第60話 花恋と弓のドキドキお料理創作会
「花恋と弓のドキドキお料理創作会~!」
「わ~!」
唐突に花恋さんの口上が炸裂し、とりあえず僕は拍手をして応じた。
呼び捨てにされ一瞬ドキッとしたのは内緒である。
「なんか始まった!?」
事情を全くしらない雫は驚きを示している。
「水河さん。実は私と弓くんはちゃんと自炊を始めることにしたんです」
「おぉ! 偉いね!」
「水河さんも食べていきますよね?」
「うん! わぁ、楽しみだ」
「初めての自炊で作ったものをお客様にご提供できるなんてとてもありがたいです」
「帰ろうかな!?」
慌てて帰宅の準備を始めようとする雫の両腕を僕と花恋さんが同時に引っ掴んだ。
ニコニコ笑顔のまま、雫を席に下ろさせる。
「に・が・し・ま・せ・ん・よ?」
「被害者は多い方がいい。付き合ってくれるよね? 親友?」
「なんてタイミングで来てしまったんだ!? 私!」
雫は頭を抱えながらテーブルに突っ伏した。
「では弓くん。準備に取り掛かりましょう」
「おうともさー」
花恋さんが包丁やまな板などを準備する。
流れで炊飯器の中も確認した。
「あっ、ごめんなさい。お水入れすぎちゃってたみたいです。ごはんべちゃべちゃ」
「ドンマイ花恋さん」
「やばい! 思ったより危険な香りがするぞ!?」
いやー、小学生の頃の調理実習を思い出すなぁ。
ごはん係の僕は水を入れずに米を炊いてクラスメイトから白い目で見られたっけ。
「こうなったら可憐な包丁さばきで挽回します……花恋だけに!」
「お願い雨宮さん! 包丁だけは気を付けて! 可憐な包丁さばきを見せるのはまだ早いよ! とにかく慎重に! 慎重さ全振りでお願い!」
「じゃあ僕はフライパンで煎り物を作ろう。弓だけに」
「何と掛けた!?」
「煎り物……煎る……射る……弓…………ごめんなさい」
「わかりづらいな! ていうかキュウちゃんも気を付けろよ!? フライパンも危ないんだからね!」
雫はついにその場から立ち上がり、僕ら二人をハラハラした面持ちで見てくるようになった。
心配そうに見つめる雫に母性を感じる。
きっと今の雫は調理実習の事業参観に参加したお母さんの気持ちなのだろう。
「見てください水河さん! 初めての千切りでこんなに細かく刻むことができました!」
「うん! 千切りじゃないな!? みじん切りだよ! 雨宮さんはお米だけじゃなくキャベツも殺したね!」
「大丈夫です。このくらいの失敗で私のお料理熱は枯れん、です! 花恋だけに」
「さては失敗をダジャレで誤魔化しているな!?」
ごはんとキャベツが死んだか。
だが、奴らは夕食四天王の中で最弱。
この一品さえ出来上がれば、この夕食は持ち直せる!
「ふっ、見るがいい二人共。僕の傑作を!」
「キミは何をやらかし——って、ええぇ!?」
「うわぁ!? なんですか!? それ! か、かわいい~!」
二人が僕の料理を見て仰天する。
トマトの中身を刳り貫いてその中に炒めた豆を敷き詰めた料理。
すごく簡単に出来る料理だったけど、これを自分が作ったのが信じられない。
トマト器のラブリーさがまた良い。
「キュウちゃん……自分だけでなく、料理まで可愛いなんて……うぅ、反則だぁ」
「素直に料理だけ褒めて!?」
「そ、それより! どうしてそんなもの作れるんですか! 女子力の差を私に見せつけて楽しいですか!?」
「ふふん。花恋さんに勝った。実は今日という日の為にアイデアレシピの本で予習しておいたのだ」
「うわーん! 勝ち誇った顔されたぁ!」
勝った。初めて花恋さんに勝った。ほぼ不戦勝みたいなものだけど素直に嬉しい。
「さっ、今日の夕飯はこれで完成だ。今盛り付けするね」
「精進料理かな!? キュウちゃんのトマト料理だけが夕食!? もう少し作ったら!?」
「大丈夫です。水河さん! べちゃべちゃご飯とみじん切りキャベツもありますので!」
「残飯処理かな!?」
盛り付けされたテーブルを見る。
これは……うん。犬の食事だな。
皿一つでことが足りる夕食だった。
「もー。しょうがないから雫ちゃんが何か作ってあげるよ。キュウちゃんエプロン貸して」
言われ、自分のエプロンを脱ぎ、せっかくだから雫に付けてあげることにした。
エプロンの紐を結びながら言葉を掛ける。
「雫、料理できるんだ?」
「うん。不登校中はお家のお仕事手伝っていたからね。ある程度叩き込まれたのだ~」
「えらいなぁ」
雫のスペックの高さはなんなんだ。本当になんでもできるなこの子。できないことなんて何にもないのかな。
「……あの。弓くんがさりげなく水河さんにエプロン着させてあげている状況にお二人は何も疑問を抱かないのですか?」
「「あっ……」」
花恋さんの言葉にハッとする。
確かに何をやっているんだ僕は。ただ渡せばいいだけなのに自然なことのように着用させてあげてしまった。
雫との距離の近さに今さら気づく。女の子独特の良い匂いに赤面し、紐から手を放してしまう。
「と、途中でやめないでよ。せっかくだから最後まで着けてほしいな」
「う、うん」
もう一度紐を持ち直し、今度は若干手を震わせながら恐る恐る紐を結ぶ。
「ありがとキュウちゃん。もっと私をきつく縛ってもいいんだぞ?」
「わざと変な言い回ししないで。照れるから」
「あはは。ごめんごめん。でも本当にエプロンゆるゆるだからさ。まっ、いいか」
緊張してきつく結ぶことができなかったみたいだ。
花恋さんが僕らの様子を不機嫌そうに見つめていることに気が付いた。
「弓くん弓くん。エプロンきつく結ぶ練習しましょう。ほら、私のエプロンの紐を握ってください。ほらほら」
なぜか花恋さんは自分のエプロンの紐を解いて僕に結ばせようとしてきていた。
これ以上女の子に近づくのは恐れ多い。僕は丁重にお断りをすることにした。
「花恋さんはエプロンを着る必要はないんじゃないかな。もう二度と」
「さりげなく自炊の道を閉ざそうとしてますか!?」
花恋さんは雫とは全くの逆方向の凄さを見せつけられた気がする。
この子がこんなにポンコツだったなんて。
いや、他の家事はしっかり出来ていたっけ。
どうやら『料理』に関してだけ適性がなかったみたいである。僕もだけど。
「さてさて~、残りの材料から何が作れるかな~っと」
雫は上機嫌で冷蔵庫に手を伸ばし、チルド室を隅々まで覗き見る。
すべての冷蔵庫室を見終わった彼女はニコニコ笑顔で僕らにこう言ってきた。
「なんにもないゾ?」
「うん。僕はトマトと豆しか買ってきてなかったから」
「私もキャベツしか買ってきていませんでした」
「さては自炊舐めてるな!?」
雫の悲痛の叫びが空間に轟いた。
結局今日の夕食はいつものスーパーで惣菜を買ってくることに決定したのだった。




