175 守護獣の猪
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あたし達を化け物の元に案内してくれる狩人は二人だ。
あたしがお願いしたので、少人数にしてくれたようだ。
二人の狩人は四十代と十代前半ぐらいに見えた。
一番若い十代前半の狩人は女の子だ。一人だけ若いのできっと見習いだろう。
後ろ髪を白いリボンでくくっている。
「わかいな?」
「私の娘です。できるだけ少人数とのことでしたので……」
四十代の狩人が村一番の狩人らしい。そして、娘はその狩人の助手とのことだ。
「私一人で行くことも考えたのですが……」
最大限に能力を発揮するためには、助手がいた方が良いと考えたようだ。
「娘は若いですが、山歩きにも慣れており、腕も優れております」
「そっか、若いのにたいしたものだなぁ? ね、サラちゃん」
「そだね!」
そういうと、娘は照れた様子で、ぺこりと頭を下げた。
狩人親子は徒歩で、あたし達は馬に乗って進んでいく。
ロアはあたしの頭の上、キャロとコルコはダーウの背中だ。
「目的地までどのくらいかかる?」
あたしは狩人父に尋ねた。
「はい。いつもならば三時間ほどで到着いたしますが……」
初めてのあたし達をつれているから、到着時間を読むのが難しいのだろう。
「そっか、とりあえず、いつものペースで進んでな? はやかったら言うし」
「かしこまりました」
狩人親子はしばらく川の近くを歩いて進んでいく。
「やっぱりすくない」
「そだね」
「うむ。どこにいったのであるか? まさか……いや何でも無いのである」
スイが言わなかったのは、精霊がやられてしまったのではないかという懸念だ。
あたしも一瞬、その可能性を考えた。
「ヤギたちも風邪だものな?」
呪者から精霊を守るのが守護獣の役目だ。
その守護獣達は風邪を引いてしまった。
その隙に襲われた可能性があるのではないだろうか。
「……どうか……ぶじで」
あたしは精霊達の無事を願わずにはいられなかった。
十五分ほど歩き、川から離れて山道に入った。
「ずっと川を上っていくわけじゃないんだね?」
サラがぼそっとささやくように言うと、すぐ近くで護衛しているトマスが言う。
「川の近くを歩き続けるのは大変なんですよ」
「そうなの?」
「はい。川には滝があったりすることも珍しくありませんし」
「滝……登るの大変そう」
「はい、大変です。基本的に山道は尾根を歩くのがいいのですが、川は谷にありますからね」
「そっか」
あたしはサラとトマスの会話を聞いて、なるほどなと思ったのだった。
こんど姉に教えてあげようと思っていると、
「止まってください!」
先頭を行く狩人父が緊張した声で言った。
「どした?」
「何かがいます」
「む?」
狩人親子は警戒し、弓の弦に矢をつがえている。
トマスはサラをかばうように一歩前に出た。
「種類はわかりませんが大きな獣がいます。大きさ的に熊かも……」
狩人娘が緊張した様子で言う。
あたしはチラリとダーウとその背中に乗るキャロとコルコを見た。
ダーウは棒をぶんぶん楽しそうに振っているし、キャロとコルコはリラックスしている。
全く警戒している様子がない。つまり危なくないということだ。
「トマス、狩人のみんなも、熊ならあまり警戒しなくていいよ?」
「なにをおっしゃいますか。熊は非常に危険な動物です!」
狩人父がそういうと、トマスも頷く。
「ルリア様。熊は極めて手強い相手です。争いを避けられたらいいのですが……」
あたしは後ろのほうでのんびりしているスイを見る。
「でも、スイちゃんがいるし?」
「うむ! スイがいるのである! スイがいれば野生の熊など近づいてこないのである!」
スイの言葉を聞いても、狩人親子は警戒を解かない。
スイの正体を知らないのだから、当然だ。
「サラ、ルリア。スイの正体をおしえてもよいであるか?」
「サラはいいとおもう」
「いいよ。その方が、きっといろいろ便利だし」
非常事態に陥ってからだと、説明する時間が無いかもしれない。
かばう必要の無いスイをかばって、狩人親子が大けがでもしたら大変だ。
「うむ! スイは水竜公なのであるからして、スイがいれば熊は近寄ってこないのである!」
「すい……りゅう? こう?」
水竜公という言葉自体知らない狩人親子は困惑している。
「えっとね、スイちゃんは、偉大でとてもつよい竜なの」
サラの説明を聞いて、
「そ、そうだったのですね!」「なんと!」
狩人親子はやっとスイの正体について理解したようだ。
狩人親子はあたしの頭の上に乗るロアと、馬に乗るスイを交互に見比べている。
普通なら、スイは竜だと言われても信じがたいだろう。
スイは尻尾と角が生えているだけの可愛い女の子なのだ。
だが、権威ある領主のサラが言えば、そういうものかと信じられるものだ。
「りゃむ!」
それにあたしの頭の上には竜の子供ロアが乗っている。
竜の子供がいるなら、強い竜もいても不思議ではないという気になるのかもしれない。
「うむうむ。熊がきてもスイを見れば逃げるし、襲ってきても返り討ちなのである!」
「そだね! スイちゃんがいれば、獣は近づいてこないからあんしん!」
「ですが、ルリア様。獣は近づいてきているようですが」
トマスがそういって、正面を指さす。
距離はまだまだある。だが、ガサガサと藪が揺れる音が徐々に近づきつつあった。
「むむ? おかしいな?」
「りゃ~~?」
あたしはロアと一緒に、じっくりと藪を観察した。
その藪は丈が高く、尋常ではなく生い茂っており、中が見通せないのだ。
「むむ~」「りゃむ~」
「わふ!」
あたしとロアが真剣に観察していると、ダーウが吠えた。
「む? ダーウどした?」
次の瞬間、藪の中からゆっくりと猪が現れた。
「……ぶぼ」
それはいつもは大公爵邸の近くに住んでいる守護獣の猪だ。
いつもに比べて元気がない。
「でかすぎる! 閣下をお守りしろ!」
狩人親子が矢を射かけようとするので、
「まて!」
あたしは大声で止めた。
「その子はあたしの友達だ! こわくない!」
あたしはレオナルドから飛び降りると、猪に近づいた。
「ぶぼぼ」
猪はあたしにそっと鼻先を押しつける。
体調がよくなさそうだ。
「おぬし……風邪ではなかったのか?」
「わふ~」
ダーウも心配そうに猪の匂いを嗅いでいる。
猪だけでなく、ヤギと牛、鳥達も、風邪をひいたと聞いていた。
だが、猪の体にはごわごわの毛に隠れて、腫れ物ができている。
腫れ物ができる風邪など聞いたことがない。
「これではまるで……」
あたしは猪の全身を優しく撫でながら、腫れ物の位置と大きさ、数を調べていく。
マリオンが罹ったとされた伝染病の赤痘に似ている。
赤痘と口にだせば、サラやトマスがおびえるので口には出さない。
「あのときは……」
マリオンは赤痘ではなく呪われていた。
だが、今回は呪われていないとクロは言っていた。
「でも……呪われてないのに、似てる……む?」
「ぶぼぼ」
「……クロ」
あたしは誰にも聞こえないぐらい小さな声で、地中にいるはずのクロに呼びかけた。





