第78話 雫ちゃんは一糸纏わぬ姿で湯船に入っております
最近のスマホは水に落としても割と大丈夫という。
にわかには信じられない気持ちが強い僕は、一応食品用の透明な保存袋に入れて持って行くことにした。
「キュウちゃん。まだー?」
「ちょ、ちょっと待って!」
スマホのカメラ位置に気を付けながら、僕は緊張しつつ服を一枚ずつ脱いでいく。
万が一にもカメラに自分が映らないよう、気を付けないと。
脱衣所で全裸になり、腰にタオルを巻く。
「じゅ、準備できたよ」
「本当に? ちょいみせてみ?」
「何を!?」
「キュウちゃんの裸」
「何で!?」
「裸映らないと一緒にお風呂に入る意味なくない?」
「そもそもどうして一緒にお風呂に入ることになったの!?」
「キュウちゃんがお風呂に入りたいって言ったんじゃん」
「それは『通話を切るよ!』って意味だったんだよ! まさかスマホでつなぎ直してくるとは思わなかったよ!」
「だって『通話3時間の刑』執行中でしょ? まだ2時間半しか経ってないもん。残りの30分の通話場所にお風呂を選んだのはキュウちゃんだよ? 雫ちゃんもお風呂に付き合ってあげているんだからラッキーだね」
僕は年頃の男だけど、女性とお風呂なんて入ったことない。
その初めての経験をこんな形で叶えてしまって良いのだろうか? ていうか雫の方こそ良いのだろうか?
「雫は異性とお風呂に入ったことある?」
「あるわけないよ! 雫ちゃん処女だっていったでしょ? 裸だって異性になんて見せたことないんだからね」
「そ、そうなんだ……」
雫も僕と同じで少しほっとしている自分が居る。
もし雫だけ大人の経験済だったら……
やっぱりショックなんだろうな。
「カメラに自分の身体が映らないように気を付けはするけど……もしかしたら映っちゃうかもしれないぞ~?」
「ほ、本当に気を付けてね。僕も細心の注意を払うから」
「んー、でも前にキュウちゃんの全裸を見た時、ビックリして一瞬しか見えなかったんだよな~。改めてじっくり見せるつもりない?」
「ないよ!?」
「残念~」
今日の雫、どうしたんだ?
まるで花恋さんみたいなことを言ってくる。
なんでテンションが壊れ気味なんだ?
「キュウちゃんいつまで脱衣所にいるの? 雫ちゃんとっくに湯船に入っているよ?」
「あ、う、うん!」
スマホのディスプレイ側を自分に向け、カメラ側で風呂場を移す。
そういえば雫の家のお風呂ってどんな内装なんだろう?
興味本位でディスプレイ画面に目を移す。
——雫の顔のドアップが映っていた。
「うわぁ!? し、雫!? カメラ! カメラが内蔵モードになっているよ!」
顔がアップになっていたので肩より下は見えてないが、肩回りに衣服がない事実が雫は全裸でことを連想させていた。
「えっ? そうだけど? 通話するのにお風呂映してどうするの? キュウちゃんも早く顔見せてよ」
「なんでキミは落ち着いてるの!? お風呂なんだよ!?」
「キュウちゃんが慌てすぎなんじゃない? 気を付けていれば裸が映ることなんてないと思うよ。ほれ。早く」
「そ、そうなのかなぁ……」
スマホを若干上の方に傾けながら、促さるままに僕も内蔵モードへ切り替える。
う、映ってないよね? 僕の身体映ってないよね?」
「キュウちゃん。おでこしか見えないんだけど」
「こ、これ以上下はまずいって!」
「いやいや、せめてお顔全部見えるまで下げてよ~」
ゆっくりと……
慎重にスマホの角度を変えていく。
「よくできました!」
「なんか一生分緊張したよ」
ようやく湯船に身体を漬けて、一息入れることができた。
どうしてお風呂に入るだけでこんなに疲れなければいけないんだ。
「あっ、キュウちゃん。湯舟ではタオル取るんだよ?」
「鬼畜の所業か!!」
どうして僕の最終防衛ラインを突破してこようとするんだ。
「あっ、ちなみに雫ちゃんはタオル取ってるぞ。ほれほれ」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
雫がからかうようにフェイスタオルを見せびらかしてくる。
ていうか、タオルちっちゃ!
それじゃあ上か下のどちらかしか隠せないのでは……!?
「雫ちゃんは一糸纏わぬ姿で湯船に入っております」
「い、いちいち言わなくていいから!」
意識させないでほしい。
その……僕のタオルの下の物が反応してしまうから。
今の僕はどれだけ顔が赤いのだろうか。
「女の子にだけ全裸にさせて、まさか自分だけガードを張るなんてこと、しないよね~?」
「くぅぅ…………」
どうして今日の雫はこんなに無敵なんだ。
「わ、わかったよ……」
僕は湯舟の中で腰に巻いたタオルを取り、完全ノーガード装備となった。
顔を真っ赤にさせながら、先ほどの雫がやっていたようにカメラの前でタオルをゆらゆら揺らす。
「やーい。全裸全裸」
「そっちもだよねぇ!?」
「あははは。あ~、楽しい。やっぱりキュウちゃんをからかうの癖になるなぁ」
「ならないでくれますかねぇ!?」
「ねね。これから毎日こうやって一緒にお風呂に入らない?」
「僕を茹でだこにして殺す気か!!」
これ、アレだ。
既視感がある。
花恋さんとエロゲをやっている時にエロシーンになると急に口数が増えてくることがあった。
やたらエロシーンの解説を求めてくる花恋さんの応対をしている時の気まずさによく似ていた。
破壊力的には今の雫の方が上だけど。
純情を弄ばれている気がするなぁ。
「キュウちゃん。実は雫ちゃんね。興奮しているの」
「……!?」
な、なななななな、何をカミングアウトしてきているんだこの親友は。
で、でも、興奮しているって、そういうことだよね。
雫も年頃だし、こんなムードだし、興奮してしまう気持ちはよくわかる。
現に僕もかなり興奮してしまっている。
もう流れさてしまっても良いのかもしれない。
「僕も……興奮しているよ」
「おっ、そうだよね! まだ5話とはいえ、あんな名作を書き上げたんだもん。興奮するよね!」
「…………はぁ?」
「特に4話の展開は興奮したなぁ。『クリエイト彼女』絶対面白いよ! 断言する! あれは超人気作になる!!」
「…………」
興奮って……
僕の作品の内容のこと?
小説をほめてくれるのは、うん、嬉しいよ?
でも別の方向で興奮しきっている僕はなんだか置いてけぼりな気分にさせられてしまい、悲しくなる。
「どしたの? キュウちゃん。小説褒められて嬉しくない感じ?」
「そ、そんなことないよ、嬉しいよ」
「……おやおや~? キュウちゃん、もしかして別の意味で『興奮』していたりするのかな~?」
「ぎっくぅ!? そ、そそそそそ、そんなことないよ!?」
「分かりやすすぎか! 『ぎっくぅ』って擬音を実際に口にしている人初めてみたよ!」
羞恥が限界点に達すると自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。
雫はそんなことはないのかな?
「ま、まぁ、気持ちは分からなくもないよ。私も、まぁ、多少は、そっちの意味でも興奮していたりするよ?」
「えっ……?」
「……ね、キュウちゃん。私の裸……みたい?」




