161 守護獣の馬
あたしは、いまだ警戒しているトマスに言う。
「トマス、あれは魔獣じゃないな?」
「ルリア様。なぜ断言できるのですか?」
「あのヤギたちと同じだからな?」
「あっ」「そうであったか」
サラもスイも守護獣だと理解したようだ。
「……なるほど。確かですか?」
「たしかだ。ルリアにはわかる」
そういうと、トマスはほっと胸をなで下ろした。
「肝が冷えました」
あたしとトマスの会話を聞いていた厩務員達が不安そうに尋ねてくる。
「どういうことでしょうか?」
「えっとあれは……」
なんと説明すればよいか、あたしは悩む。
「あれはスイのお友達である! だから危険ではないのだ!」
「水竜公閣下の? なるほど、そうだったのですね」
偉大なる竜である水竜公の友達なら、あれぐらい大きな馬もいるだろう。
そう厩務員達は思ったようだ。
あたしは、かばってくれたスイに小声で「ありがと」とお礼を言った。
スイは無言でにやりとした。
あの馬が守護獣だとわかれば、安心して近寄れる。
あたし達は馬小屋に向かって歩いて行く。
「ばうば~う」「りゃむりゃむ」
――ばしばしばしばし
「ダーウありがと。もうだいじょうぶ。ロアもありがと」
あたしはかっこいい棒を振り回して、馬を遊びに誘うダーウとロアのことを撫でた。
「うまはどうしてここにきたの?」
あたしは小声で馬に尋ねる。
あたしが馬と話せることはあまり知られない方がいいと思ったからだ。
あたしの考えを察してくれたスイが、厩務員達とあたしの間に入って姿を隠してくれる。
「ぶるるるるる~」
馬は、元々この近くに住んでいた守護獣らしい。
サラの領地は馬産地だから馬が多い。それゆえ馬の守護獣がいたのかもしれない。
「柵はどうした?」
屋敷は高さ二メトルほどの柵で囲まれているのだ。
「ぶるる~」
「とびこえたのか? すごいな?」
「ひひ~ん」
馬は、鳥の守護獣からあたしが乗馬の練習をすると聞いて、駆けつけたのだという。
「ぶるる~」
馬はあたしに鼻先をこすりつけてきた。
「むむ? ルリアに乗ってほしいのか?」
「ぶる?」
柵を越えてまでやってきてくれたのだ。その思いには応えたい。
「わかった! 乗せてな?」
あたしはそう言って、馬の顔を優しく撫でた。
すると、厩務員の一人が近づいてきて、尋ねてくる。
「ルリア様、その馬を選ばれるのですか?」
「うん。そうするつもりだ」
「では、馬具を作らねばなりませんから、馬のサイズを測りますね」
そういって、厩務員は手早く馬の体のいろんな場所を測って、記録していく。
馬は大人しく測られるままだ。
「ルリア様のサイズもお測りしても?」
「うん! おねがい!」
あたしのサイズを測りながら、厩務員が言う。
「鞍も鐙も、蹄鉄も特注で作らねば……職人が喜びますよ」
「よろこぶの?」
「はい。腕の振るいがいがあると。きっと大急ぎで仕上げてきます」
サイズを測られているあたしに向かって、トマスが言う。
「ルリア様、その馬を乗馬になさるのでしたら、名前をつけて差し上げたらどうでしょう?」
「名前か~うーん」
「ぶるるる」
「うん。しってる」
馬は突然「ぼくはうまです」とか言い始めた。
きっと馬らしいかっこいい名前をつけろと言っているに違いない。
「ありがと。ばぐはたのむな? うまは男の子? 女の子? む? 男の子か~」
あたしはサイズを測り終えた厩務員にお礼をいってから、馬の股の間を覗いて性別を確認した。
「名前は、あとでゆっくりかんがえ――」
『そんなこと言っていると、名前がウマになるのだ』
「え?」
突然、地面から生えてきた精霊王クロがそんなことを言う。
『そもそもダーウだって、ルリア様がだーう~ってうめいていたのが名前になったのだ』
「ばうばう~」
ダーウは「そう呼ばれたから、それが名前だと思った」と言っている。
赤ちゃんの頃なので記憶は曖昧だが、名前として呼んだつもりはなかった気がする。
当時のあたしは「あーうー」とか「だーうー」とかしか言えなかっただけなのだ。
『ルリア様は、あまり気軽に、そして適当に呼びかけるべきではないのだ』
「むむ?」
クロと会話していると思われないように気をつけているので、あたしははっきりと返事しない。
『精霊も守護獣も、ルリア様に呼ばれたら嬉しくなってそれを自分の名前にしてしまうのだ』
「むむむ?」
それは由々しき事態かもしれない。
「……まさか」
『そのまさかなのだ。ヤギとイノシシとウシは、それぞれ自分の名前と認識しているのだ』
ヤギ達は、いつもついてきてくれる大きな守護獣達だ。
それはまずい。あとでしっかりと新しい名前をつけてあげないといけないだろう。
いや、認識してしまったのならば、もう手遅れだ。
ミドルネームとかファミリーネームみたいな感じで追加でつけてあげた方が良いかもしれない。
ヤギとかイノシシとかウシだと、他にもいるので不便すぎる。
「そなたの名前だが……あ、『そなた』ってのは名前じゃないからな?」
「ぶるるる」
「あ、『ウマ』でもないが?」
「ぶる?」
馬は「え? 違うの」と言い始めた。危ないところだった。
早くつけないと「ウマ」とか「そなた」になってしまう。
「うーん、うーん……あ、レオナルド!」
どういう名前にしようと悩んでいたら、唐突にレオナルドという名前が浮かんできた。
「どう? レオナルド。ダサい?」
「ぶるるる~」
馬は凄く嬉しそうだった。
「じゃあ、そなたはレオナルドな!」
そうして、馬の守護獣の名前が「ウマ」になることは避けられたのだった。





