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転生未遂から始まる恋色開花  作者: にぃ


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第93話 8人でのお茶会

 昨日から本格的にノベル創作指導が始まっていた。

 日本文学、世界文学、文学論、など小説の基礎知識から応用的なシナリオの作り方までかなり細部まで教えてくれる。

 それだけではなく、プログラミングやノベルソフトの使い方まで指導してもらえるようだ。

 それにライターに必須な科目はもちろん、数学や英語といった高校で学んだ科目も存在していた。

 ていうかなぜか体育もある。絶対いらないでしょ体育は。


「すごく充実した講義でしたね」


「うん。入学して1週間も経ってないけどすでにめちゃくちゃレベルアップした感覚になっているよ」


 講義の内容が充実していることは講師が月見里先生であることがとても大きかった。

 教えるのが上手いのは勿論、先生は自論の創作論を解説交じりでプレゼンしてくれる。

 基礎文学論より月見里流創作論の方が僕にとって勉強になっていた。

 もっと詳しく聞きたくて僕と花恋さんは進んで教卓一番前の席で講義を受けていた。

 先生は『物好きな奴らだ』と一笑していたが、表情はどこか嬉しそうに見えた。


 ちなみに他のノベル科面々は後ろの方の席に陣取っていることが多い。

 たぶん僕から距離を取りたいんだろうな。

 今日は1日中冷ややかな目を向けられていた。

 しかし、昨日と違って僕のことを『盗作魔』だと陰口をたたいている人はいない——


「——はっ! キミはどうせ『盗作』しかできないのだからレベルアップした所で意味ないのではないのか?」


 ——池君を覗いて。


「……また貴方ですか。いい加減にしてください。何度も何度も嫌味を言ってきて。子供ですか」


「ふん。別に俺は嫌味を言っているわけじゃない。事実を言っているのさ」


 フッサァとサラサラの金髪を掻き揚げる。

 その動作、アニメキャラ以外でやっている所初めてみた。

 キラキラした髪を靡かせながら舐める様に花恋さんを見つめる池君。


「それよりどうかね? 桜宮恋。約束のカフェデート。今日辺りいかがかな?」


「何言っているのですか貴方。約束なんてした覚えないのですが。例えしていたとしても今の流れで行くわけないですよね? 私からの印象最悪なの察してください」


 一蹴され、池君の口元がピクピクと引きつっていた。

 えっ? この人本気で今のナンパが成功すると思っていた? 馬鹿すぎてそれはさすがに僕も引くよ。

 花恋さんは不意に僕の手を握ってきた。


「カフェなら弓くんといくので間に合ってます。ではさようなら」


 一礼し、僕を引っ張るようにこの場から出ていこうとする。


「ま、まて! キミ以前俺からの誘いに機会があったら一緒しますと言ってくれたじゃないか」


「『一緒します』だなんて一言も言っておりません。機会があったら、とは言いました。一生その機会なんてないでしょうけど」


「な、なんだと!? 貴様、俺の誘いを断って盗作魔なんかと——」


「——池照男よ」


「ひぃっ!?」


 昨日と同じように僕の真後ろに席を取っていた氷上与一が会話に入ってきた。

 そして昨日同様に彼の迫力が池君の腰を折り曲げていた。


「俺の前で『盗作魔』云々は禁句だと言ったばかりだったはずだが?」


「ひっ……!」


 氷上与一が睨みを利かせるだけで池君は完全に怯え切ってしまい、尻もちをついたまま虫のように這い去っていった。


「今日も助かったよ。氷上与一」


「構わん。俺が近くに居るときはいつでも力になってやる」


 どうしてこの男はこんなにも僕に協力的なのだろうか?

