冬歌下
『玉葉和歌集』二〇三首、『風雅和歌集』一七四首より。
〈玉葉和歌集〉
五十番歌合に時雨を詠ませ給うける
〇八五四 夕暮れの雲飛び乱れ荒れて吹く嵐のうちに時雨をぞ聞く(伏見院御製)
訳】五十番歌合に「時雨」をお詠みになりました(時の歌)
〇八五四 夕暮れの雲が飛び乱れ、荒れて吹く(激しい)嵐の中で、時雨(の音)を聞くよ。
※用語・情景共に新鮮な一首。伏見院の代表歌の一つ。
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持明院殿にて五十番歌合侍りし時、冬雲を
〇八六四 夕日さす峰の時雨のひとむらにみぎりを過ぐる雲の影かな(西園寺実兼)
訳】伏見院仙洞にて五十番歌合がございました時(に)、冬の雲を(詠んだ歌)
〇八六四 夕日(の)射す峰の(辺りに降っている)時雨がひとかたまりに(なって、庭先の)石だたみ(の上)を通り過ぎていく冬の雲(の影)であるよ。
※石畳をよぎる雲の影に着目した一首。
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(題しらず)
〇八八〇 枯れ積もるもとの落葉の上にまたさらに色にて散る紅葉かな(京極為子)
訳】(題しらず)
〇八八〇 枯れ(色になっ)て積もっている元からの落葉の上にまたさらに(紅の)色で散る紅葉だなあ。
※一般の落葉の歌とは一味違う新しい着眼の一首。
樹 ◆
寒樹を詠み侍りける
〇九〇〇 葉替へせぬ色しもさびし冬深き霜の朝けの岡の辺の松(京極為子)
訳】葉が落ちて枝だけになった樹を詠みました(歌)
〇九〇〇 葉(が入れ)替わらない(常緑樹の繁った緑の葉の)色こそが(かえって)寂しい、冬(が)深まった霜の(白く降りた)早朝の岡の辺りの松(であるよ)。
※緑と白の対比を詠んだ一首。
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冬雲を
〇九〇九 風の音の激しく渡る梢より群雲寒き三日月の影(永福門院)
訳】冬の雲を(詠んだ歌)
〇九〇九 風の音が激しく(吹き)渡っていく梢(の間)から、群雲(に見え隠れしながら)寒々とした三日月の(冴えた)光(が降り注ぐことだ)。
※寒さの厳しい冬の夜の情景を、群雲・三日月を梢という遠近の構図と繊細な光で詠んだ一首。
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題しらず
〇九二四 河千鳥月夜を寒み寝ねずあれや寝覚むるごとに声の聞ゆる(永福門院)
訳】題しらず
〇九二四 河千鳥(は冬の)月夜が寒いから寝ないのだろうか、(私が)眠っていてふと目が覚めるたびに(遠くから夜鳴きの)声が聞こえる(ことだ)。
※千鳥を気遣う愛情にあふれた一首。
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三十首歌奉りし時、河氷
〇九四〇 ただひとへ上は氷れる河の面に濡れぬ木の葉ぞ風に流るる(二条道良女)
訳】(三十首の歌を献上した時、河の氷(という歌題で詠んだ歌))
〇九四〇 ただ一枚(分だけうっすらと)表面は凍っている(透明の)川面に(散った)濡れていない木の葉が(乾いたまま川の流れに沿って)風に流されていくことだ。
※秋には川を流される落葉が、冬には風に流されるさまを詠んだ一首。
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冬夕山を
〇九四四 冴ゆる日の時雨の後の夕山に薄雪降りて雲ぞ晴れ行く(京極為兼)
訳】冬の夕方の山を(詠んだ歌)
〇九四四 (しんしんと)冷え込む日の時雨の(通り過ぎた)後の夕暮れの山にうっすらと雪(が)降って、(かえって)雲が晴れていく。
※題材とした映像を単純にそのまま描写するのではなく、対象の動的な変化をとらえて皮膚感覚を伴った質感まで詠んだ一首。
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(雪歌中に)
〇九六一 踏み分けし昨日の庭の跡もなくまた降り隠す今朝の白雪(日野俊光)
訳】(冬の歌の中に(あった歌))
〇九六一 (雪を足で)踏み分け(て進んだせいででき)た昨日の庭の跡もなく(してしまうように)また降って(庭のさまざな痕跡を)隠す今朝の白雪であるよ。
