144 両親の苦悩
今回から四章です!
◇◇◇◇
国王ガストネと王太子ゲラルドが襲われた王宮事変から一週間が経った日のこと。
ルリアの父、ヴァロア大公グラーフは屋敷の執務室で頭を抱えていた。
「……陛下が……倒れるとは」
陛下、つまりグラーフの父である国王ガストネは、最近ひどい目に遭いまくっていた。
呪われて汚物にまみれて、死にかけた。
加えて、王宮でも呪われて全身が腫れ上がりひどい目に遭った。
二回ともルリアとサラ達に助けられたが、それでも体力の低下はいかんともしがたい。
その状態に謀反を企てたナルバチア大公の処罰に関する大量業務で寝る間もなくなった。
そのようなときに王を助ける宰相も、ナルバチア大公に与していたのだから手に負えない。
体力が落ちていたのに、働き過ぎて、ついに風邪を引いて寝込んだのだ。
それにともない、グラーフに王の業務の一部が回されてきていた。
そのせいで、グラーフは眠る間もないほど、忙しかった。
「それに陛下も若くないしな……」
ガストネは六十五歳。まだまだ元気とは言え、若い頃のように無理がきく年でもない。
「ルリアには知られぬようにしなければ……」
ルリアはどうやら回復魔法が使えるようだ。
きっと王が風邪を引いたと聞けば、治しに行くと聞かないだろう。
幼少時に魔力を使いすぎるのは成長に悪影響がある。
だから、グラーフはルリアに魔法を使わせたくなかったのだ。
それはガストネも同様で、ルリアとサラには絶対知らせるなと伝えてきていた。
「ねえ、グラーフ。今、少しいいかしら」
部屋の外から、ルリアの母アマーリアの声がした。
「もちろんだ、入っておくれ」
執務室に入ってきたアマーリアは五通の封筒を手にしていた。
「忙しいところ悪いわね」
「なに、どんなに忙しいときでもアマーリアなら歓迎だよ。顔をみるだけで疲れが癒えるよ」
「ありがとう。それにしても、大変そうね」
アマーリアはグラーフの机の上にある大量の書類を見つめる。
「陛下が倒れただろう? 兄上だけだときついから執務を手伝えと言われてるんだ」
王太子ゲラルドも襲われて呪われてひどい目に遭った。
ガストネに比べて若い分、回復が早かったが、体力を相当失っている。
その状態でゲラルド一人でこなせる量の執務では無かった。
「陛下もお変わりになったわね」
アマーリアが感慨深そうに言う。
ルリアと出会う前のガストネであれば、倒れてもグラーフを頼ることはなかっただろう。
自分が倒れたと知ったグラーフが叛旗を翻す可能性を、最初に考えただろうからだ。
「そうだね。だからこそ、陛下の信頼に応えねばな」
「私も手伝えればいいのだけど」
さすがにアマーリアといえど、王族の業務を代行することは難しい。
能力的な問題ではなく、権限的な問題だ。
「まあ、兄上と力を合わせてなんとかするよ。それで用があったんだろう」
「そうなの。これを見て」
アマーリアは手にしていた五通の封筒を、グラーフの机の上に置いた。
その封筒はグラーフの目にはパーティへの招待状に見えた。
だが、ただの招待状ならば、アマーリアの方で処理するはず。
つまりただの招待状ではない。何らかの問題がある招待状だ。
だから、グラーフは「これはいったい?」と尋ねた。
「ルリア宛てのパーティの招待状」
「……なんと。五通もか?」
王を救ったという噂が広がったのだろうか。
それともルリアが王の寵愛を受けているという話しが広まったのだろうか。
もしくはその両方か。そう考えるグラーフにアマーリアは告げる。
「いいえ? 届いたのは五十通以上。特に断りにくいものだけ持ってきたわ」
「ご、五十……」
絶句したグラーフに、アマーリアは招待状の説明をする。
「これは留学中の隣国の王女から。これは教皇から。他は王族からね」
大公であるグラーフといえど、断りづらい相手だ。
「他の四十五通はせいぜい内外の公侯爵程度。適当に断っておいたわ」
「……ありがとう。苦労をかける。その五通には大公の名で返事を出しておこう」
「忙しいのに、苦労をかけるわね」
「いいさ。ルリアのことだからね。……それより問題は」
「そうね。これは始まりに過ぎないってこと」
ルリアと縁を結びたいと考える王侯貴族達があらゆる名目をつけて会おうとしてくるだろう。
ルリアをパーティへ招待するだけではない。
兄ギルベルトや姉リディアを招待して間接的につながろうともするだろう。
「問題はサラね」
「そうだな。大公家の猶子としたとはいえ、男爵位を持っているからね」
男爵であるサラを招待するのに、グラーフ達の許可はいらない。
直接、申し込めるのだ。
「後見人のマリオンも、大貴族相手に断るのは難しいでしょうし……」
もちろん、猶父としてグラーフが前面に出ることはできる。
だが、やりすぎるとサラはグラーフの傀儡だという印象をもたれかねない。
それは将来、成人したサラが独り立ちするときに悪影響をもたらすだろう。
「なにか考えないといけないね」
「ねえ、グラーフ。私考えたのだけど……しばらくルリアとサラを田舎に送るのはどうかしら」
グラーフはアマーリアの提案を否定しようとした。
なぜなら、ルリアと離れたくなかったからだ。
最近まで湖畔の別邸に行っていたせいで会えなかったというのに離れるのはさみしい。
「それがいいのかもしれないね」
だが、否定できなかった。それが、ルリアとサラにとって一番いい気がしたからだ。
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