恋歌上
『玉葉和歌集』五七七首、『風雅和歌集』四五〇首より。
〈玉葉和歌集〉
題しらず
一二四七 思へどもはかなきものは吹く風の音にも聞かぬ恋にぞありける(紀友則)
訳】題しらず
一二四七 (いくら恋しく)思ってもむなしいものは、吹く風の音(の便り)にも(相手のことを)聞かない(自分の心の中だけの)恋であるよ。
※垣間見さえもしていない恋を詠んだ歌。作者は、武内宿禰の裔(武内宿禰(建内宿禰)-紀角-(田鳥or白城or角)-小弓-大磐-小足-塩手-大口-大人-麻呂-猿取-船守-勝長-興道-本道-有朋-友則)。『百人一首』(三三)でも知られる。
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題しらず
一二六八 春雨のさはに降るごと音もなく人に知られで濡るる袖かな(小野小町)
訳】題しらず
一二六八 (音もなくしとしとと降る)春雨が沢に降るように、そのように音もなく(降る春雨のように)、人に知られないで(ひっそりと泣く私の涙で)濡れる袖であるなあ。
※忍ぶ恋を詠んだ一首。作者は出自不明で、『百人一首』(九)でも知られる。
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不逢恋の心を
一三二〇 前の世に誰結びけん下紐のとけぬつらさを身の契りとは(安嘉門院四条)
訳】逢わざる恋の心を(歌題として詠んだ歌)
一三二〇 前世に(いったい)誰が(因縁を)結んだのだろうか、(結んだ)下紐が解けない(ように、あの人と打ち解けて逢えない)つらさを(我が)身の(前世からの)宿縁(とする)なんて。
※作者は藤原為家の側室(実父母不明)。『十六夜日記』の著者、阿仏尼して知られる。
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光明峰寺入道前摂政家恋十首歌合に、寄弓恋
一四三六 引きとめよ有明の月の白真弓帰るさ急ぐ人の別れ路(藤原為家)
訳】光明峰寺摂政家歌合の恋十題で、「弓に寄せる恋」(という歌題で詠んだ歌)
一四三六 (弓を引くように)引き留めてくれ、(白く光って白木の真弓のように見える)有明の月でできた白木の真弓よ。帰るのを急ぐ人の別れ道を。
※別れる恋を詠んだ一首。
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(恋歌の中に)
一四四七 道すがら我のみつらくながむれど月は別れも知らず顔なる(飛鳥井雅有)
訳】(恋歌の中に(あった歌))
一四四七 (帰る)道すがら、私ばかりが恨めしく(月を)見やるけれども、月は(私の恋人との)別れも知らぬ顔である(よ)。
※後朝の別れを詠んだ一首。
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百首の歌の中に
一四六七 つれづれと空ぞ見らるる思ふ人天降り来むものならなくに(和泉式部)
訳】百首の歌の中に(あった歌)
一四六七 なすこともなく(自然に)空(ばかり)を見上げてしまう。思う人が空から降って来てくるわけでもないのに。
※作者は大江雅致女。『和泉式部日記』、『百人一首』(五六)でも知られる。
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題しらず
一五七八 慰めんかたこそなけれ逢ひ見ても逢はでも歎く恋の苦しさ(源重之女)
訳】題しらず
一五七八 慰めるような方法もないよ。(実際に)逢って契っても(歎く)、逢わなくても歎く、恋の苦しさ(は)。
※作者は桓武天皇の裔(桓武天皇-嵯峨天皇-仁明天皇-文徳天皇-清和天皇-貞元親王-源兼信-源重之-源重之女)。
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光明峰寺入道前摂政家秋三十首歌に
一六四一 秋風の夜寒に吹けば忘れにし人も恋しくなるぞ悲しき(後深草院少将内侍)
訳】光明峰寺摂政家歌合の秋三十首歌(の中)に(あった歌)
一六四一 秋風が夜に(身にしみるほど)寒く吹くと(私を)忘れてしまった人(のこと)も恋しくなるのが悲しいことだ。
