第11話 竜殺し
学園の休日。この日、生徒たちは街へと繰り出す。重機関都市エストリア。エストリア王国首都。王都とも呼ばれる最先端都市。
ここに揃わないものはない。王国全土から運ばれる様々な物品。海外から入ってくる輸入品。物だけでなく様々な人もここ王都では見ることが出来る。
お洒落した学生たちが休日に羽根を伸ばすのだ。
女の子であれば、歩廊でのショッピング。王立劇場での流行りの演劇を見たり、あるいは殿方との逢瀬を楽しむだろう。
男の子であれば、馬上試合を見学したり参加したり、身体を動かすかもしれない。もしくは、女の子と二人、喫茶店でおしゃべりをするのかもしれない。
ナタリア・アルゲンベリードもまた、そんな学生の一人だった。婚約した王子と二人、仲睦まじく通りを歩いている。
二人で同じ傘を使い、通りを歩いて商店を見て回ったり、流行りの屋台に行ってみたり。喫茶店に入って、同じ料理を食べたりしている。
劇場で恋愛劇などを見て、二人して感想を言い合って、口づけをかわす。仲睦まじく、喜ぶべき光景だった。
そんな様を見せられて、その従者たるクリスは、
「(なぜ、私がこんなことを。ナガレではなく、なぜ、私が)」
辟易としていた。
目の前で繰り広げられる甘々とした王子とナタリアの桃色空間。それに相手側の執事と共にメイドとして付き添っているのだが、
「(なぜ、本当、なぜ)」
本来、付き添うべき主がいないのに付き合わされるのは苦痛で仕方がなかった。
そう、今目の前で王子とイチャラブしているナタリアは、ナタリアではない。魔法で偽装しているアイラである。
彼女の護衛としてクリスは付き合わされているというわけだ。
事の始まりは、先日にさかのぼる。アイラが王子とデートしたいと言い出したのだ。しかし、普通にしては王子の沽券に係わる。
ゆえに、相談を受けたナタリアが提案した方法が互いの入れ替わりだったのだ。魔法で互いの身体を偽装してそれぞれ行動するというもの。
こうすれば、アイラはナタリアとしてだが王子とデート出来るし、ナタリアはその裏で、アイラの評価をあげるべくその余りある能力を大々的に使うことが可能。
一石二鳥の作戦なのだ。
――それは、良い。
――主の決めたことである。従うのが従者の務め。
だが、
――なぜ、私ではなく、ナガレをお供に選んだのですか。
それが、クリスを辟易として不機嫌を加速させている原因だった。もちろん理由があることはわかっている。ナタリアにつくならばクリスなのだ。
ナタリア付きメイドの肩書は多くの人物が知っている。ゆえに、彼女が偽物と疑われないようにするために必要な措置だとも。
けれど、それとこれとは話は別。
「(ナガレのような危険人物と一緒にいるなど。ああああ、ナタリア様が蛇の毒牙に!!)」
とにかく心配で仕方がないクリスであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「そっち行きましたわよ!」
「おまかせ――あれ!」
――刃が走る。
突撃する小鬼の首筋へと二刀の刃が走る。詰まることなく、皮膚を裂いて、筋肉を切断し、骨に達した刃。反対方向から挟み込むように振るわれた二刀目によって首が飛ぶ。
ごとりと落ちた首。刃から滴る血を振るい落とし、その黄金の双眼をナガレは輝かせる。浮かべた笑みは冷徹に、細めた瞳に殺意を乗せて。
引き絞られた弓から放たれる矢の如く、駆ける。鋭く、地面を踏みしめる。足型がつくほどの力で踏み込み、間抜け面を晒した小鬼へと一刀を突き入れ、もう一刀を振るう。
一動作の風圧。ただそれだけですら凄まじい衝撃と化している。荒々しい竜人の剣舞。見とれるにはいささか武骨に過ぎるか。
「でも、良いですわね。こうですか」
見て、いつもの黄金の髪ではなく、赤い髪を翻し、踏み込む。魔力を循環させ、その速度を段階的に高めていく。筋繊維の要所要所を強化して、強化率を上げていく。
その力は既に竜人のそれを超えている。いいや、まだ、上がる。手にした共鳴剣の機能を使うまでもなく振るえば最後、小鬼くらい両断せしめる。
