166 姉をお見舞い
乗馬の訓練をした次の日。あたし達が朝ご飯を食べに食堂に行くと、姉はいなかった。
「あれ? マリオン。ねーさまは? 寝てるか?」
「リディア様は風邪をひかれてしまったようで……」
「なぬ! 風邪! 馬車よいではなかったか……」「わふ~わふ」
マリオンは微笑みながら教えてくれた。
きっと、マリオンは、あたし達に心配させないように微笑んでくれているのだろう。
「昨日、おみまいにいったときは、すぐなおるっていってたのにな?」
馬達の世話をしておやつを食べた後、あたし達は姉の部屋に行った。
姉は少ししんどそうだったが、寝ればすぐに治ると言っていた。
夕食時にも、まだ寝ていると言うことで、食堂に姉は現われなかった。
よほど、疲れていたんだねと、あたしたちは話していたのだ。
「しんぱいだな?」
「大丈夫ですよ。すぐにお元気になられますから」
「お医者さまは?」
「もちろん、昨夜と今朝に診ていただきました。やはり過労だろうと」
「むむう……、やっぱりしんぱいだ」
「リディアねーさま、大丈夫かな?」
「人族は脆弱であるゆえな? 心配なのである」
あたし達が心配する以上に、
「あぅ~あう、ぴぃ~ぴぃ~」
ダーウが心配そうにうろうろする。
「ダーウ、おちつけ。大丈夫だからな?」
あたしも姉が心配だが、ダーウを不安にさせるわけにはいかない。
一昨日、風邪と筋肉痛で苦しんでいたダーウは、姉が心配で仕方がないのだ。
だから、あたしは笑顔でダーウのことを撫でる。
「ねーさまは朝ごはん食べたか?」
「はい。先ほどお部屋までお持ちしました」
「ありがと。ねーさまのご様子はどうだった?」
「症状は重くありませんよ。きっとすぐお元気になられます」
侍女が丁寧に教えてくれる。
「そっかー」「わふ~」
いつも元気なダーウですら風邪をひいたのだ。
姉が風邪をひいたとしても、何もおかしくはない。
しかも姉は疲れているのに、父の名代として頑張っていた。
慣れないことをしてさらに疲れたのだろう。
「ルリアちゃん、心配だね」
「そだな。朝ご飯たべたら、お見舞いにいくか……」
「うむ……あ! スイがなにかうまいものでも……」
「スイちゃん。ねーさまが何食べたいか、きいてからにしよ?」
「それもそうであるな? そうだ! スイが魔法でマッサージしてやるのだ!」
「それはいいかもな?」
スイが魔法で綺麗にしてあげたらさっぱりする。そのうえ一瞬で乾くから、湯冷めもしない。
それはとてもいい案に思えた。
「あ、そういえば、ねえさまがやるはずの仕事はどうなった?」
姉の仕事は父の名代として、行事に出たり、有力者に顔を見せて挨拶することだ。
「はい。延期できるものは延期して、延期できないものは欠席のまま行おうかと」
延期ですむものはそれでいいが、姉が欠席で実行するとなると、皆ががっかりする。
「……ルリアがでようか? それしかないな?」
本当はそういう行事ごとは苦手だ。
だが、姉の代理、つまりこの場合は父の名代を務められるのはあたししかいない。
あたしが頑張るしかないだろう。
「いえ、結構です。ありがとうございます」
マリオンは笑顔で即答した。
きっと、あたしに気を遣ってくれているのだろう。
「えんりょしなくていいよ?」
「いえいえ、ルリア様はまだ働かなくていいんですよ。五歳ですからね」
「でも、やむをえないな? ほかにひとがいないし?」
父の名代なので、大公家の人間であることが重要なのだ。あたししかいない。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。お気持ちだけいただきますね」
マリオンは遠慮深い性格のようだった。
「そっかー、わかった。でも、いつでもいってな?」
