第98話 3度目の転生未遂
【main view 雨宮花恋】
「………………………………ぇ?」
朝7時半。
いつもより少し遅めに目が覚めた私はスマホの画面を見ながらしばらく硬直してしまっていた。
例のアプリに届いていた長文のメッセージ。
私が普段メッセージのやり取りを行っているのは3人しかいない。
弓くん、瑠璃川さん、水河さん。
今日はその3人以外の方からメッセージが届いていたことにまず驚いた。
そしてその内容を見て私は身体が固まるような感覚へと陥っていった。
なずな
「夜分遅くにメッセージを送ってしまってごめんなさい
どうしても貴方にお願いがありましてチャットを打たせてもらっております
単刀直入にいうと 貴方に雪野弓くんの様子を気にかけてほしくお願いに参りました。
実はつい先ほど、彼から自殺を連想させる内容のメッセージが私の元に届いておりました。
この後、その内容を転送します。
私の考え過ぎならそれで良いのですが嫌な予感が収まりません。
でも彼の境遇を考えると心に傷を負ってしまっていることは確かだと思います。
彼が早まった真似をしてしまわないよう、どうか彼のことを見てあげてはくれないでしょうか?
朝の講義の前に私も謝罪に伺います。
貴方にも不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした」
春海ナズナさん。
入試の日に連絡先を交換した声優科の方。
連絡先は交換したけれど、今までメッセージのやり取りを行ったことはありませんでした。
彼女も周囲の情報に流されて弓くんを盗作魔だと思い込んでいるのだと察することができました。
昨日の話し合いの場でもナズナさんは弓くんにキツイ言葉を投げていた。
でも真実を知って彼女はきっと激しい後悔をしているのだろうとこの文章から読み取ることができました。
——いや、今はそんなことどうでも良い。
『自殺』
メッセージの中に記されていたこの一文から目が離せない。
誰が? 弓くんが? そんなわけない そんな馬鹿な
弓くんは強い 落ち詰められたりしない 強い心の持ち主
本当に? 追い詰められていないなんてなぜ言える?
本当は心の中で泣いていた可能性をなぜ考えない?
「——っ! 弓くん!!」
後悔と同時に私は走り出していた。
直通のベランダを使って彼の部屋のダイニングに侵入する。
パジャマのままだとか、寝癖がついたままだとか、そんなこと気にしている余裕なんて今の私にはない。
一刻も早く弓くんの姿を見て安心したかった。
だけど——
「どこにも居ない!?」
ダイニングにもお風呂にも彼の姿は見当たらなかった。
こんな時間に外出?
スーパーも開いていないような時間に?
先ほどのナズナさんのメッセージも相まって、私の中で不安の渦は更に強いうねりをあげていた。
私はスマホを取り出してすぐに弓くんに電話する。
~~♪ ~~~♪
私が電話を掛けた数秒後、寝室の方から着信音が聞こえてきた。
音のする方へ駆け寄ってみると、ベッドの上で置きっぱなしだったスマホが空しく着信音を鳴らし続けている。
私がスマホを切るのと同時に着信音はピタっと鳴りやんだ。
スマホも持たず、早朝に外出したという事実。
顔が青ざめているのが自分でも分かる。
自殺前の状況としては整いすぎている。
弓くん……どうして……!
どうして私に相談してくれなかったのですか!
そんなにも傷ついているのであれば私が抱きしめてあげたのに。
弓くんを癒すための優しい言葉を私ならたくさん持っているのに——!
「とにかく皆さんに事情を知らせないと!」
アプリでいつものグループをタップして開く。
私は迷わず『通話』のボタンを押した。ビデオ通話だ。
水河さんと瑠璃川さんはもう起きていたらしく、数コールの後に二人共出てくれた。
そして事情を説明すると二人共顔を真っ青にしていた。
特に水河さんは半泣きになりながら取り乱していた。
転生未遂。
高校時代、過去に二度私と弓くんはその機会に直面したことがある。
だけど結局は『未遂』であり、後になってみれば笑い話になるような出来事だったと振り返る。
でも今回は違う。
弓くんは本気で自殺を考えている。
転生未遂ではなく、本当に転生しようとしてしまっている。
駄目——!
