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第7話 社交界

――エストリア社交界

――夜会


 夜。日が暮れると同時に、とある侯爵主催のパーティーが開かれる。そこにナタリアはやってきていた。綺麗なドレスに軽い化粧を身に纏い、こつり、こつりと石の床を優雅に鳴らして舞踏会の行われる侯爵の邸宅へとやってきた。

 アルゲンベリード公爵家から一段落ちるものの大貴族に変わりはなく、その邸宅はやはり大きな屋敷だ。貴族となってもはや6年も経つというのに相変わらずこの手の場は場違いではないかという思いは消えてはいない。


 ナタリアの社交界へのデビュー。王国でも有数の貴族であるアルゲンベリード公爵の長女が社交界デビューするとあって、多くの貴族や大商人の息子などがやってきていた。

 それだけではなく、エストリア王国の第一王子もまた社交界デビューだというので、パーティーの規模はかなりのものである。貴族だけでなく大商人すら招かれているのがその証拠だった。


 社交界は元来貴族だけのものである。それが、広くといっても富裕層に限られるものの門戸を開いたのは、ごく最近のこと。

 新しき時代。変化する時代の流れは貴族社会にも新たな風を通したのだ。無論、それが誰にでも受け入れられているかは別の問題。


 貴族は、そう言った新参者たちを歓迎しない。血統を重ねていない下賤の輩。金にがめつい者たち。富裕層に対する貴族の印象などこのようなもの。

 生きる世界が違うのだ。金を得て、社交界入りした富裕層と生来の高貴なる青い血(ブルーブラッド)と領地、魔法を持つ貴族とでは。


 ゆえに、社交界デビューとなるナタリアへと話しかけてくるのは貴族ばかりだ。大貴族。それも公爵家の令嬢となれば渡りをつけたい商人は多いだろうが、大貴族となれば社交界入りしている富裕層への印象は良いものではない。

 貴族よりも先に話しかけるなどして印象を損ねるのは得策ではない。ゆえに、今は、貴族が話しかける時間として、自らの番がくるのを待つのである。


 その渦中にあるナタリアはというと、


――面倒くさい。


 そう思っていた。笑顔を絶やさず、挨拶してくる相手の名前と家柄を覚えなければならない。間違えることは許されないし、間違えればそれは人生の汚点となる。

 家柄によって作法を変えねばならず、更に言えば最上位貴族であるため相手から何かされてからしか動けないというのは、さっさと終わらせたいナタリアからすれば面倒以外のなにものでもない。


 そんなことは一切出さずに、彼女は順調に社交界デビューを開始していた。余所行きモードで人当たりよく。

 そういう風に貴族のあいさつが終われば、次に来るのは商人たちのあいさつである。富裕層への対応もまた作法にある。


 挨拶、挨拶、挨拶。それが終われば、ようやくナタリアの周りから人はいなくなり、それぞれ固まる。貴族はそれぞれの派閥に固まり、富裕層の者たちはその者たちで塊をつくる。

 しかし、意識は常にナタリアに向けられていた。これからは彼女が動く番である。挨拶がすみ、自らの派閥の紹介などは済んでいる。


 そこから彼女がどこを選ぶのかを見ている。公爵令嬢を取り込めたとなれば、それは政治における大きな力になるのだ。

 何をするにも公爵家の看板を背負っている為の責任が生じる。しかもだ、


――王子との婚約


 そんな人生を左右する大事が勝手に決まってしまっていた。酒を飲んで幸せ気分で屋敷に帰ると、両親からの喜べと言われて聞かされたのはこの国の王子との婚約話。

 戦場での活躍とか、魔法についてだとか、色々な話が絡み合って王家にこの優秀な血を入れたいだとかなんだとか。


 そんな感じで本人の意志そっちのけで決まってしまった婚約。なまじ公爵家よりも上の位である王族からの婚約である。断ることは大層不敬になる。

 そのためナタリアにはどうしようもない。されるがままここまで来てしまった。社交界デビューに合わせて婚約が発表される。


 つまり全ての貴族に話が伝わるわけで、もう逃げられなくなる。逃げるなら今なのだが、


――逃げられるわけがない。


 逃げればそれは公爵家の責任となる。王族への不敬。御家取り潰しとか最悪なるかもしれない。それだけは断固阻止である。もしそんなことになれば今世の両親に申し訳がなさすぎる。