※雪に足跡をつけないことを美しいとする美意識を詠んだ一首。
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五十番歌合に、冬雲といふことを
〇九八〇 山嵐の杉の葉はらふ曙にむらむらなびく雪の白雲(伏見院御製)
訳】五十番歌合に(あった)、冬の雲ということを(詠んだ歌)
〇九八〇 山嵐が杉の葉(に積もった雪)を吹き払う曙に、まだらにかたまってなびく雪の(降りそうな気配を含んだ)白雲であるよ。
※新鮮な自然詠の一首。
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雪後雨といふことを
〇九八七 今朝の間の雪は跡なく消えはてて枯野の朽葉雨しほるなり(藤原為氏女=延政門院新大納言)
訳】雪の後の雨ということを(詠んだ歌)
〇九八七 今朝の(少しの)間に降った雪は跡形もなく消えてしまって、枯野の朽葉を雨(が)濡らしているらしい。
※雪が雨に変わっていた枯野の寂寥感に美を感じ取って詠まれた一首。
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冬御歌の中に、雪を
〇九九三 星清き夜半の薄雪空晴れて吹きとほす風を梢にぞ聞く(伏見院御製)
訳】冬の御歌の中に(あった)、雪を(詠んだ歌)
〇九九三 星(の)清らかな夜中のうっすらと雪(が降った後にすぐ)空は晴れて(葉の落ちた木々の間を)吹き抜けてくる風(の鳴る音)を梢(のざわめきの中)に聞くことだ。
※静かに輝く星の美しさと風の激しさの対比を詠んだ一首。
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冬歌の中に
一〇〇五 風ののち霰ひとしきり降り過ぎてまた群雲に月ぞ洩り来る(京極為子)
訳】冬の歌の中に(あった歌)
一〇〇五 風のあと、霰がひとしきり降り過ぎて、また(先ほどのように)群雲から月(の光が)洩れてくる。
※冬の夜の気象の変化を細かく詠んだ一首。
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(冬歌の中に)
一〇一〇 閨の上は積もれる雪に音もせで横ぎるあられ窓たたくなり(京極為兼)
訳】(冬歌の中に(あった歌))
一〇一〇 寝室(の屋根)の上は積もっている雪(のため)に音もしないけれども、横なぐりのあられは窓を(激しく)たたくことだ。
※静と動の交錯する冬の気象現象を聴覚に絞って詠んだ一首。二条派からは酷評されたものの、大自然の実相を詠んだ為兼の代表歌と言える。
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題を探りて歌つかうまつり侍りし時、冬木ということを
一〇二二 木の葉なき空しき枝に年暮れてまた芽ぐむべき春ぞ近づく(京極為兼)
訳】(歌題をくじ引きで決める)探題で歌をお詠み申し上げました時、冬木ということを(歌題として詠んだ歌)
一〇二二 木の葉が(落ちて)なくなった何もない枝に年が暮れてまた(新しい芽が)芽吹くはずの春が近づくことだ。
※二条派からは酷評されたものの、大自然の実相を詠んだ為兼の代表歌と言える一首。
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〈風雅和歌集〉
題しらず
〇七四六 むらむらに小松まじれる冬枯の野べすさまじき夕暮れの雨(永福門院)
訳】題しらず
〇七四六 (あちこちに)まだらに(青々とした)小さな松が混じっている(、色味のない)冬枯れの野に、寒々とした夕暮れの雨(が降ることだよ)。
※叙景に徹した一首。青々とした長寿の松と色を失った冬枯れの野辺を対比している。
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冬の御歌の中に
〇七六二 霜氷る竹の葉分けに月冴えて庭静かなる冬のさ夜中(光明院御製)
訳】冬の御歌の中に(あった歌)
〇七六二 霜(が)凍りついている竹の葉の一枚一枚に月(光)が澄み渡って、庭(は)静まり返っている冬の夜中(であるよ)。
※冬の夜の寒さと美しさを詠んだ一首。作者は伏見院の孫。