「うーん、まだまだですわね」
「いえいえ、御上手ですよ。竜人の剣技なんて、極論近づいて力任せに斬るですからね」
「そのための魔力運用が尋常ではないので、真似しているのはそちらですよ」
「ああ、やっぱり。あなたは面白いですね」
「無駄口はあとですわ。さっさとこいつらを退治してしまいますわよ」
「ええ、そうしましょう」
ナガレの振るう刃の速度は加速度的に上がって行く。その速度域についてこれる赤毛の少女。アイラではない、中身ナタリア。
つくづく化け物だな、面白いと思いながらナガレは更に速度を上げていく。
「ほらほら、ついてこれますか?」
「なるほど、ここをこうやって」
「聞いていませんか」
ナガレが何かやればそれを見て盗むとろうとする。その学習能力と洞察力は対したものだ。本当に18年しか生きていない人間なのかと疑うほどに。
ただ、そうでなくとも面白いので良しとする。ナガレにとってはそれで十分なのだ。面白ければそれでいい。それ以上はなにもいらないだろう。
今は、このお嬢様といるのが楽しい。ただそれだけだ――。
「ありがとうございます」
「いいえ、とうぜんのことをしたまでですわ」
ゴブリン退治を追えて報告すると大層感謝された。王都付近の村でゴブリンが出没するという話を聞きつけてナタリアはアイラに化けて退治しにやってきたのだ。
報酬は少ないながらもきちんと受け取り、村の酒場で一杯。
「ふはー、仕事の後のビールは最高ですわー」
「本当、お嬢様とは思えませんね」
「今は、平民のアイラですもの。お嬢様ではありませんから」
「おっとこれは失礼。で? お次はどんな面白いことをしてくれるので?」
「知っているのはあなたでしょうに」
「報告書としてあげましたからね。お嬢様も知っているでしょう?」
次の予定。しばらくこの村で人助けである。ナガレが王都とその近辺で集めた困りごとなど様々な依頼を受けて回っているのだ。
次は、屋根の修理に馬小屋の掃除。水車の修理なんかも頼まれている。蒸気機関式水車であるのでナタリアでも修理できる。そのあたりの知識は全てレディ・ジャスミンの授業の範囲だったので覚えている。
「さあ、ジャンジャン、働きますわよ! 働くことこそが喜び! ――って、駄目ですわ! いい加減社畜精神とはおさらばしたんですの! ああ、なのに労働となるとなんでこう喜びがあふれてくるんですのー!」
転生して12年。すっかり、社畜洗脳も解けたと思ったのだが、まだまだ魂の根幹に根差しているようだった。
だいぶなりを潜めていたが、娘の為に労働するというかつての環境に戻ったことによってなりを潜めていたのが外に出てきたらしい。
「くくく、本当、退屈しませんね。ねえ、老」
「カッカカ、本当じゃのぅ」
「……そう言えばなんで、ベルクルスまでいるんですの?」
「なに、お嬢ちゃんが面白いことをやっておると聞いて山から出て来たんじゃよ。やるんじゃろう竜殺し」
竜殺しそれは最終目標。アイラの評価をあげる方法。ちょうど王都近辺の山に繁殖期の竜が住み着いたという報告がある。
繁殖期の竜は暴れる。それはもう暴れる。普通に討伐しなければまずいことになる災害だ。王国精鋭騎士団をあてるほどの相手。
討伐した者は誰であろうと偉大なる英雄と呼ばれる。もしそれをアイラの姿で行ったのならアイラの評価がうなぎのぼりだ。
整合性など知ったことである。嘘でも特ダネとして売れば、瞬く間の間に本当になるとすら言われている
王都新聞社の力を使えば一発である。
それはおいておいて、竜を殺すという情報は誰にも伝えないようにしておいたはずだが、なぜベルクルスは知っているのだろうか。
「ナガレ」
怪しいのは彼だけだ。睨まれて、ナガレは肩をすくめる。
「戦力は必要でしょう。魔法が使えない状態で竜殺しをするとなると」
「まあいいでしょう。いてくれると助かりますし。未だに剣技だけだと勝てなさそうですし」
「ふぉっふぉっふぉ、買い被り過ぎじゃよ。お嬢ちゃん。ガウロンも残念じゃのう。ここまで育った娘と戦えぬとは」
