152 道中二、三日目
コミックスの2巻が5/7に発売になりました。よろしくお願いいたします。
次の日も、何事もなく順調に馬車は進んでいく。
「ダーウは元気であるな~」
ダーウは本当に楽しそうに走っている。
馬の速度が物足りないと思ったのか、しばらく先行して、戻ってきたりしている。
「ルリアが思っていたより、ダーウは元気なのかもしれない」
「昨日より、元気だね?」
「そうね、昨日はおとなしく並走していたわね」
サラと姉の言うとおりだ。
昨日に比べて、ダーウははしゃいでいるように見えた。
「あまり、はしゃがないようにいわないとな」
そして、昼休憩になり、あたしはダーウにあまりはしゃがないように言うことにした。
「ダーウ、スイちゃんの水飲め」
「ばう~」
「ダーウ、はしゃぎすぎたら、疲れるな? 疲れたら、しんどくなるな?」
「わぁぅ?」
あたしはスイの出した水を飲みながら、ダーウを撫でた。
「ばう!」
水を飲み終わったダーウは「わかった!」と力強く言った。
午後になり、馬車の外を眺めていた姉がぼそっと言う。
「ダーウは、あれで大人しくなったのかしら?」
「たしょう?」
それでも、左右に跳んだり、行ったり来たりしたりしながらついてくる。
「元気なのはいいことであるな!」
「そうだけど、しんぱい」
あたしはダーウのはしゃぎっぷりが、心配だった。
二日目も、一日目と同様に代官所へと泊まる。
部屋の様子も食事も、一日目と同様だった。
「ダーウ、いっぱい食べるといい」
「がふがふがふがふがふ」
ダーウはいつもより食べている。
走った分、おなかがすいたのだろう。
「ダーウ、明日も走れる?」
「ばう!」
「疲れてない?」
「ばうばう!」
ダーウは明日も走れるし、全然疲れてないという。
だが、あたしは心配だった。
「痛いところはない?」
「ばう~」
ダーウは大丈夫というが、あたしはしっかり全身を撫でて怪我がないか確認した。
「怪我はないけど……無理しないでな?」
「わふ! わふ!」
「え? かっこいい棒であそびたいの? つかれない?」
「ばう~」
遊びたいというので仕方がない。
あたしはかっこいい棒と木剣を構え、ダーウも自分のかっこいい棒を口に咥えた。
「いくよ~、ちゃっちゃっちゃ!」
「ばうばうばう!」
あたしがダーウに棒で切り込んで、ダーウはそれを棒で受ける。
「ダーウ、すごい!」
「ばう~」
二日目の夜のダーウはとても元気だった。
三日目の道中も順調に進む。
「ねーさま、到着はなんじごろ?」
「夕方ね」
「そっかー、長いなぁ。サラちゃんもマリオンにはやく会いたいな?」
「うん! あいたい!」
馬車の外を見ると、相変わらずダーウがはしゃいでいた。
「本当に元気であるなー。スイでも走り続けた三日目なら少しだけ疲れるのである」
「ルリアも疲れると思うな?」
「普通の人は三日連続で、一日中走り続けられないものよ」
そういいながら、姉は外を走るダーウを見ていた。
三日目のお昼休憩でも、あたしはダーウのことを撫で回す。
「疲れてないか? 肉球はいたくないか?」
「ばうば~う」
「む? きんにくがはってるな? いたくない?」
「わふ」
ダーウは、余裕だと言っている。
「痛かったらいつでもいうんだよ?」
「わう」
昼休憩の後、馬車が走り出してもあたしはダーウが心配でずっと見つめていた。
「ルリア、そんなに心配?」
姉が優しく尋ねてきた。
「うん。だって、ダーウはまだ子犬だ」
子犬に無理をさせて良いわけがない。
そして、ダーウは頑張り屋だから、頑張ってしまう。
「こんなことなら……ダーウ用のでかい馬車をつくってもらえばよかった……」
「うーん。ダーウは重たいから、難しいかもしれないわね」
重たいダーウを運ぶとなると馬が何頭も必要になる。
「むむう。でもお留守番もさせられないし……」
窓の外のダーウを見ながら姉が言う。