 王妃になって良い生活をと考えなくもないが、ジャスミン主義が横行している現在。確実に色々と徴用されるに決まっている。


 自分が如何に規格外なことをしているのか、理解していないわけではない。自分でもやりすぎたなー、とは思っている。

 なにせ、先ほどのあいさつの際、騎士団長の息子だとかいう奴が、一緒に戦える日を待ち望んでいるとか言っていたのだ。確実に戦場に立たされる。


「なんとか、それを回避する術はないものかしら」


 婚約破棄。それも相手からの婚約破棄ならば、問題ない。問題はそれをどうやって相手側からさせるかだ。


「うーん」


 そんな風に考え事をしていると、ざわめきが大きくなる。王子の馬車が到着したようだった。ナタリアは一番前へと出る。公爵令嬢であり、婚約者でもあるナタリアが一番に挨拶しなければならない為だ。

 王子ヴィルヘルム・エストリアが馬車から降りてくる。未だ幼さを残すものの精悍な顔つきをしている。やはりイケメンになるのだろう。今でもその片鱗がわかる。


――さぞご両親も鼻が高いでしょうね。


 それに物腰も柔らかそうであるし、年齢以上に大人びて見える。生まれながらに高貴な者としての所作は洗練されており、12歳とは思えないほどである。

 これが生粋の王族という者か。住む世界が違うなと、酷くお前がいうなと言われそうなことを思いながら、ナタリアは馬車から降りた夜会服を身に纏った王子へと近づいていく。


 互いに顔を見据えて、まずはナタリアが礼をする。最上位の者に対する礼。スカートのすそをつまみ、優雅ながらしっかりとした礼をする。

 そうすれば、相手もまた返礼。


「お初にお目にかかります殿下。ガウロン・アルゲンベリードが娘、ナタリアと申します。以後お見知りおきを」

「うむ、よろしく頼む。そなたの噂はかねてより聞いている。戦場にて、万の軍勢を薙ぎ払ったとか。多くの武勇伝を持ちながら驕らず、常に勉学にいそしんでいるとか。会えるのを楽しみにしていた」

「過分な評価恐縮に御座います」


――本当に過分だった。


 とりあえず、感謝の言葉を述べておかねば不敬でいつ殺されるかわからないので否定などせずにとりあえず礼をしておく。

 とりあえずぺこぺこは社会人としての処世術であるが、それはここでも同じ。頭を下げておけば、相手は悪くはとらない。


「では、ナタリア殿、手を。今宵は我らが踊らねばはじまらぬ」

「ええ、よろこんで」


――踊りたくない。


 壁の華が良いが、ここで一番身分の高い者が一番最初に踊るという決まりがあるのだ。踊らないわけにはいかない。

 王子と公爵の家族が踊り、それから自由に踊りが始まる。楽団と蒸気オルガンが奏でるワルツに従ってステップを踏み、王子と踊る。


「さすがはナタリア殿。ダンスもお上手だ」

「王子ほどではございませんわ」

「…………やっぱりか」

「?」


 ふと、王子が何事かを呟いた。小さな声であったが、聞こえたのはやっぱりか、という何かに気が付いたようなそんな感じのもの。

 それから、曲に合わせて踊り、一曲目が終わった時、


「この後、話がしたい。話は通しておくから、来てくれ」


 そう耳打ちされた。


――何なのだろう。


 王子は何かに気が付いたようだった。心当たりはない。


――まさか、酒の匂いとか残っていた?


 それだと恥ずかしいがそうでないことはマリアーヌに確認済みである。というか、酒の匂いが残っていれば屋敷を出してはもらえていない。


「なんでしょうか」


 結局わからないので、王子に言われた通りにするしかない。言われた通り、王子についていくと応接室に通される。

 王子とナタリアだけがいる部屋だ。他には誰もいない。椅子が三つほどあるテーブルがあるくらい。おそらくは密会部屋とでも言うべき場所だろうか。


「ここには誰もいない。楽にすると良い」

「はい」


 言われるままに王子の対面に座る。


「殿下。(わたくし)に如何様でしょう」

「ああ、すぐに本題に入ろう。だが、少し待ってほしい。もう一人来るのだ」

『お連れしました』


 王子が言うのと同時に扉の向こうからメイドの声が響く。


「ああ、入れてくれ」


 扉が開き中に入ってきたのは少女だった。普通の少女だ。貴族ではない。茶色の髪の町娘という言葉が良く似合う娘であった。

 ここに呼ばれるような人間には見えない。


「ええと、どなたでしょう?」

「私の妻だ」

「はい? 妻?」


 思わず敬意を忘れて言葉を吐いてしまう。それくらいの衝撃的な言葉だったからだ。妻。奥さん。ワイフ。王子の。

 婚約した相手に妻が居ればそりゃ驚く。しかも12歳。貴族だからと言ってそれは早すぎる。最低でも16歳くらいだし、早くとも14歳くらいだ。しかも、明らかに貴族ではなさそうな町娘が妻だと言われたら驚く。


