181 ※呪術師の誤算
◇◇◇◇
北の沼地の魔女の教主は、呪者の視覚を通じて見た光景を信じられなかった。
毒に冒され、呪われていた守護獣と大公の末娘に大量の呪者をけしかけたのだ。
大公の末娘を守る者達を殺し、末娘を人質にするには充分な戦力だったはずだ。
だが、呪者は全滅した。あっさりと全滅してしまった。
「な、なんだあれは……なぜ、呪者が負けた?」
大公の末娘は馬鹿そうな犬と一緒に、謎の棒を持って踊っていただけだ。
だが、呪者は滅びた。理解ができない。
「おそらく、水竜公とやらの力では?」
男爵を呪った呪術師デニスが言う。
「……それしか、考えられぬか」
水竜公は間抜けそうな顔をしているが、力のある竜なのだ。
呪者を滅ぼせたとしてもおかしくない。
「それにしても水竜公は強すぎます。作戦を修正する必要がありますな」
幹部がうめくように言う。
「…………だが、これを動かせば……水竜公とて」
デニスがブツブツ何かをつぶやいている前男爵だった物を見る。
「そうだな。いくら水竜公が強力な竜とて、こやつには勝てまい」
前男爵だった物の表面は呪いと毒で覆われ、もはや触れることすらできない
しかも、呪術により結晶化した表面は、それ自体が結界のようになり魔法を跳ね返すのだ。
物理的にも鋼鉄より遥かに硬く、頑丈だ。
防御力は完璧だ。
そのうえ、前男爵だった物は急速に成長している。
卵形の体は、成人男性の身長の二倍ぐらいの高さがある。短かった手足も成長していた。
今では、デニスが命じれば高速で動くことができる。
その足は馬なみの速さで走り、その腕は攻城兵器なみの力で岩すらたやすく砕く。
「さすがの水竜公とはいえ、こやつには勝てまいよ」
「そうですな。水竜公を屠った後も色々使えるでしょう」
デニスは自慢げに言う。
精鋭の騎士団や魔導師団を壊滅させるのもたやすいだろう。
王城の壁も、前男爵だった物にかかれば、砂でできた壁のように簡単に壊すだろう。
「あれが、比類無き攻撃力と防御力を持つのは確かですが……水竜公に逃げられるのでは?」
幹部が水竜公の方が速い可能性を指摘した。
前男爵だった物はその重さ故に鈍重なのだ。
「…………ありうるな」
「それでは村を襲いましょう。民を人質に取れば……水竜公を陥れることはたやすいかと」
なぜか水竜公は人が好きなようだ。
指示に従わなければ、民を殺すといえば、罠にはめることは難しくないはずだ。
「そうだな。それでいこう。残りの呪者を使う。民は数人残ればいい。他は面倒だ。殺してしまえ」
「御意」
幹部は教主の指示に従い、村人を殺し人質にとるために呪者を動かし始めた。
◇◇◇◇
「めぇぇ?(呪者が動いた、だと?)」
呪者が動き出したことに、最初に気づいたのはヤギだった。
どうやら、呪者が山を下り始めたらしい。
「もおお? もお?(目的は何だ? やはりルリア様か?)」
「ぶぼぼ?(ルリア様を狙うなら、山頂にむかうのではないか?)」
「ぴぃぴぃ(真の目的はわからぬが……とりあえず村を襲うつもりではないか)」
オウムの言葉に、ヤギ達もそうかもしれないと考えた。
「ほほほぅ(人質をとるつもりやもしれぬ。村をこえて屋敷までいけば姉上もおられる)」
「ぴぴぴ(サラ殿のお母上もだ)」
フクロウと雀の指摘は、もっともに思えた。
「めええ! (人質をとってルリア様をあやめようとしているのやも!)」
それは守護獣たちにとって到底許せることではなかった。
「ぶぼぼぼ(だが、精霊達をまもらねばならぬ)」
「ほほおぅ(ルリア様に万一があれば、精霊達も無事ではあるまい)」
「めええ(それはそうなのだが……)」
せめて一緒に行けたら。
村人と精霊を同時に守れるのだが、そう考えた雀が尋ねた。
「ちゅっちゅ?(精霊達。一緒に来てくれる?)」
「…………」
すると、精霊達は雀の周囲に集まった。
「もおお?(言葉がわかるのか?)」
「めええ……(普通はありえぬ。だが、ルリア様とふれあったゆえ……)」
精霊の成長が促進され、言葉を発せなくとも理解できるようになったのかもしれなかった。
「ぶぼぼぼ! (我らが命をかけて守るゆえ、一緒に来てくれぬか?)」
「…………」
精霊達はイノシシの言葉にも反応する。
「めえええ!(ありがたい。ともにいこうぞ!)」
そしてヤギは守護獣と精霊達を見回した。
「めええめえ(我はいく。ルリア様が後顧の憂い無く戦えるように)」
「ぶぼぼ(ここで呪者を見逃せば、ルリア様に顔向けができぬ)」
ヤギと猪の言葉に、守護獣達はみな頷いた。
「めええ!」
そして、病み上がりの守護獣達と精霊達は、一斉に動き出した。
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