第68話 〇〇チャンスから始まる学園生活
「花恋さん、忘れ物はない?」
「はい! 準備バッチリです!」
4月5日。
ノヴァアカデミー入学の日を迎えた僕らは『同じ部屋』の玄関から外へ出る。
アパート、シャトー月光は僕の部屋201号室と花恋さんの部屋202号室のベランダが繋がっていた。
故に隣の住人は異性であるにも関わらずベランダから何の躊躇なく侵入してくるのだ。
おかげで僕のプライベートは半減し、しかも気が付くと美少女が視界にいるというドキドキ一人暮らしを行う羽目となっていた。
ピロンっ
んっ?
ポケットの中のスマホが震える。
例のアプリにメッセージが1件入っていた。
すずな『弓さんだけ入学式中止になったみたいだから、今日は学校いかなくていいって』
今日から僕と同じアカデミーに通う春海鈴菜さんからの『学校来るな』メッセージだった。
この人は相変わらずだなぁ。
お姉さんのナズナさんにちょっかい掛けようとしてくる虫くらいにしか思っていない様子だ。
弓『じゃあ一日中暇になるからナズナさんの部屋でゴロゴロして過ごすことにするよ』
一応返信だけはしておいた。
すずな『息の根を止めてやるから絶対学校こい』
鈴菜さんから当校許可を得たことを確認すると、すぐにスマホをしまってノヴァアカデミーへ向けて出発する。
今日一日鈴菜さんに出会わないことを切に祈りながら。
「おっ……?」
「「えっ!?」」
僕と花恋さんの驚きの声が重なった。
アパートの階段を降りた所で意外な知り合いと鉢合わせしたからだ。
「おお。弓野ゆきと桜宮恋じゃないか。面接の時以来だな」
「「月見里先生!?」」
ノヴァアカデミーの入学試験に僕達の面接を担当してくれた月見里先生だ。
ゴミ出しの途中のようで片手には大きなゴミ袋を持っていた。
「なんで月見里先生がここに!?」
「言ってなかったか? 私もこのアパートに住んでいるんだ。そこの102号室が私の部屋だぞ」
「そうだったんですか!?」
10日間ほど住んでいたが全然知らなかった。
面接の時どうしてこのアパートをお勧めしてくれたのか疑問だったけど、自分が住んでいる処だからこのアパートを勧めてくれたんだな。
「弓野くん――というのは著名だったな。雪野くんには面接の時にちらっと言ったが、今日から私がキミ達ノベル科の担当となる。よろしく頼むよ」
「「はい! よろしくお願いします!」」
僕と花恋さんは同時に礼をする。
「キミらもここのアパートにしたんだな。2階部屋か」
「はい。私が202号室。弓くんが201号室です」
あっさり住まいを明かすなぁ花恋さん。
月見里先生は信頼できそうな人だからいいけど、あんまり知らない人に教えちゃだめだぞー花恋さん。
「ほうほうほうほう。通年空き部屋だったあの二部屋を二人で借りたのか。ほうほうほうほう」
にんまり笑いながら意味深に首を縦に動かし続ける月見里先生。
あっ、これ先生も知っているな? あの部屋のベランダが繋がっていて窓から互いの部屋へ出入り可能なことを。
い、言っておくけどまだ花恋さんの部屋に入ったりなんかしてないからね!? ちゃんと弁えているつもりだ。
「男女であの部屋を借りるということは……なるほど。キミらそういう関係かね?」
「あっ、お付き合いしているとかではありませんよ。私が勝手に弓くんの部屋に侵入して一日の大半を過ごしているだけです」
傍から聞いていると、とんでもないことしているよなこの子。
あとさっきから正直に白状し過ぎだからね。恥ずかしいからあまり人に教えないでほしいぞー花恋さん。
「はっはっは! そうかそうか! うん。そういう感じか。良い感じのラブコメしているなキミら。進展あったら私にも教えてくれな」
月見里先生に報告義務が出来てしまった。
ていうか花恋さんの部屋の真下に住んでいるのか。
声とか、エロゲ音声とかが聞こえていたらさすがに恥ずかしい。
「そうだ。雪野君。キミおっぱいチャンスはいつ使うつもりかね?」
「おっぱいチャンス!?」
「ちょ……!? 面接の時の冗談を本気っぽく言わないでください」
「私は本気のつもりだぞ。おっぱいチャンスを使いたくなったらいつでも私の部屋に来てくれたまえ」
はっはっはっと豪快に笑う月見里先生。
あまり玄関先でおっぱいおっぱい言わないでほしい。
「ちょっと弓くん!? おっぱいチャンスって何ですか!? どう考えても如何わしい誘いなんですけど!」
「ああ。雪野君から聞いてなかったのか。ノヴァアカデミーへの入学が決まったら私からのお祝いとしておっぱいを揉ませる約束をしたのだ」
「してないですよ!?」
あれは月見里先生が一方的に言ってきただけで……っていうか場を和ませる冗談とばかり思っていたのだけど……
……………………えっ? 本当に揉んでいいの?
ズゲシッ!
「おぶっ!」
不意に高等部に花恋チョップが炸裂する。
振り返ると花恋さんが怒り顔で目を潤ませながら頬を膨らませてぷるぷる震えていた。
「おっぱいならここにあるじゃないですか!揉みたいなら私のおっぱいにしてください!」
「何言ってるの!?」
「自慢じゃないですが、形には自身あります!」
「もう一度言う! 何言ってるの!?」
花恋さんの怒りが明後日の方向へ突き進んでいる。
どうして自分の胸を揉ませることに必死になっているんだこの子は。
「ふっ、桜宮恋よ。男性心理を理解してないな。男は形などそう気にしていない。重要なのは大きさなのだ。私のおっぱいのようにな!」
「ぐぅぅ……! た、確かに月見里先生は巨乳ですが、私だって同い年の子には負けないくらいの大きさはあるはずです! 少なくとも一人には勝ってます! 確実に一人には大きさ、形、弾力、あらゆる面で勝ってます!」
ゲシッ! ゲシッ!
今度は花恋さんが後頭部から奇襲を受ける。
よくチョップが飛び交う日だなぁ。
「あいたーっ! ……って、あ——」
花恋さんが振り返った瞬間、彼女はバツが悪そうに硬直する。
そのまま気まずそうに苦笑いを浮かべ出した。
「——朝から卑猥な話題で盛り上がっているね。ん? 雫ちゃんも混ぜろよ? 混ぜてみせろよ?」
水河雫。
徒歩15分圏内のマンションに一人暮らししている僕の親友が会話に割り込んできた。
そっか。この場所は雫の住まいとアカデミーの中間点。徒歩通学ならここ通るよね。
「だ、大丈夫ですよ? 水河さんのおっぱいだってちゃんと需要はありますから! ちゃんと一定層には需要ありますから!」
「——ん~? この世に言い残すことはそれだけか~?」
「うわーん! ママが怖いですー! 弓くん助けてください~!」
春休み期間中に一度お泊り会があり、そのタイミングから花恋さんは雫のことを時々『ママ』と呼ぶようになっていた。
具体的に何があったのか僕は知らないけど。
花恋さんが頭頂部をグリグリと攻撃されている。
完全に自業自得な気もするけど、助けを求められたし一応フォロー入れておこう。
「まぁまぁ。雫には胸のマイナスなんて気にならないほどたくさんの魅力が備わっているんだから大丈夫だよ」
ズガ! ゲシ! バシバシバシ!!
完璧なフォローを入れたはずなのになぜか雫の怒りは増長し、僕の方にまで攻撃の手が伸びてくるのだった。
なぜか花恋さんの3倍は殴られた。




