旅歌下
『玉葉和歌集』一四三首、『風雅和歌集』六一首より。
〈玉葉和歌集〉
題を探りて千首歌人々に詠ませさせ給うけるついでに、旅の心を
一一二六 あしびきの山松が根を枕にてさ寝る今宵は家し偲ばる(伏見院御製)
訳】(歌題をくじ引きで決める)探題で千首歌を人々にお詠ませなさった機会に、旅の心を(歌題としてお詠みになった歌)
一一二六 山(に生えた)松の根を枕にして寝る今夜は家が偲ばれることだ。
※万葉集(六六)を本歌として詠まれた一首。
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百首歌奉りし中に、夜の旅
一一四二 泊まるべき宿をば月にあくがれて明日の道ゆく夜半の旅人(京極為兼)
訳】百首歌を献上した中に(あった)、「夜の旅」(という歌題で詠んだ歌)
一一四二 (今夜)泊まる予定の宿を(美しい)月に誘われて(離れて、)明日行く(予定だった)道を行く夜中の旅人(であるよ)。
※月に誘われて歩く夜の旅を詠んだ一首。鎌倉下向や佐渡配流の経験を持つ為兼だけあって、実体験を基にした可能性も。
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旅の心を
一一七一 越ゆれども同じ山のみ重なりて過ぎ行くたびの道ぞはるけき(花園院御製)
訳】旅の心を(詠んだ歌)
一一七一 越えても越えても同じ(ような)山ばかり(が)折り重なっていて、(山をひとつ)通り過ぎていくたびに、旅の道のりが遥かである(と感じる)ことだ。
※山路を行く旅を詠んだ一首。
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夕旅といふことを
一一七四 遅れぬと今朝は見えつる旅人の宿借る野辺に声ぞ近づく(楊梅兼行)
訳】夕方の旅ということを(詠んだ歌)
一一七四 遅れてしまったと今朝は思われていた旅人が(追いついたらしい。夕方になって私が)宿(を)借りている野辺に(その旅人の)声が近づいてくることだ。
※用例の少ない新鮮な歌の世界を詠んだ一首。
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野夕雨と云ふ事を
一二〇二 雨のあしも横さまになる夕風に蓑吹かせゆく野辺の旅人(京極為子)
訳】野の夕方の雨ということを(詠んだ歌)
一二〇二 雨脚も横向きになる(ほど激しい)夕方の風に蓑(を)吹かせ(ながら歩いて)行く野辺の旅人(であるよ)。
※雨の激しさを活写した完成度の高い一首。
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(雨中の旅といふことを詠ませ給うける)
一二〇四 旅の空雨の降る日は暮れぬかと思ひて後もゆくぞ久しき(京極為兼)
訳】(雨の中の旅ということをお詠みになった(歌))
一二〇四 旅先の土地(で)雨が降る日は(あまりの暗さに日が)暮れてしまったかと思った後も(実はまだ日は暮れていなくて、目的の地まで歩いて)行くのが長く久しいことだよ。
※雨の日の暗さの中でも歩き続けざるを得ない状況を詠んだ一首。鎌倉下向や佐渡配流の経験を持つ為兼だけあって、実体験を基にした可能性も。
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旅歌の中に
一二一三 かへりみる我がふるさとの雲の波けぶりもとほし八重の潮風(二条道良女)
訳】旅歌の中に(あった歌)
一二一三 振り返って眺める、(私の故郷まで続いているであろうことから)故郷の雲の波(と言ってしまっても過言ではないであろう雲の波を)。(孤島であるここでは人々の日々の営みを感じさせる、家から立ち上る)煙さえも遠いことだ、幾重もの潮風(に隔てられていて)。
※孤島に配流になった人物目線で詠まれた一首。本人にその経験はない。
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旅歌の中に
一二一四 分けくだる麓の道にかへりみればまた跡深き峰の白雲(大江宗秀)
訳】旅の歌の中に(あった歌)
一二一四 (雲を)かき分けて下ってき(てたどり着い)た麓の道から(歩いてきた峰を)振り返って見てみると、(私がかき分けて作ったはずの雲の)跡は(再び)白雲に深く閉ざされている。
※旅人の前方の雲の連なりではなく、越えてきた道を振り返った旅人の後方の雲の連なりを詠んだという点が新しい一首。
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旅泊の心を
一二三八 楫枕一夜ならぶる友舟も明日の泊りやおのが浦々(伏見院御製)
訳】旅先で宿泊する心を(詠んだ歌)
一二三八 (船の)梶を枕に(寝る、親しい友人のように今夜は)一晩並べ連なっている船も、明日の停泊の地はそれぞれ(別の)浦々(なのだろうか)。
※船旅での宿泊を詠んだ一首。
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海の旅
一二四三 立ちかへる月日やいつをまつら船行方も波の千重に隔てて(伏見院御製)
訳】海の旅(を詠んだ歌)
一二四三 立ち戻る月日がいつかを待つ松浦舟は、行方も(分から)ない、波が千重にも隔てられているので。
※肥前国松浦を発つ船の旅を詠んだ一首。
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〈風雅和歌集〉
夕べの旅行を
〇九一二 雲霧に分け入る谷は末暮れて夕日残れる峰の梯(花園院御製)
訳】夕方の旅行を(詠んだ歌)
〇九一二 雲や霧をかき分けて立ち入った谷は奥(の方はもう日が)暮れて(しまって)、夕日(の明るさが)が残ってる峰にかかった(夕日の光による)梯子(が見えることだ)。
※夕方の景色を旅先のものとして詠んだ一首。
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五十首歌詠み侍りけるに、旅
〇九一五 目にかけて暮れぬと急ぐ山本の松の夕日の色ぞすくなき(京極為兼)
訳】五十首歌詠みました時に、「旅」(という歌題で詠んだ歌)
〇九一五 (周囲の景色を)目にとめて(日が)暮れてしまうと急ぐ山のふもとの松の夕日(に染まった周囲の景色)の色は少ないことだ。
※鎌倉下向や佐渡配流の経験を持つ為兼だけあって、実体験を基にした可能性の高い一首。
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東へまかりける道にて詠み侍りける
〇九二九 高瀬山松の下道分け行かば夕嵐吹きて逢ふ人もなし(京極為兼)
訳】関東へ下向した道中で詠みました(歌)
〇九二九 高瀬山の松林の陰になった道をおし分けて進むならば、夕方の嵐が吹いて出会う旅人もいない(ことだ)。
※鎌倉下向の実際の体験を詠んだであろう一首。
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旅の歌の中に
〇九五七 故郷に契りし人も寝覚めせば我が旅寝をも思ひやるらん(京極為兼)
訳】旅の歌の中に(あった歌)
〇九五七 故郷で夫婦の約束をした人も眠りの途中でふと目が覚めるならば、私の旅先での(不安定な)宿泊(のこと)をも思いやってくれるだろうか。
※鎌倉下向や佐渡配流の経験を持つ為兼だけあって、実体験を基にした可能性の高い一首。
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(旅の歌の中に)
〇九五八 結び捨てて夜な夜な変はる旅枕仮寝の夢の跡もはかなし(京極為兼)
訳】(旅の歌の中に(あった歌))
〇九五八 縁を結んでは捨て結んでは捨てしながら夜毎に変わる旅の途中での野宿は(今となっては)夢のように跡形も残らずはかないことだ。
※鎌倉下向や佐渡配流の経験を持つ為兼だけあって、実体験を基にした可能性の高い一首。




