第66話 僕達の一人暮らしはまだ始まったばかりだ!
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
「わぁぁぁぁぁっ!」
食卓に並ぶ色とりどりの朝食を見て、僕と花恋さんの驚愕の声が重なった。
エプロン姿の雫がどや顔で鼻を擦っていた。
「えへへ~。どうだ。これが雫ちゃんの全力だ~! あ、勝手に台所借りちゃってごめんね」
すごく良い匂いで目が覚めた。
眠い目こすりながらダイニングに到着すると、感動で眠気が一気に吹き飛んだ。
「す、すごいや! こんな豪華な朝食生まれて初めてだよ!」
実家でもこんな美味しそうな朝食見たことない。
昨日から思っていたけどこの子スペック高すぎない?
「とっても美味しそうです! 水河さん、ありがとうございます」
「……(じぃぃ~)」
な、なんだ?
花恋さんが声を掛けた瞬間、空気が凍った。
雫が思いっきり花恋さんを睨みつけている。
ていうか『ジト目』だなアレ。ちょっと可愛い。
「ぅぅ……水河さんがまだ怒ってます……」
「——さっ、キュウちゃん顔を洗って席について。もう一人の方も」
「水河さぁぁぁぁん!」
『ツーン』といった感じに雫が花恋さんから目を逸らす。
花恋さん、何をしたんだ……
あんなプリプリ怒っている雫初めてみた。
「うま……上手すぎる! えっ? なにこのカリカリのベーコン、味付けが僕好み過ぎる! 焼き魚も美味しい!」
「ちょっと、褒めるな褒めるな。雫ちゃん照れちゃうだろうがー! もう~!」
いや、お世辞抜きで本当に美味しい。
神絵師でありながら神調理師なの? スペックどうなってんだこの子。
「お味噌汁も本当に美味しいです。とっても安心する味ですね」
「……(じぃぃ~~)」
「うぅ……」
花恋さんが口を開くと雫は瞬時にジト目モードに入る。
でも僕が話しかけるとすぐに表情は元に戻る。
悲しそうな花恋さんがちょっと不憫だった。
「あっ……!」
花恋さんが目の前のコップに気づかず箸をぶつけてしまい、水を溢してしまう。
床に落ちる水滴が花恋さんの服にも掛かってしまう。
「ご、ごめんなさい。お水溢してしまいました!」
慌てて布巾を取りに行こうとする花恋さん。
それよりも早く、雫がタオルを持って花恋さんに駆け寄っていた。
「……気を付けなきゃ駄目だよ。シミになってない?」
ポンポンと叩くように花恋さんの服についた水気を取っていく。
花恋さんは目をうるうるさせながら雫の姿を眺めていた。
「み、水河さん……! ありがとうございます!」
「……手のかかる子供のようだなぁキミは。さては小説以外は駄目駄目のドジっ子だな~?」
「じ、自覚しています」
「……はい。これで大丈夫だと思うよ。お水も新しいの持ってくるね」
「わ、わわ! そこまでやっていただかなくても! 私がやりますよ!」
「いいから。お子様は静かにご飯食べてなさい」
雫は花恋さんの頭をポンと一突きするとそのままキッチンの中へと入っていく。
「……マ……ママ……!!」
雫の母性に魅了されたのか、花恋さんはなぜか彼女のことを『ママ』呼びをしていた。
というか、今の一連の流れは……うん。
何気ない日常の一コマのはずだけど、なぜか僕は雫から目を離せずにいた。
僕も雫に母性を見出したのか、はたまた別の感情なのか、この魅了の正体は一体なんだろうな。
「んじゃ、一晩お世話になりました」
玄関の前で敬礼のポーズを取る雫。
「送るね」
僕も一緒に靴を履き替える。
「わ、私も送ります!!」
花恋さんも着いて来ようとするが、雫が手を前に突き出してそれを制止した。
「二人共大丈夫だよ。普通に外は明るいし、家も近場なんだから。帰るついでにお買い物しようと思ってたしさ」
「で、でもぉ……」
「ほらっ、そんな寂しそうな顔しないの」
花恋さんが物凄く雫に懐いている。
昨日の夜に喧嘩でもしたのかな? とも思っていたが杞憂だったようだ。
むしろ昨日よりも仲良くなっているように見えた。
「ママ……今度はいつ来てくれるんですか?」
雫の服の袖を軽く引っ張りながら目を潤ませる花恋さん。
雫はそっと彼女を抱き寄せて背中を優しく撫でていた。
「もう~! 本当に可愛いなキミは! いつかはわからないけど近いうちにまた泊まりにくるからね」
「絶対絶対ですよ!」
仲良すぎて百合属性入ってない? えっ? しず×かれ? 超有りなんだけど。
「あっ、キュウちゃん。次泊まりに来るときはキミの部屋に泊めてね」
「「なんで!?」」
僕と花恋さんのツッコミが重なった。
雫はどこか妖艶な笑みを浮かべながら僕ら二人を一瞥する。
「親友なら一緒の部屋でお泊りイベントなんて普通でしょ?」
「同性の親友ならね!?」
「キュウちゃん女の子みたいなもんだから雫ちゃんと一緒に寝ても大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!?」
僕の理性が絶対大丈夫じゃない。
ていうか無防備すぎるよ雫。僕だって危険な男であることをいつかキチンと教えてあげなくちゃ。
「それにこの子と同じ部屋だと身の危険を感じるので」
なんで異性の僕は良くて、同性の花恋さんに危機感を覚えているんだろう。
本当に昨日の夜何があったんだ。気になって仕方がない。
「うわーん! もうしませんからぁぁ! 反省してますからぁぁ!! 水河さんは私の部屋で一緒じゃないと嫌ですぅぅ!」
「マジ泣きするな。わかったわかった。キミの部屋で我慢してあげようじゃないか」
「やったー! たくさん甘えさせてもらいますね!」
雫の胸の中で頬ずりをする花恋さん。雫も応えるように花恋さんの頭を撫でていた。
もはや姉妹を通り越して親子に見えるなこの二人。
「それじゃねー! 次に会うのは明日の入学式かな。ん? 専門学校に入学式とかあるのかなぁ?」
どうだろうか。大学とかでもやる所とやらない所があるみたいだし。
「また明日。学校でね。色々とありがとう」
なんだかんだあったけど一緒にゲームもできて楽しい時間だった。
次、雫が泊まりに来る時までには料理の腕を上げておこう。
今度こそちゃんと雫をお客様として出迎えるんだ。
「こちらこそ色々ありがとう。ほんと大変勉強になりましたっ」
勉強?
