167 長引く姉の風邪
姉の部屋を出た後、あたし達は庭に移動した。
「ここからなら、ねーさまの部屋がみえるな?」
「そだね。リディアねーさまからも、見えるかも?」
「うむ。見えた方が、リディアもさみしくなさそうである」
あたしは姉の部屋の窓を見ながら、皆に言う。
「ねーさまが寝ているからしずかにな?」
「わかってる」「うむ」「わふ」
「ダーウ、少し声が大きい」
「ぁぅ」
「ロア、キャロとコルコもな?」
「りゃ」「きゅ」「ここ」
「ルールは昨日と同じな?」
今日も昨日と同じく、棒を振り回して精霊と遊ぶのだ。
「わかった」
「任せるのである。声を出せない分、少し難しくなるのであるな~」
あたしが棒と木剣を構えると、ダーウも構える。
そして、昨日と同様にあたし達は遊び始めた。
「ぶるるぶるる」
「あ、レオナルド、遊びにきたか?」
「ぶる~」
しばらく遊んでいると、引手綱を持つ厩務員を引きずりながら、レオナルドが来た。
あたし達は遊びを中断して、レオナルドを囲む。
「ルリア様、申し訳ありません。止めようとしたのですが」
「ん、きにしなくていい。レオナルドはとめられない」
引き手綱を一人か二人で引っ張る程度では、本気のレオナルドを止められるものではない。
レオナルドは、あたしに鼻先をつけてくるので、鼻先を撫でてやる。
「もー、レオナルド、厩務員さんを困らせたらだめだよ?」
「ぶるるる」
「あのね、厩務員さん。レオナルドは好きに散歩させてあげていいよ? 元々、野良馬だし」
昨日までのレオナルドは野良犬ならぬ、野良馬だ。飼い馬ではなかったのだ。
だから、好きに散歩をするし、面白そうなことがあればそこに行ってしまう。
「ですが、馬小屋の外にでて迷子になったり、熊に襲われたりしたら……」
「大丈夫。迷子にならないし、熊ぐらいにならレオナルドは勝てるからな」
「そうはおっしゃいますが……」
「マリオンにも言っておくから安心してな?」
厩務員の主はあくまでもサラ。
そして今はサラの代理であるマリオンなのだ。
マリオンの指示なくして、業務を変えることはできない。
「わかりました。男爵夫人からのご命令があれば」
「ありがと。ここはルリアに任せて、お仕事に戻っていいよ」
厩務員は少し迷った後、庭の端であたしたちを見守っているトマスを見つけて頷いた。
トマスはあたし達が屋外に出ると、常についてきてくれているのだ。
「では、ルリア様お願いいたします」
「うん! レオナルドはまかせてな」
あたしは厩務員を見送った後、レオナルドの顔を手でしっかりと掴んで、目を見つめる。
レオナルドが好きに散歩するとなれば、言っておかなければならないことがあるのだ。
「……レオナルド。ルリアのいうこときけるか?」
「ぶるぶる!」
レオナルドは元気に「きける!」と言っている。
「うむ、よい返事だ。あのな? まずレオナルドはでかい。だから気をつけないといけない」
「ぶる?」
「そう、人がびっくりするからな~、あ、ヤギたちのこと知っている? ほら森からみてる」
あたしは森の方に顔を向ける。
非常に遠いので、普通の人には見えないだろう。だがあたしは目がいいので見えた。
『ルリア様、また精霊力を使ったのだ。今ぐらいの消費ならいいけど、自覚するのだ』
「む? クロ、なんのことだ?」
あたしが聞き返したときには、クロはもう地面の中に潜った後だった。
詳しくは後で聞くことにしよう。今はレオナルドへの注意事項が大切だ。
「ヤギたちは、色々と詳しいからな? おはなしを聞くといい」
何しろヤギ達はあたしにくっついて長距離を移動してきているぐらいなのだ。
人を驚かせない方法なども熟知しているはずだ。
「ぶるる~」
「うん、いい返事だ。じゃあ、一緒にあそぼっか」
「ぶる!」
「あ、ねーさまが寝ているからしずかにな?」
「…………」
それから、あたし達はまた遊びを再開した。
今回、あたしはレオナルドの背に乗って、木の棒を振り回したのだった。
次の日。朝ご飯を食べるために、食堂に行くと姉はいなかった。
「ねーさまはまだ治らない?」
「そうですね。昨夜から熱も上がり始めて……」
心配そうにマリオンが教えてくれる。
「ダーウはすぐに治ったけどな……」
疲れて体が弱っていたところに、風邪をひいてしまったのだ。
多少長引く方が普通なのかもしれない。
「でも、しんぱいだな? ……マリオンも風邪ひいた?」
化粧で誤魔化しているが、マリオンの顔色も良くなかった。
「ママ、大丈夫? お休みしてね?」
「大丈夫ですよ。心配させてごめんなさいね」
そういって、マリオンはあたしとサラの頭を撫でてくれた。
朝ご飯を食べた後、あたし達は昨日と同じく姉の部屋に向かった。
「ねーさま、だいじょうぶか?」
「大丈夫よ。心配させちゃったかしら」
姉はマリオンと同じようなことを言って微笑んだ。
「ねーさま、ちゃんと食べてるか?」
「食べてるわ。食欲はないのだけど」
「ほんと?」
朝ご飯のとき、マリオンも少ししか食べていなかった。
「風邪が、流行っているのかもしれないな?」
「ルリアもあまりここに来たらだめよ? うつってしまうわ」
「ルリアは、風邪ひかないからな? ひいたことないし」
「…………そういえば、そうだったかもしれないわね?」
「スイもひいたことないのである!」
「そうね。スイは竜だものね」
「うむ! だから、なにかあったらスイに言うのである! うつらないゆえな?」
「ありがとう」
そういって、姉は微笑んだ。
その後、あたし達は侍女の手によって、部屋を追い出された。
あたしとスイには風邪がうつらないとしても、サラにはうつるかもしれないからだ。
あたし達の部屋に戻るとスイが言う。
「気づいたのであるか?」
「なにに?」
「侍女も風邪ひいてたのである。それに従者にも風邪をひいている者がいたのである」
あたしは侍女や従者の様子を思い出す。
「たしかに……少し様子がおかしかったかも。トマスは元気だったけど……」
「これは、風邪が大流行している可能性があるのである」
「むむ……心配だな? ルリアたちは風邪をひかないようにしないとな?」
侍女や従者、それにマリオンまで倒れたら看病する人が必要だ。
あたし達は子供だが、看病ぐらいならできるはずだ。
「いざとなれば……治癒魔法で」
『最終手段だと肝に銘じるのだ』
すかさずクロが出てきて釘を刺す。
「わかってる。そんなことにならないとよいのだけどな?」
根拠はないが、なんとなくあたしは嫌な予感がしていた。





