七〇四 浦風は港の葦に吹きしをり夕暮れ白き波の上の雨(伏見院御製)
訳】雑の御歌の中に(あった歌)
一七〇四 浦風は河口の葦に(激しく)吹きつけてたわませ、夕暮れ(の光の中で降り注ぐ)白い波の上の雨(であるよ)。
※ほの暗い光の下の激しい自然の動きを詠んだ一首。強い調べは京極派歌風の特徴の一つと言える。
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(雑歌に)
一七二七 物として量り難しな弱き水に重き舟しも浮かぶと思へば(京極為兼)
訳】(雑の歌に(あった歌))
一七二七 物というものは計量が難しいものだ、力のない水に重い舟に限っては浮かぶということを思うと。
※物理学を詠んだ一首。観念的な題材で詠んだ点も、京極派歌風の特徴の一つと言える。