 さらに言えば、それはこの国の言語ではなかった。王子の口から飛び出した言語は、日本語。前世の言語だった。

 この世界には日本という国はない。それは四方手を尽くして調べた結論だった。だからこそ、この世界で日本語を話せる者はいない。


 だからこそ、日記帳などの暗号として利用していたわけなのだが、まさかここに来て日本語を聞くとは思ってもみなかった。


「まあ、妻と言っても前世なのだが」

「前世、ですか」

「日本語がわかるということは、そなたも転生者なのだな。しかも同郷の」

「ええと、殿下とそちらの少女も?」

「ああ、戦いの末、死んで気が付けば乙女ゲームの世界に転生していたのだ。私は王子に、妻はヒロインのアイラになっていた」

「そうなのよ。まったく驚いちゃったわ」


――うん? ええと?


 驚いていたが、話は聞き取れていた。ただ、聞きなれない言葉が出てきて少しだけ理解が追い付かない。


「ええと、申し訳ありません。乙女ゲームと聞こえたのですが、それは?」

「なるほど、そなたは知らぬのか。道理で」

「ええと……?」

「ああ、すまない。説明しよう。私たちが転生したこの世界は、妻が好きだった乙女ゲームの世界なのだ」


 ゲーム類はとんとやってこなかったナタリアである。そう言われてもわからないし、何か問題でもあるのだろうかと首をかしげる。


「すみません。何分、私はゲームなどしてこなかった人間ですし、前世では男であったので乙女ゲームと言われても何が何やら」

「そうなのか。そうだな。乙女ゲームとは」

「私が説明するわ。乙女ゲームっていうのは、ほら、ギャルゲーとかエロゲーとかあるでしょ? それの女の子バージョン」


 そこまで言われればある程度はわかる。


「つまり、女の子の主人公が男の子を落としていくゲームですか?」

「ええ、まあ、そんな感じね。で、私はその主人公になっちゃってるの」

「そんなことありえますの?」

「現にありえてるのよ。ヴィルの名前もそうだし、この王国の名前だって文化もそう。全部ゲームと同じなのよ。ゲームにはあなたもいたから多分間違いなくゲームと同じか似た世界。まあ、私とヴィルやあなたがいるから完璧に同じってわけじゃないけど」