「それは残念ですが、ともかく時間もありませんし手早くいきましょう」
それよりもまずはこつこつと依頼をしていくのだ。竜殺しは最後に行う。竜が出現してから数日。王国中にその知らせは伝わっている。
討伐隊が今日中に出されるようなので、依頼で時間をつぶしつつ、彼らの前で竜を討伐するのだ。王都新聞社の力を借りて広めるにしても目撃者は多いことに越したことはない。
ゲームでは討伐しきれず主人公たちのところにお鉢が回って来る。つまり、アイラの所にだ。娘にそんな危険なまねなどさせられない。少しの危険も許容不可。アイラのところに行く前に断固討伐である。
「さあさあ、行きますわよー!」
まずは、屋根の修理をして馬小屋の掃除をして、水車を修理する。それから別の村へと転移し、そこでも依頼を受けを繰り返す。
そうしているうちに、ナガレの部下から討伐軍がそろそろ竜の巣へと辿り着きそうだという報告を受けた。
「さあ、本題ですわよ。良いですわね」
「いつでも」
「腕がなるのぉ」
というわけで早速少女と竜人と老人の凸凹パーティー、竜へ挑みに行くのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
岩も禿げた山。その頂上に竜、ドラゴンとも呼ばれる存在は陣取っていた。各所から集めてきたであろう建材を用いて、そこに巨大な巣を建造している。
数百年、あるいは数千年は生きているであろう巨体。紅い鱗が雲越しの明かりを受けて輝いている。その輝きは太陽が雲で姿を隠しているとは思えないほどの輝きを放っていた。
傷一つないその姿は、絶対的な強者であることを感じさせる。しかし――。
「レッドドラゴンの成体ですわね。年齢は、竜鱗具合からして、百と少しと言った程度でしょうか。なんだ、この程度ですの?」
ナタリアは拍子抜けしていた。王都近くに出没したドラゴン。冒険者が幾度となく討伐に赴き返り討ちに遭ったと聞いていたからブラックドラゴンとかそのクラスのドラゴンかと思っていたのだが、最下級のレッドで、しかもたった百年ほどしか生きていない若造。
最初の繁殖期を迎えてここまでやってきたのだろう。この時期のドラゴンは凶暴だが、
「もっと強いかと思ってましたのに」
「良いじゃないですか。あまり強いと面倒ですよ」
「面倒は嫌いですけど、この頃、敵がワンパンで終わるんですのよ。昔はもっと戦いの中で色々と感じていたのに、何も感じないんですの。なんというか、日々のうるおい? がなくなってくようなそんな感覚がしてきたので、ここらで補給したいのですのうるおい――うひゃっ!?」
そんなことを言っていると、いきなりスチームをかけられた。
「なにするんですの!」
「いえ、うるおいが欲しいと言っていたので、親切心で」
「たとえですわよ、例え!」
「フォッフォッフォ、で、どうするかのぉ。三人でやると一瞬じゃぞ?」
「ですわよねー。とりあえず、私一人で行って、遊んでおくので、二人は討伐隊を此処まで誘導してくださる? たぶん迷ってそうですし」
「わかりました」
「頼んだぞーい」
ナガレが面白そうに崖から飛び降りていった。二人と言ったのにベルクルスは残っている。
「老骨はここで楽しくお嬢ちゃんの戦いでも見させてもらうとするかのう」
「まあいいですけど。じゃあ、行ってきますわ」
そう言って、ナタリアは、腰の共鳴剣を抜いた――。
「起動――」
柄頭のスターターを引く。それと同時に、内臓された小型蒸気機関が駆動を開始する。圧縮され蓄えられた重蒸気が循環し、歯車がガチリ、ガチリと音を鳴らして機関を駆動させる。
――手の中の機関機械が起動する。
――それは確かな熱量を持って。
――それは確かな冷気を持って。
――それは確かな駆動を持って。
それは起動する。熱量を生み出し、冷気を吐き出し、シリンダーが回転し詩を謳う。葬送の詩を。全ての物に平等に死を捧げる葬送の詩。
――ヘルメス・レンジェスの第二番。
――暁の詩。
それは弱く。徐々に、徐々に。力強いそれへと変わる。シリンダーが回転し詩が紡がれ、
――刃が振動する。