「昨夜も棒をふりまわしてあそんでいたでしょう? 元気が有り余っているように見えるわ」
「そうなのである! 無理してたら、そういうことはしないのである」
姉とスイにそういわれたらそんな気もしてきた。
「ルリア自身、お母様と離れるのは初めてでしょう? だから不安なのかもしれないわね」
「……そうかも」
ダーウを見て不安に感じるのは、元々あたしが不安を感じていたからかもしれない。
「なるほど~そういうものかも?」
「ルリアちゃん。抱っこしてあげる」
「ありがと」
あたしの隣に座るサラが、抱きしめてくれた。
いつもサラに抱っこされているミアが、あたしの頭を撫でてくれる。
「スイも抱っこするのである」
あたしを抱きしめるサラごと、スイがまとめて抱きしめた。
それから数時間経って、太陽がもう少しで沈みそうな頃、馬車はディディエ男爵領に入った。
「ルリア、サラ。マリオンのいるお屋敷まで、もう少しよ」
「たのしみだな~、な、サラちゃん」
「うん!」
窓の外を見ると、元気にダーウが走っている。
ついに三日、ダーウは走り切ったのだ。
「ダーウは頑張り屋さんね」
「すごいね!」
「まるで竜のように根性のある犬であるな!」
姉とサラも、スイもダーウを褒める。
初日からダーウはずっとはしゃぎまくっていた。
それは出発から代官所に着くまでずっとだ。
先行して、急に止まると、戻ってきて、通り過ぎて、また追いかけたり。
左右に交互にジャンプしてみたり。
そんな無駄な行動をし続けている。
「ダーウの体力は竜並みであるな」
「そうかもしれないな?」
あたしの心配は杞憂だったのかもしれない。
今なんて、道の横を流れる川の中をバシャバシャ走っている。
「マリオンとかあさまととうさまに、川にはいるなっていわれてたのにな?」
「ルリアは絶対だめよ?」
「うん、わかってる」
あたしとサラは川で遊んだらだめだときつく言われているのだ。
「ダーウが溺れたらすぐにスイが助けるのである」
「そのときはお願いな?」
「うむ。だが、ダーウならきっと平気なのである」
ダーウは、道と川が離れるまでずっとバシャバシャ元気に走っていた。
川から上がったダーウはあっという間にドロドロになる。
「……スイちゃん。ダーウをあらうの手伝ってほしいな?」
「それも任せるのである!」
スイが手伝ってくれたら、ダーウはすぐに綺麗になるだろう。
安心したあたしは姉に尋ねた。
「ねえさま。あとどのくらいでつく?」
すると、姉は地図を見ながら教えてくれる。
「お屋敷まであと五分ぐらいかしら」
その地図はディディエ男爵付近の詳細な地図だ。
「ふむふむ? 今がここで、これがお屋敷で……」
お屋敷は川と森に挟まれた位置にある。
そして、お屋敷の周辺は広めの平原となっているようだ。
「村がここ、ここと、ここと、ここかー」
ディディエ男爵領には、大きめの村が一つと、小さめのむらが三つあった。
「この山もサラの領地?」
お屋敷の近くを流れる川の上流には大きな山があった。
あたしは窓から山を眺める。
「……む?」
山から、少し変な違和感というか嫌な感じがした。だが、気のせいかもしれなかった。
「そうよ。あの山も男爵領。男爵領の範囲は大体このぐらいね」
姉がそういって、地図の上を指でなぞった。
山も川も森も、結構な範囲がディディ男爵領らしい。
「人口は少ないけど、範囲は広いのよ」
「ほほ~」
「森にも山にも、そして川にも、生き物は沢山いるわ。あ、川に近づいたらダメよ?」
「わかってる」
そんな会話していると、姉がぎゅっと目をつぶった。
「ねーさま、どした?」
「ちょっと、酔ったかもしれないわ」
「え? ねーさま、いつ、おさけのんだ?」
「ちがうわ。馬車酔いよ」
すると、すぐさま同乗してた侍女が言う
「リディア様、地図をお渡しください。馬車の中で何かを読むと酔いやすいのです」