なんのことだ、と首を傾げると、雫は不敵に笑いながら僕の下半身辺りを凝視した。
あ——
「忘れて!? あの時の姿は忘れて!? 着替えている最中にキミがドアを空けちゃったときの記憶は今すぐ忘れて!!」
「うへへ~。忘れてやらないよー。んじゃね。また明日」
それだけ言い残すと雫は扉を閉じて帰宅に着いた。
花恋さんは寂しそうな顔をしている。
僕はもやもやした感情を抱えたまま何とも言えない表情をしていた。
雫が帰った後、部屋が一層広く感じた。
友達のお泊り会の後ってこんな寂しさが広がるんだな。
「花恋さん。今日はどうする? エロゲする?」
さりげなく聞いたけど、何気にすごいセリフだということに後から気づく。
女の子をエロゲプレイに誘うって陽キャかよ。
いや陽キャってエロゲやるのかな?
ああもう何が何だか分からなくなってきた!
「キュアピュアの他ヒロインルートと弓くんが絶賛するグランドルートはとても気になっていますが……今日は止めておきます。昨日の出来事を文章に残したくて」
花恋さんが執筆しているノンフィクション恋愛小説『転生未遂から始まる恋色開花』だっけ。
えっ? 昨日の出来事小説になるの? 確かに楽しい一時だったけど、恋愛小説のネタとしてどうなの?
「昨日の夜の水河さんとのガールズトークはとっても貴重な経験でした。文章化止む無しです!」
どうやら僕の知らない所で良いネタが繰り広げられていたみたいだ。
夜に何があったのか本当に気になる。
でもいいか。花恋さんの小説が公開されれば判明することだ。
「それにエロゲでPC使っちゃうと弓くんも執筆できませんよね? それは駄目です! 弓野先生にはずっと執筆してもはないと!」
「そんな執筆中毒みたいに言わないで」
「2作も投稿しようとしている人が何を言っているのですか。えへへ。弓くんも執筆頑張ってくださいね。PCが空いたらたまにエロゲやらせてください」
苦笑して頷く。
なんだかんだ言って僕も花恋さんとエロゲをやる時間に楽しみを見出していたみたいだ。
「よーし! 今日は執筆頑張りますよー! そちらの寝室で執筆しますので後でPC持っていきますね」
「なんで僕の寝室なの!? 自分の寝室でやりなよ!」
「えっ? なんでですか?」
「こっちのセリフだよ! なんでなんだ!」
雫が帰って花恋さんも執筆するというから久々に一人かぁとちょっと寂しい思いになりかけていたのだが……
この子は僕をアンニュイな気分にさせるつもりはないらしい。
春休み最後の日も結局僕と花恋さんはずっと一緒に過ごした。
と言っても会話もなく、二人で黙々と同じ部屋で執筆するのみ。
午後にはまた共に料理に挑戦してみたが、1日で何が変わるというわけでもなく、この日も大失敗に終わった。
でも残飯処理中は自然と笑顔になった。
最初はどうなるかと思った『二人の一人暮らし』。
一生に一度しかない高校生と専門学生の合間の休日期間は——
僕にとっては『幸せ』と呼べる時間となっていたのだった。
明日からノヴァアカデミーでの学生生活が始まる。
どんな出会いがあり、どんな成長があり、そしてどんな未来を手に入れることができるのか。
今からとても楽しみで仕方なかった。
いつも閲覧いただき誠にありがとうございます。
幕間は当話で終了となり、次話よりいよいよ第2章に入って参ります。
今後の予定に関しては以下の通りです。
第1章完 → 若干の執筆期間 → 幕間投稿完(今ココ) →若干の執筆期間 →第2章投稿
となる予定です。(物語は第2章で完結させる予定です)
またも若干の執筆期間に入らせて頂きますが、ある程度ストックが溜まり出したら投稿再開していきたいと思います。
今回もそれほど待たせるつもりはございません。
前回の執筆期間と同様に約2週間くらいを目安にお時間を頂きたいと思います。
必ず早めに戻ってきますので、どうかフォローを外さず待っていてくださると幸いです。
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