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冬の歌の中に
〇七六三 吹きとほす梢の風は身にしみて冴ゆる霜夜の星清き空(正親町公蔭)
訳】冬の歌の中に(あった歌)
〇七六三 吹き抜けていく梢の風は(冷たく)身にしみて、冷え込んだ霜夜の星清らかな空(であるよ)。
※耳・目・体でとらえた冬の夜の美を詠んだ一首。公蔭の代表作。
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雪降りける日、日吉の社へ詣でけるに、山深くなるままに風吹き荒れて行く先も見えず雲立ちむかひ侍りければ
〇八二二 行く先は雪の吹雪に閉ぢ込めて雲に分け入る志賀の山越え(京極為兼)
訳】雪が降った日、(比叡山のふもとにある)日吉神社へ参詣したところ、山(が)深くなるにつれて風(が)吹き荒れて行く先も見えず、雲が(自分たちの方に)立ち向かって来るようでしたので(詠んだ歌)
〇八二二 (私の)行く先は(激しい)雪の吹雪によって閉じ込められていて、雲に分け入っていく(かのような)志賀の山越え(であるよ)。
※冬の志賀の山越えを詠んだ珍しい一首。
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百番歌合に、山雪を
〇八二六 鳥の声松の嵐の音もせず山しづかなる雪の夕暮れ(永福門院)
訳】百番歌合に(あった)、山の雪を(詠んだ歌)
〇八二六 鳥の声(も)松を吹く嵐の音も(今は)しない。山全体が静まり返っている雪の夕暮れ(であるよ)。
※雪の日の夕暮れの静けさを詠んだ一首。
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雪を詠み侍りける
〇八三六 降り重る軒端の松は音もせでよそなる谷に雪折れの声(楊梅兼行)
訳】雪を詠みました(歌)
〇八三六 (雪が)降っている重さで軒端の松は(枝が今にも折れそうなほど重たげにしなっているが)音を立てもしない。(ただ、)よそにある(遠くの)谷からは雪折れの音(が響いてくる)。
※上の句と下の句で遠近や静けさと音との対比を詠んだ一首。
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題しらず
〇八四六 み雪降る枯れ木の末の寒けきに翼を垂れて烏鳴くなり(花園院一条)
訳】題しらず
〇八四六 雪が降っている枯れ木の梢が寒々としているところに、翼を垂れて烏が(わびしげに)鳴いている。
※烏を重要な画題の一つとした水墨画の美意識を先取りしたような一首。作者は出自・伝未詳の、花園院に仕えた女房。
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冬夕の心を詠ませ給ひける
〇八七八 暮れやらぬ庭の光は雪にして奧くらくなる埋火のもと(花園院御製)
訳】「冬の夕べ」の心をお詠みになった(歌)
〇八七八 (まだ)暮れきっていない(と感じる)庭の光は(実は)雪(によるもの)であって、(室内の)奥(の方は既に)暗くなって、(微かな赤さを見せる)埋火のところ(に私はいることだよ)。
※『風雅集』の特色を体現した一首。作者は伏見天皇の第四皇子。
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冬歌の中に
〇八八〇 寒からし民のわら屋を思ふにはふすまの中の我もはづかし(光厳院御製)
訳】冬の歌の中に(あった歌)
〇八八〇 (風が入り込んで)寒いらしい民の藁ぶきの(粗末な)家を思うと、衾(と呼ばれる温かな夜具)の中にいる我が身が恥ずかしい。
※自らが治める民を思う一首。作者は伏見院の孫で、南北朝時代の北朝の第一代天皇。明治四四年(一九一一年)に南朝が正統とされたせいで、歴代天皇から除外された。
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冬庭といふ事を
〇八九一 おのづから垣根の草も青むなり霜の下にも春や近づく(伏見院御製)
訳】冬の庭ということを(詠んだ歌)
〇八九一 自然と垣根の草も青くなってきたようだ。霜の下にも春は近づいているのだなあ。
※春の予感を歌った一首。伏見院にはそうした趣向の歌が多い。