振動し、赤熱し、それは全てを切り裂く剣へと成る。極東の刀を基に作り上げたただ斬るという結果だけを追い求めて最適化されたヘルメース社製共鳴剣。
極東の刀の名を取って、銘はマサムネ。機関科学、歯車工学により完成した機関が詩を謳う間、その間、ありとあらゆる全てを斬り裂くナタリアの剣。
どこか遠くの空で輝く雷電すら切り裂くと言う詩の剣を手に、ナタリアはアイラの姿で一歩踏み出した。静かに、ピクニックにでも行くように気軽に歩いて竜の前へと向かう。
「さあ、始めましょう?」
『GRAAAAAA――――!!!』
気が付いたドラゴンが咆哮をあげる。領域を侵す侵入者。歩いてやってくる不遜なる女に、ドラゴンはただ己の権能を放つ。
喉に存在する三つ目の管。炎管と呼ばれるそれに、炎袋により生み出される炎を貯めておく炎嚢に蓄えられた劫火が通って行く。
それは外からでもわかるほどに明るく輝きを放ち、竜の喉を膨らませる。それが頂点に達し、竜がナタリアの方を向いた瞬間、彼女は踏み込んだ。
地面が揺れるほどに踏み込みただ前へと。竜は立ち上がっている。その腹の近くは炎に焼かれることはないからだ。
「では、軽く一振り」
無造作に掴んだ己の剣を振るう。ただそれだけで、絶対硬度を持つという竜鱗が切り裂かれ、熱き炎の血が噴き出す。
『GAAAAAAAA――――!?』
そんな一撃を受けるとは思ってもいなかったのだろう。ドラゴンは悲鳴を上げた。
「軽く振っただけですわよ。こんなので痛がっては竜失格ですのに」
そう言いながら、振り上げた右腕を振り下ろす。ただそれだけで、右腕と翼が宙を舞った。衝撃波がナタリアの髪を揺らす。
『GYAAAAAAAA――――!!!!』
絶対者として君臨している竜が蹂躙されている。凪いでみれば、簡単に足が切り裂かれる。最低まで手加減してこれだった。
――なんだか、可愛そうですわね。
もはや憐れに前世でいうところのチワワのような涙目を浮かべだしたドラゴン。腕一本、脚二本、翼一つ切り落としておいてなんだが、やはり竜だけあって生命力だけは強いようだ。
「でも、娘の為に死んでくださいね」
そう言った瞬間、炎を吐いてくるドラゴン。至近距離での直撃。されど、
「もう、いきなり熱いですわ」
彼女が共鳴剣の第二の機能を開放する。柄にある小型機関が超過駆動し、詩が大きくなり、莫大な音は衝撃波となった。
振り下ろすと同時に方向性を与えられた音が炎をかき消していく。ナタリアは無傷。
「さあ、次はどうしますの?」
ナガレが討伐隊をうまく連れてくるまで遊んでいなければならない。倒すときは、目撃者に見せつけるように首を刎ねるのだ。
だから殺すわけにはいかない。
「なーがーれー、まーだーでーすのー?」
「はい、お待たせしました」
そんな声が耳に届いた瞬間、ナタリアは共鳴剣を振るった。鱗、皮膚、肉、骨を切り裂いて、竜の首を落とす。
機能を開放した共鳴剣に斬れないものはない。使い手の技量が卓越しているゆえに、その一撃はまさに斬撃の極致。
血も脂も、刃に付着することなく、高周波振動と熱によって切り裂かれる。だが、竜の傷口は焼けることなく綺麗でくっつければ今にもくっつきそうであった。
「なんという、ことだ」
それを目撃した討伐隊は信じられないようなものを視たという驚愕の表情を総じて浮かべていた。
「あなたは、いったい」
「私は、アイラ。学園の生徒です」
「これは、君がやったのか」
「ええ、皆の為にいてもたってもいられなくて」
討伐隊の隊長の質問にナタリアは答えていく。
――そして、この日、竜殺しアイラの名は王国中に轟くこととなった。
果たしてこのサブタイトルは悪役令嬢物としてありなのか。
とりあえず、戦闘シーンを書いていて思った。
義手が、ギミックたっぷりの義手を使った戦闘が書きたい。あるいは自動人形の戦闘シーンが書きたい。
はい、欲望が漏れただけです。これにより竜殺しアイラの評判があがりました、上がり過ぎなくらいです。
アイラがこの話を聞いた時は気絶したくらいです。
さて、次回は王都襲撃イベント。
では、また次回。




