29 コルコと精霊王
◇◇◇◇
コルコがまだ名無しだったころ。
コルコがルリアに保護される前日の真夜中の話。
ルリアが住む屋敷から徒歩一時間離れた場所にある森の中に、コルコはいた。
コルコは、高い木の枝にとまり、
「……こぅ」
周囲を睥睨する。
月の無い夜。周囲を照らすのはわずかな星明かりのみ。
にわとりであるコルコには、周囲はほとんど見えない。
「……こ」
だが、コルコの感覚は、森の中を蠢く呪者をしっかりと捉えていた。
夜目が利かなくとも、魔力と呪力は見えているのだ。
コルコはただのにわとりではない。守護獣だ。
特別な精霊王であるルリアに会いにいく途中、森に立ち寄ったのだ。
コルコの周囲には、
『こわいよー』『たすけてー』
怯える精霊たちがいる。
呪者は精霊を食らう。
その呪者から精霊を守るのが守護獣たるコルコの努めだ。
「ここ……」
眼下にいる呪者は、すこしだけ狼に似ていた。
だが、体長は並の狼の二倍あり、頭が二つあり、目が三つあった。
口は十字に裂けており、恐ろしい牙がびっしりと生えている。
舌は蛇のように二つに分れ、全身は粘液に覆われている。
並の呪者では無い。呪者の中でも特別に強力な部類に入る。
「ギュリュルルル……」
呪者は蛇のような舌をチロチロ出して、精霊を探っている。
呪者にとって、もっとも美味しい精霊はルリアだ。
ルリアの魔力は呪者にとって、豊富で芳醇で良質なのだ。
「ギュルリ?」
呪者の三つある目が木の上にいるコルコ、いや、コルコの周囲にいる精霊を捉えた。
ルリアほど美味しくなくとも、精霊というだけで呪者にとっての好物なのだ。
『こっちみた、こわいー』
次の瞬間、呪者は凄い勢いで木を登って突撃してくる。
『きゃあ』『こわいー』
「ココゥ!」
コルコは樹上から飛び降りて呪者を迎え撃つ。
自慢の爪で呪者の頭を掴んで、地面へと叩き落とす。
呪者の牙をかわし爪を避け、クチバシをたたき込んで、爪で切り裂く。
三十分に及ぶ死闘の末、コルコは勝利した。
呪者は滅び、灰になって朽ちていく。
その代償にコルコの足と羽の骨は折れてしまった。
内臓にもダメージが入っているし、肉離れも起きている。
死にそうだった。
『ありがとう、ごめんねごめんね』『いたい? だいじょうぶ?』
「こう」
お礼を言い心配する精霊たちに「心配するな」といって、コルコは歩き出す。
精霊たちを心配させないよう、怪我を隠し、何でも無いように無理して歩く。
最後に精霊を助けられて良かった。そのことにコルコは満足した。
だが、ルリアには、もう会えないかも知れない。それだけはとても悲しかった。
でも、少しでもルリアの近くで死にたいという思いでゆっくりと歩く。
「ほっほう!」
しばらく歩くと、フクロウがやってきた。
そのフクロウはルリアの鳥小屋に住む鳥たちのリーダーである。
呪者の気配を察知して駆けつけ、夜目の利く目でコルコを見つけたのだ。
「ほう!」
「こっこぅ」
フクロウは「よくやった、ありがとう」と褒めてお礼を言った。
そして、足でコルコを掴むと、中庭へと運んだのだった。
屋敷の周囲に集まっている守護獣は鳥たちだけではなかった。
守護獣たちが集まるのは、ルリアが可愛いからというだけではない。
ルリア目当てに集まる呪者を退治するために集まってもいたのだ。
鳥たちは毎日のように呪者を退治していたし、呪者の気配を察知して毎夜キャロはヘッドボードに直立していた。
中庭に到着したコルコに鳥たちは餌を分け、囲んで暖める。
春とはいえ、夜は寒い。
怪我したコルコが凍えないようにと鳥たちは考えたのだ。
朝になり、ルリアが起きてきた。
コルコはルリアに会えて、ルリアに抱っこして貰えた。
ルリアに触れられて、コルコはとても幸せな気持ちになった。
「いたいのいたいの。とんでいけー」
そうルリアが言った瞬間、ルリアは強力な治癒魔法を無意識で発動させた。
骨折も、肉離れも内臓の損傷も、全てが一瞬で治ったのだった。
「ココっ!?」
やはり特別な精霊王というのは伊達では無かった。
コルコは尊敬の目でルリアを見た。
その後、コルコと名付けてもらい、朝ご飯をたっぷり食べた後、ルリアの部屋に連れて行ってもらう。
ルリアはトイレの場所などを教えた後、昼寝を始めた。
治癒魔法を使って疲れたのだろう。
『精霊たちを助けてくれたようだな。感謝する。コルコよ』
「こっこ」
ルリアが眠ると、二本の尻尾を持つ猫の姿をした精霊王がやって来た。
『これからも、ルリアさまを頼む――ぬお』
話している途中の精霊王が、ルリアに掴まれた。
「……ねこ……ふへへ」
ルリアは寝ぼけているようだった。
『ま、まずい。まだルリア様の前に姿を現すわけには』
精霊王はもがくが、ルリアががっちり掴んでいるので逃げられない。
ルリアは精霊でもあるので、物理的な存在では無い精霊を掴むことができるのだ。
ルリア本人は魔力で手を覆っているから精霊を掴むことができていると思っている。
実際に前世のルイサはそうしていた。
だが、ルリアは精霊王なので、魔力で手を覆う必要はなかったのだ。
『ま、まずい。コルコ助け……』
「こう」
コルコはルリアの手をほどこうとしたが、無理だった。
クチバシで強くつついたり、爪で無理矢理引き剥がせばほどけるだろうが、そんなことをしたらルリアが怪我をする。
そんなことはとてもでは無いが、コルコにはできなかった。
『キャロ、たのむ』
「きゅい」
キャロも動き出したが、
「ふひ……むう」
あっさりとルリアに捕まった。
「……きゃろは……ねたほうがいい……ふみゅ」
右手に精霊王、左手にキャロを掴んでルリアは眠る。
『ダ、ダーウ、頼む。ダーウ?』
「……ぁぅ……ぁぅ」
ダーウはルリアの横でおへそを天井に向けて熟睡していたので、起きなかった。
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