 その件も含めて彼から話を聞くチャンスかもしれない。


「ねえ、氷上与一、時間があったらこの後さ、一緒にカフェしない?」


「お前……俺をナンパしてるのか? さすがに引くぞ?」


「ゆ、弓くん男性が好きだったのですね。悲しいです」


「違うからね!? 花恋さんまで何言いだすんだよ!」


「——雪野君そのお茶会俺達も混ぜてくれないか?」


 不意に背後より別の声が会話に混ざって来た。

 いつの間に後ろに居たのだろうか、見知った3人が僕らの近くにまで歩み寄っていた。


「あれ? 和泉君? 淀川さんも……それに……ナズナさん」


「こ、こんにちは。雪野さん。それにご無沙汰しております氷上さん」


「…………」


 困惑した表情の淀川さんと、無言のまま目も合わせようとしてくれないナズナさん。

 この二人とは若干の気まずさが残っている。

 和泉君はそんな空気を遮るように氷上与一の前に立ちながら言葉を交わしていた。


「キミが氷上与一先生か」


「誰だ? 貴様」


 先ほど池君を追い返したような鋭い眼光が今度は和泉君も突き刺さる。

 しかし池君とは違い、和泉君は全く怯んだりはしていなかった。


「アンタの担当絵師の幼馴染で音楽科の和泉鶴彦だ。急に無関係な人間が割り込んできて悪かった」


「……別にいいさ」


「んでさ。最近アンタの担当絵師が本調子じゃなくて困っているんだ。過去の事件について。どうも情報が錯乱しているみたいでさ」


「過去の事件……」


 和泉君も知っていたのか。

 僕と氷上与一の因縁を。

 ウラオモテメッセージとエイスインバースのことを。


「直接聞きに来た。俺たちに真実を教えてくれないか? 氷上くん」







「うわぁぁっ! ひっろぉぉ!?」


 僕達は今大きなスタジオに足を運んでいた。

 氷上与一から話を伺う為に僕らはまず場所を移すことにした。

 過去の因縁の話をするということで当事者の一人でもある雫にも連絡し、瑠璃川さんと共に合流。

 僕、花恋さん、雫、瑠璃川さん、氷上与一、和泉君、ナズナさん、淀川さん。

 8人もの大所帯になってしまったので喫茶店にも入りづらく、和泉くんが良い場所があるといって連れてきてくれたのが個人の音楽スタジオ。

 和泉君がいつも楽器練習用に使っている一室らしい。

 物凄く高そうな楽器がいくつも並んでおり、あまりにも壮観すぎる故に和泉君と淀川さんを除く全員が口を半開きにして呆けていた。


「さ、好きな所に座ってくれ」


 和泉君がフワフワの絨毯を敷いてくれて僕ら8人は円を作るように座っていた。

 僕は隣に座っている淀川さんにこっそり耳打ちをする。


「(ねぇ、もしかして和泉君って超お金もちだったりするの?)


「(鶴彦がお金持ちってわけでもありません。鶴彦は昔から音楽関係者に顔が広くてこういった場所を無償でお貸しいただいているのですわ)」


 無償でスタジオを貸すってとんでもないことなのでは?

 和泉君っていったい何者なんだ。


「(今度、ミーチューブで『和泉鶴彦』って検索してみるといいですわ。きっと仰天しますわよ)」


「(う、うん。すでにかなり仰天しているけどこれ以上驚くことがあるんだね)」


「(うふふ。雪野さんの驚く顔が目に浮かぶようです)」


「——あ~、こほん。そろそろいいか? 二人共」


「「……ハッ!?」」


 内緒話で夢中だったから気づかなかったけど、この場にいる全員の視線を集めていたことに今さら気が付いた。


「「…………」」


 対面に座っている花恋さんと雫の視線がやたら尖っていて怖かった。


「藍里、お前が元気なかったから話し合いの場を設けてやったんだぞ。雪野君といちゃつくことで元気になるならもう解散するか?」


「ご、ごめん鶴彦。雪野さんもごめんなさい」


「い、いや、僕の方が話しかけたのだから、こちらこそすみません。んと、話し合い? を始めましょうか」


 この集まりの本題は2年前の因縁について。

 情報のスレ違いが双方に発生しているのでそれをすっきりさせることが目的だ。

 和泉君がこの場を仕切るようにまずは僕に話を投げてきた。


「雪野君。実は俺キミの作品知っているんだ。異世ペンの大ファンでさ。高校時代キミの作品にはだいぶ励まされた」


「わわ。そうだったんだ。嬉しいなぁ」


 最初は駄作過ぎてどうしようかと思っていた異世ペンだがコアなファンは結構いてくれる。

 瑠璃川さんもあの作品好きって言っていたし、作者冥利に尽きる。


「鶴彦ってば雪野さんのことを女性と勘違いしていましたのよ」


「余計なこと言わんでいい」


 和泉君が淀川さんの頭を小突く。

 うーんやっぱり『ユキ』って名前は女っぽかったか。

 ユキオとかにしておくべきだったかな。


「ユキ先生の作品一覧に『ウラオモテメッセージ』という作品があることも知っている。そっちは最近読み始めたのだが、正直面白すぎて徹夜してしまった」


「「「「わかる!」」」」


 ナズナさん、淀川さん、氷上与一を除く全員が大きく同意していた。


「だが、ここで問題が発生した。そのウラオモテメッセージが大人気ライトノベル『エイスインバース』と序盤の展開が丸被りしていたという点だ。もう完コピといっていいレベルだ」