 そう言って少女――アイラは、ゲームでのナタリアについて語る。


「酷い、ですね」


 それはもう酷いの一言だった。なんというか一言で表すと悪役である。主人公と攻略キャラの恋路を邪魔するキャラクター。

 主人公を酷い目に遭わせて攻略キャラクターたちとの仲を進めるキャラ。最終的に酷い目に合って退場させられる傲慢でプライドの高い超お嬢様キャラ。


 総括すると悪役。それも酷い目に合う傲慢でプライドが高く、才能はある癖に努力なんてなにもしない我儘放題のクズ。本当に酷い。


「驚いたよ。ゲームの世界だと思っていたのに、君だけ凄い違うんだから」


 おっさんインナタリアは、一見真面目、6歳で家庭教師の全ての授業を終わらせた神童。魔法の申し子。戦場の天使。千人切り。エトセトラ。

 そして、それらの功績をまったく誇らない謙虚さを持った完璧な淑女という噂。ゲーム時代と評価がまったくの逆。そりゃ驚く。


「だから、会える日を待っていたんだ。そこでもしかしたら転生者なのかと思ったら本当にそうで驚いたよ」

「はあ、そうなのですか」


 そう言われてもである。


「しかし、こうなると話が早い。婚約破棄をお願いしたい。私は妻を愛しているんだ」


 そう言って王子はアイラの肩に腕を回す。アイラもまた彼にすり寄る。そこにあるのは確かな愛情だった。


「今度こそ幸せにしてみせる。だから、どうか」

「良いですわよ。(わたくし)もどうやって断ろうかと思っていたところでしたし」

「え? 良いの?」

「いや、なんで驚かれるのかわからないのですけど」

「だって、王子と結婚したら玉の輿だよ?」

「今でも十分ですし、(わたくし)ぐうたらしたいだけですし」

「うわー、ナタリアのイメージが崩れていく」


 何やら、項垂れるアイラ。悪いことをしてしまっただろうか。


「まあ、それはともかく。そなたが良い人で良かった」

「それで具体的にはどうするわけで?」

「ああ、私が成人し、婚約を破棄できる年齢になってから婚約を破棄しようと考えている」


 18歳になれば、成人として認められる。そうなれば自分での婚約破棄も可能だという。奇しくもそれはゲームのストーリーの王子ルートの結末と同じらしい。


「ただ、それには理由がいる。理由もなしに婚約破棄をすることはできない」


 しかも、ナタリアの評価が高すぎて断る理由が見つからないのだ。


「えっと、アイラさんでしたっけ? ゲームでは、どうして婚約破棄の流れに?」

「ゲームのナタリアがアイラをいじめるのよ。学園に編入してきた優秀な平民が気に入らなかったの。だから、いじめて、最終的に退学にしようとしたのがバレて王子が怒って婚約破棄」


 王子がアイラに惹かれていたのも理由の一つだろう。公爵令嬢としてあるまじき振る舞いであるが、我儘放題に育ったのであれば、それも致し方なしということなのだろうか。


「良し、面倒だから、それをなぞろう。せっかくうまくいった方法があるならそれをやらない手はないでしょうし」

「え? 良いのか!?」

「良いに決まっていますわ」


 夫婦は共にいるべきだ。せっかく死に別たれるところを奇跡がまた会えたのだ。ならば、今度こそ一緒に最後の時まで添い遂げるべきなのである。


「その手伝いが出来るのであれば、(わたくし)は喜んで泥をかぶりますわ」


 ぐうたら生きることが目標だが、同郷の知り合いだ。もしここで見捨てたりしたら、奇跡が起きて、妻と娘に会えた際にきっと失望されるだろう。

 助けられたのに助けなかった。それは人として最低だ。その為に自分が不利益になるとしてもだ。それに王子も良い人そうであるし、死んでも妻を愛している真の漢だ。


 協力しなければ漢がすたる。同じ妻を持った夫としての矜持だ。


「ナタリアさん」

「うわーん、ありがとうございます!」


 そう言ってアイラが抱き着いてくる。本当にうれしいのだろう。ここまで喜んでもらえるとナタリアの方も嬉しくなってくる。


「別に良いですわよ。それに、せっかく会えた同郷の方ですもの。助けあいませんと」

「本当にありがとうございます」


 その後は、色々と話した。転生した後の話から、転生前の話へと。二人の死因は実に興味深いものであった。


「宇宙人の侵略。それと戦ってですか。はぁ、宇宙人って本当にいたんですのね」

「ええ、世界中大パニックですよ」

「大変だったね。私たちもお母さんがいなかったらどうなっていたことか」

「本当お義母さんには感謝だね。宇宙人を殴り倒すほどの鉄拳っぷりは伝説だよ」


――うん?


 何やら聞いたような伝説である。ナタリアの前世の妻も、熊を素手で殴り飛ばしたとかいう伝説を持っていたような。


「ナタリアはどうやって?」

「――え、ああ、過労死ですわ。ブラック企業に20年以上勤めて、過労死。妻と娘がいたのですけど、悪いことしましたわ」

「――え?」


 そう言った時、アイラの顔色が変わる。


「どうかなさいました?」

「あのさ、ナタリア。間違ってたら悪いんだけどさ、前世での名前って――」


 そう言ってアイラが告げた名は、前世でのナタリアの名前とそれから妻のそれだった。


「ええ、それは(わたくし)の前世での名前で、妻の名前ですわ?」


 いや、そこまで言われたら気が付く。二択。そして、おそらくは、


「過労死、名前が同じ。お母さんの名前も一緒の別人? そんな偶然あるわけない。ウソ、それじゃあ、まさかお父さん?」

「茜、なのか?」


 ――死に別れた最愛の娘だ。


悪役令嬢物要素は出さないと言ったな、あれは嘘だ。


はい、というわけで感動の再会(?)。ようやく悪役令嬢物っぽい要素が出せました。

短編版と違い王子にも転生者が。しかも、娘の夫。こんな悪役令嬢物ってありなんですかね。


さて、そう考えると第一話の決闘シーンが違ったものに見えるはず。

実は王子とヒロインの中身には第二案があってあまりにもマニアックすぎて没にしたんですけど、ここで言います。

主人公の父親と母親が王子とヒロイン。


ええ、そうです。中身は90代の老夫婦が王子とヒロインの中に入っていて、その子供であるおっさんが悪役令嬢になるという案もありました。

再び2人を幸せにするためにおっさんが奔走するというストーリー。

でも没です。あまりにもマニアックというかニッチすぎるジャンルだと思ったので。


はい、雑談でした。

そろそろ、日刊更新が無理になりそうですが出来るだけ頑張ります。では、また。


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