第62話 雨の日はお泊り回になりやすい
夕食。
スーパーで買ってきた食品で雫が手料理をふるまってくれた。
台所に立って手際よく料理する姿は美しかった。正直結構見惚れてしまった。
そして調理段階からすごく美味しそうな匂いが漂ってきてはいたが、味に関しては想像以上だった。
自分と同い年の人がここまで凄いと自分の不甲斐なさが情けなくなる。
いつかは雫に負けないくらい美味しいものを作ってみたいが、今の僕には10年早い目標のように思えた。
「水河さんごちそうさまでした。本当に美味しかったです!」
「雫ありがとう。めちゃくちゃ美味しかった」
素直に礼を述べる料理できないーズの二人。
雫も照れくさそうに頬を掻いていた。
「いえいえ。私で良ければまたお料理お手伝いにくるよ」
そう言ってくれると非常にありがたい。
僕と花恋さんだけでは料理が上手くなるビジョンがまるで見えないからなあ。
「さて私はそろそろ帰ろうかな」
いつの間にか外も暗くなっている。
当然ここは送っていくべきだろう。
とはいえ先ほどよりも雨音が強い。
せっかくお風呂に入ってもらったのに帰り道で身体が冷えてしまうかもしれないな。
「雫、今日は泊まっていったら?」
「「……!?」」
何気なく提案しただけなのに女子二人は驚愕の面持ちでこちらを見つめてきていた。
な、なんだ?
「だ、大胆だね。キュウちゃん。女の子をお泊りに誘うなんて」
照れくさそうに上目遣いで言われ、僕もハッとする。
雫の言う通りだ。僕は何をおかしな提案を持ち掛けているんだ。
相手は同じ年の異性だぞ!?
「ち、ちが……! そ、そういう意味じゃなくて!」
「そういうってどういう意味かな~?」
とぼけた口調で聞き返してくる雫。からかわれているな、これ。
「あの、お、襲うとかそういうのじゃないというか」
「襲わないの?」
「襲ってほしいの!?」
「んー、お泊りとなるとキュウちゃんと一緒に寝るってことでしょ~? 女の子と一緒に寝て襲わない自信あるのかな~?」
「あ、ある!」
「あるんかい。それはそれで女の子的に微妙な心境だよ」
どないせーっちゅーねん。
まぁ、今回に関しては突然変な提案した僕が悪い。
なんであんなこと言い出したのだろう僕は。
本当に変な意味は一切なく自然と出たお泊り提案だった。
親友感が強すぎて雫が異性だということを忘れていた?
いや、それはない。僕は結構雫に『異性』を感じている。。
じゃアレだな。
エロゲの話とか全裸の話とかしているうちに羞恥心が消え去っていたのだろう。
「隣には花恋さんの部屋もあるし、もちろん寝泊りはそっちだよ!」
「あっ、そういえば隣にももう一部屋ありましたね」
「この子本気で忘れてたな!?」
花恋さんは自室よりもこっちの部屋にいることの方が多い。
ていうか寝泊り以外あの部屋使ってないんじゃないか?
「では水河さんに私の部屋を使ってもらいましょう。私は弓くんの部屋で寝ますので」
「「なんでそうなるんだ!?」」
「だって、来客用のお布団とか持っていませんし、水河さんと同じベッドで寝るのはちょっと照れます」
「僕と一緒だともっと照れるでしょうが!」
「でも弓くんは女の子を襲わないんですよね? なら何の問題もありません」
やばいこの子たぶん本気だ。
本気で僕の部屋で寝泊りを考えている目だ。
寝泊りすらこっちでやるようになったら本気で本気の同棲じゃないか。隣に部屋がある意味がほぼなくなる。
「駄目なものは駄目だからね。雫と二人で仲良く一緒に寝なさい」
「はーい」
普通に僕の方が耐えられないので花恋さんの意味不明な提案は却下する。
いつも思うけどどうして決定権が僕の方にあるのだろうか。
信頼されているのだとは思うけどもっと貞操に対して危機感を憶えてほしいなぁ。
「わーい。キュウちゃんの寝室だ~!」
何がそんなに嬉しいのか、雫は大いに燥いだ様子を見せながら僕のベッドにダイブした。
「あー、水河さんズルいですー! 私も!」
雫に続くように花恋さんもダイブする。
うわ……うわぁ……
美少女二人が僕のベッドで寝転がっているよ。
そして片方、鼻をすんすんしてない? 気のせいであってほしい。
「もうここで寝ますぅ……」
「雫ちゃんも寝るぅ」
二人が目を閉じそのまま意識はまどろみの中へと……誘わせない。
ビシッ、ビシッ
僕のツッコミチョップが二人の眉間に命中した。
「もぉ~、何するんだよぉ」
「そぅですよ。私たちの間で寝たいのなら素直にそういってください。さっ、こちらへどうぞ」
ビシッ!