※寒さに震える恋を詠んだ一首。作者は藤原冬嗣の裔(藤原冬嗣-長良-国経-忠幹-文信-惟風-惟経-知綱-知信-為忠-為経-隆信-信実-後深草院少将内侍)。
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いと恨めしき人につかはしける
一七五六 聞きもせず我も聞かれじ今はただひとりびとりが世になくもがな(源頼政)
訳】とても恨めしい(あの)人におやりになった(歌)
一七五六 (便りをもらえないばかりか、最近はあなたの噂さえも)聞かない。(こんなことなら)私(のこと)も(あなたには)聞かれまい。今はただ(思わずにいられない、あなたと私と)どちらか一人が(この)世からいなければいいのに(と)。
※作者は清和天皇の裔(清和天皇-貞純親王-源経基-満仲-頼光-頼国-頼綱-仲政-頼政)。
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(題しらず)
一七八二 とにかくに厭はまほし世なれども君が住むにも惹かれぬるかな(西行法師)
訳】(題しらず)
一七八二 何につけても厭で避けたい世の中ではあるけれども、あなたが住んでいるにつけても(離れられずに)惹きつけられてしまうことだ。
※世の中を嫌がる厭世の気持ちと恋ゆえの執着の気持ちの対比を詠んだ一首。
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〈風雅和歌集〉
初恋の心をよめる
〇九六四 昨日今日雲のはたてにながむとて見もせぬ人の思ひやはしる(藤原定家)
訳】恋の気持ちが兆した段階の心を詠んだ(歌)
〇九六四 昨日も今日も雲の果ての向こうを(私が)ぼんやりと眺めているからといって、まだ会っていない(私の思う)人は(私の)思いを知っているだろうか(いや、知りはしない)。
※理知的でありながら、人の繊細な思いを詠んだ一首。
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月前恋といふことを
〇九八二 我が袖に覚えず月ぞ宿りける問ふ人あらばいかがこたへむ(源実朝)
訳】月の前の恋ということを(歌題として詠んだ歌)
〇九八二 (涙に濡れた)私の袖に思いがけず月が(映って)とどまっていることだ。(どうしたのかと)尋ねる人がもしいるならば、どのように答えたらよいだろう。
※古今集(七五六)「我が袖に宿る月さへ濡るる顔なる(私の袖に映る月さえも(涙に)濡れた顔をしている)」を本歌とすることで、「涙(に濡れる)」という表現なしに苦しい恋に流した涙を連想させることに成功した一首。
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九月ばかり、鶏の音にそそのかされて人の出でぬるに
一一三三 人はゆき霧は籬に立ちとまりさも中空に眺めつるかな(和泉式部)
訳】九月ぐらいに、(朝の)鶏の鳴く声に急き立てられて人が帰ってしまった(ので詠んだ歌)
一一三三 (帰らないでほしい)人は行ってしまい、(晴れてほしい)霧は生垣の辺りにとどまっていて、(わたしは)本当に空の中ほどを眺めて(物思いにふけって)いるばかりです。
※「中空」に孤独感を込めた一首。
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恋歌の中に
一二八〇 稀に逢ふといふ七夕も天の川渡らぬ年はあらじとぞ思ふ(紀貫之)
訳】恋歌の中に(あった歌)
一二八〇 滅多に逢うことがないと言われる七夕(の二人)であっても、天の川(を)渡らない年はあるまいと思う。
※滅多に逢えないはずの織姫と彦星であっても、年に一度は必ず逢えることを引き合いに出して、それ以上に逢えない恋の存在を暗示した一首。
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題しらず
一四〇三 誰が契り誰が恨みにか変はるらん身はあらぬ世の深き夕暮れ(冷泉為相)
訳】題しらず
一四〇三 (私の死後、)誰との約束に、誰への恨みに、(この思いは)変わるのだろうか。(我が)身は(もはや)存在しない世の(あわれと業の)深き夕暮れ(であるよ)。
※死後も消えない恨みと恋情を詠んだ一首。