一人で勝手に転生するなんて許さない。
私を一人にするなんて絶対に許さないんですから!!
「水河さん! 見つかりました!?」
「駄目……いない……ひっく……キュウちゃんが……見つからないよぉ……っ!!」
瞳に浮かべた大粒の涙を拭おうともせず、水河さんは泣きながら弓くんを探して続けてくれていた。
つられて私の目にも涙が浮かぶ。
歩道の真ん中で私たちは抱き合いながら泣いていた。
「——水河、しずく?」
「——ドールちゃん!」
聞き覚えのある二つの声が私達に声を掛けてくる。
淀川藍里さんに春海ナズナさん、その後ろには和泉鶴彦さんと春海鈴菜さんも居て、4人全員が心配そうに私達を見つめていた。
「二人共、どうしたんだ? もしかして雪野君の件で何かあったのか?」
焦ったように和泉さんがこちらに掛け寄ってくる。
「け、今朝から、弓くんの姿が、なくて……! スマホも部屋に置きっぱなしで……! 私、心配になって……!」
たどたどしい私の言葉を聞いて、淀川さんとナズナさんがハッと息を飲んでいた。
弓くんが自殺を考えているかもしれないという件を全員が知っていたのでしょう。
顔色が完全に青ざめていた。
ダっ!
ショックで動けなくなっているナズナさん達を尻目に、最初に動き出したのは鈴菜さんだった。
彼女の瞳には誰よりも大きな涙が浮かび上がっている。
「おい! 鈴菜! どこにいくんだ!?」
「弓さんを探しにいくに決まっているでしょ!?」
「落ち着け。闇雲に探してもどうしようもないだろう。雪野君が行きそうな可能性がある場所を探すんだ」
「どこなのよ! そこは!!」
激昂する鈴菜さんの腕を掴んでなだめる様に言葉を掛けている和泉さん。
「……まずは学校へ行ってみよう。もしかしたら先に学校へ行ってしまっただけなのかもしれない」
「…………」
納得はいっていなさそうな表情ではありますが、鈴菜さんは一旦落ち着いてくれた。
私は水河さんと肩を寄せ合いながら震える足を擦るようにして歩みを始める。
「——おや? 奇遇だな。キミらもこれから登校か」
「えっ?」
俯き続けていた顔をゆっくりとあげると、いつものスーツに身を包んだ月見里先生が対面の方角から歩んできた。
どうして学校の方向から先生が?
「は、はい。その、先生は」
「ああ。私はちょっと忘れ物をしてしまってな。慌てて家に戻っているところだ。それよりも……全員辛気臭い顔をしているな? 全員ちょっと目元が赤いぞ? 大丈夫か? もしかして雪野君と喧嘩でもしたのか?」
「……喧嘩……なんてしてないです」
出来るものならしたいくらいだ。
弓くんが自殺してしまったらそれも出来なくなってしまう。
そんな風に考えてしまうだけで再び目に涙が溜まってくる。
「そうか。なら良いが……そういえばさっき雪野君にも会ったぞ? 雪野君の方も疲れたような顔をしていたな」
えっ——?
「先生! 弓さんを見たの!? どこで!!!!」
「うぉ。キミは確か音楽科の春海くんだったか。すごい剣幕だな。雪野くんなら学校前の橋の所に居たぞ。虚ろな目で川の流れをじっと見つめていたな」
「「「…………っ!!!」」」
その言葉を聞いて全員が驚嘆していた。
まさか弓くん、川で入水自殺を——!?
ダっ!!
鈴菜さんが一番に駆け出していく。
私も震える足に鞭を打って彼女の後を追いかけていった。
和泉さん達も後ろから着いてきているようだった。
弓くん——
弓くん弓くん——!
お願いだから、お願いだから、私が付くまで無事で居てください。
絶対に、絶対に早まった真似だけはしないでください!