「あぅ!」
花恋さんには追撃を喰らわせてあげた。
「二人共、寝たいなら花恋さんの部屋にしなさい。ていうか男のベッドなんかに寝転がって気持ち悪くない?」
「全然。他の男の部屋のベッドだったら嫌悪感しかないと思うけど、キュウちゃんのベッドなら全く平気~。えへへ、私のベッドぉ」
こんなこと言われると逆にこっちが困惑してしまう。
思わずベッドの所有権を雫に譲りたくなるほどの破壊力だ。
「弓くんのベッドでならいい夢見れそうです。この匂い大好きですぅ」
やはり鼻をすんすんさせていたのは気のせいではなかったか。
ていうか僕そんな特徴的なにおいを放っているのか? 好きなにおいと言われているが特段香り付けなどしていない。
女の子は嗅覚に敏感っていうし、彼女達にしか感じられない香りが出ているのかもしれない。
「弓くん。一人で寝るには大きすぎるベッドじゃありません? 3人で寝れますよこの大きさなら」
「……寝ないからね」
「ケチぃ」
「ケチです」
美少女二人が僕を誘惑してくる。
一瞬欲望に負けて二人の間に誘われようとしたが、すぐに思いとどまれた。
二人の間で眠る。
無理だ絶対寝られない。
寝るよりも先に茹で上がる。
「てなわけでエロゲの続きをやりますよ」
花恋さんが僕のベッドからピョンっと飛び降りてノートPCの立ち上げを始める。
「急だな!?」
「だって、続きが気になっていたんですもん。あっ、でも水河さんが初見ですから違うエロゲにしましょうか」
「私のことは気にしないで。楽しみにしていた方のゲームでいいよ。あっ、アイコンの女の子可愛い」
「みーやちゃんです。すっごくいい子なんですよ! ほらほら、水河さんも隣に座ってくださいよ。一緒に画面見ましょう」
「う、うん。それじゃ、お邪魔します」
遠慮がちに雫が花恋さんの隣に座る。
初めてのエロゲに緊張しているように見えた。
それにしてもさっきよりもおかしな状況が出来上がったな。
美少女二人が並んでエロゲする図は強烈なインパクトだ。
さっきみたいに二人でベッドに寝転がっていた図の方がまだ健全に思える。
そんなことをしみじみ思いながら僕は壁に背を預け二人の様子を見守ることにした。
「キュウちゃんどうしてそんな離れた所から見ているの?」
「あっ、お構いなく」
「やだ。構う」
スッと立ち上がり離れていた僕の正面までやってくる雫。
そのまま左腕をあっさり取られてしまう。
引きずるようにPC画面の前まで連れてこられた。
反対側の隣には花恋さんもいる。
なんで連れてこられたの? 僕。
美少女二人に挟まれ、僕は首を傾げていた。
「異性の目の前でエロゲをプレイする恥ずかしさを貴様にも味合わせてやるのだ。離れた所から見ているなんて雫ちゃん許さない」
見ると、雫の顔は朱に染まっていた。
今まで気づかなかったが恥ずかしさをずっと堪えていたのだろう。
そうだよな。初めての異性の部屋。初めてのエロゲ。緊張しないわけがない。
だからって巻き込まないでほしかった。僕だって恥ずかしいのに。
「両手に花ですね弓くん。私も反対側の腕を掴ませてもらいますね」
「だめ」
「弓くんの腕結構ガッチリしてますよね」
「だめって言ったのに……」
花恋さんは右手でマウスを掴みながら左腕を僕に絡ませる。
右側は花恋さんに腕を補足され、左側からは雫に両腕で巻き付かれてしまっている。
そして正面にはエロゲのタイトル画面が表示されていた。なんだこの状況。
「むむぅ? もしかしてこの作品キャラクター事に絵師違う感じ?」
「さすが雫。よくわかったね」
「いや、さすがに分かるよ。メインヒロインっぽい立ち位置のみーやちゃん? だけ明らかにタッチ違うもん。他の女の子くらいの画力なら今の私でも描けそう」
「間違いなく描けると思うよ」
キュアピュアはキャラビジュアルでは売ってない。
でも雫の言う通り主人公のみーやだけは明らかに絵のクオリティが違う。
というよりサブキャラクターのデザインがちょっと残念過ぎてみーやの絵の人だけいい意味で悪目立ちしていた。
「そのみーやちゃんのえっちシーンがこちらです」
花恋さんがロード画面をクリックし、物語を再スタートした。
——全裸で思いっきり秘部を主人公に見せつけているみーやちゃんが全画面に表示された。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
雫の絶叫が室内に木霊する。
そうだった。途中で雫からの通話が入っていたから中断していたけど、僕らはエッチシーンの佳境ポイントでセーブして終えていたんだ。
エロゲ初心者の雫にとっていきなりこの画面を見せつけられるのは酷だよなぁ。
ぎりっぎりっと巻き付かれている腕に力が籠められる。痛い。
「きゅ、キュウちゃん! 駄目! これは駄目! これはキミにはまだ早い! 見ちゃ駄目!」
無理やり僕の顔を雫の胸の中に押し込められる。
柔らかい感覚が……あれ? ないな?
「水河さん。これ弓くんが持っていたゲームですよ? とっくに堪能済だと思うのですが」
「でも駄目なのぉぉ! うぅぅ……男の子ってこんなの見てるの? うっわぁ……すっご……」
「ムラムラしますよね?」
「……ノーコメントで」
それっきり雫は静かになってしまう。
チラッと表情を伺うと頬を上気させながら画面を食い入るように見つめていた。
純真な女の子が汚れてしまわれている状況にちょっとだけ興奮する。
若干息が荒くなってきた雫の様子に僕も赤面を抑えることができなかった。
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