「和泉君。はっきり言っていいんじゃないんかしら? ウラオモテメッセージがエイスインバースを盗作したんだって」


 今までずっと黙っていたナズナさんが初めて口を開く。

 雫と瑠璃川さんがギロリとナズナさんを睨みつける。

 花恋さんは悲しそうな顔でナズナさんを見ていた。たぶん僕も同じ表情をしているだろう。

 せっかく友人に慣れた人からキツイ言葉が出てきたことがただ悲しい。


「春海さん。今はそれをはっきりさせる為に集まったんだ。まずは当人同士の話を聞くまで一方を責めるのをやめてくれないか」


「…………」


 和泉君の言葉にナズナさんが若干口を研がせてながら視線を逸らした。

 

「てなわけで、今の経緯について双方の言い分を聞きたい。嘘偽りなく話してほしい」


 『双方』。

 つまりこの質問は僕と氷上与一に向いている。

 僕は氷上与一よりも先に口を開く。


「僕の方はいつものようにウラオモテメッセージを投稿していただけに過ぎないよ。雫と二人で感想欄を見ていたらなんの脈絡もなく『エイスインバースのパクリ』ってコメントが目に入って、作品検索したらすでにウラオモテメッセージと内容が全く同じ小説が存在していた。それだけだ」


 僕の方は何も後ろめたいことはない。だから素直に真実だけを伝えた。


「水河さんは雪野君の担当絵師だったな。キミから何か補足することはあるか?」


「んー、そうだね。補足があるとすれば、確実に『ウラオモテメッセージ』の方が先に『だろぉ』に存在していたってことかな。第一話の投稿日を見れば一目でわかるよ」


 親友が的確なアシストをしてくれる。

 本当に頼もしいパートナーだ。

 雫の発言に氷上陣営の淀川さんとナズナさんが若干狼狽えている様子が見て取れた。


「ほ、本当なんですの?」


 驚いたように若干目を見開きながら淀川さんは氷上与一に問い質す。

 しかし、氷上与一は無言を貫き、代わりに和泉君が回答してくれた。


「本当だ。俺も調べた。ウラオモテメッセージとエイスインバースの第一話の投稿日を見比べてみると10ヶ月以上ウラオモテメッセージが早かった」


「そ、そんなのって……」


 淀川さんは知らなかったようだ。

 かなり致命的な事実を受けてショックを受けているのが見てわかる。


「で、でも、どこかでエイスインバースの内容が漏れて、それをこの人が模写していたって可能性も……」


 可能性を縋るようにナズナさんも口を開く。

 ナズナさんはあくまでも僕の盗作を疑いたいそうだ。

 氷上与一の味方、というよりは淀川さんの味方で居たいんだろうな。

 でも僕は非情な言葉を彼女に向けた。


「ナズナさん。『どこか』ってどこ? この盗作疑惑が浮上していたのってエイスインバースの書籍化前からなんだ。僕が氷上与一のPCをハッキングでもしたって言いたいの?」


 氷上与一とは知り合いでもなければ住んでいた地域も違う。当然小説を見せあうような親しい仲でもない。

 更にエイスインバースは『小説家だろぉ』オンリーの作品だ。

 他のwebサイトに乗せていたなら盗作することは可能かもしれなかったが、そうじゃない。

 そんな人間から小説を盗むなんて行為は不可能に近い。


「…………」


 ナズナさんが絶句するように息を飲んでいる。

 今までの自分の考え、言動が全て覆されてしまった絶望感。

 なまじ僕との交友関係があっただけにショックも大きいのかもしれない。

 チラッと隣を見ると淀川さんもナズナさんに似た表情を浮かべながら若干震えていた。


「雪野君達の事情はわかった。話してくれてありがとう。次に氷上くん。キミからの言い分を聞かせてくれ」


 ようやく本題だ。

 ずっと知りたかった氷上与一の事情が聞ける。


「…………」


 と、思っていたのだけど、氷上与一は無言を貫いていた。

 その表情は険しい。


「なぁ、氷上君。無言は止めてくれないか? このままだと俺達は『雪野君の言い分が全面的に正しく』、『氷上君は何も言い返すことのできなかった過ち者』と認識しなくてはいけなくなるんだ」


 和泉君が優しく氷上与一を諭そうとしているが、彼は以前無言を貫いている。

 氷上与一の巨体がこの時ばかりは小さく見えた。

 思う所があるのはわかる。

 でも僕は話してほしかった。


「…………」


 全員が彼に注目し、言葉を待つ。

 やがて氷上与一はゆっくりと顔をあげ、その視線は真っすぐ僕に向けられていた。

 その瞳は悲しみに満ちていた。


 氷上与一は正座の姿勢に整え直す。

 両手のつま先を静かに合わせ、その巨体を縮こませるように姿勢を低くした。

 そして、彼の頭は僕に向けて深く下げられた。


「申し訳……ありませんでした……最低最悪の盗作魔は……俺の方です……」


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