「はい、ルリア様。ありがとうございます」
朝ご飯を食べた後、あたし達は姉の部屋に向かった。
部屋の前につくと、姉が寝ていた場合に起こさないよう、あたしは扉を静かにノックした。
「どうぞ」
あたし達が姉の部屋に入ったとき、姉は寝台の上で体を起こしていた。
その顔色は非常に良くない。
「ねーさま、だいじょうぶ?」
「大丈夫よ。少し疲れちゃったみたい」
「そっかー。ゆっくりしてな?」
あたしは寝台の上に腰掛けて、姉の頭を撫でた。
スイも無言で撫でている。サラは姉の手をぎゅっと握った。
「ありがとう。ルリア。スイ。サラ」
「わふ」
ダーウは姉の布団の上にお気に入りの棒を置いた。
「貸してくれるの?」
「わふわふ」
ダーウはかっこいい棒があれば、姉も楽しくなるに違いないと思ったようだ。
「ありがと。でも、これで遊んでいるところを見せてくれた方が嬉しいわ」
「わふ!」
ダーウは任せろと言って、棒を咥えてぶんぶんと振り回す。
「ねーさま、なにかたべたいものある?」
「ありがと。でも特にないわ。馬車酔いみたいな感覚がずっと続いていて、食欲がないの」
「そっか。しんぱいだな?」
「大丈夫よ。お医者様もすぐに良くなるっておっしゃってたわ」
そういって、姉はあたしとサラ、スイの頭を順番に撫でてくれた。
「あ、リディア、スイが綺麗にしてやるのである」
「道中にもやってくれた魔法かしら?」
「そうである! 昨日お風呂は入れなかったであろ?」
「そうね。体調が悪いときはお風呂を控えた方がいいって、お医者様がおっしゃったから」
「うむ。それを解決するのがスイなのである! リディアは寝てて良いのである!」
そういうと、スイは温かいお湯の球で、寝台の上に座る姉の体を服の上から包む。
「リディア、どうであるか?」
「気持ちよいのだけど……服と布団が濡れてしまったわ」
「大丈夫なのである。スイは水を完全に掌握しているのである!」
「そうなのね。すごいわ」
「リディア、顔と髪も洗うゆえ、一瞬、息を止めて目をつぶるのだ」
姉が息を止めて目をつぶると、首の上もお湯で包む。
そして十秒足らずで姉の顔と髪を綺麗にした。
「スイちゃんすごいねー」
サラが目をキラキラと輝かせて、お湯に包まれる姉を見つめている。
「これでよしなのである!」
洗い始めて五分後、姉は綺麗になった。
「ありがとう。スイ。さすがは水竜公ね。とても心地よかったわ」
「よかったのである! あ! 布団も綺麗にしておいたのだ!」
「え? 布団も?」
姉は布団を手で撫でる。
「寝汗で湿っていたのだけど……まるでお日様で干したばかりみたいになっているわ」
「ふふふ。それがスイの技術なのである! 密かに練習していたのであるからして」
「え? スイ、練習してたのか?」
「うむ。してたのである。暇なときとかに? ルリアの布団を乾燥させたりしたのである」
「……そうだったか。気づかなかった」
どうやら、寝汗などを吸って湿った布団を乾燥させたりしてくれていたらしい。
だが、あたしの布団は毎日侍女が手入れしてくれているので、元々快適なのだ。
あたしが気づかなくても仕方の無いことだった。
「布団がふかふかで気持ちが良いとおもってたのだけど、スイちゃんのおかげだったんだね」
「そうなのである!」
どうやら、サラは布団の変化に気がついていたらしい。
あたしより、サラの方が、感覚が鋭いのかもしれなかった。
もっと、姉と一緒にいたかったが、姉には休養が必要なのだ。
あまり長居したら、姉は眠ることができない。
「ねえさま、ルリアたちはいくな? ちゃんとねてな?」
「ありがと」
「さみしくなったら、いつでもよんでな?」
「ふふ。そうね、そうさせてもらうわ」
あたし達は姉の部屋を退出したのだった。