「ありがとう」
「窓を眺めていてください。少しは楽になるかもしれません」
姉は窓の外を眺める。そこにはダーウが走っている。
「ねえねえ、ようってどんなかんじ?」
「……そうね。気持ちが悪くなって、吐きそうになるの」
「ふむ~」
「ルリアとサラは大丈夫?」
「だいじょうぶ!」「サラもだいじょうぶです」
「そう良かったわね。一緒に窓の外でも見ましょうか」
「うん!」「あい!」
あたしとサラは、姉と一緒にダーウを眺めた。
キャロ、コルコ、ロアもダーウを見つめていた。
ディディエ男爵のお屋敷に到着したのは、それから五分後のことだった。
見えてきたディディエ男爵邸は、王都にある男爵邸に似ていた。
男爵邸は高さ二メトルほどの金属製の柵に囲まれている。
門は屋敷の正面にあり、全開にすれば馬車が二台ぐらい通れそうなぐらい大きい。
屋敷自体は大公家の屋敷よりは二回りほど小さいが、立派なものだ。
「いいところだな~」
正面から見て左側には森が広がり、右側は平野になっている。
右側をずっと遠くまで見れば、川が見えた。
あたしたちの馬車が近づくと門番が門を開いて、頭を深く下げた。
そのまままっすぐ屋敷の入り口に向かうと、そこにはマリオンと十人の使用人が並んでいた。
十人の使用人に見覚えはない。
つまり、大公家から派遣された者達ではなく、男爵家で雇われた者達だろう。
あたし達の馬車が屋敷の前に止まると、その全員が一斉に頭を下げる。
馬車から降りると、まずダーウがあたしの元にやってくる。
そのときには姉は元気になっていた。
「リディア様、スイ。ルリア様。ディディエ男爵邸にようこそおいでくださいました」
マリオンはまず客人の私たちに挨拶してくれた。
「マリオン。お世話になります」
「マリオン。よろしくな?」
「うむ。良い屋敷であるなー」
「ばうばう」
マリオンに甘えにいこうとするダーウをあたしは抑えた。
「ダーウ、きれいにしないとな?」
「わふ?」
「ダーウどろどろだし? このままだと家の中に入れない」
「わ、わふ!」
ダーウは驚いてオロオロし始めた。
「あのね、マリオン、ダーウがずっと走って汚れたから洗って、休めさせてあげたいのだけど」
「洗うのはスイがやるのである! ぬらして良い場所を貸してほしいのである」
「はい、それでしたら、あちらに。ルリア様とスイ様をご案内してあげて」
マリオンは男爵家の者達の前だからか、あたしにも少し他人行儀だ。
きっと、男爵家の使用人に、手本を見せようとしているのかもしれない。
侍女はあたし達を屋敷の入り口近くの庭へと案内してくれる。
そして、マリオンはサラをぎゅっと抱きしめた。
「サラ、よく来ましたね」
「えへへ」
あたしは庭から、マリオンに抱きしめられるサラを見ながら小さな声で言う。
「よかったなぁ、サラちゃん」
「うむうむ、サラはもっと甘えた方が良いのである」
「わふわふ」
ダーウはうらやましそうにサラを見つめていた。
「ダーウはルリアがかわいがってやるからな?」
「スイもかわいがってやるのである」
そしてスイが魔法でお湯の玉を出して、ダーウをきれいにしていく。
あたしもお湯の玉の中に手を突っ込んで、わしわしわしとダーウを洗う。
「ほれほれほれ! ダーウきもちいいか?」
あたしがやっているのは、洗うと言うよりマッサージだ。
疲れたダーウをねぎらおうと考えたのだ。
「わふ~」
「ダーウ、なかなかの汚れっぷりであるな! もうお湯が泥水になったのである!」
スイはどんどんお湯を交換して、ダーウをきれいにしていく。
「ばうばうばうばう」
「ダーウ、大丈夫? つかれてない?」
あたしはダーウに異常が無いか調べるためになで回しまくる。
「ばーうばうばう」
ダーウは全然疲れてないと力強く言う。
「むむう。ほんとか?」
「ばう」
ダーウはほんとだと言うが、あまり信用できない気がした。





